金羽織姫と瑞白雪
「服、着てよ。ご主人」
宙に浮いた蚕の擬人化な少女がダウナーな声で僕にそう言いました。彼女から放たれる異様なプレッシャーからは生命を脅かす圧倒的な呪力めいたものを感じます。
「はい、よろこんで」
僕は転生の際に前世からそのまま持ち込めたらしいグレーパンツと無地の白半袖Tシャツと黒長ズボンを着直しました。
除霊も済ませ、服も着た。パーフェクトな僕が戻ってきました。
ではさっそく自己紹介と行きましょう。
「僕の名前はノロイカケルです。あなたのお名前は?」
「気持ち悪い」
「ありがとうございます。お名前は」
「……ボクに名前はない。ご主人も知っている金蚕と呼ばれる存在が人の形をとった存在だよ」
なななんと、僕が死ぬ間際に見たあのゴールデン芋虫さんが擬人化したということですかあ!? 生きててよかったです。
「でも、なんで僕のことをご主人と?」
「ご主人がボクを生み出したから。だからあなたがご主人――違う?」
僕は喜びのあまり膝から崩れ落ち、サッカーでゴールを決めたJリーガーのように天を仰ぎました。
「ふぉおおおおおおお!!!」
僕以外はぜんぶ静寂で、昔クラスで一発ギャグをした時に訪れた静けさを思い出しました。
まあそんなことはどうでもよくて。
「あの、僕まだ幼虫の方の擬人化を見てません」
「ロリコン」
新発見。幼虫の方だとロリコンになってしまうらしいです。
先ほどまですっかり僕にドン引きしていた狐少女(ロリに入るかな? 入るかも)が僕の服の裾を掴んで「ろりこん?」とはてなを浮かべていたので、僕は「ロリコンっていうのはね、君みたいに年の若い女の子しか好きになれない男の人のことですよ」と親切に解説してあげました。
すると狐少女さんは再び僕から離れて黙ってしまいました。潮の満ち引きみたいで素敵ですね。
ふと思ったんですが、幼虫だと『幼』なので『幼児』というわけで『小児性愛』になるのでは? そう考えると、蚕のような生き物には幼児と大人しか存在しないということになります。
『昔は子どもは存在しなかった。最近になって子どもが発見された』なんて聞いたことがありますが、案外発見される前の方が生き物として多数派に属していたのかもしれませんね。
金蚕少女はまだ飽き足らないのか、僕を罵倒します。そんなことをされても僕を喜ばせるだけだということに気がつかないのでしょうか。まあ、僕としてはいいのですが。
「変態。すけべ」
「効くぅ」
「友だち0人」
「ほんとにやめてください後生ですから」
その後、『友だち0人』を連呼されて僕の生命力はもう0よ――となった頃、金蚕の化身である彼女が「名前をつけてよご主人」と言ってきました。
確かに名前がないのは困ります。ひとまず、
「金羽織姫でいかがでしょう」
と提案すると、
「それでいい。普段はカナハ様って呼んで。ボクが甘えているときはカナちゃん。ご主人がボクのご機嫌をうかがうときは織姫様ね。どうしてもボクに命令したいときは金羽織姫って呼び捨てていいよ」
というわけで受け入れられました。注文が多いのはご愛嬌です。
「ところでカナハ様」
「なに」
「僕が主人なのにどうして『様』が必要なんです?」
「ご主人は何か勘違いしてる。金蚕がどういう存在か知ってるでしょ」
カナハ様は続けます。
「ご主人は死ぬまでボクに尽くさなければならない。ボクの要求が続く限り、昼夜問わずその願いに答えなければならない。そうでなければ、ご主人もろともご主人にとって大切な全てがボクの呪いで死ぬの」
カナハ様は金色の瞳で僕を見下している目をさらに細めました。
「ボクとご主人の関係性はある意味、SMでいうSとMの関係性に近い。仮にご主人がSだとしても、主導権を握っているのはMであるボク――理解した?」
「完全に理解しました」
カナハ様、SMとか分かるんですね。それはまあいいとして。
「要は介護ですね?」
「殺すよ」
「ところで僕、既に一回死んだんですけど」
「何回でも死んでもらう。ボクはずっとご主人を呪い続ける」
凄い執念です。感心していた僕はふと気がつきます。
「もしかして、前世で僕を殺したのはカナハ様ですか?」
「違う。ご主人に何もしてもらわない内に殺すわけない。どうせならたくさん貢がせてから殺す」
「人でなしのヒモみたいですね」
「万蟲苦博覧会開く人間に言われたくない」
カナハ様は遠くを見すえる目で言いました。
「ご主人を呪い殺したのはもっと別の何か。どうせご主人のことだから、あちこちから悪霊連れてきて無意識のうちに幽霊蟲毒でもしたんでしょ」
「幽霊蟲毒!? その発想はなかったです。いいですね、幽霊蟲毒」
と、こんな風にカナハ様と談笑していた時。少し距離を置いていた狐少女さんが僕たちに近づいてきました。
「どうしたんですか?」と僕が尋ねると、彼女は恥ずかしそうにお腹を押さえて言うのです。「おなか、すいた」と。
すると、ずっと宙に浮いていたカナハ様が地に降り立ったではありませんか。カナハ様は狐少女さんに歩み寄ると、おもむろにハグし、その頭を愛おしそうに撫でました。
狐少女さんは困惑していましたが、カナハ様に敵意がないと知るやちょっと嬉しそうに尻尾を揺らし始めます。
カナハ様が「君、名前はなんていうの」と尋ねると、狐少女さんは「なまえ……ない」と答えました。
「ご主人、この子にも名前をつけて。可愛いの」
「では、瑞白雪でいかがでしょう」
カナハ様はうなずくと、狐っ子に語りかけます。
「白雪よ白雪。世界で一番美しいのは誰?」
「か、カナハ様?」
白雪さんはカナハ様の問いに正答したようでした。カナハ様が僕には見せない微笑みを浮かべています。白雪さんが長生きするタイプのようで僕も安心、安心。
……それにしても、これが異世界版白雪姫ですか。『鏡よ鏡――』で終わらせずに白雪姫本人に聞いていれば、王妃様もあんなことにならずに済んだのかもしれません。
「あっ」白雪さんの耳と尻尾が天を突きました。「なにかきます! うえから!」
上? 吹き抜けの空を見上げると、それらは既に落下を始めていたのです。何十もの影が着地を決めると、がしゃりという硬質の音が何重にも響きわたります。それらはさながら、戦隊ヒーローの登場を思わせました。
「邪教徒ども……! 今日この日をもって、貴様たちの悪行も終わりだ! キリアの騎士の誇りにかけて、成敗してくれる!」
邪教徒ですって!?
「どこにいるんですか邪教徒は!!?」
僕が叫ぶと、辺りは静まり返り、数多くの視線が僕の体に注がれました。なんでしょうこの感じ。妙にくすぐったいんですが。あと皆さん剣を抜いて僕に刃を向けるのですが、なにゆえ?
「おのれ邪教徒! 成敗してくれる!」
「あ、ぼくですか」
こうして僕は二人の可憐な少女たちに名づけを行うという名誉を得た後、突然現れた謎の勢力から命を狙われるのでした。
次回:ゲロインはお好きですか? 謎の集団の正体やいかに。




