第9話 再会の最強ババア
「ようやくだ」
いや、大変だった。
魔力強化を施した精鋭軍。
術師団長と将校を先頭に、慎重に山道を進んだのだが――
「ほ、報告! 第三小隊、壊滅です!」
馬を進める本隊の前に、山間から斥候の男が転がり出た。何故か服が、溶けたように穴だらけだ。
「警戒を! 敵は姿を消し――」
プツンと男の言葉が途切れ、糸が切れたようにその場に崩れる。
ガサガサと足元の茂みが揺れる。何もいないはずの地面に、うねる影が滑っていく。
「蛇だ! やつら、透明になりおった!」
歴戦の将校が、すぐさま足元に剣を突き刺した。バサバサと草が揺れて静まり返る。剣先に貫かれた、黒蛇の遺骸が現れた。
「散開! 背中合わせで――」
急ぎ上官たちが指示を飛ばすも、追加で数人の兵士が倒れた。皆、一様に足首に、蛇の噛み跡がついている。
しかしこちらも精鋭だ。すぐに態勢を立て直し、冷静に蛇を処理していく。
陣頭に立つ黒衣の術師団長が、水晶のついた杖を掲げ、皆を見回した。
「うむ。透明蛇の力自体は大したことない。勝利は目前だ。引き続き警戒し、進軍――」
言葉は最後まで続かなかった。
黒い、巨大な影が、術師団長を飲み込んだのだ。
「敵襲っ」
「報告書にあった! "雷を纏う大蛇"です!」
どうっと風が過ぎ去った。
舞きあがる砂埃の中、バチバチと紫電が走る。
「兵長が!」
視界が晴れれば、複数人が消えていた。いずれも指揮官クラスばかり。
「警戒! 防御陣形だ!」
見上げれば、黒い影が引き返してくる。まるでカモメが魚を狙うように、真っすぐこちらに向かってくる。
「術師団、一斉砲火!」
「駄目です! 速すぎ――ぐああっ」
(ふむ……)
一人、また一人と兵士が消える中、ヤータンは大蛇を躱し、じっくりと観察していた。
(……美しいな)
黒蛇の表面。濃密な術式の気配。
実力としてはすでに術師の至高に足を踏み入れた。そんな自分にも、それが芸術的にすら思われた。
(平凡な、使い魔の強化とはまた違う……いわば、生き物の次元を引き上げたのか?)
さすが最強ババアの子飼い。素晴らしい作品だ。
「将校! このままではっ――」
悲痛な声に、はっと意識が引き戻される。気づけばずいぶん人が減っている。
(困りものだな)
まだ、彼女に会えていない。
逡巡ののち、ヤータンはローブの隠しから、小瓶をすっと取り出した。
キュポリ。
木栓を抜き、琥珀色の液体を口に含む。
ちょうど目前に、馬より巨大な大蛇が迫った。
開かれる巨大な顎。全てを飲み込まんとする闇から目をそらさず――口の中身を吹き付ける。
どごぉっ――――――
半身を反らし、躱した蛇が、大地に強く打ち付けられた。
バタンバタンとのたうち回る巨大な蛇。ヤータンは細身の剣を抜いて駆け寄った。
「術師団長! 今、お助けいたします!」
わざと大声で叫び、剣で蛇を傷つける。
「キンッ」という硬質な音とともに、浅く傷が刻まれた。
びくりと硬直した蛇が、がばりと塊を吐き出した。
「――ぐはっ。 ごほっ」
粘液まみれの黒衣が、咳き込みながら頭を起こす。
「ご無事ですか!?」
すぐに肩を貸し、立たせれば、
「む……問題ない。奴は――」
背後に倒れる大蛇を振り返り、術師団長は杖を大きく振るった。
「ぎゃインっ」
ざっくりと身体が裂けて、蛇が悲鳴のような声を上げた。どす黒い血が地面を浸す。
「面目ない。そなたが、私を?」
「は。無我夢中で剣を振るい、奇跡的に届いたようです」
腰元の細剣、蛇についた浅い切傷。それらを順に視界に入れて、団長は深く頷いた。
「恩に着る。そなたは確か――ヤータン二世、男爵か」
団長の顔に一瞬の思案、ややをもって、小さな落胆が落ちる。
「お手柄だ。君に、もう少し魔力があればな……追って、褒美を与えよう。今はとにかく、ここを乗り切る」
肩をたたき、それだけ言うと、術師団長は再び杖を高く掲げた。先端の水晶が、つよい光を放ち始める。大魔術の発動だ。
(まったくもって、有り難くない……)
一歩、下がった位置で眺めながら、ヤータンは独りごちた。
ピチャリと足が、水音を立てる。視線を落とせば、大蛇が黒い水たまりの中心で、動かなくなっていた。
彼女の作品を、傷つけてしまった。別に術師団長なんぞ、どうでも良かったというのに――
(しかし、これでようやく)
術師団長を中心に、持ち直した軍隊は、少しずつ蛇を無力化する。
国境の蛇を攻略すれば、"彼女"は出ざるを得ないのだ。
そう。
見上げた空の向こう。
雲一つなく晴れた空に、黒い豆粒のような点。
その黒い点が大きくなる。
はためく黒いゴシックドレス。流れる白髪。
彗星のように飛来し――衝撃。
お読みいただきありがとうございます。
術師団長のお眼鏡にかなったって、ちっとも嬉しくないヤータンです。
彼が認められたいのはただひとり――
次回は明日朝6時台に更新です。




