青
赤マントの胸を突き刺した刀がずずずと奥深くまで入っていきます。
赤マントは「ナ、ゼ」と自分の置かれた状況が分かっていないようだったので、「君が救いようのない悪だからですよ」と教えてあげました。情状酌量の余地なんてありません。なぜなら僕がドアを開けた瞬間、既に彼は包丁を振りかぶっていましたから。
刀を押し込んでから引き抜き、今度は白い仮面に向けてもう一度突き刺します。怪異の殺し方なんて知りませんが、急所を貫けばいいんでしょうか。それでいいですよねきっと。
赤マントの胸を蹴り飛ばし、その勢いで刀を引き抜きます。「殺せましたかね」とカナハ様に聞くと、「うん。死臭がする」と返ってきたので、多分大丈夫なのでしょう。
「さて、白雪さんを呼びましょうか。というか、白雪さんならこの声も聞こえてますかね」
ひとまず目的の一つを達成できたので、白雪さんと合流しなければ。
と、思っていたその時。
「ちょ、ちょっと!?」花子さんが動揺したような声を出しました。「なんで何事もなかったみたいに話を進めてるの!?」
花子さんのその様子を見て、僕は自分の配慮のなさを呪います。
「すみません花子さん。僕としたことが、花子さんが呪うべき相手をあっさり死なせてしまいました。ただ、オリジナルの赤マントが残っているはずなので、本番はこれからですよ」
「そうじゃなくて……! あんた、なんでそいつがいるって分かったの……というか、オリジナルって何の話??」
ああ、そういえば花子さんには説明してませんでしたね。
「かくかくしかじか白雪さんが赤マントの残穢に返事をしたのでもう一人のコピー赤マントが出現したというのが我々の見解です」
「はあ!?」
「で、なぜコピー赤マントが待ち伏せしていることを予想できたのかにつきましては……花子さん? ついてこれてますか?」
「……………………」
花子さんはしばらく呆然としていましたが、「いいわ。とりあえず続けて……」と納得したようです。ああ、良かった。怒ってるわけじゃなさそうですね。
僕はほっと胸を撫で下ろし、説明に入りました。
「僕は単純に、自分が赤マントだったらどう動くだろうなって考えたんです――」
狐の少女を殺したい。でも逃げられたくない。そのためにはどうするべきか。前にこの世界に来た男には逃げられてしまった。僕の住んでいるトイレとは反対の方にあるトイレからだ。まずはそのトイレに向かわなくてはならない。
「――まあ、そんな感じでしょうか。それでトイレで待ち伏せていたら3番目の個室の中から僕らの声が聞こえてきて、それはもう棚からぼた餅の気分だったでしょうね。ドアに耳をそばだてて、舌なめずりでもしていたんじゃないですか。本当に気持ちが悪いですよね」
僕がそこまで言うと、花子さんは先ほどよりも落ち着いた様子で口を動かしました。
「でも、あんたに逃げられたのはオリジナルの赤マントなんでしょ? 今殺したコピー赤マント? には、ここで待ち伏せするなんて発想は浮かばないはずじゃない」
さすが花子さん、そこにすぐ気がつくとは。類は友を呼ぶと言いますが、エリートはエリートを呼ぶのでしょう。
「僕もそう思います。ただ、こう考えたんです。コピーがオリジナルの体験を記憶しているのではないか、と。オリジナル赤マントが僕に逃げられてから自分のトイレに戻るまさにそのタイミングでコピー赤マントが誕生したとするなら、『逃げられた』という体験をコピー赤マントが記憶しているかもしれませんよね」
この発想は『沼男』という思考実験から来るものでした。
沼の近くで男が落雷によって死亡した瞬間、沼にも落雷が落ちたことで偶発的に何らかの化学反応が起き、沼の中から死んだ男と原子レベルで脳の状態まですべてが同一の存在が誕生……したとして、この沼男は死んだ男と同一存在であると言えるだろうか? みたいなことを考えるお話だったかと思いますが、それはまあともかく。
「別に待ち伏せしてないならしてないで良かったんです。その場合は刀が空を貫くだけでしたから」
と、ここまで聞いた花子さんですが、「なんか頭が痛くなってきた」とため息交じり。しばらくして、花子さんは小さく笑って言います。
「あんたってほんとヤバいわね」
ところで『やばい』という言葉は古くは江戸時代の泥棒や犯罪者の隠語である災厄の厄に場をつなげて『厄場』を語源とする説と、射的場を意味する『矢場』を語源とする説があるそうで、いずれにしてもそこにいると『やばい場所』という意味だそうですね。
しかししかし、災い転じて福となすがごとく、現代においてはいい意味で『ヤバい』と使われるようになっているんですねーこれ。
つまり、花子さんに言葉に対するベストアンサーはというと――
「それほどでも///」
「褒めてないわよ。なんなのよ今の間は」
――そんなやりとりがありつつ、僕らは時間が過ぎるのを待ちました。
コピー赤マントが死んでからも世界が赤いままなのは不気味でしたが、少なくとも赤マントは外からの呼びかけがなければトイレの個室の外に出ることはないはず。もしも白雪さんがそのことを察していたとしたら、おそらく安全な今のうちに僕らがいるトイレに駆け込んでくる線もあったのですが……白雪さんに動きはまだないようです。
「ねえ」花子さんが僕の腕を掴んで言います。「迎えに行かないの?」
花子さんの心配そうな言葉を聞いても、僕は何も言えませんでした。
考えていたんです。
どうすれば、オリジナルの赤マントを確実に仕留められるかについて。
ところで、僕は咀嚼音系のASMRの何がいいのかさっぱり分からない人間だったのですが、つい先ほど仕留めた赤マントの赤マント(そのままの意味)をシャワシャワ貪っているカナハ様を眺めていると、案外悪くないなと思えてきます。狂気的な絵面に目をつぶれば。
そんな僕の視線に気がついたのか、カナハ様の白目にぐりんと赤い瞳が戻ってきました。やはり瞳がある方が可愛らしいです。
「ねえご主人、もしかして白雪、ボクたちの声が聞こえないんじゃないかな。いくら耳が良くたって、死体の山に隠れていたらさ」
その言葉を聞いて、僕はうなずきます。よくぞおっしゃってくれました、カナハ様。
「それもそうですね。では、こちらから迎えに行きましょうか」
トイレの個室の境界を踏み越えたその時、ありえないことが起きました。
《【選択の赤と青】》
《【青】》
僕の視界が青く染まったのです。
次回:猫又さん(アラフォー(400))




