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サボリーマン、異世界を無自覚最適化~わし、恋愛したいだけなのに~  作者: 木漏れ日☆
サボリーマン、チームを作る

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第31話 サボリーマン、在庫管理で廃棄を減らす

春の終わりになると、母親は物置の芋箱を空ける。


木の箱が壁ぞいに三段に積んである。冬のあいだ、上の段から月にひと箱ずつ開けて食べてきた。最後に残るのは、いちばん下の段の箱だ。母親は袖をまくって、その箱の底のほうまで手を入れる。


出てくるのは、だいたい、ろくでもない芋だった。


芽が、わしの指より長く伸びたもの。しわしわに縮んで、握るとぶよぶよするもの。黒く腐って、においだけで鼻が曲がるもの。箱の底へ行くほど、ひどくなる。


「……今年も、こんなに出たかい」


母親は腐った芋を一つずつ見分けて、かごに放りこんでいった。速かった。指も折らないのに、母親の口はかごに入った芋の数を一つも間違えずに数えていた。


「二十と、七。去年より、三つ多いね」


秋になると、母親はよく、積みあがったこの箱の前で言う。


冬まで、一人分足りないよ。


小さいころから何度も聞いた言葉だ。そして春になると、たいてい下の段の箱の底から、一人分くらいの芋が腐って出てくる。


足りないのではない。腐っているのだ。


◇ ◇ ◇


腐った芋を捨てに行くのは、子どもの仕事だった。


「くさい!」


「くさい」


双子がかごの両はしを持って、顔をそむけながら歩いた。顔をそむけているので、前を見ていない。二人そろって物置の柱にぶつかって、かごが傾いた。


腐った芋が一つ、ころころと転がって、ネルの足もとで止まった。


ネルは、それを踏んだ。


ぐしゃ、と音がした。


ネルは自分の足を見て、少し考えてから大声で泣いた。母親の背中のティアは、泣いているネルを見て、なぜか手を叩いて喜んだ。カイはノエル先生にもらった木切れの組み合わせを抱えたまま「くっさ!」と叫んで、屋根の上に逃げた。


フィンだけが黙って、転がった残りの芋を拾い集めていた。八の字の眉のまま、腐った芋を一つずつかごに戻していく。この家でいちばん文句を言わない子は、いちばん損な役をいつも引く。


わしは、かごの中をのぞきこんだ。


腐っているのは、下の段の箱の底の芋ばかりだった。同じ秋に入れた芋でも、上の段の箱は底まで固かった。下の段の箱は湿った土間にじかに置いてある。うしろの板壁は昼の日が当たると温かくなる。温かくて湿ったところに置いた芋は、芽を出すか腐るかの、どちらかしかない。


五つの冬、ルカが箱に引いた線は、下の段の箱だけ春に合わなかった。あのとき、線より先に芋が尽きた。


前世のじいちゃんの畑のはしには、芋の室(むろ)があった。


地面に掘った、大人の背丈ほどの穴である。底にわらを敷いて、芋を入れ、上からふたをして土をかぶせる。じいちゃんの芋は春になっても、しわ一つなかった。


前世の会社のサーバー室も寒いくらいに冷やしてあった。熱がこもると機械が音を上げる。芋とサーバーは、暑いのが苦手である。


在庫は、置き場所で腐る。会社の倉庫でも、すみで忘れられた部品の箱が、毎年決まった時期に、まとめて捨てられていた。マネなら、芋の一つ一つに入れた日を書いて、古いものから出す順番を決めていただろう。


この家には、字を書く芋はない。


だが、穴なら掘れる。


◇ ◇ ◇


場所は、わしが決めた。


物置の北側の、少し高くなったところ。日が当たらず、雨の水がたまらない。父親の畑の水路からも十歩は離れている。土を棒でつついて、固さと湿り気を確かめた。じいちゃんは穴を掘る前に、いつも土をなめていた。さすがに、なめるのはやめておいた。


大きさは縄で地面に四角を描いて決めた。深さは、わしの背の一つ半。


ふたは、自分で作った。


物置の古い板を三枚、裏で並べて、桟を二本渡して、釘のかわりに木の楔で留める。板と板のすきまは木くずと松やにで埋める。前世の親父の現場で、何百回と見て、何十回と手伝った手順だった。手はちゃんと覚えていた。


縄の四角に載せてみると、ふたは、ぴたりと合った。


困ったのは、穴のほうだった。


棒で土を掘りはじめて、十回で腕が上がらなくなった。八つの体は背も力も足りない。持ち上げた土が前世の倍は重い。この調子で背の一つ半まで掘ったら、掘り終わるころには九つになっている。


わしは棒を置いて、考えた。


昔読んだ本に、こういう話があった。塀のペンキ塗りを言いつけられた少年が、さも楽しそうに塗ってみせて、通りがかった友だちに塗らせてくれと頼ませる話だ。


この家には、うってつけの言葉がある。


「……ミナ。ニナ。フィン」


わしは縄の四角を指さした。


「この中、宝が、うまってるかもしれない」


双子の目の色が、変わった。


この家の子どもは宝探しという言葉に弱い。二年前の秋には、カイの「宝探しだ!」のひと声で、畑じゅうを掘り返した前科がある。


「たから!」


「たから」


「……ぼくも」


三人は物置から鍬と木の匙と鍋のふたを持ち出して、縄の四角に飛びこんだ。


……先月は競争で、今月は宝である。この家の子は、だまされやすい。


「縄の外は、掘っちゃだめ。底は、ぼくの背の一つ半まで」


わしは言った。三人は、聞いていなかった。


◇ ◇ ◇


三人は、よく掘った。


ミナは鍬を振り回し、ニナは掘った土を一つずつにらんで検品し、フィンは黙って鍋のふたで土をすくい出した。わしは穴のふちで、土の山の上に座って「そこ、もうちょっと」とだけ言っていた。


親父の現場でいえば、現場監督である。いちばん汗をかかない役だ。


昼すぎには、穴はわしの背を越えた。


夕方には、背の一つ半になった。


「そこまで! もう、いいよ」


わしは言った。三人は、聞いていなかった。


宝がまだ出ていないからだ。


ミナが縄の外に向かって、横に掘りはじめた。スコープ(※1)外である。ニナがそれについていった。フィンは二人の掘った土を、黙って外に出しつづけた。


穴は横へ横へと伸びていった。水路のほうへ。


「ミナ! そっちは、だめ!」


わしが叫んだのと、ミナの鍬が何か柔らかいものを突き破ったのが、同じだった。


穴の横腹から、水が噴き出した。


父親の畑の水路だった。十歩は離れていたはずの水路に、横穴がちょうど届いていた。


「みず!」


「みず」


「……」


三人は膝まで水につかって、穴の底で立ちつくした。水はどんどん増えていく。わしは、ふちから手を伸ばして、ミナの手をつかみ、ニナの手をつかみ、最後にフィンを引っぱり上げた。四人とも泥まみれになった。


畑から父親が走ってきた。穴と、水路と、泥まみれの四人を、順番に見た。


「……水路が」


一語だった。


母親は腹を抱えて笑っていた。ティアも背中で笑っていた。


◇ ◇ ◇


水路の穴は、わしがふさいだ。


水路の水を上の堰で一度止めてもらう。崩れた土手の土をかき出して、粘り気のある赤土をこねて、拳ほどの石と交互に詰めていく。最後に、表を棒で叩いてしめる。


水は、弱いところを必ず見つける。だから、継ぎ目は二重にする。親父の口ぐせだった。


わしは、継ぎ目を二重にした。


堰を開けても、土手は一滴も漏らさなかった。父親は土手をしばらく見ていた。それから、わしの頭に泥だらけの手をのせた。


穴には膝の高さまで水がたまっていた。


人が下りてかき出すと、泥に足をとられる。わしは物置から丸太を一本出して、穴の上に渡した。丸太の真ん中に、ふたのついでに削っておいた木の車をはめて、縄をかける。縄の先に、桶を一つ。


縄は、こすれるところから切れる。前世の親父は、現場で滑車を使うとき、まず縄がどこにこすれるかを見ていた。丸太にじかに縄をかければ、縄も丸太もすぐにすり減る。だから、車に通す。


桶を下ろして、引いて、上げる。水をあけて、また下ろす。


「井戸と同じだね」


笑いやんだ母親が縄を一回引いた。手つきが毎朝の井戸のままだった。桶がするすると上がってきた。


水の片づけが、そのまま仕掛けの試しになった。


穴の横に伸びた部分は、三人に埋め戻させた。今度は宝探しではなく、宝のしまい方だと言った。三人は、それなら、と言って埋め戻した。


それから、穴の内側を物置の裏の古い板で囲った。井戸の内側と同じだ。土の壁は雨のたびに少しずつ崩れる。板で押さえておけば、崩れない。


最後に、父親に手を借りて、穴の両わきに柱を二本立てた。横木を渡して、車を吊るす。上に、板の屋根を一枚。井戸と同じ形である。


縄は車にかけたままにした。屋根の下なので、ぬれない。ふだんは、縄のはしを柱の木釘に巻いて留めておく。縄の先には木の鉤を一つつけた。


宝は、出なかった。


いや、一つだけ出た。


フィンが埋め戻しの土の中から、何かを拾い上げた。親指の爪ほどの、緑色にさびた、丸い金属だった。真ん中に穴が開いている。古い銭らしい。


フィンはそれを手のひらに載せて、じっと見ていた。


八の字の眉が、ゆっくり、ほどけた。


フィンの眉がまっすぐになるのを、わしは初めて見た。月曜の朝の顔で生まれてきた子が、休みの朝の顔をしていた。


「……たから」


フィンが言った。


「たからだ!」


「たからだ」


双子がフィンの手のひらに顔をくっつけた。三人は泥のまま、物置の裏を三周走った。


◇ ◇ ◇


ふたを作ったあまりの板が、一枚残った。


その夜、わしはその板で小さな台を作った。斜めに傾けた板に、本の下の端を受ける細い桟を一本。夜、灯りの横で、本を両手で持たなくても読めるようにする台だ。


ノエル先生は毎晩、遅くまで本を読んでいる。両手で本を持っているので、ときどき手を替えて指を振っている。


十になるまでは秘めておく。そう決めていた。前世では、言わないうちに何もかも手遅れになった。今世は、言う。ただし、十になってから。八つの子どもに言い寄られても、先生が困るだけだ。


だから、台は先生の部屋の戸の前に、黙って置いた。名前も書かなかった。


秘めたまま、置いた。秘めたつもりだった。


次の朝、先生は授業にその台を持ってきた。卓の上に置いて、本を立てかけて、わしを見た。


「この台、物置の、芋の室のふたと、同じ木ですね」


わしは、目をそらした。


「……ちゃうねん。あまった木やねん」


言ってから、しまったと思った。あまった木だと言った時点で、誰が作ったのか全部言っている。


先生は少しだけ笑って、帳面に何か書いた。


それから、何も聞かなかった。台はその日から、先生の卓の上にずっとあった。


◇ ◇ ◇


秋に掘り出した芋は全部、室に入れた。底にわらを敷いて、芋を芋箱に詰めた。箱には縄の取っ手をつけてある。取っ手を鉤に掛けて、一箱ずつ下ろした。人は、下りない。下りなくていい。最後にふたをすると、ふたは、やっぱり、ぴたりと合った。


冬のあいだ、母親はときどき室のふたを開けて、柱から縄をほどき、鉤を下ろした。手ごたえがあったら、引く。芋箱がするすると上がってくる。


雪が深くなったころ、母親がふたを開けると、中からぬるい空気がふわりと上がってきた。外は凍っているのに、穴の中だけ秋のままだった。


母親は室の中をのぞいて、しばらく動かなかった。


それから、指も折らずに芋を数えた。一度数えて、首をかしげて、もう一度数えた。


「……この冬は、越せるね」


母親は、もう一度数えた。


「春まで、余るかもしれない」


一人分足りない、と何度も言ってきた口から、余る、という言葉が出た。


その冬、村の何軒かの家の裏に、同じような穴が掘られた。村の人たちはそれを「クローベルの子らの穴」と呼んだ。掘ったのは、双子とフィンだということになっていた。


それで、いい。わしの名前で呼ばれたら、村じゅうの穴を掘らされる。


夕飯のとき、父親がいつものように、自分の芋を一つ、子どもの椀に回した。


回したあと、父親は自分の椀を見た。


椀は空になっていなかった。母親が黙って、もう一つ入れていたからだ。


父親はその芋を、しばらく不思議そうに見ていた。わしが生まれてから、父親が芋を回して自分のぶんが残ったのは、たぶん初めてだった。


ミナとニナはそれから毎朝、宝探しの続きをせがんだ。


家のまわりに、穴を掘っていい場所は、もう残っていない。


宝探しの続きは、十歳のわしに、先送りである。








――ビジネス用語――


※1 スコープ:受け持つ範囲。今回のスコープは、縄の四角の中、深さは背の一つ半まで。ミナは、その外の水路まで掘った。


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