ぜんいんぶっ殺します
神殿と聞いて真っ先に思い浮かぶのがパルテノン神殿な僕は、日本人失格の烙印を押されるのでしょうか。そんなことを考えていると、僕の背中で寝ていたはずのカナハ様がまるで心を読んだかのように言うのです。
「ご主人は人間失格」
「人間合格ですよ」
人間失格といえば、あの超有名な文豪先生は『一千の怪談を覚えて居る』とおっしゃったそうですね。脱帽ものの記憶力ですが、もし本当なら一人で百物語10回できてしまいます。
百物語とは、新月の夜に複数人で怪談を持ちより、用意した100本の蝋燭の火を一人が語り終えるたびに吹き消していき、全てを消し終えた時に本物の怪異が現れる――という儀式です。そう考えると、百物語って蟲毒――特に金蚕みたいですね。百匹の生き物を争わせた末に最強の一匹が現れる感じが似ている気がします。あれ……百物語って蟲毒なのでは……?
「それにしても本当に広いですねえ、この神殿は」
かなり力のある組織だったのでしょう。住居を兼ねた大神殿は三人で暮らすには広大で、僕らもまだその全貌を把握していません。邪神教の傘下にある近隣に暮らす住人達も神殿内部には入ったことがないため、詳しい構造は知らないそうです。今になって邪教徒が全滅したのが悔やまれますね。
「三人で暮らすにはあまりにも広すぎますねえ。管理できませんよーこれ」
小走りする白雪さんの白衣姿を見守りながら歪に曲がった通路を歩いていると、僕はふとナイスアイディアを思いつきました。
「周辺住民のみなさんにここに住んでもらえばいいのでは?」
エリートなひらめきでしたが、それを快く思わない人物が一名。
「いや!」
白雪さんが振り向い方と思えば、両手を握って首と尻尾を大きく振ったのです。
「カケル様とカナハ様だけでいいです!」
予期せぬ反抗勢力の登場に、僕も開いた口が塞がりません。
「人間なんてみんな死ね!」
そう吐き捨てると、白雪さんは脱狐のごとく走り去ってしまったのでした。
「白雪さーん! 僕も人間なんですけどー!」
ふふ、聞いてくれません。白雪さんの後ろ姿がどんどん小さくなっていきます。
いつの間にか起きていた背中のカナハ様が、赤い目をぱちくりさせてから口を開きました。
「ご主人は人間失格だから」
「人間合格ですよ?」
僕は白雪さんのことをほとんど知りません。知っているのは、生贄としてあの人間孤独会場に放り込まれたことぐらいです。それだけでろくでもない人生を歩んでいたことは間違いないのですが、人間に対してあれほど恨みを抱いていたとは思いもしませんでした。
恨み……いえ、それだけじゃありませんね。やはり恐怖が大きいように思えます。エリートな僕は繊細な気遣いができるので、その根源について土足で踏み込むような真似はしませんでしたが、そうも言っていられないかもしれません。
「白雪さーん! どこですかー!」
日はすっかり傾いて黄昏です。逢魔が時とも呼ばれるこの時間帯に、僕は神殿中央で白雪さんを探していました。他の場所はひと通り残穢を探ったので、残るはここしかありません。
神殿中央は残穢が酷く、特に蟲毒穴周辺はどす黒い血のような痕で覆いつくされています。もしやと思い、開きっぱなしの人間蟲毒会場を上から覗いてみると、邪教徒たちの積みあがった新鮮な死体の横で丑の刻参りならぬ逢魔が時参りをしている白雪さんがいました。
「打つべしッ! 打つべしッ!」
素晴らしい。僕が教えたことをきちんと学んでいるではありませんか。白雪さんの『打つべし』には職人魂がこもっていました。
僕は急いで死体でできたバベルの塔を駆け降ります。
「白雪さん!」
呼びかけますが反応がありません。一心不乱に骨ハンマーを打ちつけている白雪さんですが、その目には涙が浮かんでいます。
「白雪さんは、どうして人間に死んでほしいんですか?」
僕は白雪さんの隣に屈んで、彼女に尋ねました。白雪さんは尖った耳をぴくりとさせましたが、その手を止めません。
「僕もね、殺したいほど呪う相手がいたので、少しは分かる気がします」
白雪さんの手が止まりました。
「カケル様も……?」
ようやく振り向いた白雪さんに、僕は素直な気持ちで答えます。
「もちろん。生きている限り、程度の差はありますが、人は人を呪います。もっとも、白雪さんと僕の場合は普通の人のそれよりも程度が大きいかもしれませんが」
僕が笑うと、白雪さんが僕の手に触れました。
「カケル様は、だれに死んでほしかったの……?」
……誰に、か。
「この世界の悪、そのすべてですかね」
「……すべて?」
「そう。特定の誰かを呪ったこともないわけではありませんが、僕が呪うのはすべてです。ある意味、白雪さんと同じですね」
「……」
やはり、白雪さんもエリートの資質ありですね。『同じ』という言葉に反応したように見えました。白雪さんはきっと、人間にむごい目に遭わされた――しかし、それは数多く存在する人間の中でも『悪』と呼ばれる存在なのです。白雪さんは、そのことを切り分けて考えるだけの分別があるに違いありません。
と、白雪さんが僕の目を真っすぐ見て言いました。
「ぜんいんぶっ殺します」
「あれぇ?」
想像以上に殺意MAX。かと思いきや、白雪さんはこう付け加えます。
「……カケル様は、死んでほしくないです」
白雪さんは丑の刻参りセット(白骨エディション)を大事そうに抱えながら、尻尾を垂れました。
「ごめんなさい……」
謝る白雪さんの手の甲をポンと叩いてから、僕はその手を握って言います。
「きっと僕以外の人間にも、エリートはいますよ」
生きるということは結局、良くも悪くも世界に巻き込まれに行くということ。僕やカナハ様とだけ関わり続けるのは、白雪さんにとって良いことにはならないでしょう。
「カケル様、あのね――」
その後、白雪さんは自身の壮絶な人生経験について、拙いながらも一所懸命に言葉を紡いで教えてくれました。
推測するに、白雪さんは奴隷の夫婦の間に生まれたようです。ご両親は二人とも喉を潰されていて、声を発することはなかったようですが、白雪さんは二人の間にいることさえできれば幸せだった。
しかし、ご両親は、このままではだめだと思ったんでしょうね。白雪さんと一緒に脱走を図り、すんでのところでご両親だけ捕まってしまった……いえ、ご両親は白雪さんだけでも逃がそうとしたのです。
振り返る白雪さん。
透明に叫ぶご両親。
白雪さんはどうやら、ご両親が殺される瞬間を見てしまったようでした。
それから、白雪さんは奴隷以外での生き方を知らないまま道なき道をゆき、ついに邪教集団に捕まり、今に至ったのです。だから初めて会った時、死んだ目をしていたんですね。
……ところで、僕は最初、白雪さんが『誰について話しているか』を理解するのに手間取りました。というのも、白雪さんの口から、しきりに『オス』とか『メス』という言葉が発せられたからです。
ただ、じっくり話を分析していくうちに、それらが『父親』と『母親』を意味しているのだと分かりました。白雪さんは自分のご両親のことを、愛おしそうに『オス』『メス』と呼ぶのです。おそらく、ご両親が奴隷商か何かからそのように呼ばれていたのを、白雪さんも模倣したのでしょう。
僕は白雪さんにこう教えたくなりました。『オスとメスではなく、お父さんとお母さんって呼ぶんですよ』と。
結局、言えませんでした。
「白雪さん、話してくれてありがとうございます」
いつの時代にも、
どの世界にも、
やはり地獄はあるんですね。
そのせいで第二の人生にもう一つ大きな目標を見つけちゃいました。
僕は白雪さんの手を引き、死体の山を力強く踏みにじり、登っていきます。
外に出ると、夜はすぐそこでした。
「綺麗ですね」
日の出と日暮れの違いって、なんなんでしょう。実際、今この目に映る紫色の空が、僕には夜明けに見えました。
いつか果たす、白雪さんの復讐の夜明けです。
次回:トイレの花子さん




