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第10話 それ、別人じゃないですか?

タイトルを少し変更しました。

旧タイトル

『千年準備して告白したのに、あっけなく振られたんだが。そもそも別人だったけど、でもそんな貴方が好きになりました振り向いて!』



新タイトル

『千年準備して告白したのに、そもそも別人だった』


になります。

中身はこれまで通り、千年こじらせ術師ヤータンの物語です。


(ああ……昔と変わらない――)

 

 砂埃が風に散る。

 淡い青炎の中心に、揺れる白髪と黒いドレス。

 五十年ぶり、だろうか。


 老いた彼女。

 あの戦場で、初めて出会ったときの少女姿ではなくとも――その瞳、そのあり方は、かつてとまったく同じだった。


(いや、さらに洗練されている――)


 ゆっくりと立ちあがる最強ババア。


 ピチャリ、ピチャリ。


 ヒールが黒い水たまりを踏みしめ、黒い骸の傍らへ進む。


 彼女を覆う炎が、動かぬ大蛇を包み込み、燃え上がった。

 青の炎は木も草も焼かない。ただ蛇だけを焼き尽くし、灰は空へと舞い散った。


「……な、何をしている! 目標だ! 最強ババアだ!」

「第2陣形! 術式展開、発射!」

 誰もが魅入ってしまっていた。我に返った将校の叫びとともに、術師団長の指示が飛ぶ。


―――ィンッ!


 光が炸裂し、遅れて音。

 白い閃光に、最強ババアごと正面がかき消える。

 ぶわりと肌に鋭い痛み。――最精鋭たちによる、大火力魔術。その熱の余波が、辺り一帯を飲み込んだのだ。


 皆が目を庇う中で、私は1秒たりとも目を逸らさない。

 彼女の心配? そんな訳がないだろう。

 いかに我が国すべての魔力を束ねようと、最強の術師団であろうと、器が違うのだ。比べることすら烏滸がましい。


 光がほどける。空が、山が、色を取り戻す。

 白髪を揺らしながら、彼女はそこに立っていた。変わらずそこに――


「無傷、だと?」

「ありえん! 何をした!?」

 なおも叫ぶ愚者たちを、炎の渦が飲み込んだ。先ほどとは違う、赤い火だ。


「熱いっ……助けてくれ!」

「散開! 背後に回り――ぐあぁっ」


 剣を掲げた将校が、背後から肉薄する。

 しかし彼女は微動だにしない。


 振り下ろされた鋼鉄を、大蛇の牙が受け止めた。

 黒に近い赤――血のような炎の大蛇が、剣を噛み砕き、そのまま将校を飲み込む。


(うるさいな)


 阿鼻叫喚。崩壊する戦線。

 美しくない。舌打ちしたくなるほどに。


(彼女の声が、聞こえないではないか)


 まだ一度もその立ち位置を変えることもなく、淡々と術を行使する彼女。

 すぐ隣を吹き飛んでいく味方を尻目に、私は一歩、踏み出した。


(知りたい。もっとあなたのことを――)


 近づき、この身であなたの全てを。


 視線は決して逸らさない。

 蛇の亡骸に、わずかに動いた口元も。これほどの熱の中で、なんの温度も映さない青の瞳も。


 距離を縮める私の前に、炎の大蛇が顎を開く。熱に焼かれながらも私は、瞬きすらせず彼女を見つめ――







* * *


「と、いうふうに、圧倒的だった」


 燕尾服の男は、ナプキンで口を一拭きする。

「悪くはない」と呟いているが、その小皿にあったメレンゲは、すべて私のものだったのに。


「初対面のときもそうだったが、まさか彼女自身が放つ炎が、あれほど熱いとは――」


 モグモグと口を動かす男――ヤータンは、私の殺意に気づいているのだろうか。


「聖女。そんな言葉も虚しくなるほど、高潔で、美しい」

 全てを焼き尽くす炎は、それでも命だけは燃やさないらしい。焼かれた兵士たちは皆無事で、戦意と魔力だけを根こそぎ焼き尽くされていたそうだ。


(それ、別人じゃないかしら――?)


 うっとりとした目で、昔語りを続ける残念男に、シティの脳裏に浮かんだのは、一人の術師。

 別名・炎の魔術師の名を持つ、大昔の先輩にシティは思いを馳せた。


「圧倒的な強さ。しかし、蛇の骸に心痛める優しさもあるときた」

「それ以上は、あたしがあんたを燃やすからね」


 伸ばされた手より早く、菓子の皿を引っ込める。

 男の眉が悲しげに下がったが、知ったことではない。


「まったく、菓子ごときで。それに比べ、"彼女"は遍く生き物を許す器をだな――」

 

 頭を叩いてやりたい衝動を、ぐっと堪えた。


『駄目さシティ! シティの手が汚れちゃう!』

 前回叩いてやった時、おかしな目つきをした男を見て、ルシニウスは慌ててそう叫んだ。どうにも『そういうのを喜ぶ駄目な奴』がいるらしい。

 ……とにかく、いちいち取り合うのも馬鹿らしい。


「話は戻るが、申し訳なく思っている。あの時、蛇を傷つけたことを――」

 静かに紅茶を傾けた。その向こうで、男はひとり、思い出を語り続けている。


(千年も、ずっと会いたかった人が――思い出の時点ですでに入れ替わってるわよ、なんて)


 告げるのは……流石に可哀想だろうか。

 なんだか見ていられなくなって、そっと視線を逸らす。

 ふと冷たい感触に空を見上げれば、ポツポツと細い雨。


「シティ! 濡れる前に早く」


 小屋の軒先で、ルシニウスが呼んでいる。

 季節外れの突然の雨。

 庭からポーチに避難して、青年が淹れなおしたお茶を飲みながら。

 向かいを見れば、変わらずそこに黒ずくめの陰気な男。

 いつ止むとも知れない冷たい雨も、男の語りから熱を奪うことはできないようだった。





お読みいただきありがとうございます。

次回も明日、6時台の更新予定です。

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