第30話 サボリーマン、合同作業の工期を縮める
春の嵐が、柵を倒していった。
一晩じゅう風が吹いて、朝になってみると、街道沿いの畑の柵が何十本も寝ころんでいた。イノシシよけに畑のまわりに立ててある柵だ。うちの村の柵も、街道の向かいの、隣の若い領主の村の柵も。街道を挟んで、両方の村の柵が仲よく同じ向きに倒れていた。
「境のところは、いっしょに直すかね」
声のでかいおやじが言って、そういうことになった。
その朝、家の前は大さわぎだった。
父親と村の男たちは、浮く台に新しい杭を山のように積んでいた。杭が多すぎて、台が地面すれすれまで沈んでいる。猟師の若者が縄の束を三つ肩にかけて、台のまわりをうろうろしていた。
子どもたちも、ついていくことになった。
カイはなぜか木切れの組み合わせを抱えていた。ノエル先生の木切れだ。柵を直しに行くのに、木切れを組む暇はたぶんない。ミナとニナは、おそろいの帽子をかぶって、おそろいのかごを持っていた。フィンは弁当の包みを両手で抱えて、誰にも渡そうとしなかった。
ネルとティアは母親と留守番だ。ネルは戸口で「ネルも!」と泣き、ティアは母親の腕の中で、ネルが泣くので一緒に泣いた。
ノエル先生も、ついてきた。
「……柵の直し方を、知りません」
先生はそれだけ言って、帳面を抱えて台の横を歩いた。わからないことは、見に行く人らしい。
わしは台の荷物のすき間に座っていた。歩くのは疲れる。杭の山に背中を預けると、ちょうどいい角度だった。
隣村といっても、家の集まりどうしは歩いて半日はなれている。森を分けて開いた兄弟の村なので、畑と森の端だけが街道をはさんでくっついている。柵を直すのは、そのくっついたところだ。
◇ ◇ ◇
境の柵のところには、もう隣の村の人たちが集まっていた。
若い領主が父親のところへ駆け寄ってきた。二年半前の収穫祭で会ったときより、ずいぶん日に焼けている。
「クローベル殿! 来てくださって、助かります」
「……ああ」
父親はそれだけ言って、杭を下ろしはじめた。
若い領主の後ろには子どもが四人くっついていた。男の子が三人と、女の子が一人。若い領主の家の子どもたちだという。男の子たちは双子と同じくらいか、少し上。女の子は、わしと同い年くらいだ。
男の子たちは自分たちより頭ひとつ大きいカイを見るなり、胸を張った。
カイも、胸を張った。
それで、始まった。
まずは木登りだった。街道の脇の大きな木に、カイと男の子たちが一斉に飛びついた。カイはするすると登った。木切れを片手に抱えたまま、てっぺんまで登って、木切れを振った。
「おれの勝ち!」
次は石投げだった。ミナとニナがおそろいの帽子をかぶったまま、男の子たちと並んで石を投げた。双子の石は二つそろって、同じところに落ちた。男の子の石は、その倍は先まで飛んだ。
「「……まけた」」
双子は帽子の下で、そろって口をとがらせた。
大人たちはその横で、柵を直しはじめていた。
わしは杭の山に寄りかかったまま、それを見ていた。
一人の男が台から杭を一本かついで、柵の列まで運ぶ。運び終わると、穴を掘る。掘り終わると、杭を立てる。立て終わると、縄で縛る。それから、また台まで歩いて戻って、次の杭をかつぐ。
全員がそれを一人ずつやっていた。
運んでいるあいだ、穴は掘られない。掘っているあいだ、台の杭は待っている。縛っているあいだ、次の杭は誰も運んでいない。誰も手を抜いていないのに、柵のあちこちで何かが何かを待っていた。
前世の現場で、いちばんの無駄は待つことだった。部品が届かないので、職人が半日ぼうっとしている。書類が戻ってこないので、わしが一日じゅう寝ている。わしの場合は、ありがたい無駄だったが。
このままだと、柵が直るのは日暮れだ。日暮れまでここにいたら、帰り道で寝ることになる。台の上で寝るのも悪くないが、家の寝床のほうがいい。
早く帰って、昼寝がしたい。
◇ ◇ ◇
わしは杭の山から降りて、カイの袖を引いた。
カイはまだ木の上の勝ちを、男の子たちに言いふらしていた。
「カイにいちゃん。木登りは、カイにいちゃんの勝ち」
「おう!」
「石投げは、あっちの勝ち」
「……おう」
「だから、三つめで、決める」
カイの目が光った。男の子たちの目も光った。
「三つめは、なんだ!」
わしは、浮く台の上の杭の山を指さした。
「くい、はこび。どっちの村の子が、たくさん、はこべるか」
カイと男の子たちは杭の山を見た。それから、互いの顔を見た。
「「やる!」」
声が、そろった。
「かぞえる人が、いる」
わしがそう言うと、若い領主の家の女の子が一歩前に出た。さっきから、なぜか、ずっとわしの後ろに立っていた子だ。
「あたし、かぞえる」
それで、決まった。
杭運び競争は、すさまじかった。カイと男の子たちは杭を一本ずつ抱えて、柵の列まで走った。双子は二人で一本を抱えて走った。フィンまで弁当の包みを背中に結んで、杭の細いほうを引きずって走った。女の子は柵の列の端に立って、杭が届くたびに指を折って数えた。
「クローベル、七! うちの村、六!」
大人たちが、手を止めた。
杭がどんどん届く。届いた杭を大人が受け取る。受け取ったら、そこで穴を掘って、立てて、縛るだけでいい。もう、台まで戻らなくていい。
「……おい、杭が来るぞ」
「掘れ掘れ、待たせるな!」
いつのまにか、大人たちも並びはじめていた。穴を掘る人、杭を立てる人、縄で縛る人。声のでかいおやじが「縛るのは、おれだ!」と叫んで、縄の束を猟師の若者から奪いとった。
運ぶ人と、掘る人と、立てる人と、縛る人が、同じ時にそれぞれの仕事をしている。誰も、何も待っていない。
前世の工場なら、流れ作業と呼んだ。この村では、たぶん子どもの競争と呼ぶ。
ノエル先生が柵の列の横で、帳面に何かを書いていた。ときどき、わしのほうを見ていた。
◇ ◇ ◇
杭運び競争のあいだ、若い領主の家の女の子はずっと数えていた。
数えながら、ときどき、わしのところへ来た。
「水、のむ?」
小さな桶に水をくんできてくれた。わしはひと口飲んだ。
しばらくすると、また来た。
「つぎは、なにする?」
わしは少し考えて、言った。
「……どっちが勝ってるか、大きい声で言って」
「わかった!」
女の子は走っていって、柵の端で両手を口に当てて叫んだ。
「クローベル、十九! うちの村、十八! あと、ちょっと!」
子どもたちの足がさらに速くなった。
ホウレンソウの、よくできる子だった。
前世でこんな新人がいたら、わしは毎日、定時に帰れた。
……いや、新人である。この子は、新人なのである。それ以上でも以下でもない。八つの子に、ほかの何を思えというのだ。
昼になって、フィンがずっと抱えていた弁当の包みを、ようやくほどいた。
中から出てきたのは、芋だった。ふかした芋がぎっしり詰まっていた。家族のぶんだけではない。母親が隣の村の子どものぶんまで包んでいたのだ。フィンはそれを知っていて、朝から誰にも渡さずに、ひとりで抱えて歩いてきたらしい。
フィンは八の字の眉のまま、芋を一つずつ配って回った。隣の村の男の子たちにも、女の子にも、若い領主にも。配り終わると、自分のぶんを一つだけ持って、隅に座って食べた。
この家でいちばん黙って仕事をするのは、たぶんフィンだ。
柵は昼すぎには直った。
日暮れまでかかるはずだった仕事が、半日早く終わった。
「村どうしの段取りが、よかったんだな」
声のでかいおやじが腕を組んでうなずいた。隣の村の男たちもうなずいた。若い領主が、父親に頭を下げた。父親が、若い領主に頭を下げた。子どもたちは杭運びでどちらが勝ったかで、まだもめていた。
結果は、クローベルの二十四、隣の村の二十四。引き分けだった。数えたのは、あの女の子だ。たぶん、わざと引き分けにした。忖度である。
わしはその時には、もう台の上の杭の山があった場所で横になっていた。杭がなくなって、台がまっ平らになっていた。寝るには、ちょうどいい。
うとうとしかけたとき、台のふちにノエル先生が腰かけた。
「……柵の直し方が、わかりました」
先生は帳面を閉じた。開いていたページには、杭を運ぶ子どもと、掘る大人と、縛る大人の絵が、矢印でつながって描いてあった。
「運ぶ人と、掘る人を、分けるんですね。……誰が、考えたんでしょう」
わしは目をつぶったまま、寝息を立てた。
先生はそれ以上は聞かなかった。少しだけ笑う気配がして、台のふちから立ち上がる音がした。
◇ ◇ ◇
帰りぎわ、若い領主がもう一度、父親の前に立った。
「クローベル殿。収穫祭のときにも言いましたが、本当に、いつも助けていただいてばかりで……」
父親は、黙っていた。
黙ったまま、若い領主の顔をしばらく見ていた。それから、口を開いた。
「……困ったときは、お互いさまだ」
若い領主が目をまるくした。
父親は、まだ口を閉じなかった。
「そっちも、継いで、まだ大変だろう。何かあったら、いつでも言え」
街道が、静かになった。
鳥が一羽、柵の上から飛んでいった。声のでかいおやじが縄の束を取り落とした。
あとで夕飯の席でこの話を聞いた母親は、匙を置いて、父親の顔をまじまじと見た。
「……あんた、今、何語しゃべった?」
カイが指を折って数えはじめた。片手では足りなかった。両手でも足りなかった。カイは途中で数えるのをあきらめて、双子の指を借りた。
わしは、父親が三語より長くしゃべるのを、生まれて初めて聞いた。
言い終わったときの父親は、少しだけほっとした顔をしていた。ずっと前から、どこかにしまっておいた荷物をやっと下ろしたような顔だった。
◇ ◇ ◇
帰り道、わしは台の上で頭に何かを載せられていた。
野の花で編んだ輪だった。別れぎわに、あの女の子が背伸びして、わしの頭に載せていったのだ。
「つぎも、かぞえるね」
それだけ言って、女の子は若い領主の後ろへ走って戻っていった。
台の横を歩いていたカイが、わしの頭の上の花の輪を見上げてにやにやした。
「おまえ、モテるな」
「……子供にな」
八つの口から、五十八の答えが出た。
カイは首をかしげた。それから、わしの花の輪を勝手に取り上げて、自分の頭に載せた。双子が笑い、フィンが笑い、ノエル先生まで、帳面で口もとを隠して笑っていた。
子供にしかモテないわけは、十歳のわしに、先送りである。
――ビジネス用語――
※1 忖度:相手の気持ちを先回りして、言われる前に合わせること。今回は、どちらの村の顔もつぶさない、二十四対二十四。




