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サボリーマン、異世界を無自覚最適化~わし、恋愛したいだけなのに~  作者: 木漏れ日☆
プロローグ

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プロローグ3 コンビニの君

「――堀口さん! 堀口さん! 大丈夫っすか!?」


肩を揺さぶられて、目が覚めた。


三浦だった。


「……おう。おはよう」


「おはようじゃないっすよ! いつからここにいるんすか!」


「いつから……」


ぼんやりと記憶をたどる。みんなが帰って、それから――


「みんなが帰って、ちょっとしてから寝た。そこから記憶がない」


「は? じゃあ、まる一日半ここで寝てたってことっすか!?」


「寝過ごしたなー」


「寝過ごしたってレベルじゃないっすよ!」


三浦がげらげら笑い、出社してきた何人かも、つられて吹き出した。


「まあ、今日からまた地獄だな」


「言わないでくださいよ……」


ぞろぞろと、憂鬱な顔のメンバーが出社してくる。


そのうちの一人が、システムを触って首をかしげた。


「……あれ?」


別の一人は、共有フォルダを開いたまま固まっている。


「なんだ、このドキュメント。誰がまとめたんだ……?」


「おい、テスト、全部通ってるぞ」


画面をのぞき込んだ誰かが、裏返った声を上げた。


「は? おとといまで三百件エラー出てただろ」


「何がどうなってる!?」


フロアが、だんだん騒がしくなっていく。


わしはといえば、首と腰と背中が、そろって悲鳴を上げていた。変な姿勢で一日半も寝ていたせいだ。


ポケットの中で、スマホがぶるぶる震えている。さっきから、ずっとだ。


どうせ会社のチャットの通知だろう。今は見たくない。


「あー……だめだ。疲れが抜けてないわ」


「堀口さん、それどころじゃ――」


「コーヒー買ってくるわ」


わしは騒ぎに背を向けて、ふらふらとフロアを出た。


◇ ◇ ◇


堀口が出ていってからも、フロアの騒ぎは収まらなかった。


どこを調べても、問題が消えている。仕様書の隅の隅まで、完璧に満たしている。おとといまで地層のように積み重なっていたバグが、一晩で――正確には一日半で――跡形もなくなっていた。


「おい、これ見ろ」


誰かが、フロアの隅を指さした。


見慣れない黒い箱が、低くうなりを上げていた。どう見ても、会社の備品ではない。


その横に、一枚の紙が添えてあった。


持ち込み許可証。藤林リーダーの判子つき。


全員の視線が、リーダーに集まった。


「……知らん」


リーダーは、ぶんぶんと首を振った。


「いや、押してあるじゃないっすか、判子」


三浦が許可証を指さす。


「知らんって! 俺はそんなの――」


リーダーは紙をひったくって、目を凝らした。申請者の欄に、見慣れた名前が書いてある。


堀口。


「……あいつが、何かやったのか?」


「このサーバー、何なんすか。中、見られないんすか」


何人かが、代わる代わるサーバーに挑んだ。だが、どこから入ろうとしても、異常なほど堅いセキュリティに弾き返される。中身は、まったく見えなかった。


「……まあ、戻ってきたら問い詰めればいい」


リーダーは気を取り直して、手を叩いた。


「とにかく確認だ! 本当に直ってるのか、全部見るぞ!」


全員が、二週間ぶりに生き返ったような顔で作業に戻った。


そして、昼になるころ。


「……完璧です。どこにも、穴がありません」


その報告に、フロアは静まり返った。


それから、リーダーが叫んだ。


「というか、堀口、帰ってきてねえ!?」


言われてみれば、コーヒーを買いに行ったきり、もう何時間もたっている。


そのとき、ようやく誰かが気づいた。


窓の外が、騒がしい。


みんな作業に夢中で気づかなかったが、朝からずっと、近くのコンビニのあたりでサイレンが鳴っていた。


◇ ◇ ◇


――その数時間前。


わしは、会社の近くのコンビニにいた。


缶コーヒーでもよかったのだが、今日はレジ横のドリップにしようと決めていた。一日半も寝たのだ。いいコーヒーを飲む権利くらいはあるだろう。


ついでに何か買うものはないかと、店内をぶらつく。


漫画の棚の前で、足が止まった。


面白そうな新刊が出ている。表紙の絵がいい。帯の煽り文句もいい。


買うか。買うまいか。


ポケットのスマホが、また震えた。しつこい。あとで見る。


悩んでいると、自動ドアが開いた。


入ってきたのは、すらりとした若い女性だった。仕立てのいいジャケットを、さらりと着こなしている。


あ、と思う。


あれは、三か月ほど前のことだ。


この店で会計を済ませて出ようとしたら、後ろから声をかけられた。


「すみません。これ、落としましたよ」


振り返ると、彼女がわしのハンカチを差し出していた。くたびれた、安物のタオルハンカチだ。


「あ、どうも。すみません」


「いえ。……あ、それ、端がほつれてますね。そこ、引っ張らないほうがいいですよ。広がっちゃうので」


彼女はそれだけ言うと、小さく笑って、急ぎ足で出ていった。


ほつれなんて、言われるまで気づかなかった。


それ以来、店で会えば会釈くらいはする仲になっている。


心の中では、勝手に「コンビニの君」と呼んでいる。……本人には、口が裂けても言えない。


こんな彼女がいたらなあ、と思う。


若いころは、わしだって、それなりに付き合えたのだ。ただ、最後はいつもフラれた。


「あなたは、わたしには優しすぎるかな」


「わたしより、もっといい人が現れるよ」


……どうすりゃよかったんだか。いまだに分からない。


彼女が、生活雑貨の棚のほうへやってきた。目が合う。


会釈。会釈。


声をかけられたらいいのに、とは思う。だが、こんなおっさんが若い子に話しかけたら、今の時代、それだけでセクハラになりかねない。


あきらめて、漫画に目を戻す。買うか、買うまいか。


……それでも、つい視線がふらふらとさまよう。目の保養くらいは、許してほしい。


そのときだった。


店の外で、エンジンが甲高くうなった。


縁石のあたりにいた車が、いきなり急加速した。運転席に、白髪の頭が見えた。


「えっ!?」


考えるより先に、体が動いた。彼女のほうへ。かばおうとして、腕を伸ばして――


車のほうが、速かった。


ガラスが砕ける音。棚が倒れる音。車は止まらない。わしと彼女をまとめて押し込んで、そのまま奥の壁まで――


……走馬灯というのは、流れないものなんだな。


ただ、やけにゆっくりだった。


あっ、AIマシンの撤収。まだやってない。


なんか、やわらかいな。


アニメの続き、まだ見てないのに。


意外といろいろ考えられるもんだな、と思った。


ポケットの中で、スマホがまだ震えていた。


それが、最後だった。


ぷつり、と意識が途切れた。


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