しょーもない理由ですねぇ!
あざとい声で誘惑してくる全裸に首輪をつけた猫耳美少女を見下ろしていると、ここが異世界なのだと実感します。
え? 現実世界でもあり得ます? いったいどんな徳を積めばそんな状況に巡り合うのでしょうか。僕に教えてください。コスプレ喫茶とか行ったら出会えるんです?
と、そろそろ妄想に歯止めが利かなくなりそうなので、一発頬を殴るとしましょう。
「ふんっ! ぐぁっ!」
ふぅ。こういうときは自分を殴るに限ります。
「にゃにやってんの?」
そんな僕を見上げる猫耳少女は全裸にもかかわらずうつ伏せ姿勢から腕立て姿勢に移行したではありませんか。まずいですよ!
……。
それにしても、これって美人局だったりしませんかね。猫耳美少女の誘いに乗ったら、背後からぬらっと赤いマントの男が包丁を持ってやってくる、みたいな。
だったら上等なんですけどね。僕の目的は憎き赤マントを殺害することなのですから。ですが、おそらくそうではないのだと僕の直感が告げています。僕の直感はプロ野球選手並みなので三割当たるんです。非常に残念ですね。
さて、相手がただの露出狂の変態だと分かったところで、挨拶を交わすとしましょう。
「初めまして。僕は乘絽衣架です」
「どもども。わっちは猫又である。名前はまだない、にゃんて」
「おお猫又さんですか」
猫又――猫が長い年月を生きた末に尻尾が二股に分かれて成る化け猫。『猫に九生あり』ですとか、『猫を殺せば七代祟る』なんてことわざもあるぐらいには、昔から猫はしぶとく生き残るイメージがあるんでしょうね。もしかしたら不老不死に最も近い生き物かもしれません。
「で、猫又さんはどうしてこんなところにいるんですか?」
「お兄やんに、会うためにゃん?」
この猫、やはりあざとい。しかも首輪をつけていること以外は全裸。恐ろしい生き物がいたものですね。
しかし、僕はこんなことでは揺らぎません。
「てきとー言わないでください。僕は今すぐにでも赤マントを殺さなくてはならないんです」
「えー、殺すなんて物騒だねえ。赤マントってなんにゃん?」
……あれ、この猫又さん、赤マントのこと知らずにこの青い世界にいるんでしょうか。
「まさか、君が赤マントだったりしませんよね」
怪異というのはいつだって誰かに化けるもの。油断は禁物です。
「なんのことかさっぱりだけど、赤じゃなくて青いのなら見たよ?」
「……青いマント、ですか?」
「そーそー。白い仮面で怖い奴。あーいうの好みじゃにゃーい」
赤マントではなく青マント、ということでしょうか。青と答えれば青マントが出てくると考えるのはまあ、確かにありそうではあります。
そうそう、一応確認しておきましょうか。
「猫又さん、この世界に来る前に不気味な男の声を聞きませんでしたか?」
「にゃん?」
「ほら、赤がいいかー青がいいかーみたいなやつです」
「あ、聞いた聞いた! あれがどうかしたにゃん?」
「もしかして、その声に答えたりしませんでした?」
「しにゃいしにゃい。にゃんか怖かったし」
「本当ですか?」
「にゃんで疑うのん? ほんともほんと、だってあの時は発情に忙しかったし」
発情に忙しいなんてパワーワード初めて聞きましたね。
しかしこれはもしかすると――
「そのときの再現、できます?」
「ようやくわっちとヤル気になったにゃんねえ」
僕が黙って固唾をのむと、猫又さんは「しょうがにゃいなー」と体を震わせました。
「あおーん」
「……」
「あおーん」
「……」
……。
……なるほど。つまりこういうことですか。
『赤イマントガ欲シイカ? 青イマントガ欲シイカ?』と聞かれて、
「あおーん」
「……」
『あおーん』と声を発していたから、青判定をくらったと。
なんということでしょう。大抵のことは受け止められる僕ですが、こればかりは開いた口がふさがりません。NGワードが『冷たい』だとして、誰かが『あいつ、メタいこと言いやがって』でNG判定をくらうようなものじゃないですかやだー。生理現象とはいえ、発情も考えものです。
「どうしたにゃん?」
「いえ。あんまり発情すると寿命が縮みかねないなって」
「そうにゃん!? わっちはもう400年は発情してるにゃん!?」
「じゃあ大丈夫そうです」
話はそれますが、教会の神父は禁欲に努めているせいで寿命が短い、なんて話を聞いたことがあります。だとすると、長生きしている神父は禁欲していないから信用ならない、なんて発想が浮かんできますが罰当たりな発想でしょうか。
もう一つそれましょう。僕はラーメン大好きな一般エリートですが、ラーメンを日常の中でたくさん食べていると寿命が縮むという説がありますよね。だから、長生きしているラーメン系グルメライターは信用ならない、なんて発想があると知って面白いなあと思ったことがあります。
つまり何が言いたいのかといいますと、この猫又さんは残念ながら信用できる側のエロ猫のようです。
とんだスケベ猫に懐かれてしまいましたが、どうも彼女は赤マントが化けているわけでもなさそうですね。一安心一安心。
と、猫又さんが「ねー、わっちと遊ぼう? サービスするにゃん?」と四つん這いのまま迫ってきましたが、これでは生まれたての赤子と何が違うのやら。僕は美術館に飾られている女神には興奮できないんですよね。カナハ様に衣装でも作ってもらいましょうか。
なんて余計な思考に時間を使ってしまいました。
「遊ぶのは別に構いませんが、後にしてください。あと、猫の姿に戻ってください」
「えーん。男の人は裸でにゃんにゃん言ってれば喜んでくれるのにー」
と、名無しの猫又さんが発火しました。僕は「えぇぇー!?」と驚愕するとともに急いで火を消そうと彼女に覆いかぶさりましたが、手応えがありません。
「お兄やん心配してくれたん?」
そんな声が自分の身体の下から聞こえてきました。がばっと起き上がると、そこには人型ではない猫又さんがいたのです。
「にゃはは。燃えてるわっちに覆いかぶさってくれたんは、おばあ以来にゃんねえ」
「おばあ……?」
「なんにゃん。わっちがババアだって言いたいにゃん」
「いえ別に言ってませんけど」
なんでしょう、急に迫力が増しましたね。しかも理不尽。怪異はいつだって理不尽です。ねえカナハ様?
「まあともかく、無事なんですね。びっくりさせないでくださいよもー」
「あおーん」
「発情もしないでください」
猫又さんは猫型に戻って早々、僕の足元で再び8の字を描き始めました。
「ところで、お兄やんはここから出たいのー?」
「そうですよ。一刻を争うんです。なので、今はあなたと遊んでいる時間はないんですよ」
「わっち、ここじゃない場所に出られるとこなら知ってるよー」
「…………え?」
僕が喰いついた見るや、猫又さんは「にゃはは」と嬉しそうに笑います。「わっちのお願い聞いてくれるなら、案内したげるにゃん」とちょっと低い声を出しながら舌なめずりするのでした。
次回:トイレの水で体を清めるアラフォー(400)




