VS青マント
青き衣を身に纏う白面の男が、僕を見上げています。ああ、今にも殺してやると言わんばかりの殺気を放っているようですが、ちゃんちゃらおかしいですよ。だって、殺したいのは僕らの方なんですから。
「はあ」思わずため息が漏れます。「彼女のことは覚えていますか?」
僕の隣に降り立った花子さんを見た青マントは首を傾げました。
「君が殺した、罪なき少女です」
僕がそう付け加えると、ようやく青マントが白面の奥から声を発します。
「ただの材料を覚えているわけなだろ」
僕と花子さんは、青マントを見下したまま言いました。
「「殺そう」」
ためらいのない足が死体の山を蹴る。妖刀【虚空】を突き出し、僕の全身は槍に変わった。
「法律がなくて残念でしたねえッ!」
刃先が青マントの喉元に届く――その刹那、青い外套の隙間から細長い包丁が二本同時に飛び出す。
僕の殺意の初太刀をその短い刃渡りでいなし、二刀流の挨拶を返す。僕には避ける手段がない。
僕には、だ。
「二番目の奔流」
背後から花子さんの抜刀。振りぬきざまに鞘の内からほとばしる水が刃となり、青マントの肩から先を切り落とさんと伸びていく。
青マントが大きく踏み込み、後ろに飛び下がった。
僕を仕留めそこなった返しの刃。それを花子さんの一刀で阻止されたところで、仕切り直し。
ここまでわずか数瞬の攻防でした。
あなたの水はどこから? アタシは鞘から。なんてどこかで聞いたようなフレーズ(存在しない記憶)が頭をよぎりましたが、花子さんが放ったあの水刃は間違いなく前に僕が直撃しかけた【二番目の奔流】の、ウォーターカッター版でした。
あれはトイレの個室で発動するタイプの呪いだったはずですが、抜刀でそれを発射するとはなんてロマンが詰まったロマン砲でしょう。遥か昔に置いてきた中学二年生の魂が蘇ってしまったじゃないですかもう。
「さすがですね、花子さん」
……ふう。思わず見とれてしまいましたが、僕、殺されかけたんですよね。赤マントを不意打ちで仕留めてうぬぼれていたのかもしれません。花子さんがいなければ今頃あの凶悪な包丁が僕の五臓六腑のどれかを貫いていたでしょう。
それにしても、花子さんは強いですね。やはり『さん』と呼ばれるだけはあります。そういえば、名前に『さん』がつく神秘存在は強いのだと風の噂で聞いたことがありますが本当のようです。
「さっきので終わらせたかったんだけど」
次、来るわよ。と花子さんの言う通り青マントが仕掛けてきました。第二ラウンドと行きましょうか。
青マントは体勢を屈めて僕らの背後に回り込むように移動する。が、そうはいきませんよ。
僕と花子さんは死体の山を背にして隙をなくします。
ああ、アドレナリンが駆け巡る。
勝てる未来しか見えません。
僕らの勝利は目前です。
「位置的有利と数的有利! 二つ合わさり超有利! 間合いもこちらに分があるときました! 後の先を取れる僕らの方に勝利の女神は微笑むんですよねえッ!」
僕が勝利を確信したそのとき、青マントは鋭く地面を蹴り、死体の山を駆け上る。彼はそのまま山を蹴り、空に身を投げ出したではありませんか。
「愚かな……」
その行動にいったい何の意味があるのでしょうか。決死の特攻でもしようというのでしょうか。空中に身を置くのは自殺行為でしかない。そんなこと、今時こどもでも知っていることです。
ですが、褒めて差し上げましょう。逃げ出さずにあえて僕らに立ち向かうその蛮勇を。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことです」
狙いを定めよう。青マントの頭のてっぺんから股間まで切り裂けるよう、刀を上段に構える。
不意に時が止まったような気がして、それは違うのだと悟った。今か今かと迫りくる悪鬼から、決して目をそらさず、振りぬくことだけを考える。そうしているうちに、自分でも体感したことのない静寂が生まれた。人はこれを究極の集中状態――ゾーンと呼ぶ。
どのタイミングで刀を振れば切れるかが分かる。理屈じゃなく、体が理解している。絶対に勝てる。負ける気がしない。
しかし、ゾーンとは究極の傲慢だったのです。
【青き刹那】
それはまさしく一瞬の出来事で、僕の脳は状況を理解するための作業を始めました。何が起きたのか。世界が一瞬で青く染まった。そう言い表すしかない現象が、今ここにおいて起きたのです。
結論から言ってしまえば、世界が青く染まったから何が起きるというわけでもありませんでした。ただ色が変わった。それだけの事実が、僕という人間の集中を妨げるには十分だったのです。
青い世界に青マントが溶け込み、白仮面も月が欠けるように消えました。つまりこれは、青マントにとっての切り札だったのでしょう。自らの姿を相手の視界から隠し、意識の外から殺害するという暗殺術です。
断言できますが、集中さえしていれば、迫りくる青マントが青い世界に身を隠そうとも、僕がタイミングを間違えることはありませんでした。
ですが今、僕は完全にその瞬間を逸したのです。
青マントの白仮面が青に隠れ消え、大量の死体が頂点から崩れ落ち、視界を黒い影が覆いつくす。
敵が用意していた奥の手は、予期せぬ硬直を与えました。僕の体は刀を上段に構えたまま、隙だらけです。
「くっ」
思わず口が歪んでしまいます。
「くはは」
無意味。君のやろうとしていることは全て無意味なんですよ。
なぜって、分かり切った話です。
奥の手というものは、先に出した方が負けるんですから。
「三番目の玉座」
花子さんが妖刀【雨憚】を鞘に収めた刹那、それは発動する。本来であれば無防備になるはずの納刀という動作――だが、刀の鞘をトイレの個室に見立てた時、花子さんにとってはその意味が逆転する。
納刀によって閉じられたのは、いわばトイレのドアそのものであり、花子さんにとってその行為は、絶対守護領域を形成することに他ならない。
半透明の赤い結界が、何かを弾いた。金属同士がぶつかり合うような音が響くと、隠れていた月――青マントの白仮面が現れる。
「祟っ切りなさいッ!」
花子さんの咆哮を受けた僕は、思い切り刀を振るった。脳天を、喉元を、鎖骨を、鳩尾を、全部まとめて切断した。
青マントは背中から地面に叩きつけられ、仮面の奥から低いうなり声のような音を出している。確かな手ごたえはあったが、体はまだくっついている。よほど綺麗に切れたのだろう。
青マントの両手から、二丁の刃物が落ちた。両手で地面を掴み、立ち上がろうとしている。両手の力の均衡がそろっていないせいか、切断面がよりはっきりと見えてきた。動こうとすればするほど、生きようとすればするほど、彼は死に近づいていく。
「ぼぐは」
振り絞るような声で、青マントは言う。
「わるぐな」怪人が全て言い切る前に、花子さんの足がその白仮面を踏み砕いた。
次回:ゴブリン蟲毒




