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死を諦めた占い師は、皇子に目をつけられた  作者: ここば


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第十四話:牢の声、街の声

魏長順の牢を出た景辰は、そのまま案内の役人に告げた。

「このまま、他の者にも会わせてもらう。」


「は……他の、と申しますと」


「李清遠。それから、李清遠に続いて収監された者たちだ。」

 

役人の顔色が変わった。


「り、李清遠にございますか。あの者は……ただいま、取り調べの最中でして。」


「取り調べ?」

景辰の声が、わずかに低くなる。


「刑の定まった者に、今さら何の取り調べだ?」


「わ、私どもは、命じられたことしか……」

役人は額の汗を拭った。


(……今、この時間に、取り調べ)

雨鈴は使いの少年の顔のまま、目だけを伏せた。偶然にしては、出来すぎている。

景辰も同じことを考えたのだろう。それ以上は問わず、短く言った。


「では、会える者から会う。」


――鄭栄達め。会わせたくない者から、順に隠したか。

隣を歩く景辰の横顔は静かだったが、通り過ぎる燭の灯りが、その目の奥の冷たさを一瞬だけ照らした。


次の牢には、白髪の交じった男がいた。元は税を扱う役人だったという。

景辰の姿を認めると、男は壁に手をつきながら立ち上がり、深く頭を下げた。


「……殿下が、こんな所まで。」


「話を聞きたい。魏長順のことだ。」


「無実です。」

男は、即座に言った。


「あの男は、民を殴ることすらできません。押しかけた民を、なだめる側にいた男です。

それが、どうして……」


声が震えていた。


「裏帳簿の件はどうだ?」


「あれも、仕組まれたものに違いありません。李清遠様は、私財を削って民に米を配るようなお方だ。

裏で銭を貯める必要など、どこにもありません。」


隣の牢からも、嗄れた声が上がった。


「殿下。俺たちはいい。だが魏長順だけは……あいつには、あと三日しかありません。」


景辰は答えず、ただ声のする闇を見つめた。


雨鈴は少しだけ迷ってから、口を開いた。

「……孫建文という人を、ご存じですか。裏帳簿を記していたという。」


白髪の男の眉が、深く寄った。

「建文か。……あれが、一番分からん。」


「分からない、とは?」


「真面目な男だ。帳簿の数字をひとつ間違えただけで、夜通し調べ直すような男だった。

それが、李清遠様を売るような嘘の自白をするなど……何をどうされたら、ああなる。」


何をどうされたら。

その言い方が、妙に耳に残った。

脅されたら、でもなく。金を積まれたら、でもなく。

(……この街では、何かが人にそれを"させて"いる)


牢を出ると、景辰は案内の役人に言った。

「袁仁傑のところへ案内しろ。」


「え……袁殿、ですか。それは、その、鄭様のお許しがなければ。」


「許しが要るのか?」


景辰が、役人を見た。

それだけだった。怒鳴りもせず、脅しもしない。ただ視線ひとつで、廊下の空気が張り詰めた。


「……こ、こちらでございます。」


役人は、逃げるように歩き出した。

袁仁傑は、書庫の脇の詰所にいた。

戸が開いた瞬間、筆を持ったまま固まる。


「で、殿下……!?」

椅子を鳴らして立ち上がり、慌てて拱手した。その拍子に机の書類が数枚、床へ滑り落ちる。

拾おうとして、やめて、また景辰を見る。目が、忙しなく泳いでいた。


「袁仁傑だな?」


「は、はい。本日は、いったい……」


「先日の殺しの件だ。あの日の朝番は、お前だったと聞いた。」

 袁仁傑の喉が、上下した。


「……そ、それが、何か。私は引き継ぎを済ませて、すぐに帰りました。事件のことは、後で聞いただけで。」

「引き継ぎの刻限は?」


「昼の……いえ、昼より少し前だったかと。よく、覚えておりません。」


雨鈴は伏せた目のまま、男を観察していた。

額に浮いた汗。所在なく袖を握る指。問われてもいないことまで、先回りして答える口。

――怪しい。誰が見ても、怪しい。

だが。


「な、なにか、証拠でもあるのですか?」

袁仁傑は上ずった声のまま、それだけは妙にはっきりと言った。


「私をお疑いなら、証拠をお示しください。……も、申し訳ありません、仕事が残っておりますので!」

言うが早いか、書類をかき抱えて詰所の奥へ引っ込んでしまった。


残された景辰は、しばらく戸口を見ていた。

「……逃げたな。」


「ええ。」

雨鈴は小さく頷きながら、胸の内で呟いた。

(顔は――覚えた)

目の細い、汗かきの男。もう、思い返せる。

今日の"五分"は、まだ残っている。


同じ頃。蒼楽と暁陽は、街の南に足を向けていた。

証言した民――青物を商う中年の男は、店先で二人を見るなり、あからさまに顔を強張らせた。


「……役所の話なら、もう済んだ。全部話した」


「そう固くならないでくださいよ。確認だけです、確認。」


蒼楽がへらりと笑って見せても、男は目を合わせない。


「あなたが見たのは、本当に魏長順でしたか?」


暁陽が静かに問うと、男の手が、積んだ青菜の上で止まった。

「……そうだ。役人様にも、そう言った。」


「どこから、見たんです?」


「……忘れた。もう、来ないでくれ」

男は戸を閉めかけ――その隙間から、吐息のような呟きが漏れた。


「……こうしねえと、もう、生きていけねえんだよ」


戸が、閉まった。

蒼楽と暁陽は、顔を見合わせた。


「……聞きました?」


「聞いた。」

蒼楽の顔から、へらりとした笑みが消えていた。


「嘘の証言を"させられてる"って顔でしたねえ。……月々の取り立てで商売を握られてたら、逆らえませんか。」


「証言を翻せば、店が潰される……か。」

暁陽の声は、低かった。


二人はそのまま、現場へ向かった。

役所の裏手、倉に挟まれた狭い通りだ。あの日、押しかけた民の列から外れたこの場所で、男が一人、刺されて死んだ。

調べの役人の姿は、もうどこにもない。縄も外され、通りは何事もなかったように乾いている。


「早いですねえ、片付けるのだけは。」

蒼楽は軽口を叩きながら、地面に膝をついた。石畳の目地に、洗い残した黒ずみがわずかに沈んでいる。


「倒れていたのは、ここ。……で、あの八百屋の店は。」

振り返る。倉の壁が、視界を斜めに塞いでいた。


「……ここ、あの店から見えます?」


「見えません。角を、二つ挟みます。」


暁陽が即答する。


「ですよねえ。」


蒼楽は立ち上がり、膝の埃を払った。

見えたはずのない場所で、見えたはずのない顔を、あの男は「見た」と証言している。


と、その時だった。

「――あの、失礼ですが。」


声に振り向くと、旅装の男が立っていた。

埃をかぶった外套に、この辺りでは見かけない形の笠。

長旅の末なのか、頬がこけている。だがその目は、妙に真剣だった。


「あなた方も、この街の役人ですか?……この場所で起きた事件は、その後、どうなりましたか」


蒼楽と暁陽は、思わず顔を見合わせた。


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