白雪さんの新衣装!
蚕の繭の色が食事によって変化するのをご存じでしょうか。僕たちのような現代人は『蚕といえば白ってはっきりしてんだよなあ』と思いがちですが、実際には違います。食べた葉っぱ(蚕は桑の葉しか食べません)に含まれていた色素によって、繭の色が変わるそうです。
白、赤、黄、緑、などなど。まさに七色の繭! 蚕すごい! と言いたくなるところで忘れてはならないのが我らが金羽織姫命様ことカナハ様。
カナハ様はまさしく蚕蛾(それも金蚕!)の擬人化ですが、成虫なのに食事をします。さらに通常の食事に加え、高級な綿織物をむしゃむしゃ食べるという驚きの生態には万蟲苦博覧会を開催した僕ですらドン引きを禁じ得ないところ――なのですが!
カナハ様は咀嚼した綿織物をさらに強化した衣服に再構成して吐き出すというとんでも能力を有しているというのです。
カナハ様は先ほどまで白目を向いて綿織物をむしゃむしゃしていたのですが、今は虚ろな目で僕を見ています。さすがお蚕様、庇護欲をそそられる表情ですね。
「ご主人、吐くから背中叩いて」
「御意」
僕はカナハ様の命令に従い、彼女の背中をポンポン叩き始めます。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
「殺すよ?」
ついノリで九字護身法を言葉だけで使おうとしましたが、気軽に使うものではありません。決してカナハ様を祓おうだなんて微塵も思っていませんし、祓えるとも思っていません。断じて、断じて。
ちなみに、九字護身法は魔よけの儀式だと思ってください。見よう見まねで真似しないでねってよく言われてますので、ご使用の際はお気をつけを。僕みたいにカナハ様の機嫌を損ねるようなことはしちゃだめですよ?
とか内心ぶつぶつしてるうちにカナハ様は数回嗚咽した後、ついにげろげろと吐き出したではありませんか。
さてその光景を目撃してしまった我らが瑞白雪前こと白雪さんが「うぇぇ」ともらいゲロをしてしまい、神殿最奥の神聖な床(なお邪教のもよう)が吐しゃ物で汚れてしまうのでした。今度は虹のエフェクトで隠さないといけない類の色をしていますねえ。
幸い上納品のおかげで布類の類に困ることはなく、掃除も可能であることが救いでした。「ごめんなさい」と泣く白雪さんに「大丈夫ですよ」と声をかけてから吐しゃ物を掃除していきます。
僕は自分で心霊スポット巡りをしたりするぐらいですので、多少のグロやキモには耐性があります。ゆえにゲロぐらいは朝飯前というわけでして、それがゲロインのゲロだとすれば僕からすればメインディッシュみたいなものなんですね。嘘ですが。
さてさて掃除を終えた僕がカナハ様たちの方に振り返ると「やや!」と思わず言ってしまう光景が待っていました。
いつの間にか白雪さんが真っ白な巫女服を着ているではありませんか! おそらくカナハ様が吐き出したものに着替えたのでしょう。今までずっとぼろ布みたいな服を身に着けていましたが、見違えるようです。
僕は素晴らしさのあまり拍手してしまいました。
「素晴らしい! 素晴らしい!」
白雪さんの姿もですし、カナハ様の仕事ぶりも素晴らしい。そろそろ素晴らしい以外の語彙を喪失しかけているので、一発拳で頬を殴るとしましょう。
ごっ!
ふう、正気に戻りましたね。
「ご主人はいつも気持ち悪い」
「え」
急にいわれのない罵倒が発生しましたが、カナハ様の罵倒なのでプラマイゼロ――むしろプラスです。
と、白雪さんが恐る恐るといった感じで僕に半歩ほど近寄ってきました。
「なんでなぐったんですか……?」
「正気に戻るためですね。よくあることですよ」
白雪さんは僕に不審な目を向けてきます。疑う心があるのは良いことですね。
カナハ様いわく、白雪さんには『素質がある』ということでした。僕が「どういうことです?」と尋ねると、カナハ様は答えてくれました。
「白雪には呪術の才能がある。だから白雪の呪力を高める衣装を作ったよ」
……呪術の才能!
「それって僕にもあります?」
「ご主人、それってボクを目の前にしていう台詞かな」
つまり、言うまでもなく僕には才能があるとカナハ様はおっしゃるわけです。やったやった。
「今日は疲れたから、ご主人の分はまた今度ね」
「え!? 僕にも作ってくれるんですか!?」
「ボクはご主人を呪う代わりに富をもたらす。そういう生き物だよ」
「……順序が逆では?」
まあ同じことですけれども。
「あの、呪いの部分がなくなる可能性って」
「ない」
「ですよね」
いいんです。呪われたって。僕がこうして第二の人生を謳歌できているのもカナハ様のおかげなんですから。
「ご主人、ボクもう眠い。ベッドに運んで」
「はいはい、分かりましたよ」
圧倒的な呪いの力を有する割に虚弱体質なカナハ様は、まさしく要介護系女子であり、妖蚕系女子です。お姫様抱っこをしますが、僕の首に掴まる手の力のなんと弱いこと。
みなさん当然ご存じだと思いますが、お蚕様って本当に力が弱い養殖生物でして、葉っぱにくっついても少し揺れただけで地面にぽとりと落ちてしまうんですよ。本当に野生では生きていけないんです。そんな蚕の特性を、カナハ様はまんま受けついでいるようですね。ですが、そこがいいんです。強いのに弱いというギャップに僕も少し安心感を覚えるといいますか、親しみを感じるんですよね。
と、そうこうしているうちに無駄に馬鹿でかい円形ベッドにたどり着きました。おそらくですが、時の権力者がみだらなパーティーでもしていたんでしょうね。じゃないと説明がつかないベッドの大きさですから。10人は同時に寝られるんじゃないですか……? まあどうでもいいんですけども。
僕はカナハ様を落とさないように慎重にベッドの中心へと運んで行きます。ベッドはふかふかしていて一歩間違えると倒れてしまいそうでした。
ようやくカナハ様をうつ伏せにしてベッドに寝かせ、僕は離れようとしたのですが――
「ご主人、どこへ行くの」
――と、カナハ様に止められます。
「いえ、僕はまだ眠くないですし、寝る時も床で寝ようかと」
「なぜ。ボクから逃げる気なの」
「いや、そうじゃなくてカナハ様は女の子ですし」
「なぜ――」
突然カナハ様の赤い瞳がさらに妖しく輝きました。まずい! 攻撃色です!
「なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ」
これはヤバイと思った僕は、カナハ様の機嫌が落ち着くまで何度も「逃げません! 逃げませんから! 落ち着いて!」と必死に言い続けます。
……僕としたことが、カナハ様を普通の女の子扱いしようとしたのが間違いでした。彼女は蟲毒の王――それも万蟲苦博覧会の王なのです。少しの言葉の選択が命取りになることを、忘れてはなりません。
その後、カナハ様は「頭を撫でて」「子守唄を歌って」「背中をさすって」など、注文の多い料理店もびっくりな量の要求をしてくるのでした。
「びっくりするほどユートピア~♪ びっくりするほどユートピア~♪」
と子守唄を歌いながら諸々の要求をこなしていると、いつの間にかそこに白雪さんも加わってきます。カナハ様が「白雪にも同じことをして」と要求してきたので、僕の手という手は千手観音と化しました。
果たして僕は生き残れるのでしょうか。そんな疑問が頭に浮かびながら、僕はまどろみへと落ちてゆくのでした。
次回:束縛系女子カナハ様




