くっ、殺せっ!
結論から言ってしまえば、神殿を訪れたのは一般教徒の皆さんでした。かしこまりすぎた彼らの体は木の棒のように固まっていて、大変気の毒です。僕が姿を見せるや否や、彼らはひざまずき、地に頭をつける体勢を取りました。うーん、気まずいですねえ。
「顔を上げてください皆さん。わざわざ神殿を訪ねたということは、何あったんですね?」
僕の言葉に顔を上げる村人A~Zの皆さんの顔は深刻そのもの。言いづらいことでもあるのか、なかなか口を開こうとしないので、僕の方からさらに尋ねます。
「食料供給を減らしたいとか、そういった話でしょうか?」
浮かない表情の村人ABC~の皆さんに、僕は努めてやわらかい声とスマイルで応対します。にこっ!
「い、いえッ! 滅相もございませんッ! 神に誓ってッ! そ、そのような……ぐ、ぐふ」
ええ!? 村人Aさんが白目を剥いて倒れました!
「大丈夫ですか!?」
僕は慌てて駆け寄りましたが、どうも気絶しているだけのようです。
「いったい何が……!? 何者かの攻撃を受けている!?」
僕が状況を理解できないでいると、背負っていたカナハ様が小声で言います。
「ご主人がオリジナル笑顔が怖かっただけでしょ」
「そのようなことがあろうはずがございません」
僕は村人Aさんを休ませてやるように他の村人たちに伝え、「過労には気をつけてくださいね。体は資本なんですから」と注意しておきます。
と、村人Aさんの代わりにBさんがおずおずと前に出てきました。何やら悲壮な顔をしていますが、いったい何があったのでしょうか。まるで決死の覚悟で怪物に向き合っているような表情です。
「じ、実はこのところ、行方不明者が、ぞ、増加しておりまして……」
「行方不明者……まさか神隠しですか!?」
神隠しとは、人が前触れもなく姿を消してしまう現象のことを言います。科学がまだまだ未発達だった時代には、人が行方不明になった場合に、人知を超えた存在によって異界に連れていかれた、と考えるのは世界的にも珍しくなかったようですね。僕も昔は神隠しに遭おうと夕暮れ時に野山を駆け回ったものです。
「邪神様のお、お力をお借りし、したく」
「なるほど」
悲壮な顔にも納得です。これは、是が非でもお助けしなければ!
僕は村人たちから距離を取り、カナハ様にそっと尋ねます。
「いいですよね? 助けましょう?」
「綿織物10倍」
「……それはかわいそうですよ」
「5倍」
「……3倍」
「はあ。甘々なご主人だ」
僕は村人たちを振り返り、笑顔を振りまきました。
「金羽織姫様のお許しが出ました! 次の奉納品としていつもの3倍、綿織物をご所望です! ……大丈夫そうですか?」
僕がそう伝えると、気絶したBさんに代わってCさんが恐る恐るといった様子で前に出ました。
「あ、そ、その、生贄は……?」
「生贄?」
「は、はい。邪神様にお願いをするには、い、生贄が必要だったはずでは……?」
「そんなの決まってますけど」
「……ッ! も、申し訳」
「生贄なんて必要ありません。金羽織姫様は、下等な邪神ではありませんので。極めて高貴な邪神様なので」
まったく、けしからん話です。上級邪教徒どもは善良な民の命をこうやって吸い上げていたんですねえ。ああ、全員死んでよかった。
と、今度は村人の皆さんが膝から崩れ落ちているではありませんか! 嗚咽までして……ああ、よほど神隠し問題に頭を抱えていたと見えます。早急に解決しなければ。
「すぐに真相を確かめましょう。案内、お願いできますか?」
「はい……!」
というわけで、転生して初めて神殿から外に出ることになりました。ファンタジーも守備範囲に入る僕としては異世界を楽しまない選択などないわけですが、いかんせん神殿内部での出来事が濃すぎたんですよねえ。不覚不覚。
神殿は壁で覆われているため気づきませんでしたが、門をくぐれば景色が一変します。遥かな水平線に向かって伸びるように続くこの参道は、神殿よりも標高の低い一般教徒たちの街へと続くわけですが、これの不便なこと。高いところから見下ろし、重労働は一般信徒たちにさせようという魂胆が見え見えです。観光にはいいですけどね?
村人たちは僕らを歩かせまいと神輿に担ごうとしましたが、お断りしました。せっかくならこの世界を自分の足で踏みしめたいじゃないですか。そのように伝えると、彼らは絶句し、半ば絶望したような表情を見せていましたが、何かしちゃいましたかね。
切り立った細長い崖の道を歩きながら足元の街並みを見下ろすと、遠目にも分かる近代的な空気に僕は安堵しました。原始時代より遥か先にあるようで何より。海外旅行に来るならここって感じです。
「カナハ様、見てください。街がありますよ」
「すぴー」
カナハ様は僕の背中でお休み中ですね。いつもお疲れ様です。
神殿が円形なのに対し、一般居住区が方形なのは、天は円くて地は四角いという、天円地方的な世界観があるのでしょうか。昔の人は空の星々が円運動しているのを見て、天は円いのだと考えたと聞いたことがありますが、いやあ、異世界でも同じなんですねえ。
「おや」よく見ると、街を出歩く人々地上からこちらに向かって体を折っています。おそらく、祈っているのでしょうね。我らが金羽織姫様に。
と、脇を歩いていた白雪さんが、小声で「こわい」とつぶやきました。無理もありませんね。高所恐怖症の人なら卒倒ものでしょうし。僕はエリートなので、白雪さんが伸ばしてきた震える手を拒むようなことはしません。
しばらくしてから後ろを振り返ると、山の斜面を切り出して建てられたであろう神殿がこちらを見下ろしていました。自然と人工の融合ですか……邪神教団にしては粋な建築と言わざるを得ませんね。数千年もそこに佇んでいるかのような貫禄があります。邪教集団のものじゃなかったら後光が見えていたかもしれません。
「ようやく着きましたね」
参道の始まりは円形の広場になっていて、一般信徒たちが地にひれ伏し、僕らを囲むように広場の端に沿って円を作っています。このようにして、上級邪神教徒を円の中心に迎えさせることで、立場の違いを明確にしてきたのかもしれません。
ただ、今この瞬間、円の中心にあったのは奇妙な光景でした。
「くっ、殺せっ!」
いつか出会った騎士の方々……の内の一人が、女騎士が十字架にかけられていたのです。
次回:騎士を殺す者




