ex.3 【恋愛指南書】共通の知人に相談する①
「先生、入りますよ」
執務室の扉が開く。
ノックと共に入ってきたのは、そばかすだらけの細身の少年。
テスの雲孫(三十何代目だっただろうか――数えるのは諦めた)だ。
「先生。こちらのご本をどうぞ」
頼んだ書類を机に下ろすと、少年はその中から一冊の本を抜き出した。
「ふむ。『あなたのハートを掴みます。ライバルを出し抜く10のステップ』……なんだこれは」
薄桃色の装丁に、軽薄な字面のタイトルが走る。
「"最強ババア"にアプローチされてるんですよね」
そこで一度、テス雲孫は言葉を切った。視線が左右に泳いでいる。
「先生は大層素晴らしい魔術師です。それはもう、本当に、尊敬してるんです」
再び上げた顔には、決意の炎が宿っていた。
「だから、あとほんの少し。対人がだめ――いえ、言葉足らずなことが多く。その、特に女性はですね……」
なにやら長々と話しているが、要するに、女性にアプローチするには、特殊な知識も必要だということだろう。
「ふむ……」
桃色本の表紙を撫でる。安っぽい紙質だ。
最強ババアたる彼女。そのような俗世の価値観に落とし込む必要など、微塵も感じないのだが――
(参考くらいにはなるだろうか)
冷ややかな群青色の瞳が頭に浮かぶ。
気づけば私は、手渡された本を受け取っていた。
***
『愛しのあの娘を射止めたい? そこのあなた。
男は行動あるのみです。
彼女はあなたを待っています。
愛の女神は、正しく動いた者だけに微笑むのです』
『さあ、準備はできましたか?
まずは料理。
彼女の胃袋を掴みましょう。
"男児厨房に入らず"ですって!?
くだらないプライドは捨てておしまい。
美味しいものは正義なのです』
『彼女は食べてくれましたか?
きっと忘れられない味となったことでしょう。
あなたの真心は既に彼女の一部となったわけです。
さあ、次です。』
『やっぱり強い男はモテる!
格好良さは大事なんです。
筋力、知識、スマートなエスコート。
なんでも良いの。
あなたの持てる良さを、最高の演出で。
彼女の心に訴えるのです!』
ぺらぺらとページをめくっていく。
「ふむ……」
ここ数日のできごとを思い返す。
肉団子に黒鎌の能力開示――その結果の「順調に嫌われてる」。
「うまくいかないではないか」
所詮くだらぬ下賤の書物。
苛立ち混じりに投げ捨てようと思ったところで――
『うまくいきませんか?
「あなたなんて大嫌い」と言われましたか?
落ち込みますね。
――でも待って。
愛情の反義語は無関心。
「嫌い」はあなたへの関心の現れなのです』
ピタリと手が止まる。
そっと、ページをめくり、顔を本へと近づけた。
『さあ、ここからです。
まずは状況を整理しましょう。
戦況の把握、ロードマップ作成は大事です。
第三者の視線も取り入れましょう。
"共通の知人"。彼女を知る友人に、協力を仰ぐのです』
しばしの黙考。
立ち上がり、外套を羽織る。
帽子をかぶり、本棚へ。
「ガコリ」と書架がスライドし、現れたのは真っ暗な小部屋。
床一面に淡く光る魔法陣。
その中央に足を踏み入れ――ヤータンの姿が消えた。




