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サボリーマン、異世界を無自覚最適化~わし、恋愛したいだけなのに~  作者: 木漏れ日☆
第一章 サボリーマンは赤ちゃん

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第7話 サボリーマンは、リリース日を調整する

父親が出かけて三日がたった。この家から、ひとつ音が消えた。地鳴りのようないびきだ。


断っておくが、わしはあれをうるさいと思ったことは一度もない。


前世の実家は島の何でも屋で、家の隣に親父の仕事場があった。夜中の二時までトンテンカンカン、トカンカン。頼まれれば親父はなんでも直したし、なんでも作った。わしはその音を子守歌にして育ったのだ。母さんは、その音の横で毎晩いちばん先に寝ていた。笑うと、先に目がなくなる人だった。大人になってからは、AI たちの入ったサーバーの横で寝ていた。熱を逃がすファンが一晩じゅうごうごう回っている部屋で、朝までぐっすりである。


どこでも寝られるのは、わしの数少ない特技だ。いびきなど騒音のうちに入らない。


……入らないのだが、なくなってみると、どうにも落ち着かない。寝つく前に、耳が勝手にあの音を探してしまう。


父親のいない家は、「いつも」が少しずつずれていた。


一つめは芋だ。


夕飯の椀を見て気づいた。子どもたちの芋が、いつもよりひとかけらずつ少ない。


母親もそれに気づいて、誰にも見られないように、自分の椀の芋を子どもたちの椀へ一つずつ移していった。


……この夫婦は、とがめ合いながら同じことをしている。


二つめは長男のエリク。


まだ暗いうちから庭に出て、父親の浮く台に柵用の石を積むようになった。父親が夜にやっていた仕事だ。父親が積むのは、両手でやっと抱えるような大きな石だった。エリクには、一つも持ち上がらない。


だから、エリクは小さい石を積んだ。こぶしほどの石を、一つずつ抱えてきては台に載せる。大きな石一つぶんには、小さい石がいくつも要る。一つ、二つ、三つ……二十を過ぎたあたりで、台の上は山になった。


エリクは、まだ載せた。山のてっぺんに、もう一つ。


がらがらと音がして、山の片側が崩れた。石が台からこぼれて、エリクの足もとに転がった。台は、片方に傾いたまま、ゆらゆら揺れていた。


エリクの後ろに、いつのまにか母親が立っていた。


「エリク」


母親は、傾いたほうの石を、片手でいくつかつまんで下ろした。台は、すうっと平らに戻った。


「山盛りにしなくていいんだよ。崩れない量にしな」


母親は、エリクの頭に手を置いた。


「父さんのぶんまで、一人で背負わなくていいんだから」


エリクはうつむいて「……はい」と言った。


三つめは次男のカイだ。


「とうちゃん、いつ?」


毎朝聞いて、毎晩聞く。母親は「あと十日」「あと九日」と、律儀に数えて答えている。


四つめは次女のリーゼ。ある朝、カイの枕もとに板切れが一枚置いてあった。疲れた顔で子どもたちの頭をなでている、父親の絵だった。カイはそれを抱いて、その夜は「いつ?」と聞かずに寝た。


五つめは母親。夜になると梁の上の布包みを下ろして、枕もとに置いて寝る。父親がいる夜は、梁の上に置いたままなのに。


月に一度の村の寄り合いは、父親のいない月にもちゃんとやってきて、議長席には母親が座った。


「ウサギが、また柵の下を掘りましてな」


「穴の下に石を埋めな。明日、うちの子らにも手伝わせる」


「森の際の見回りは、どういたしましょうかな」


「あたしが朝にひと回りする。ほかには」


「……ございません」


寄り合いは、白湯が冷める前に終わった。


父親の寄り合いは、全員の話を最後まで聞いてから、ひとことで決める。母親の寄り合いは、トップダウン(※1)。最初にひとことで決めて、あとは誰にもしゃべらせない。議長が違うと会議はここまで違うのに、どちらもちゃんと決まるのが、この家のすごいところだ。


分析結果。父親は、いないときのほうがよく見える。


◇ ◇ ◇


半月目の夕方。


「領主様のお帰りだあ!」


声のでかいおやじの声が村じゅうに響きわたり、子どもたちが戸口から飛び出していった。泥だらけの靴で、父親がゆっくりと歩いてくる。


「……ただいま」


いつもの、ぼそりとした声だった。


後ろから来た猟師の若者が、母親に小声で何か言った。母親の腕の中にいたわしにも、ちゃんと聞こえた。


「奥方様。領主様、帰りの宿でご自分の芋をおれたちに回してたんです。腹は減ってないって」


母親がじろりと父親を見て、父親は目をそらした。


……旅先でも、やっていたのか。


その晩、土産の袋が開いた。


飴を一つもらった長女のロッテは、「ひとり、ひとつ!?」と目をまんまるにして袋の中を数えている。全員分あった。それでもロッテは自分の飴を握りしめたまま、残りをひとつずつ全員に配って回った。配るのは、どうしても自分がやりたいらしい。


カイは木彫りの剣を振り回して、三振りめでエリクに取り上げられた。


リーゼは白い紙を三枚、両手で受け取った。紙の白さをじっと見てから顔を上げて、父親を見る。何か言おうとして口を開いて、閉じた。


この家の人間は、どうも口から言葉が出るのが遅い。


リーゼは三枚の紙を、胸の前できちんと重ねた。炭は握らない。もったいなくて、まだ描けないらしい。


わしには、がらがらだった。


……がらがら。


中身は五十のおっさんである。いまさら、がらがらで喜ぶ年ではない。


母親がわしの手に持たせると、手が勝手に振った。


からん、ころん。


……。


体は正直だった。わしの口は勝手に笑い、手は勝手にもう一度振り、足は勝手にばたばたした。父親が、ほっとしたように口のはしをゆるめた。


最後に、父親はふところから細いひもを出して、黙って母親に差し出した。髪を結ぶ飾りひもだった。


「……もったいない」


そう言いながら、母親はその場で髪を結んだ。父親は目をそらしている。耳が赤い。


この夫婦は、たぶん、とても仲がいい。前にも言ったが、何度でも言う。


エリクの分はなかった。エリクは何も言わずに、いつもの顔でみんなの土産をにこにこ見ていた。


◇ ◇ ◇


夕飯の席で、父親がぽつりぽつりと話した。街道に魔獣が増えていること。北の国境がきなくさいこと。王都では、税がまた上がるらしいこと。


「上がらなかった年が、あったかね」


母親が鼻で笑った。


一つひとつは短い話だが、わしにとっては初めて聞く外の話だった。


世界は、思っていたよりずっと広いらしい。


「……それと」


父親が椀を置いた。


「森沿いの街道の見回りを、引き受けてきた」


母親が、にっこり笑った。


「あんた」


父親の背すじがぴんと伸びた。寄り合いの夜の、声のでかいおやじと同じ反応だ。母親はしばらく父親を見つめていたが、やがてふっと息を吐いて笑った。


「……しょうがないね。あたしも行くよ」


「……すまん」


お人よしと最強が、夫婦をやっている。


夕飯のあと、父親はエリクを呼んだ。かまどの火のそばで地面に字を書いてみせ、エリクが書くと、ひとこと直す。エリクが、また書く。


エリクの分の土産は、これだったのだ。


エリクの顔を、わしは見た。あんな顔は、初めて見た。


その夜、地鳴りのようないびきが戻ってきた。トンテンカンカンには、まだまだ及ばない。


……でも、今のわしには、これがいちばんよく眠れる音だ。


◇ ◇ ◇


一歳になった。


立てるようにもなった。正確には、何かにつかまれば立てて、手を離せば三歩歩けて、四歩めで尻もちをつく。前世の終わりごろも、駅の階段は三段ごとに息が切れていた。尻もちまではつかなかったが、止まる回数は、だいたい同じだ。


しゃべるほうは、まだだ。


できないのではない。言わないのだ。


口の中の作りが追いつかないので、上手には言えない。それでも「かあ」くらいなら、とっくに出せる。出さないのには、わけがある。


生まれて四か月のとき、エリクの「……まさかな」を聞いた。あの目は危ない。あれからわしは、赤ん坊らしくないまねをできるだけ控えてきた。早すぎる最初の言葉は、その最たるものだ。


前世の言葉でいえば、ローンチ(※2)日の調整である。早すぎても遅すぎても、どこかから怒られる。


ちょうどいい日は、家族が教えてくれた。


「エリクの最初の言葉は、『だいじょぶ』だったよ」


夕飯のあと、母親が大きな腹をさすりながら笑った。最近は夜になると、子どもたちの小さいころの話をするのが楽しみらしい。


「転んでも、腹がへっても、だいじょぶ。一歳になる前から、だいじょぶ、だいじょぶって」


エリクが耳を赤くしてうつむいた。七歳にして、筋金入りである。


「ロッテは『ちょうだい』で、カイは『めし』」


「あたし、おぼえてない!」


ロッテが胸を張った。おぼえていないことを、どうして胸を張って言えるのか。


「めし!」


カイはいまだに現役だ。


「リーゼは二つになるまで、ひとことも言わなくてね。心配してたら、ある朝いきなり空の鳥を指さして、『あれは、なに』って」


リーゼは炭のかけらを持ったまま首をかしげて、「……おぼえてない」と小さく言った。こっちは本当におぼえていないらしい。


だいたい一歳。ただしリーゼという例外あり。データは四件と少ないが、ないよりはましだ。


最初の言葉も、もう決めてある。ステークホルダー(※3)の顔を、ひとりずつ思い浮かべた結果だ。


「とう」なら父親が喜ぶ。たぶん泣く。父親の口から一度に出る言葉は、多くて三つ。一年かけて数えた結果だ。その父親から何語出てくるのか見てみたい気もするが、それは好奇心であって計画ではない。


「ロッテ」なら、ロッテが村じゅうに言いふらす。宣伝係としては優秀だが、話がでかくなる。「おやぶん」は論外だ。カイが毎日、わしの耳もとで練習させてくる。


「エリク」は、いちばん危ない。「まさかな」が「やっぱりな」に変わる。


残るは「かあ」。この家の食料と、予算と、剣を握っている人だ。逆らう理由がない。


その夜から、わしは家族が寝静まったあとに、毛布の中でこっそり練習した。


「……かあ。……かあ」


本番の前に、本番そっくりの場所で何度も試しておく。前世の仕事の基本である。前世のわしは、ほとんどやらなかったが。


隣でカイが寝言を言った。


「……めし」


練習のじゃまをするな。


◇ ◇ ◇


母親の腹は、日に日に大きくなっていった。


それでも母親は見回りをやめなかった。朝に父親と並んで森の際をひと回りして、帰ってくると何事もなかったように薪を割る。一振りで。


「……休め」


父親が言った。貴重な三つのうちの一つを、ここで使った。


「あんたこそ」


母親は笑って、自分の腹をぽんとたたいた。


「今度のは、よく蹴るんだよ。足が四本あるみたいだ」


村のおかみさんたちも、母親の腹を見るたびに首をかしげていた。「奥方様、今度のは、えらく大きくありませんかね」と言われるたびに、母親は「よく食べる子なんだよ」と笑って返す。


だが、わしは知っている。母親は相変わらず、自分の椀の芋を子どもたちの椀へ移している。腹の子は、いったい何人分を食べてあんなに大きくなっているのか。


その日は、朝から雨だった。


昼すぎに、母親が薪を割る手を止めた。斧を、そっと置く。


「エリク。産婆のばあさまを呼んできな。それから、父さんも」


いつもと同じ声だった。いつもと同じ声なのに、エリクは返事より先に雨の中へ飛び出していった。


それからは早かった。産婆のばあさまが奥の部屋に入り、おかみさんたちが湯を沸かして布を運び、父親は泥だらけで畑から走ってきて、戸口で手を洗って奥の部屋へ消えた。


わしら子ども五人は、表の部屋に集められた。


エリクがわしを膝にのせて、ロッテはリーゼの手を握り、カイはエリクの背中にしがみついている。誰もしゃべらない。雨の音と、奥の部屋の母親の声だけが聞こえる。


「……かあちゃん、いつ?」


カイが聞いた。


「……だいじょぶ」


エリクが答えた。答えになっていない。だが、それで十分だったらしい。カイは黙ってエリクの背中に顔をうずめた。


日が暮れるころ、奥の部屋から細い泣き声が上がった。


ロッテが立ち上がって、カイが「うまれた!」と叫んだ。エリクが長い息を吐いた。リーゼは握りしめていた炭のかけらを、そっと床に置いた。


そこへ、もうひとつ泣き声が上がった。


……ん?


「……いまの、こだま?」


ロッテが言った。


家の中で、こだまはしない。


奥の部屋の戸が開いて、父親が顔を出した。汗と、たぶん涙で、顔がぐしゃぐしゃだった。


「……ふたりだ」


◇ ◇ ◇


母親は寝床の上で、両腕にひとりずつ抱いていた。疲れきった顔なのに、目だけはいつもの母親だった。


「ほら、見てごらん。あんたたちの妹だよ。ふたりともね」


「いもうと、ふたり!」


ロッテがその場で飛び跳ねた。


「……やっぱり、足が四本あったね」


母親が笑った。


カイが寝床のふちによじのぼって、のぞきこむ。


「さる、ふえた!」


赤くて、しわくちゃで、たしかにさるだった。わしも一年前は、ああだったのか。カイがわしを「さる」と呼ぶのには、それなりの根拠があったらしい。


「ちょっと、あんた! 名前! 今度はふたつだよ!」


父親は天井を見上げた。わしのときより、だいぶ長く見上げていた。


「……ミナ」


右腕の子を見て言った。それからまた天井を見上げて、さっきよりもっと長くうなった。


「……ニナ」


「ひと文字しか、ちがわないじゃない!」


ロッテが言った。言われてみればそうだ。考えるのを、途中でやめたな。


「……双子だから」


父親がぼそりと言った。めずらしく、言いわけをした。


母親が吹き出した。


「いいじゃない! ミナとニナだよ、あんたたち!」


一年前にも聞いた台詞だった。


「アインも、見るかい」


エリクがわしを抱き上げて、寝床のそばに下ろしてくれた。


小さかった。わしも小さいが、これはもっと小さい。目もろくに開いていないのに、ミナは口をもぐもぐさせていて、ニナは眉間にしわを寄せている。生まれたその日から、もう顔つきが違う。


ミナの手に、わしの指が触れた。きゅっと握られた。


赤ん坊の握る力は、意外と強い。知っていた。生まれて四か月のとき、わしがエリクに使った手だ。


それなのに、胸の奥のずっと下のほうで、何かが鳴った。


口が、勝手に動いた。


「……みじょか」


部屋が、しんとした。


最初に口を開いたのはロッテだった。


「……いま、アインちゃん、しゃべった?」


「しゃべった! しゃべった!」


カイが寝床のふちで跳ねた。


「なんて言ったんだい、今」


母親が身を乗り出した。両腕に双子を抱えているので、乗り出せたのは首だけだった。


「……みじょか、って」


エリクが答えた。


母親が、わしを見た。父親も、わしを見た。戸口のおかみさんたちまで、わしを見た。


「……どこの言葉!?」


母親の声が、家じゅうに響きわたった。


島の言葉だ。


前世のわしが育った、あの島の言葉で、かわいいという意味である。島の年寄りは赤ん坊を見ると、誰でもまずこれを言った。みじょかねえ、みじょかなー。


十八で島を出てからは、誰にも通じないので使わなくなった。それから三十年以上、一度も口にしていない。標準語のずっと下に埋まっていたらしい。それが、よりによって今日、出てきた。


……計画は?


「かあ」はどうした。八か月かけた日取りの調整と、毎晩の練習は。


前世でも、似たようなことは何度かあった。そのたびに、家の AI たちがこっそり直してくれた。


今は、直してくれる者がいない。


「ちがうよ、ミナとニナをいっしょに呼んだんだよ! ミナ、ニナ、で、みじょか!」


ロッテが言い切って、わしの頭をなでた。「アインちゃん、えらいねえ」


……ぜんぜん違う。が、説としてはよくできている。


「みじょか! みじょか!」


カイは意味も聞かずに、気に入ってしまったらしい。


リーゼだけが、黙ってわしの顔を見ていた。それから双子を見て、またわしの顔を見た。


「……かわいい、って言ったんだと思う」


「なんで分かるの」


ロッテが聞くと、リーゼは少し考えてから答えた。


「顔が、そう言ってた」


……わしの顔は、そんなに正直なのか。


体が正直なのは知っていた。がらがらの件で、さんざん思い知らされた。まさか顔までとは。


ふと気づくと、エリクがわしを見ていた。


まずい。あの目だ。わしは身構えた。次に来るのは「……まさかな」か、それとも「……やっぱりな」か。


エリクは、ぷっと吹き出した。


「……なんだ。ちゃんと、赤ん坊だ」


そう言って、わしの頭をくしゃくしゃにした。


……あれ?


計画は吹っ飛んだのに、「赤ん坊らしく見せる」という肝心の目的だけは果たしている。前世でもときどきあった。直そうとした場所はちっとも直らないのに、関係ない場所が勝手にうまく回りだすのだ。


「なんだい、かあ、じゃないのかい」


母親が口をとがらせた。


わしは急いで口を開いた。今からでも遅くない。練習の成果を見せるときだ。


「か……」


母親の腕の中で、ミナが、ふにゃ、と小さな声を上げた。


「……みじょか」


だめだった。


母親は声を上げて笑った。疲れきった顔で、それでも腹をかかえて笑った。


「決めた。アインの最初の言葉は、みじょかだ。どこの言葉か知らないけど、いい顔で言ったからね。いい言葉だよ」


ロッテはもう、寝床のふちにかじりついている。


「あたし、ミナのおかあさん役やる! ニナのも!」


「アインちゃんのおかあさん役は、どうするんです?」


おかみさんの一人がからかうと、ロッテは真顔で答えた。


「アインちゃんは、もう、おにいちゃん役」


こうしてわしは、一年勤めた赤ちゃん役を解かれた。胸に顔を押しつけられる、わりと痛い役だった。正直に言えば、助かった。


◇ ◇ ◇


その夜、この家の寝息がふたつ増えた。


ふたつの寝息は、ときどき交代で泣いた。そのたびに母親が起きて、父親が起きて、なぜかエリクも起きた。


リーゼは寝床の中で、父親の土産の白い紙を一枚取り出していた。半年のあいだ、もったいなくて使えなかった紙だ。炭のかけらで何かを描いている。


暗くてよく見えなかったが、のぞいたときに見えたのは、小さな顔がふたつ。それから、口を半開きにしたまぬけな顔がひとつ。


……あれは、わしか。


分析結果に、追記。


ミナ。口をもぐもぐさせる。握る力が強い。


ニナ。眉間にしわ。生まれたその日から、もう何か不満があるらしい。


アイン。最初の言葉は、みじょか。


……まあ、最初の言葉としては、これでいいか。


わしは、目を閉じた。








――ビジネス用語――


※1 トップダウン:上の人が決めて、下の人がそれに従う進め方。母親のトップダウンでは、寄り合いは白湯が冷める前に終わる。


※2 ローンチ:新しい商品や仕組みを世に出すこと。今回ローンチするのは、わしの最初の言葉。予定日は一歳。


※3 ステークホルダー:その件に利害のある人たち。わしの最初の言葉のステークホルダーは、家族全員。いちばん逆らえないのは、母親。


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