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サボリーマン、異世界を無自覚最適化~わし、恋愛したいだけなのに~  作者: 木漏れ日☆
第一章 サボリーマンは赤ちゃん

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第8話 サボリーマンは、夜間当番に入る

双子が生まれて、わしは次々と役職を解かれた。


まず、かご。生まれた日からわしの寝床だったかごは、ミナとニナに明け渡した。ふたりで入って、ちょうどいっぱいだ。わしはかごの隣の床に、毛布を一枚もらった。


次に、乳。母親の乳はふたつで、双子もふたりだ。数が合ってしまった。わしは一歳で乳を卒業して、今はつぶした芋を食べている。


最後に赤ちゃん役。これは先日、ロッテに解かれた。


前世の窓際でも、ここまで立て続けに仕事を外されたことはない。


べつに不満はない。床は広いし、芋はうまい。それに、どこでも寝られるのがわしの数少ない特技だ。


……と、思っていた。


双子は、夜に泣く。それも交代で泣く。


ミナが泣いて、母親が乳をやって、ミナが泣きやむ。ほっとしたところで、今度はニナが泣く。ニナが泣きやむと、それを待っていたようにミナが泣く。前世で見た駅伝の、たすきの受け渡しより手際がいい。


困ったのは、泣くたびに家じゅうが起きることだ。


母親は起きて乳をやる。父親も起きる。乳は出ないので、泣いていないほうを抱いて、暗い部屋の真ん中で立ちつくしている。


ある夜は、母親が水を飲みに立ったあいだに、両腕にひとりずつ抱かされていた。父親はそのまま固まって、ぼそりと言った。


「……どっちだ」


「眉間にしわがあるほうが、ニナだよ」


水がめのそばで、母親が目も開けずに答えた。父親は暗がりの中で、ふたりの眉間をじっと見比べていた。


エリクは、泣き声より先に起きる。水がめから水をくんで、替えの布をそろえて、母親の手が届くところに置いておく。七歳である。


ロッテも起きる。そして、歌う。


「ねんねー、ころりー、ねんねーよー!」


子守歌である。ただし声がでかい。泣いていなかったほうまで起きて、ふたりそろって泣きだした。


子守歌で、子どもが起きた。


リーゼは、起きているのか寝ているのか分からない。毛布から目だけ出して、じっとこちらを見ている。


カイは、一度も起きなかった。


「……めし」


寝言は、相変わらずだった。


◇ ◇ ◇


ひと月もすると、母親が薪に二振りかけるようになった。一振りで割れなかった薪を、わしは初めて見た。


エリクが地面に書く字も、またよれている。今度は手のケガではない。棒きれを持ったまま、こっくりこっくりしているのだ。


父親にいたっては、月に一度の村の寄り合いのあいだ、ずっと目を閉じていた。


「領主様、東の柵の直しは、いつにいたしましょう」


声のでかいおやじが聞いた。この声でも、父親の目は開かなかった。


「……明日」


寄り合いは、それで決まった。いつも目を閉じて黙って聞いている人なので、誰も気づかない。寝ていたことに気づいたのは、たぶんわしだけだ。


ロッテの声も、少しだけ小さくなった。それでも家でいちばんでかい。


前世の会社にも、夜の当番というものがあった。夜中に仕組みが止まったとき、誰が起きて直すかを前もって決めておくのだ。当番がひとり起きれば、ほかの者は朝まで寝ていられる。


この家は、その逆だった。全員待機である。止まるたびに全員を叩き起こす現場は、三か月もすると全員が倒れる。


わしが当番表を作るなら、こうだ。母親、乳。父親、抱っこ。エリク、水と布。ただし一晩おき。ロッテ、歌わない。


カイ、そのまま。


この家で、カイだけは最初から最適だった。前世なら、当番表はマネが一晩で組んでくれた。わしの名前は、たぶん一番下だ。


もっとも、わしには当番表を書く手も、読み上げる口もない。今のところ、しゃべれる言葉は「みじょか」だけだ。それに、わしにはわしで、もっと切実な問題があった。


寝られないのだ。


かごは、わしの毛布のすぐ隣にある。泣き声は耳もとで鳴る。そのうえ父親が夜じゅう起きているせいで、あの地鳴りのようないびきが聞こえない。


どこでも寝られる男にも、限度はあった。


◇ ◇ ◇


その夜も、ニナがむずかりはじめた。


母親は起きなかった。いつもなら最初のひと声で起きるのに、今夜は寝息を立てたままだ。父親もエリクも、動かない。家じゅうが、とうとう力尽きたらしい。


ニナの眉間に、しわが寄っていく。泣きだすまで、あと少しだ。


……勘弁してくれ。わしは寝たいのだ。


トンテンカンカン、トカンカン。親父の仕事場の音だ。


手の届くところに、父親の土産のがらがらがあった。


わしはそれを握って、かごのふちを叩いた。トン、テン、カン、カン。トカン、カン。


がらがらなので、実際に鳴るのは、からん、ころん、からから、ころん、である。それに合わせて、のどの奥で鼻歌を鳴らす。親父の仕事場の音を、思い出せるかぎりそのとおりに。


自分のための、子守歌だった。


ニナの眉間のしわが、ゆっくりとほどけていった。


……ん?


隣のミナが、口をもぐもぐさせた。起きかけていたのが、また寝た。


トン、テン、カン、カン。トカン、カン。


ニナの口が、小さく開いた。かごの中の寝息が、ふたつそろった。


「……みじょか」


口から、勝手に出た。暗がりの向こうで、母親が寝言のように言った。


「……どこの、ことばだい……」


それきり、母親はまた寝息に戻った。


三回目の「カン」のあたりで、わしも寝た。


◇ ◇ ◇


次の朝、母親が首をかしげた。


「ゆうべは、ふたりとも朝まで泣かなかったね」


「あたしの歌が、効いてきたんだよ!」


ロッテが胸を張った。ゆうべのロッテは、一度も歌っていない。歌わなかったから効いたのだとは、誰も言わなかった。


「そうかもねえ」


母親は笑って、ロッテの頭をなでた。


それから毎晩、わしはがらがらを振った。双子がむずかりだすと、半分寝たまま手が動く。前世で十八年聞いた音なので、目をつぶっていても叩ける。


前世のわしは、夜の当番の日にかぎって、だいたい寝ていた。今世のわしは、寝ながら当番をしている。


人は、変われるものらしい。


ある夜、ふと見ると、リーゼが毛布から目だけ出してこちらを見ていた。わしは、がらがらを握ったまま、全力で赤ん坊の顔をした。リーゼは何も言わずに、毛布を頭までかぶった。


……見なかったことに、してくれたのだろうか。


半月もすると、家の「いつも」が戻ってきた。


母親の薪割りは、一振りに戻った。エリクの字は、まっすぐに戻った。父親は寄り合いで目を開けるようになった。……いや、正直に言うと、開けていても閉じていても父親は黙って聞いているので、わしにも見分けがつかない。


そして、父親のいびきが戻ってきた。


これで、音がそろった。地鳴りのような父親のいびきが低いほうで、からんころんと鳴るわしのがらがらが高いほう。前世の親父の仕事場の音が、少しだけ戻ってきた。


かごの中では、ニナの眉間のしわが、寝ているときだけほどけている。ミナの口は、寝ていてももぐもぐ動いている。


親父。


あんたの仕事場の音は、世界をひとつ越えて、わしの妹たちを寝かしつけているぞ。


◇ ◇ ◇


双子が朝まで寝るようになったころ、この家に、もう一人ぶんの寝床が要ることになった。


「先生が来るよ」


夕飯の席で、母親が言った。


「エリクの先生だよ。字と数と、学校に上がる前に要ることを、三年かけて教えてもらうんだ」


エリクの匙が、口の手前で止まった。


「せんせいって、つよい?」


ロッテが身を乗り出した。剣を振る母親を毎日見ていると、大人の値打ちはまず強さで決まるらしい。


「こぶんにする」


カイが言った。こちらは、強さすら問わない。


リーゼは匙を置いて、小さな声で聞いた。


「……本、もってくる?」


先生というものに、一人ずつ違うものを求めている。わしはわしで、ひそかに胸が躍っていた。


先生が来る。つまり、この世界のことを知っている人が、向こうから歩いてくるのだ。父親の土産話は、一晩で三つだった。これからは毎日、三つ以上の話が聞ける。


「……金は」


父親がぼそりと言った。


「国から出るよ。子どもの数だけね」


母親が胸を張った。


「うちは、そこだけは金持ちなんだ」


それから三日、家は大騒ぎになった。


先生は、住み込みで来るのだという。去年、父親が寄り合いに出かけた、あの町の領主様の娘さんらしい。母親はその領主様を「寄り親様」と呼ぶ。うちが頭の上がらない家のことで、前世なら親会社だ。


物置の中身が庭に運び出されて、母親が壁のほこりを叩き、父親とエリクが柵の余りの木で寝台を組んだ。


前世の職場でも、本社から偉い人が来る前の日だけは、床がきれいになったものだ。


◇ ◇ ◇


「行商人が来たぞー!」


村の子どもの声がして、見覚えのある馬車がやってきた。


荷の山のてっぺんに、若い女の人が座っていた。行商人が手を貸そうとするより早く、自分でひょいと飛び降りる。それから大きな木の箱を荷台から下ろして、わしらの前で頭を下げた。


「レナーテと申します。今日から三年、エリクさんの先生を務めます」


二十二、三だろうか。髪をきっちりまとめて、旅の土ぼこりがついた服の袖も、きっちり折り返してある。


レナーテ先生は、並んだ子どもたちを一人ずつ見た。


「エリクさん、ロッテさん、リーゼさん、カイさん」


誰にも名前を聞かずに、全員を言い当てた。


「なんで知ってるの!?」


ロッテが叫んだ。


「道中、行商人さんに伺いました。ロッテさんは飴を配るのがお上手で、カイさんは親分さんだそうですね」


カイが、くるりと行商人のほうを向いた。


「こぶん、しゃべったな」


「へへ、親分、面目ねえ」


行商人が頭をかいた。


レナーテ先生は、ふところから帳面を出して、何かを書きつけた。ちらりと見えたページには、子どもたちの名前が並んでいて、その横に細かい字がびっしり書きこんである。


いちばん下に、わしの名前があった。横には「一歳」とだけ書いてあった。双子の名前はない。


その行商人の網にも、わしは引っかからなかったらしい。それでいい。目立たないのが、今のわしの仕事だ。


レナーテ先生は荷ほどきより先に、母親に向き直った。


「奥方様。お家のみなさんの、一日の流れを教えていただけますか」


「流れ?」


「朝は何をして、昼は何をして、夕方は何をなさるか。エリクさんのお手伝いの時間を、授業でつぶしたくないので」


母親が話すのを、レナーテ先生は帳面に書いていった。エリクは朝に水くみと薪運び。昼からは父親の畑。夕方は弟妹の世話。


弟妹、のところで、先生の手が止まった。先生は、かごの中の双子に気づいた。帳面のいちばん下、わしの名前の下に、名前が二つ増えた。


「では、授業は朝のお仕事が終わってから、お昼までにします。雨の日は畑がお休みでしょうから、午後もやりましょう」


母親が、目をまるくした。


「……段取りのいい子だねえ」


わしは、母親の腕の中で固まっていた。


相手の現場の仕事を先にヒアリング(※1)して、それから自分の予定をはめこむ。前世の会社には、これができる人がほとんどいなかった。だいたいは自分の予定を先に決めて、現場に「合わせろ」と言ってくる。おかげで、わしの締め切りは、毎回ぎりぎりになった。それでも徹夜せずに済んだのは、家の三人のおかげである。


……この人、段取りがええ。


心の声が、なまった。焦ると出る、関西弁のまねごとだ。


胸の奥で、何かがことりと鳴った。双子のときとは、鳴る場所が違う。


レナーテ先生がふと、わしの顔をのぞきこんだ。


「アインさんは、静かでお利口ですね」


ここだ。何か言え。一歳でも言える、気の利いた何かを。


「……あう」


最初の言葉まで覚えたのに、恋をしたら「あう」に戻った。


◇ ◇ ◇


木の箱の中身は、半分が本だった。


リーゼが、箱のふちから動かなくなった。息もしていない。やがて、先生の袖をちょいと引いた。


「これ、なんてよむの」


レナーテ先生は表紙を読み上げてから、にっこり笑った。


「授業のない時間なら、いつでもお貸ししますよ。ただし、返す日を決めましょうね」


リーゼは何度もうなずいた。返す日まで決めてもらえる。リーゼにとっては、たぶん生まれて一番うれしい約束だ。


ただ、借りる本と自分の本は別だ。わしの頭の中の「リーゼに本を」の予定は、そのまま積んでおく。


その夜、白湯を飲みながら、母親が聞いた。


「寄り親様のお嬢さんが、なんでまた、こんな田舎に」


レナーテ先生は、少しだけ困った顔で笑った。


「町にいると、縁談の段取りばかり組まれてしまうので。自分の段取りは、自分で組みたいんです」


母親は声を上げて笑った。


「気に入った」


◇ ◇ ◇


次の朝、最初の授業が始まった。


エリクは、一枚しかないよそ行きの服を着て、表の部屋の卓についていた。背すじがぴんと伸びている。まだ暗いうちから起きて、地面に字を書いていたのを、わしは知っている。


わしは卓の下の床で、がらがらを転がして遊んでいた。遊んでいるふりだ。母親は「床で遊ばせとけば、静かな子だから」と言って、わしを置いていった。


レナーテ先生は、卓の上に一枚の紙を広げた。


「三年でやることを、先にお見せしますね。一年目は、字と数。二年目は、この国と、まわりの国のこと。三年目は、学校で恥をかかないための作法と――」


先生は、紙の最後のところを指でとんと叩いた。そこだけ、何も書いていなかった。


「残りは、エリクさんの好きなことをやります」


「……好きなこと」


エリクが、くり返した。


「三年目までに、見つけておいてください。数でも、字でも、剣でも、なんでも」


エリクは答えに詰まっていた。家族の誰に何が要るかなら、エリクはいつでもすぐに答える。自分の好きなものを聞かれたのは、たぶん初めてなのだ。


初日に三年分のロードマップ(※2)を出して、しかも最後に空きを作ってある。前世でいえば、バッファ(※3)だ。前世の会社でこれを入れておくと、なぜか上の人に「暇なのか」と言われて、真っ先に削られた。


わしは困らんが、トラブルのときの心と手間の余裕を、数字にしておいただけなのに。わからんものかね。


――と、毎回、心の中でツッコんでいた。


この人は、その空きに、エリクの好きなことを入れようとしている。


わしは、卓の下で二度めの恋に落ちた。同じ人にである。


「では、字から見せてください」


エリクが、先生の持ってきた石板に字を書いた。レナーテ先生は、それをじっと見た。


「きれいな字ですね。誰に習いましたか」


「……父に」


窓の外で、畑へ向かう父親の足音が、一瞬だけ止まった。


授業は、字から数へ進んだ。先生の声はよく通るのに、ちっともうるさくない。朝の日ざしが、ちょうどわしの寝転んでいる床に差しこんでいる。腹は、朝の芋でいっぱいだ。


……いかん。


これは、前世の会議室と同じ条件だ。


「では、次は二年目の予習を少しだけ。わたしたちの国の名前は――」


来た。ずっと知りたかったやつだ。


聞き逃すな。目を開けろ。今世で最初の、地理の授業だ。


「――といいます。王都は、ここから……」


気がつくと、窓の外が夕焼けになっていた。途中で昼の芋を食べさせられた気もするが、覚えていない。


卓の上は片づいていて、エリクは庭で、地面に今日の字を書き写していた。リーゼは先生に借りた本を抱いて寝ていた。かまどのほうから、レナーテ先生と母親の笑い声が聞こえる。


国の名前は、聞きそびれた。


生まれて一年と少し。わしはまだ、自分の住んでいる国の名前を知らない。


分析結果に、追記。


レナーテ先生。段取りがええ。


エリク。自分の好きなものを、まだ知らない。


わし。いちばん大事なところで、寝る。


……まあ、国の名前は、明日でいいか。


わしは、目を閉じた。








――ビジネス用語――


※1 ヒアリング:相手から話を聞いて、事情や望みをつかむこと。先生のヒアリングは、荷ほどきより先だった。


※2 ロードマップ:目標までの道のりを、時期ごとに並べた計画。先生のロードマップは、一年目が字と数、二年目が国のこと、三年目が作法。


※3 バッファ:予定どおりにいかないときのために、わざと空けておく余裕。先生のバッファには、エリクの好きなことが入る予定。


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