ささやき女神(邪神)は綿織物をご所望です。
目の前で起きた光景に僕の開いた口が塞がりません。なぜこの村人ABC……XYZのみなさんは僕らに対して頭を下げているのでしょう。
僕は背中でぐったりしているカナハ様に「あんまり怖がらせないでさしあげてくださいよ」とお願いしましたが、「別に怖がらせてない」とだるそうな返事が返ってきます。
確かに、圧を放っていないカナハ様はただの要介護系女子(蚕娘)でしかありませんので、怖がる対象ではないですか。狐かわいい白雪さんに怖がる理由もないですしねえ(むしろ白雪さんの方が怯えて僕の後ろに隠れています)。
「あのー、すみません。顔を上げてください?」
僕が優しく声をかけると、村人風な人たちが恐る恐るといった様子で顔を上げました。そして、彼らの代表らしき男性が言うのです。
「不作でして……どうか、どうかご容赦を……」
なるほど。言葉足らずな言動ですが、エリートな僕にはすぐに分かりました。つまり、この人たちは邪教集団の支配を受けていた哀れな農民なのでしょう。それで、彼らは僕のことを邪教徒の人間だと思い込んでいるのです。失敬な。
「みなさん、何か勘違いされているようですね」
もう恐れるものは何もないと彼らに教えてあげましょう。そう思った僕でしたが、不意に耳元でカナハ様が囁くのです。
「ご主人。衣食住のあてのない今、この状況を利用しない手はない」
「ですがカナハ様。僕はあくまでエリートであり、マフィアじゃないんです」
「ご主人はボクと白雪に不自由させるつもりなの。だったら容赦はしない。『いっそ死なせてくれ』と言いたくなるような呪いをご主人にかけて――例えば永遠に皮膚を剥かれ続けるような生き地獄を」
「アイ・アム・邪神。いぇあ」
せっかく拾った命、むざむざ捨てることもないですよね。呪い殺される
ぐらいならマフィアにでも邪神にでもなってみせます。
僕は村人たちに向き直ります。
「不作ということですが、それでどうするつもりですか?」
「はぁ……はぁ……はぁ……それは、その……」
可哀そうに、息も絶え絶えです。それでも僕は問い詰めなければなりません。
「はっきりしてください?」
「は、はぃっ! その……上納品を通常の4割……いえ、5割に……!」
「……」
「かはッ! 6割いえ7割にしていただけませんでしょうか……ッ!!!」
「……」
正直、4割とか7割とか言われてもどれぐらいか分からないんですよね。
「それ以上はどうかご勘弁を……ここにいる者たちの命を捧げますので……どうか、どうか……!」
「あのー、すみません。上納品って食料も当然含まれるんですよね」
「ははぁッ! そうでございますぅッ!」
「とりあえず三人分でいいですよ」
「ははぁッ! 承知いたしましええぇぇぇッ!!!???」
「三人が飢えて死なないだけの食料を供給してください」
驚愕のあまり仰け反る村人たちは、お互いの顔を見合わせては青くなっていきます。何か勝手な想像を膨らませているといけませんので、僕は「別にあなたたちを見限ったわけではありませんよ」と言葉を付け加えました。
と、村人たちが何かに気がついたらしく、きょろきょろと目線を動かし始めます。
「他の方々はどちらに……?」
さすがに勘づいたのでしょう。邪教徒の姿が見えないことに疑問を持ち始めたようです。このままではいけませんね。
僕は不敵な笑みを浮かべて言います。
「呪い殺しましたよ。この『瑞白雪前』がね」
後ろに隠れていた白雪さんに微笑むと、彼女は「ひゅぃッ!?」と尻尾を立てて驚いていました。しかし、白雪さんは察してくれたようで、スンとした顔をしたかと思えば「そうだよ」と妖しげに目を細めてくれるのです。さすが狐っ子、女優です。
「僕ら教団の魂は常に一つ。今日の儀式をもって全ての魂は僕こと『乘絽衣架』に統合されました。さらに新たなる神、『金羽織姫命』様をお迎えしたことで、教団の力はかつての数百倍にもなり、さらなる繫栄を極めることでしょう――」
――この意味、お分かりですね? 僕は努めて腹の底から冷徹な声を出し、首を少し傾けました。『食料は少なくてもいいけど、今まで通り上納してね』というメッセージ、伝わっているといいのですが。
「ははぁッ!!! ありがとうございますッ!! ありがとうございますッ!!」
「かなはおりひめ様ッ! のろいかける様ッ! みずしらゆきのまえ様ッ!」
どうやら伝わっているようですね。これで安心、安心。
と、カナハ様が僕の耳に囁きます。「綿織物がいっぱいほしい」と。
「カナハ様が綿織物をたくさんご所望です。今までの食料の代わりといってはなんですが、用意することは可能ですか?」
「ははぁッ! すぐにでもご用意いたしますッ!」
「質のいいものに限りますよ? いいですね?」
「もちろんでございますッ!」
カナハ様が織物を欲しがったのはまさに金蚕の習性でしょう。金蚕は別名『食綿虫』とも呼ばれ、高級な綿織物を食べたがるそうです。綿織物を食べるカナハ様を想像すると……可愛いですね。
もっとも、実際のカナハ様の食事風景は、僕がこの時想像していたカナハ様の食事風景とはまったく異なるものだったのです。まあ、おいおい分かりますよ。
なにはともあれ、こうして僕たちは衣食住を確保し、悠々自適な異世界生活? をスタートさせるのでした。
次回:白雪さんの新衣装!




