束縛系女子カナハ様
その晩、僕は金縛りに遭いました。いえ、もしかしたら夢だったのかもしれません。
赤い瞳をした、淡い金髪の妖艶な美少女に上からのしかかられ、首を締められる――淫夢にしては苦しすぎるので、どちらかというと呪いの類でしょう。今まで経験してきたどんな金縛りよりも苦しいものでした。ハードなSMプレイってこんな感じなのでしょうか。有識者の方がいらっしゃいましたら教えてください。
僕はなんとかもがこうとしたのですが、体にまったく力が入りません。彼女には薄絹のような羽が生えており、そこからキラキラとした鱗粉が僕に向かって降り注いできます。その鱗粉が僕の力を奪っているのでしょうか。
「逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない逃げたら許さない」
そんな言葉を延々と聞かされている内に、「ああ、カナハ様か」と朦朧とした意識の中で、僕を苦しめる少女の正体をようやく認識したのでした。
目が覚めると、そこには知らない天井がありました。僕に限ってそんなありふれすぎている導入文で終わるはずもありません。
「近いですね」
何が? 天井が。僕は多分、二人の少女を介護している内に寝落ちしたと思うんですけど、それにしてはあまりにも天井が近すぎるんです。天井が近いって、それだけで怖いですよね。
まあそれはいいとして。
身動きが取れません。両腕、両足、頭――どこを動かそうとしてもまるで手応えがない。
この状況に若干の恐怖を覚え始めていると、何やら背後から声がしてきました。
「ご主人、気分はどう」
カナハ様の声がしたかと思えば、不思議なことに天井が遠ざかっていくではありませんか。するすると振動制御の行き届いたエレベーターのように、僕の体の標高が下がっていくのが分かります。
そして、ようやく分かりました。僕の全身は、カナハ様が吐き出した金色の蚕糸によって拘束されていたのです。天井の数か所に繭の糸が張りつき、僕の体と繋がっていました。
「カナハ様? これはいったい?」
「金縛幻夢籠」
「バトル漫画の技名ですか?」
「対象を拘束し、悪夢を見せる」
「なるほど」
「ご主人、いい夢見られた?」
「それはもう」
「ならよかった」
ふぅ。ようやく解放されました。蚕由来のかっちかちの繭糸のようですが、カナハ様の場合はその硬度も自由自在なんですね(本来、一度硬くなった繭は茹でないと柔らかくなりません)。
カナハ様が微笑を浮かべて僕を見つめて言います。
「これに懲りたらもう逃げないでね」
「サーイエッサーッ!」
別に逃げたつもりはありませんが、カナハ様が『逃げられた』と思ったらそれはもう逃げたことになるんです。セクハラやパワハラだって、『された』と思われた時点で『ハラ』なんですね。こういうハラスメントって、『自分はしたことがない』なんていう人に限ってしてるんですよ。僕はしたことないです。
……ところで、カナハ様がここまで頑なに『逃げないで』と言うのは、逃げる方法が存在するからなのかもしれません。というか、僕はその方法を知ってるんですよね。
『嫁金蚕』という呪法は、金蚕と金蚕の力によって得たあらゆる富を丸ごと箱に入れて道端に捨て、その箱を他人が拾うことで成立します。つまり、理論上はカナハ様の呪縛から解放されることができるということなのです。カナハ様は主従関係の『主』は自分にあるとおっしゃっていましたが、嫁金蚕によって関係そのものを解消させられるんです。
とはいえ、カナハ様は通常の蟲毒とはまったく違うレベルの万蟲苦博覧会形式で生み出された金蚕なので、嫁金蚕が有効なのか分からないんですよね。まあ、有効だったとしても僕はカナハ様から逃げるつもりはありませんが。
さて、カナハ様がラーメンをすするように自分で吐き出した蚕糸を回収する姿はいつ見ても興味深いですね。いったいあの質量はどこに収納されているんでしょうか。
「カケル様」
白雪さんがひょっこり僕の隣に現れました。
「やあ白雪さん、どこにいたんですか?」
「隠れてました」
「生存能力が高くて偉いですねえ!」
「うん……!」
虎の威を借りる狐などという言葉で揶揄されるお狐様ですが、白雪さんもそういう強かさを持っているようで何よりです。悲しいですが、多くの場合において自分の身は自分で守らないといけませんから。その点、白雪さんは適者生存の原理(適応した奴が生き残るぜ!)で生き残るタイプでしょう。
「げぷ」とカナハ様が蚕糸の回収を終えたかと思えば、「ご主人を呪って疲れた。おんぶして」などと理不尽の極みなことをおっしゃいます。こちらはまさしく弱肉強食の原理ですね。強いものだけがわがままを通せるというわけです。まあ、僕にだけそれをする分には良しとしましょう。
「カナハ様、ご自分のおっしゃってることが無茶苦茶だって分かります?」
「うーん……無茶苦茶むにゃむにゃ」
「韻を踏んでいらっしゃる」
世にも恐ろしい金羽織姫は既におねむのようでした。僕は少し呆れつつふわふわカナハ様を背負います。すると寝ぼけた声でカナハ様が囁くのです。
「逃げたら殺す」
そんな微笑ましいカナハ様のご冗談に対し、僕は「あはは。カナハ様ったら。逃げたら殺せないじゃないですか」とお返して、白雪さんと一緒に朝の散歩を始めるのでした。
次回:白雪さんとのかくれんぼ(ほのぼの回)




