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死を諦めた占い師は、皇子に目をつけられた  作者: ここば


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第十一話:城の外へ

それから一週間が過ぎた。


朝になれば翠華に起こされ、着替えを手伝われ、見慣れぬ料理に首を傾げる。

城内では勝手に歩き回らぬよう言い含められ、昼には景辰がふらりと現れては食事だけして去っていくこともあった。


相変わらず何を考えているか分からない男だったが、今は未来視が必要ないらしい。

雨鈴自身も、少しずつこの奇妙な生活に慣れ始めていたため、暇を持て余すようになってきた。


翠華とも、ずいぶん打ち解けた。


「雨鈴さま、その髪飾り、こちらの色の方がお似合いです。」


「え、そう?」


「はい。殿下もきっとご覧になれば——」


「そこで景辰を基準にしないで。」


そんなやり取りが日常になりつつある。

けれど、慣れれば慣れるほど、別の感情も芽生えていた。

暇だ。

驚くほど暇だった。


城の外へは出られず、勝手に歩き回ることもできず、できることといえば読めない文字の本を眺めるか、翠華と話すか、窓の外の庭を見ているくらいである。


しかも景辰は、あれほど必要そうに連れてきたくせに、この一週間、一度も未来視を使わせなかった。


「ねえ翠華。」


午後の茶を飲みながら、雨鈴は頬杖をつく。


「私って、何のためにここにいるの?」


翠華は一拍置いてから、柔らかく微笑んだ。


「殿下のみぞ知るところかと。」


「それ答えになってないのよ。」


「ですが、殿下が意味もなく人を置く方ではないのは確かです。」


それはそうかもしれない。

あの男が情だけで人を拾う姿は想像しにくい。


「つまり私は、置物みたいな感じ?」


「喋る置物は珍しゅうございますね。」


「褒めてないよね?」


翠華がくすりと笑った、その時だった。

扉が二度、軽く叩かれる。

翠華が応対すると、景辰からの呼び出しだった。


景辰の執務室へ呼ばれたのは、昼過ぎのことだった。

到着した時、蒼楽がすでに部屋の隅に立っていた。


「来たか。」


景辰が地図から目を上げる。


「何かあったの?」


「座れ。」


促されるまま腰を下ろすと、景辰は地図の一点を指した。


「ここだ。」


城から馬で五日ほどの距離にある、そこそこ大きな街だった。


「ここはつい最近まで、俺の信頼する者が治めていた。」


「信頼する者?」


「清廉で、民のことを考えられる人間だった。だが数か月前、突然失脚した。」


景辰の声は淡々としている。

でも、その目の奥に何かがある。


「税の徴収額と城への納入額に差があるという証拠が出た。横領の疑いのためだ。」


蒼楽が補足する。

「でも、景辰殿下はその横領の証拠自体を疑っておられる、と。」


「そうだ。李清遠りせいえんは、そういうことをする人間じゃない。誰かに嵌められた可能性が高い。」


雨鈴がつぶやく。

「誰かに。」


景辰は続ける。

「その後、別の者が街を牛耳るようになった。その急な圧政に耐えかねて、先日、民が役所へ押しかけ、とうとう死者が出た。」


「まずは、死者が出た件について、今の街を治める者の罪を問う。」


景辰は地図から目を上げた。

「だが、横領の件については、調べても真犯人のしっぽが捕まらん。李清遠を嵌めた者を追うための証拠が必要だ。」


「だから私を連れて行く。」


「ああ。未来視が必要になる場面が出てくるかもしれない。」


雨鈴は少しだけ考えた。

城の中での生活が続いていた。

悪くはない。

でも、外の空気が恋しかったのも本当だ。


「……分かった。ちょうど城内も飽きてきたし。」


蒼楽が肩をすくめた。


「飽きたって言える度胸、好きですよ。」


「余計な一言!」


景辰が短く言う。

「準備は明朝だ。早い。」


「分かりました。」

蒼楽はにこりと笑って一礼した。


翌朝、夜明け前に城を出た。

馬車ではなく、馬だった。

目立たない格好で、少人数で動く。

蒼楽と護衛が数人。景辰と雨鈴。


城門をくぐった瞬間、外の空気が肌に触れた。

(……久しぶり。)

城の中の空気とは違う。

もっと雑然として、もっと自由な匂いがする。


「どうした?」

景辰が隣から問う。


「別に。ただ、久しぶりだなと思って。」


「城が窮屈だったか?」


「そういうわけじゃないけど。」


少しだけ考えてから続ける。


「城の空気って、整いすぎてるから。」


景辰は何も言わなかった。

でも、否定もしなかった。

街道を進むにつれ、景色が変わっていく。

田畑が広がり、遠くに山が見える。

城下とは違う、素朴な風景だった。


「殿下、今日は予定通りそこで休みましょう。」


蒼楽が前方を指した。

街道の脇に、小さな集落がある。

家の屋根が、いくつか崩れていた。


「修繕ができていないな。」


景辰が静かに言う。


「まあ、なかなか修繕費用はないよね。」


雨鈴は自然に答えていた。


「税が上がれば、修繕に回す金がなって冬を越せない家も出てくるし。」


景辰がこちらを見た。


「よく知っているな。」


「以前いた村もこんな感じだったから。」


それだけ言って、前を向いた。

こういう光景は、珍しくない。

子どもの頃から見てきた。

家が崩れても直せない。食事が一日一回になる。冬になると、いなくなる人が出る。

当たり前のことだった。

でも、景辰の目には違って見えているらしかった。


「一つ聞いていいか?」


「何?」


「こういう集落は、ここだけじゃないのか?」


雨鈴は少しだけ間を置いた。


「そんな村、この国にごまんとありますよ。」


「……そうか。」


景辰の声が、わずかに低くなった。

頭では知っていたのかもしれない。

でも、目の前で見るのは違う。

雨鈴にはその違いが分かった。

自分も、裏路地を出て初めて知ったことがたくさんあった。


「景辰。」


「何だ?」


「知っていることと、見ることは違うよね。」


景辰は答えなかった。

でもその横顔は、いつもより少しだけ硬かった。

蒼楽が後ろから声をかけてくる。


「無事に到着ですね!雨鈴ちゃん、馬は平気でしたか?」


「なんとか。」


「殿下より様になってましたよ。」


「余計なことを言うな。」


景辰が即座に返す。

蒼楽はけらけらと笑いながら馬を進めた。

その笑い声が、重くなりかけた空気を少しだけ和らげる。


雨鈴は街道の先を見た。

目的の街まで、まだかかる。

気分転換のつもりで来た。


でも、あの崩れた屋根を見てから、何かが胸の奥に引っかかっている。

珍しくない光景だ。

見慣れているはずだ。

なのに今日は、なぜか目が離せない。


仮宿へと進む足は、少しだけ重くなっていた。



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