第十九話:夜明けまで
捕らえた七人を邸の蔵へ移し、頭目の尋問が始まったのは、子の刻を回った頃だった。
「雇い主の名を言え。周達か?」
「……知らねえ。銭は、つなぎの男から受け取った。名なんざ聞いてねえ。」
頭目は同じ言葉を繰り返すばかりだった。嘘ではないのだろう。
だがそれ以上に、この男は何かに怯えていた。名を言えば銭で済まない何かを、知っている目だった。
そこへ、廊下を蹴破るような足音が飛び込んできた。
「殿下!」
暁陽だった。息が、上がっている。
「役所に残していた者から、報せが……刑の執行が、繰り上げられました。明朝――夜明けと共に、と。」
部屋の空気が、凍った。
「布告は既に出され、刑場の支度も始まっています。鄭栄達の署名入りです。」
「……しくじりの報せを受けて、即座にこれか。」
景辰の声は静かだった。静かなまま、卓の上で拳が鳴った。
「証拠ごと、朝までに全部を灰にする気だ。魏長順が死ねば、事件そのものが閉じる。」
「止められないの?あなた、皇子でしょう?」
「県令の権で定まった刑だ。止めるなら、覆すだけの中身をその場で突きつけるしかない。……七人の口は、まだ割れん。要るのは。」
「――袁仁傑。」
雨鈴が引き取ると、景辰は頷いた。
「奴の口だけが、殺しと濡れ衣の全部を繋げられる。だが向こうも、同じことを考えている。」
しくじった今夜、切り捨てられる駒。
雨鈴は、もう立ち上がっていた。
「視る。袁の今夜を。」
目を閉じる。汗かきの、目の細い顔。まずは――このすぐ先。
視えたのは、袁の私室だった。行李に、手当たり次第に荷を詰めている。逃げ支度だ。
震える手が、何度も同じ帯を掴み損ねる。
次。半刻の先。
戸を、叩く音。袁が振り向く。
行灯の灯りの中、戸口に立つ人影は――二つ。どちらも、墨を流したような靄。
「ひっ……な、なんだ、お前たちは……や、やめ――」
袁の声が途切れ、映像が、切れた。
目を開ける。指先の冷たさより先に、口が動いていた。
「半刻後、袁の家に二人来る。……消される。今夜のうちに。」
「未来は、変えられる。」
景辰が立ち上がった。
「視えた刻限より、先に着けばいい。――蒼楽!」
「はいはい、夜歩き二度目。」
「三人連れて袁の家へ走れ。生かして連れてこい。手荒でいい。」
「暁陽は先触れだ。刑場と役所へ、皇子の名で通告しろ。『当該の刑につき、看過しがたい新事実あり。執行は皇子の到着を待て』と。……止まらずとも、迷わせるだけで時が稼げる。」
「御意!」
二つの足音が、夜へ散っていく。
袁仁傑の家の戸は、叩く前に中から開いた。
行李を抱えて出てきた袁は、目の前に立つ金髪の男を見て、声にならない声を上げた。
「よう。……夜分に、お迎えに上がりました。」
「ひっ……あ、あんたは、だれだ……」
「積もる話は道々。ああ、それと。」
蒼楽は袁の肩越しに、通りの先へ目をやった。
角の向こうから、提灯がふたつ、近づいてくる。急ぎ足で。まっすぐ、この家へ。
「――今夜のあなた、本当なら、あれに会うはずだったんですよ?」
袁が振り返る。提灯の火が、二つ。
その意味を察した瞬間、袁の膝から力が抜けた。
蒼楽はその襟首を掴んで支え、路地の闇へと引き込んだ。
提灯が戸口へ着いた時、家はもう、空だった。
邸に引き据えられた袁仁傑は、もう抗わなかった。
景辰の前に座らされ、卓に置かれた小刀を見た瞬間――柄尻の「袁」の刻み名を見た瞬間、その顔が崩れた。
「こ、殺すつもりは、なかったんだ……」
問われる前に、言葉が溢れ出した。
「あの男が、袖を掴んで、離さないから……話を聞け、聞いてくれと……気づいたら、俺は……」
「全部だ。」
景辰が短く言った。
「誰に泣きつき、誰が何を命じ、誰が何と引き換えに口を拭った。……夜明けまでに、全部を話せ。それがお前の、たったひとつの生き筋だ。」
袁は、頷いた。頷いて、子どものように泣きながら、話し始めた。
窓の外で、東の空がわずかに色を変え始めている。
夜明けまで――あと、一刻。




