あめのはばかり
さて、処刑の時間です。オリジナル赤マント(青マント)を抹殺しにいきましょう。僕らの陣営は全員の無事が確認されましたしね。つい先ほど死にかけましたが。
僕の命を思わぬ形で終わらせかけた張本人の猫又さんの紹介については適当に済ませておきました。
「淫乱妖怪猫又さんです。名前はまだないそうです。ちなみにアラフォーです。アラウンド40ではなく、アラウンド400です」
「誰がババアにゃん」
こんな感じで。
トイレの花子さんは「猫だ」とありのままの事実を述べ、白雪さんは警戒態勢を維持しています。猫又さんを敵対視しているカナハ様の顔色をうかがってのことでしょう。さすが白雪さん、OLとしても生きていけそうな嗅覚です。
「ところで白雪さん、よく赤マントに見つかりもせずにここまで来られましたね」
僕としたことが、白雪さんにまだ話を聞いていませんでした。色々あってタイミングがありませんでしたからね。白雪さんの方も機会をうかがっていたようで、口を開くと「ごめんなさい……」と僕らに向かって謝りました。
白雪さんは白いふさふさ尻尾を垂らして続けます。
「白雪がおろかなことしたせいで、迷惑かけました……ごめんなさい……」
「気にしなくていいですよ。悪いのはドッペルゲンガーと赤マントです。白雪さんは、僕のために行動してくれたんですよね。そのことは嬉しく思っていますよ。ありがとうございます」
「あの、その、赤マントはつかまえました」
「そうですか! さすが白雪さん!」
これでオリジナルの抹殺が遂行できますね。
……ん?
「白雪さん、今、捕まえたって言いました?」
「はい」
「どうやって?」
「人間蟲毒会場にはいっていくのをみつけたので、白雪が蓋をしめました」
「はあ……閉めたんですか……??」
「お、おろかでした……?」
「愚かなわけがありません。その、あまりの功績の大きさに驚いているんです。つまり、白雪さんは賢いです」
「……ふへへ」
しかし、いったいどうやって。
僕や花子さんが目を丸くしていると、白雪さんはこちらから問う前に話してくれました。
「カケル様がトイレの中で嘘をついているのを遠くからきいて、白雪はかんがえました。カケル様は敵をだまして、白雪を逃がそうとしてくれたんだって」
「やっぱり、僕の声は届いていたんですね」
「はい。白雪はカケル様の声ならどこからでもきこえます。それで、カケル様がコピー赤マントをころしたときにすぐカケル様たちのところにもどりたかったんですけど……」
「けど?」
「そのすぐ後にカケル様の声がきえて、そうかと思ったらまた声がもどってきました。それはカケル様の声なのに、カケル様の声じゃないんです。たぶん、にせもの」
白雪さんが言っているのはおそらく、いや間違いなくドッペルゲンガーのことでしょう。
「そのカケル様のにせものは誰かにはなしかけてたんです――」
『神殿の中心、死体の山の中に君好みのかわいい女の子がいますよ』
「――って。そんなこと、カケル様はいいませんよね?」
白雪さんの言葉に、僕は黙ってうなずきました。
……。
……これは、とても厄介ですね。つまりドッペルゲンガーは、まさしく神出鬼没でありながら、姿を見せずに僕の会話を盗み聞くことができるか、あるいは僕の記憶をスワンプマンのようにコピーすることができるということになります。しかも、わざわざオリジナル赤マントに接触して情報提供をしていくなんて、なんたる卑劣。
しかし、相手にとっても厄介な存在はいたようです。
「白雪さんはそれを逆手に取って、オリジナル赤マントを閉じ込めた」
「です。人間蟲毒会場をしめる方法は、はじめて閉じこめられたときに気づいてました。こんなかたちの、えっと、えっと」
「平たく丸い形ですね。スイッチ式でしょうか」
「すいっち? ですです。穴のすぐそばにあるので、さがせばすぐにわかります!」
「なるほど~」
……白雪さんの評価すべき点はいくつもあります。
忍耐力、思考力、判断力、行動力、それらに支えられた実現力。
僕のブラフの意図を読み取り、己の能力を存分に活かし、さらに僕の思惑を超えて行動に移し、成功させたその手腕――並みの少女にはできないことでしょう。白雪さん…おそろしい子!
「白雪さんはエリートですね」
「……はい!」
こんなに可愛らしく尻尾を振っている白雪さんですが、本当に将来は九尾になるかもしれません。
「あんたすごいじゃない」花子さんも大変感心した様子で、白雪さんの頭を撫でます。「怖かったろうに」
「……でも、白雪が始めたことだから……がんばらないとって……」
「頑張り過ぎ。でも偉いわ」
花子さんに撫でられて安心したのか、白雪さんはこらえていた涙をあふれさせました。つい先ほどまで見つかったら死ぬかくれんぼをしていたんです、それも当然でした。
……さて。
「ここから先は僕一人で、と言いたいところなんですけど。僕の偽物であるドッペルゲンガーもうろついているこの状況です。まとまって行動した方がいいでしょう」
単独行動は寿命を縮めるって、怪談やミステリーでは鉄板ですよね。なのでそうはならないようにするべきです。
花子さんも同意してくれたようで、うなずいています。
「それもそうね。で、あんたのドッペルゲンガーってどんな奴なの? 頭の先から性格にいたるまでそっくりそのままなの?」
「いえ、僕と違って笑い方が気持ち悪いですし……そうそう、声も気持ち悪いです。ねえ白雪さん?」
「……」
「ほら。白雪さんもこう言ってます」
「あんたには何が聞こえてんのよ……」
「あっ」
「なによ」
「花子さんってトイレじゃないとあまり強くなかったりします?」
「失礼ね。まあでも……そうなるかしら」
「だとすると、花子さんはここに残ってもらった方が、」
「だめだよご主人」
「……カナハ様?」
声のした方に振り返ると、「うべえ」と何かを吐き出す金蚕少女の姿がありました。
吐き出されたのは、またもや鞘に包まれた刀! もしやカナハ様のお口の中って四次元空間なんですか?
教えてカナえもん! と言いそうになったところで、カナハ様がよろよろとそれを持って、花子さんに近づいていきます。
「ちょっとあんた! ふらふらじゃない!」
花子さんに支えられると、カナハ様は手に持った刀を花子さんに手渡しました。
「赤マントを一番呪っているのは花子さんでしょ。だから、ちゃんと花子さんが殺さないといけないよ」
花子さんは怪訝そうな顔で「……これは?」と目を細めました。ああ、いいですね。目の表情が見えて新鮮です。
「妖刀『雨憚』。ボクが花子さんの髪の毛を織り込んで作った刀だよ」
花子さんは「あんたの胃袋どうなってんのよ……」と言いながらも関心を示した様子でその刀の鞘を撫でています。やはり女の子も刀剣が好きなんですねえ。
「なんか、そういう名前のやつ神話になかった?」という花子さんの疑問はまさしくその通りで、カナハ様が「そこから取ってるからね」と答えます。
カナハ様が言っているのはおそらく、天羽々斬。ヤマタノオロチを退治した剣で有名です。有名なんです。 退治する前は十拳剣という名前だったそうで、拳十個分の長さだから十拳なんだとか。天羽々斬は退治後についた称号のような名前ということらしく(羽々=大蛇)、つまり花子さんの雨憚は退治後なのでしょう(違いますか)。
そんなことを考えていると、カナハ様が「『憚』はトイレって意味だよ」と捕捉説明をしてくれました。そうそう、昔の人はトイレに行くのが恥ずかしいことと考えていたそうで、トイレに行くことも憚られる、故に憚りなんだとか。
「一気に格が上がったわね」と花子さんは満足そうです。きっと彼女はトイレに誇りを持っているんですね。
カナハ様はうなずいて言葉を続けます。
「鞘はこの世とあの世を分ける境界。刀を抜けば、君の力がこの世に現れる。使い方は君にしか分からない。だから、それを活かすも殺すも君次第」
花子さんは「そうね」と息を吐くように言い、ゆっくりと刀を引き抜きました。
「殺すわ」
次回:悪役はクズに限るんですよねえ!




