立地がリッチな邪神殿
トイレの花子さんとの激しい攻防の末、僕たちは友人になりました。昨日の敵は今日の友ってね。
花子さんは僕の胸に寄りかかっているカナハ様を指さします。
「その子はいったい何なの? とんでもない呪力感じるんだけど」
「あ、呪力感じちゃいました? 彼女は金羽織姫様ことカナハ様です」
かくかくしかじか四角いコトリバコではありませんが、僕は万蟲苦博覧会も含めた事の経緯をかいつまんで説明しました。
すると花子さんは心底嫌そうな顔をします。
「きっしょ」
「トイレに住む人にきっしょとか言われたくないです」
どうも蟲毒と聞くだけで人は忌避の感情を隠さなくなるようですね。他人の趣味嗜好についてとやかく言うのは良いこととは言えません。
「まあでも」花子さんが言います「ここの連中よりは、ギリましかもね」
ここの連中とは、邪教徒たちのことでした。
「見たところあんた――ノロイカケルだっけ。名前まで終わってるわね」
「たとえ花子さんでも両親からいただいた名前を侮辱することは許しません」
「そう……ごめんなさい」
「許します」
「で、あんたはここの気色悪い連中の仲間ではないんでしょ。身に纏う空気が違うわ」
「あ、分かります? エリートですから」
「ねえやっぱり友だち解消していい?」
「今の流れでどうすればそうなるんですか」
せっかく手に入れた友人、逃してなるものか。と思っていると、花子さんの視線(前髪で目が見えないけど)が移りました。
「その子は?」
そう促され、いつの間にか僕の服の裾を掴んでいた白雪さんを見つけます。
「おお、白雪さん。どこに行ってたんですか?」
「隠れてました」
「さすが白雪さん」
「へへへ……」
「あんたたちってそういう感じなのね」
どういう感じなんだろうと思っていると、花子さんがきょろきょろし始めます。
「ねえ、まさかとは思うけど、他の連中一人もいないの? どっか行っちゃった?」
「はい。ここに元々いた邪悪な方々は全員死にました」
「行ったというか逝ってるじゃない! どうやって……?」
「僕と白雪さんで呪い殺しました」
僕がそう言うと、花子さんは「嘘でしょ……」と両手で口を隠しました。目隠れからの口隠れ、鼻も隠せばのっぺらぼうさんですねえ。
なんてことを考えながら僕は白雪さんと目を合わせました。
「嘘じゃないです。ねえ白雪さん?」
「……です」
少し自信なさげな白雪さんですが、あのタイミングの良さを考えると呪いが成功したと考えるのが妥当です。何より、成功したと信じたいのが人の性というもの。
ですが、花子さんは得心がいかない様子でした。
「そんなにあの人たちって強かったんですか?」
と僕が尋ねると、花子さんは首を縦に振ります。
「一人一人が相手ならアタシでも呪い殺せると思う。けど、それが二人や三人になってくると途端に厳しくなると思うわ。あんたたちはあいつらに何も感じなかったの?」
言われてみると、あまり脅威には感じませんでした。ただそれはおそらく、僕が前世で死ぬ瞬間にもっとおぞましい『なにか』に襲われたからだと思います。
それに、こちらの世界に転生してみればカナハ様のご登場というわけで、それらに比べるとどうも迫力に欠けるんですよねーカケルだけに。
そんな僕の様子を見て呆れたらしい花子さんですが、
「これは立ちションする連中の会話から知った話だけどね。ここってけっこう立地がヤバいみたいよ」
「ヤバいとは?」
「まず、東側にはキリアっていう誇り高い神様を崇拝する国があって、邪神教団なんて絶対に許さないって人たちがいっぱいいるの」
「ヤバいじゃないですか。ここ邪神殿ですよ」
もしかして、僕らを襲いに来たあの騎士団、キリアの人たちだったんでしょうか。
「北側はアンフ山脈っていうどでかい山々に守られてるわ。鼻白山脈とも呼ばれてるらしいわ。なんでかは知らないけど」
「安心じゃないですか」
北側をあまり心配しなくていいのは安心ですね。
「で、南にはナジオン海峡っていう細い海の道があってね? イーヌ海っていう海と、マナ湖っていう海を結んでいるの」
「マナ湖? 湖なのに海なんですか?」
「イーヌ海とマナ湖は、大陸の西の果てにあるオレイユ海っていうとこと繋がってるらしいわよ? で、マナ湖は巨大な湖に見えるみたいね」
「あーそっか、内海ってことですね」
「義務教育終えてないから詳しくは分からないわ。で、イーヌ海とマナ湖の間――つまり、ナジオン海峡の向こうにはグラベラっていう都市国家? があるそうよ」
「なー、るほどー」
なんだか立地がリッチですね。
「それから西にはブレファリス帝国っていう大陸統一を目指している帝国があるわ」
「ヤバいじゃないですか。ここも侵略しに来ますよこれ」
「ブレファリスとキリアはすっごく仲が悪いわ」
「間に挟まれてるじゃないですか」
「つまりここはヤバいわよ」
どうしましょ。いきなり衣食住がそろったイージーな異世界生活スタートしたと思いきや、かなりハードな状況じゃありません??
「あの、邪神教団はどうやってここで生き延びたんでしょう?」
「どうなのかしら? 資源については、一般教徒に農耕させたり」
「はいはい」
「海峡を通る船から通行料をとったり」
「あー」
「強奪したりしてるそうよ」
「蛮族じゃないですか」
「かなり強めのね。たいていの悪事はやってるみたいよ。帝国から逃げてきた農民とかを、キリアかグラベラに逃げる前にとっつかまえてこき使ったりね。生贄の足しにもするらしいわ」
「鬼ですか」
「鬼よ」
まったく、滅びてよかったですねえほんとに。
「一番ヤバいのは召喚の儀よね。これまでに何百何千、下手すれば何万もの命が犠牲になったんじゃない?」
恐ろしい話ですよほんと。人間蟲毒なんて人間のすることじゃありません。
それにしても、召喚の儀ですか。
僕はふと、閃いてしまいました。
「もしかして、花子さんもこの神殿の儀式で召喚されたんですか?」
怪異の異世界召喚――そんなことがあり得るのでしょうか。そんな僕の疑問に対し、花子さんは答えを示します。
「想像したくないわよね。自分が人の命を使って召喚されただなんて」
「……」
確定です。この世界に、僕の前世に存在したはずの怪異が紛れ込んでいる……それもおそらく、花子さん一人ではないのでしょう。
「花子さん、他にもいるんですよね。怪異が」
「いるわよ。このトイレにいる間もずっと大量の気配を感じていたわ」
花子さんは腕を組んで続けます。
「みんなどっか行っちゃったみたいだけどね」
「なんででしょう?」
「さあ? もっと人がたくさんいる場所にでも行ったんじゃない? アクロバティックサラサラなんて、大陸最南端で暮らしている……確か、クンチタ族ってのを探しに飛んでったみたいよ」
「悪皿さんが!?」
アクロバティックサラサラ。略称『悪皿』さん。長くサラサラとした髪をなびかせ、ビルとビルを股にかけるコンクリートジャングルのヒロイン。まさかその名をここで聞くとは思いませんでした。
「悪皿さんは、なんでそんな辺境に?」
「なんでも、クンチタ族ってみんなクルクル巻き毛民族なんですって。それが本当か確かめるために」
「ジャングルの奥地へと向かったわけですか……」
「ジャングルかどうかは知らないけど」
ぜひ会ってみたいですが、この場所がどのあたりかすら把握できていないので、先の話になりそうですね。
僕が悪皿さんが大陸を駆ける姿を妄想していると、
「いいわよね。自由で」
と花子さんが言うではありませんか。
「花子さんは、自由じゃないんですか」
「さあね」
結局、花子さんは僕の問いには答えてくれませんでした。
ただ、不吉な予感だけを残して、この会話は終わったのです。
次回:ドッペルゲンガー×フェチ(尻)との遭遇




