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サボリーマン、異世界を無自覚最適化~わし、恋愛したいだけなのに~  作者: 木漏れ日☆
第二章 サボリーマンと地球のつながり

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第13話 サボリーマンは、充電に失敗する

スマホは、家族のあいだで「アインの変な本」と呼ばれるようになった。


家の本は、棚の上に並べてある。五冊の本と、一枚の古い貼り紙。そこに、字の書いていない一冊が加わった。


リーゼは毎朝、その一冊を棚のいちばん端へ寄せる。わしが本と本のあいだに隠すように差しこむと、次の朝には、また端にある。本の仲間には入れない、という意思表示らしい。


スマホのケースに入っていた札は、ロッテの組のお金になった。


ロッテが決めた値段は、最初の日はだんご三つだった。三日めには、だんご十になっていた。親分の値上げは、だいたい事後報告である。組の子分たちは、札を握りしめて、だんごの列に並んだ。


三日後、カイが木の皮を四角く切って、札を十枚作ってきた。


「おかね、つくった」


ロッテ親分は、木の札と、光る札を並べて、しばらくにらんだ。


「木のは、一まいで、だんご一つ。光るのは、一まいで、木のが十まい」


前世の言葉でいえば、為替レート(※1)である。カイが一日がかりで作った十枚で、前世の定期券がやっと一枚。三歳にして、庭で為替の授業を見るとは思わなかった。


子分一号は、それでも満足そうだった。札が増えたこと自体が、うれしいらしい。


◇ ◇ ◇


わしのほうは、それどころではなかった。


充電である。


あの日のわしは、動かない機械の前で、うろうろする客だった。今日からは、親父の手伝いのほうで考える。


電気は、作れる。磁石のそばで銅の線を回せば、線に電気が流れる。前世で親父の横にいたころ、井戸のポンプのモーターを何度もばらした。回して電気を起こすのは、あれの逆回しだ。


頭の中に、図を引いた。磁石が要る。銅の線が要る。回す腕が要る。作った電気を、こいつに入れる口が要る。


一つずつ、消していった。


銅の線は、村にない。鍋も釘も鉄で、銅らしいものは、母親の古い髪留めくらいしかない。磁石も、ない。回す腕は、三歳の腕である。十回も回せば、腕より先に、まぶたが落ちる。


何より、入れる口がない。こいつの差しこみ口に合う先を、この世界の誰も作っていない。差しこむ先の細かい金具は、前世の学校で少し触っただけの、わしがいちばん苦手な世界だった。


電気を作っても、入れる口がない。ケーブルが見つかるまでは、作るだけむだである。


ケーブルのいらない手が、一つだけ残っていた。


前世のスマホは、置くだけで充電できた。台に置くと、すぐ近くで磁気が揺れて、それが中で電気に戻る。こいつも、それに対応していた。


この世界の光る魔法が、もし揺れるものなら。


試す値打ちは、ある。


◇ ◇ ◇


試す前に、まず、こいつの手入れをした。


ケースから、本体を外す。本体は、乾いた布でそっと拭く。ケースが守っていたので、本体はほとんど汚れていなかった。水は、機械の敵である。


ケースのほうは、畑に落ちたときの土が、縫い目にまで入りこんでいた。濡らした布で拭いて、洗濯桶のふちで乾かした。本体は、その横に寝かせておいた。親父なら、まず拭け、と言う。


戻ってくると、どちらもなかった。


洗濯物を干すひもの上で、スマホが、ケースごと、本のように開いたまま、シャツとシャツのあいだにまたがって揺れていた。本体は、ちゃんとケースにはまっていた。


「ぬれてたから、ほした。はずれてたのも、はめといた」


カイが、得意そうに言った。五つの兄は、濡れたものは干すものだと知っている。それ以上のことは、知らない。


はめ方は、合っていた。


そこへ、母親が洗濯物を取りこみにきた。


母親は、干したものを一枚ずつ、ぱん、とはたいてから取りこむ。一枚め。ぱん。二枚め。ぱん。三枚めで、母親の手がスマホにかかった。


「かあさま、だめ!」


わしの悲鳴に、母親の手が止まった。あの手で、ぱん、とやられたら、画面より先にこっちの心が割れる。


母親は、スマホをひもから外して、わしに返した。


「なんでこんなとこに干したんだい」


「……カイにいちゃんが、ほした」


母親は、庭の向こうを走っていくカイの背中を見て、それから、ため息をついた。


「……そうかい」


◇ ◇ ◇


一つめは、父親だった。


夕方、畑から帰ってきた父親の袖を、わしは引っぱった。スマホを差し出す。


「とうさま。ひかって」


父親は、スマホとわしの顔を見比べた。


「……ケガは、ないが」


それでも父親は、スマホを両手で包んでくれた。手のすきまから、陽だまりのような光がこぼれる。エリクの手を治した、あの光だ。


光は、すぐに消えた。


父親は手を開いて、スマホをしばらく見つめた。


「……治らないな」


そう言って、首をかしげながらわしに返した。


画面は、黒いままだった。光が揺れていたとしても、こいつには届いていない。


それでも父親は、頼まれたら光らせてくれた。理由も聞かずに、三歳の子どもの変な頼みに、まじめに手を光らせてくれた。そのことだけは、ちゃんと覚えておこうと思った。


戸口では、リーゼが板切れに炭を走らせていた。あとで見せてもらうと、光る大きな手と、黒い四角と、やけに真剣な顔の子どもが描いてあった。


二つめは、また灯りの石だった。そばに置くだけでは足りなかったので、今度はひと晩、重ねておく。


その夜、棚の上から灯りの石を下ろして、スマホと重ねて、枕元に置いて寝た。


朝には、灯りの石は、棚の上に戻っていた。


エリクだ。いつもの、静かな手つきで戻したらしい。スマホだけが、枕元に残っていた。画面は、やっぱり黒いままだった。


魔法の光は、電気でも、磁気でもないらしい。少なくとも、こいつの知っている電気ではない。


PDCA(※2)を一周回して、何も起きなかった。だが、何も分からなかったわけではない。発電機は材料がなく、置くだけでは届かず、魔法は電気ではない。消えた手が三つ、はっきりした。


三つめは、試しとも呼べないものだった。


その夜、わしは寝床の中でスマホを開いて、小さな声で名前を呼んだ。前世で、毎日呼んでいた三つの名前だ。


「……プラミ。マネ。イアナ」


黒い画面は、何も答えなかった。前世では、呼べば三つの声が、いっせいに返ってきたのに。


◇ ◇ ◇


ひと月ほどたったころ、夕方から空が暗くなって、雷が鳴りはじめた。


わしは、スマホを抱えて、戸口に立った。


当たりに行くつもりは、ない。計算をしに来たのである。


雷は、ざっと一億ボルト。こいつが欲しいのは、五ボルトである。二千万倍の過剰品質だ。受けとめる器がなければ、電気は、ただの壊し屋である。


前世で、近くに一発落ちただけで、会社の機械が止まって大騒ぎになったことがある。あれを、器もなしに受ける手は、ない。


稲光を数えながら、そう結論を出したところで、襟首を、つかまれた。


「どこ行くんだい」


母親だった。片手でわしを宙に吊るしたまま、戸の外の稲光を見て、それからわしの顔を見た。


「……かみなり」


「雷に当たりに行く子が、どこにいるんだい」


行くつもりはない、と言いたかった。三歳の口には、長すぎた。


母親は、わしを床に下ろさずに、そのまま胸に抱き寄せた。


「怖いなら、こっちにいな」


怖がっていると思われたらしい。


訂正する言葉を、わしは持っていなかった。母親の胸は、汗と土と日なたの匂いがした。三年前と、同じ匂いだった。わしは、そのまま黙って抱かれていた。


◇ ◇ ◇


雷がやんだ夜、わしは寝床の中で、もう一度スマホを開いた。


真っ黒な画面に、かまどの火がかすかに映っている。その手前に、小さな顔がひとつ映っていた。三歳のわしの顔だ。


この画面の向こうに、島の母さんの写真がある。


わしは、黒い画面をじっと見ながら、その顔を思い出そうとした。


輪郭は、ぼやけていた。目の形も、髪の長さも、もうはっきりしない。前世では、亡くなる少し前まで、島に帰れば会えた人だった。こっちに来て三年、一度も顔を見ないうちに、うまく思い出せなくなっていた。


それなのに、笑い方だけは覚えていた。笑うとき、先に目がなくなって、あとから口が開く人だった。


画面には、三歳のわしの顔しか映らない。


いつか、この画面がつく日が来る。そのときは、ちゃんと見よう。わしはスマホを閉じて、胸に抱えた。


◇ ◇ ◇


次の朝、かまどの前で、母親が鍋の匂いに顔をしかめていた。


……知っている顔だ。


フィンが生まれる前の年にも、母親は朝、同じ顔をしていた。それから、腹が大きくなった。


この家は、また増えるらしい。


◇ ◇ ◇


四歳になった年の夏、母親の腹は、またすっかり大きくなっていた。


この家では、お産にも手順書がある。紙には書いていない。だが、全員の頭に暗黙知(※3)として入っている。


母親が「産婆のばあさま」と言えば、エリクが走る。ロッテは湯を沸かしはじめる。リーゼは、双子とフィンの手を引いて庭の木の下へ連れていく。カイは、なぜかその横で寝る。レナーテ先生は、木の下で子どもたちに問題を出す。


前世の会社で、こういう手順書を作るのに、わしは何か月もかけたことがある。誰も読まなかった。この家の手順書は、一行も書いていないのに、全員が守っている。


わしの役目は、書いていない。


しかたがないので、わしは台所へ行った。ロッテが、かまどの前で湯の鍋をにらんでいる。焚きつけが、太いのも細いのもごちゃまぜに積んであって、ロッテはそのたびに中から細いのを探している。


わしは黙って、焚きつけを細い順に並べ直して、ロッテの手もとに置いた。水がめのときと同じだ。


「……きょうの火、はやい!」


ロッテが目を輝かせた。湯は、いつもよりずっと早く沸いた。


「アインちゃんは、木の下! あぶないから!」


そして、わしは台所から追い出された。手順書に名前のない四歳は、木の下で、先生の問題を聞くしかなかった。


「では、今日の問題です。この家の子どもは、今、何人ですか」


「八人!」


ロッテが、湯を沸かしながら台所から叫んだ。二年前と同じ問題で、答えはひとつ増えている。


奥の部屋から、泣き声が上がった。


「九人!」


今度は、木の下の全員が叫んだ。それから、全員が黙った。二つめの泣き声を、みんなで待つ。これも、手順書のうちらしい。


……来ない。


「九人で、確定です」


先生の声に、全員がいっせいに息を吐いた。


◇ ◇ ◇


父親は、畑から走ってきた。泥だらけの手を戸口で洗って、奥の部屋へ入っていく。わしらも、そのあとに続いた。


母親は寝床の上で、小さな包みを抱いていた。


「女の子だよ。……あんた、名前」


父親は、天井を見上げなかった。


「……ネル」


すぐに出た。母親から包みを受け取ると、父親の大きな手の中で、ネルが父親の指を一本、きゅっと握った。父親の口のはしが、いつもより少しだけゆるんだ。


母親が口を開いた。だが、母親が言うより先に、子どもたちが声をそろえた。


「「いいじゃない!」」


エリクも、ロッテも、リーゼも、カイも、わしも。双子まで、半分遅れて「いいじゃない!」と言った。


母親は目をまるくして、それから吹き出した。


「あたしの台詞だよ」


おかみさんたちが、腹をかかえて笑った。わしが初めてこの台詞を聞いたのは、生まれた日の朝だ。四度めともなると、家族みんなで言えるようになるらしい。


◇ ◇ ◇


寝床のまわりに、双子が張りついた。


「ミナが、おねえちゃん!」


「ニナが、おねえちゃん!」


ふたりとも三歳だ。どちらが「おねえちゃん役」をやるかで、ネルが生まれてすぐに、取り合いが始まった。


割って入ったのは、ロッテだった。八歳の親分である。


「ふたりとも、おねえちゃん役!」


それで決まった。ロッテ親分の組の決まりは、だいたいこうやって一言で決まる。


フィンは、その騒ぎの横で、ぽかんとしていた。


「……ぼく、もう、いちばんした、じゃない?」


八の字の眉が、いつもより下がっていた。


わしは、フィンの頭をなでた。


三年前、わしも双子が生まれた日に、かごと乳と赤ちゃん役を、次々に解かれた。あのときの気持ちは、よく覚えている。


「……ようこそ」


解任された者どうしだ。フィンはよく分からないまま、わしの手をつかんで離さなかった。


それから、わしは寝床をのぞきこんだ。


ネルは、小さかった。赤くて、しわくちゃで、こぶしを口に当てて眠っている。ときどき、口のはしがひくっと動く。笑ったように見えた。


口が、勝手に動いた。


「……みじょか」


部屋が、しんとしなかった。


「あ、アインのみじょかが出た」


ロッテが、あたりまえのように言った。リーゼがこくりとうなずき、カイが「みじょか!」とくり返す。誰も「どこの言葉!?」とは言わなかった。


母親が、ネルを抱き直しながらわしを見た。


「それ、かわいいって意味だろう?」


……いつのまにか、通じている。


「こぶん、また、ふえた!」


カイが寝床のまわりを跳ねまわった。六歳になっても、子分を数えるのだけは誰よりも早い。戸口の腰かけでは、リーゼがもう板切れに炭を走らせていた。こぶしを口に当てた、小さな寝顔だった。


◇ ◇ ◇


その夜、わしは寝床の中で耳をすませた。


フィンが生まれたときは、この夜に父親と母親が、かまどのそばで小声で芋の勘定をしていた。冬まで一人分足りない、と。


今夜も、かまどのそばで二人の声がした。


「……芋は」


父親の三語のうちの、一語だった。


「もう済んでるよ」


母親の声は、小声ではなかった。


「エリクの帳面で、夏のうちに数えといた。冬の肉のぶんも足して、冬まで足りるよ」


父親は少し黙ってから、「……そうか」とだけ言った。


かまどの火のそばでは、エリクがまだ起きていた。自分の帳面を開いて、何か書き足している。あとでのぞくと、家族の名前を並べた欄の、いちばん下に「ネル」と増えていた。その横には、芋の数が書いてあった。


わしは、寝床の中で目を開けたまま、天井を見ていた。


前世なら、家計の勘定はマネの仕事だった。マネなら、一晩で家計を組み直して、わしの小遣いの欄を一番下に回していただろう。


今世では、十歳の兄が帳面でやっている。


小遣いの欄はない。そもそも、小遣いがない。


次の朝、母親がネルに乳をやりながら、わしと双子を呼んだ。


「ネルが生まれて、手が足りなくなったからね。アイン、ミナ、ニナ。あんたたちは、明日から村の託児所だよ」


託児所。


前世なら、保育園だ。そんなものが、この村にあったのか。


「去年、村に来た若い娘さんがね、昼のあいだ、小さい子をまとめて見てくれるようになったんだよ。あそこの保母さんは、若くて優しいからね。いい子にするんだよ」


……若くて、優しい。


わしの背すじが、ひとりでに伸びた。


スマホは、今日も震えなかった。








――ビジネス用語――


※1 為替レート:ちがうお金どうしを取りかえるときの割合。今回の為替レートは、光る札一枚が、木の札十枚。


※2 PDCA:計画・実行・確かめ・直す、をくり返して良くしていくやり方。今回は、発電機を設計して、材料がなくて置くだけ充電に切りかえ、魔法の光は電気ではないと分かった一周。


※3 暗黙知:文字にはなっていないが、みんなが体で分かっている知恵やこつ。この家のお産の暗黙知では、カイの役目は、なぜか寝ること。


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