不意打ち
「どうして赤マントの世界と花子さんの世界が繋がっていたのか。どうして赤マントと花子さんは二人とも3番目の個室にいたのか。同じトイレの怪異だからなのか。その線も確かに捨てきれない。けど、もっとしっくりくるのは、二人の間に絆が結ばれているという線だね――」
――二人はきっと、呪われた赤い糸で繋がっているんだよ。
カナハ様の推理を聞いた花子さんは、顔を背けました。深いため息は震えを伴い、トイレを流れる水音から浮いて聞こえます。
「そうよ」花子さんは腕を組んで言いました。「怖いのよ。あの男と関わるのが。もしもアタシの方からあいつに関わりに行ったら、アタシの【三番目の玉座】も侵されてしまうかもしれないじゃない。そうなったら、アタシ――」
花子さんの声は震えていませんでした。ですが、体の震えが見て取れます。彼女はいったい、あの男に何をされたのでしょうか。どんなむごいことをされたのでしょうか。3番目の個室で、何があったのでしょうか。
僕は考えて、考えて……考え抜いた末に、言葉を選びました。
「僕を赤い世界に連れて行ってください」
うん。言ってみてしっくりきます。やはりこれしか言うことがありません。
僕の言葉をどう受け取ったのか、花子さんは「ふざけないでよ……」と感情的な声を出しました。
「あんたみたいな奴には分からないんでしょうね……自分を……殺した男に立ち向かえと言われた、女の子の気持ちなんて……!」
「そうですね。僕は昔から、あまり他人の気持ちが分からないんですよ」
「……っ!」
「いいから、早く僕を連れて行ってください」
花子さんが大きく口を開いて、わなわなと何か言おうとしています。いったい何を言おうとしているのでしょうか。
「あんたなんか、友だちでもなんでもないわ」
いけない。花子さんがトイレのドアノブに手をかけているではありませんか。閉められてしまう前に、僕はそのドアに腕を差し込みます。
肘関節がねじ切られるのではないかと思うほどの痛みに、僕は「あいたたた」と悲鳴を上げました。ですが、そんなことで引き下がるわけにはいきません。僕にはやるべきことがあるんです。
「ご主人、腕が千切れるよ」
「ノープロブレムです」
カナハ様が心配してくれていますが、とはいえ僕は引き下がるつもりはありません。今まで、僕は一度だって引き下がったことはありません。自分にできることは何でもします。それが、エリートたる者の使命なんです。
「花子さん、油断しましたね。いくら【三番目の玉座】があっても、ドアが開いた状態ではその真価を発揮できないんじゃないですか」
「く……この……!」
呪力というものの扱いはまだよく分かりませんが、要は僕の体の内から溢れ出る黒いエネルギーをコントロールすればいいのでしょう? だったら、今こうしてドアに挟まれている腕に呪力を集めて、その次は踏ん張りが利くように両足に集めるとしましょう。
「い、いや――」
ドアをこじ開けると、花子さんの悲鳴が響きました。
その瞬間、僕はいくつもの残穢を視ました。赤いマントを着た男に、何人もの少女たちが蹂躙される瞬間を。赤い世界を。もしかしたら彼女の目には僕がその男に見えていたのかもしれません。
「花子さん。僕は他人の気持ちを理解するのは得意な方ではありません。肝心な時に限って、悪気なく余計なことを言ってしまうからだと自分でも理解しているつもりです。そして、この僕の特性というのは一生治ることはないのでしょう」
「いや……いやぁ……」
「だから、花子さんの方が僕を理解してください。僕が何を成そうとするのかを」
「……………………なにを……なそうと……?」
「はい」
「あんた……血が……」
「はい?」
あー、腕から出血していますね。あれ、ちょっと骨も見えてませんか? なかなかの痛みですねーこれ。
「まあ、そんなことはどうでもいいんです」
と言って、僕は花子さんの前髪の奥に隠れた目を、改めて見つめました。
「花子さん。僕を赤い世界に連れて行ってください。君を赤マントの呪縛から解き放つために、僕を行かせてください。白雪さんを助けるためにもお願いします。僕に、赤マントを殺させてください。僕があなたを守ります」
そこまで言ってから僕は思いました。あれ、こんなに言いたいことがあったんですねって。いつも思いますが、言葉が足りるように話すのって難しいですよね、本当に。
そんな僕に呆れたのか、花子さんは僕の胸を思いきり拳で叩きました。ぐふっ。呪力がこもっています……。
「……なんなのよ、あんた。ほんとに……本当に信じられない……」
うつむいていた顔が上がると、その前髪に隠れた目から涙が流れているのを僕は知りました。
「最初からそう言いなさいよ……ばか」
どうしていつもこうなるんでしょうか。僕はいつだって善人なのに、最終的に怒られるんです。馬鹿と言われるのは心外ですが、なんとなくここは黙るべきなんでしょうね。前世で得た経験を、今ここで活かすとしましょう。
「花子さん、早く連れて行ってください」
「ほんっと最低! 連れて行けばいいんでしょ! 連れて行けば!」
花子さんがぷんぷん怒りながら個室に入るように手を引っ張ってくれましたので、僕とカナハ様もそこに収まります。
ドアが閉じられました。
「それでご主人、どう動くつもりなの」
カナハ様が可愛らしい触覚をひくひくさせて僕に尋ねてきます。
「実はもう決めてるんですよね。白雪さんにはいざという時のための避難場所を共有しているので、そこに向かおうと思います」
「そんなの初耳だ。どこなの」
「それはですね、中央広場の人間蟲毒会場の死体の山の中です」
僕はそう言いつつドアを開け、目の前が赤く染まると同時に、待ち伏せしていた赤マントの胸を刀で貫きました。
次回:青




