長かったわね! 花子よ!
少年にとって朝焼けと夕焼けの赤に違いはなく、この世で最も尊い赤は一日に二回訪れる茜色の空だった。とりわけ群雲の黒い影と混ざり合う赤こそが至高だと思っていた少年は、よく山に登っては赤い空を眺めていた。
少年の知人に物知りな少女がいた。少年が茜色が好きなのだと悟った少女は、少年に茜色の由来を教えた。
『茜色の茜ってね、植物の名前なんだよ。根っこが赤いからアカネなんだって。昔から赤色の染料として使われててね――』
少女は既に美しかった。理知的で大人びていながら、それでいてあどけなさの残る表情など、そう遠くない未来にさらに美しく花咲くのは目に見えていた。
少年は少女と向き合い、それまでの人生で感じたことのない感情を覚えた。
この女が全てを台無しにした。
少年にとって、少女の美しさなどどうでもよかった。少年の中に渦巻いた感情は、少女に対する憎悪だった。
少年にとって赤は赤でしかなく、そこに特別な名前も、由来も必要なかった。ぼくだけの美しい赤だった。それをこの女が汚した。どうしてこの女はぼくをこんなにも傷つける。どうして。
少年は理解できなかった。この女が媚びるような目でぼくをあざ笑っているのはどうしてなんだ。
ある日、少年は少女に誘われ、密室で、少女の中に赤い花を見た。夕日が差し込む密室の中で、ただそれだけが異彩を放っていた。少年はようやく代わりになり得る赤を見つけた。
少年は少女からあふれる赤でマントを作った。アカネを赤色の染料として使うと言ったのは少女だったから。
しかし、少年が身に纏った赤は少年にとって到底納得のいく色ではなかった。
だから、少年は繰り返した。その赤がより赤く染まるまで。
金羽織姫は赤いマントをしゃわしゃわしながら、その持ち主の記憶の断片を見ていた。
「はぐ。被害妄想の権化だもぐ。ご主人とは別方向で気持ち悪いんぐ」
金羽織姫が赤いマントを咀嚼していると、トイレの花子さんが金羽織姫の肩を揺らす。
「ちょっとあんた! カケルがいなくなったのよ! いつまでしゃわしゃわしてんの!」
「だってすることない」
「あるでしょ! 白雪とカケルを探すとか!」
「ボクは白雪やご主人の保護者じゃない」
金羽織姫は花子さんにジト目を向ける。
「むしろ、ボクのために周りが動くべきなんだよ。ボクは普通よりもとびきり綺麗なだけの蚕だ。ボクは0から100までお世話してもらわないといけないし、ボクはボクをお世話してくれる人のためにしか働かない」
「あっそ。じゃあアタシだけで行くわ」
金羽織姫は歩き出そうとした花子さんの手を掴んだ。
その手の握る強さはあまりにもふわふわな一方、その口から発せられる言葉にはあまりにもとげとげだった。
「トイレに引きこもってないと何もできない箱入り娘の君が? 赤マントが怖くて震えてた君が? 何ができるの?」
花子さんが金羽織姫の手を振りほどくと、その勢いで金羽織姫は前のめりになって倒れた。あまりにも足腰が弱い金蚕である。
「痛い」金羽織姫はおでこを床にぶつけ、そのまま力なく横たわった。「助けて」
「ちょっと!?」花子さんは慌てて金羽織姫を抱き起こす。「喧嘩売るならしゃんとしなさいよ!?」
もう意味わかんない、と言いながらも花子さんは金羽織姫のおでこを撫でてやった。
「あんたって本当に嫌な言い方するわね……飼い主に似たの?」
「ボクは悪を呪うために生まれた。だからボクは悪い奴には口が悪くなる」
「……アタシが悪い奴だって?」
「ううん。君からはそういう匂いはしない」
「じゃあ言っておくけど、あんた元々口が悪いわよ」
「そんなの嘘だ」
「……あんたたちやっぱ似てるわ」
花子さんが呆れていると、金羽織姫は「今、ボクのお世話したね」と言って花子さんの首にか細い腕を巻き付ける。
「君が悪を呪うなら、君のために働いてあげる」
「はあ? なに言ってんのあんた……」
「代わりにそのうっとうしい前髪食べさせて」
「え、ちょ、はあ!? 待って! ま、待ちなさいって!」
トイレの花子さんの悲鳴が、赤い世界に響き渡るのだった。
こんにちは。ノロイです。
紫の世界からの脱出のために奔走し、ようやく赤い世界に戻ってきたかと思えば、
「いやああああぁぁぁぁッ!!!」
花子さんの悲鳴が聞こえるではありませんか!
僕は自分がいる位置を確かめることもなく、ただ声のする方へと走りました。
「花子さん! 無事ですか!」
しかしながら、僕が心配するようなことは何一つ起こっていなかったんです。
白いブラウスに赤いジャンパースカート、黒髪のおかっぱ頭の少女がそこにはいました。
いましたが、花子さんがいません!
花子さんの代わりに、目が少し隠れる位置で――左目は全て隠れている――左右非対称に前髪が切られた美少女がいるではありませんか……ゲゲって感じですね。
ところで左目といえば太陽神アマテラスはイザナギの左目から生まれたそうですね(右目からは月神ツクヨミ)。つまり、左目のみ隠れた彼女の状態は天岩戸目隠れとでも呼ぶべきではないでしょうか。
ふと思ったんですが、怪異譚における身体部位の欠損って重要なテーマになりそうだと思いません? もしも左目が隠されている(欠損している)物語が多いとすれば、それは左目=太陽が隠れるということに大きな意味を見出していると思うんですよね。光を失った目は夜の闇を見ている、つまりこの世ならざるものを見ているのではないか――なんて発想をすると楽しくなってきました。もしかしたら近年の創作にも影響があるかもしれませんね。ああ、前世に戻って目隠れ属性キャラクターランキングでも検索してそのキャラクターの出演作品のジャンルと欠損の対応を分析したい……。
ちなみにエジプト神話における天空神ホルスの左目は月の象徴(ウジャトの目)であり、右目が太陽を象徴(ラーの目)という月と太陽の逆転が起きてるみたいですよ。同じ世界、同じ北半球で、目を月と太陽に見立てるという発想をしながら、左右は違うというのが面白いですよね。
さらに深入りするとフ●ーメイソンの神の全能の目というものがありますが、あれは確か左目でしかもそのルーツがウジャトの目=月の目なんじゃありませんでしたっけ? だとするとさらに面白いですよね。なぜならフ●ーメイソンは月の目を明らかにしておきながら、太陽の目は隠している、ということになるんですから。
……ああ、あらぬ思考に脳が支配されていました。アルミホイルがあったらかぶりたい。
なにはともあれ、こちらの片目隠れ女子に挨拶をしておきましょう。
「初めまして、乘絽衣架です」
「長かったわね! 花子よ!」
「えぇ?」
次回:マーキング




