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ex.2 【恋愛指南書】強くて格好良い姿を見せる


「見てみるか?」

「……興味ないわ」


はっきりと断ったはずなのに。

渦巻く黒の魔力の波が、男を足元から飲み込み、現れたのは――




***


「いい加減にしてちょうだい!」


今日も今日とて、ガーデンテーブルで茶を淹れる黒ずくめの男を目にし、シティは思わず声を荒げた。


「む。もしや……肉料理は飽きたのか?」

男は一度大きく瞬くと、困ったように眉尻を下げる。

その反応に、盛大な吐息が溢れてしまった。


「あなた、状況分かってる? とにかく、私は忙しいの」

国境を守る蛇を失い、山からなだれ込む魔物たち。

その対処に、最強ババアは手一杯。


「ふむ」

顎に手をやり、髭がないことに気づいたのだろう。ヤータンはするりと顎を撫でると、ひとつ大きく頷いた。


「ならば、私が手伝おう」

「いや、自分の国を守りなさいよ」

山向こうの隣国だって、同じような状況なのだ。

国内随一の実力をもつ魔術師が、毎日こんなところで油を売っていて良いのだろうか。


「問題ない」

力強く頷くヤータン。恐ろしく整ったその顔に、なぜか微笑みまで浮かべている。


シティは頭を抱えたくなった。


「ああ、もう……。ほらこれ。あなたの国の昨日の夕刊よ」


広げて見せたのは一冊の新聞だ。


『家々が竹林にのまれ、悲嘆にくれる村人たち』




「ほら! たくさんの人が困っているの。私たち術師は、彼らを守るために働いてるの」


こてんと頭を傾けるヤータン。

真っすぐこちらを見つめる瞳は、千年生きる術師のくせに、どこあどけなさすら感じさせる。


(彼の"問題ない"は、"自分にとって問題ない"なのね)


不毛さを感じ、シティは趣向を変えてみることにした。


「……初代様も、嘆くでしょうね」

「"彼女"が……?」

「そうよ。彼女なら、どうしたかしら?」


ぴくりと眉をあげたヤータンに、シティは手応えを感じた。

「むむむ」と向かいで思案する男。


(そうよ。だからさっさと帰って働きなさい!)


「なるほど」

ガタリと椅子から立ち上がり、男はシティに問いかけた。


「シティ。君も困っているのだな」

「……当たり前じゃない」


すたすたと、森の方へと向かった彼は、くるりとこちらを振り返った。


「安心してほしい」


距離をとったヤータンは、白い歯を見せて微笑んだ。


「こう見えて、私は結構、強いんだ」


何を言い出すのだろう。


「思えば、私の力を一度も見せていなかった。見れば少しは君も――」

「え……結構よ?」


黙るヤータン。

流れる沈黙。


「見てみるか?」


(我ながら驚くほどに……興味がないわ)


しかし散歩を待つ犬のような、きらきらした目でこちらをみる男に、シティは口を噤んだ。


「どうぞ」と目だけで合図すれば、ヤータンは嬉しそうに破顔した。


森を背に、膝丈の草地に立つ燕尾服の男。

足元に落ちる男の影が、ゆらりと揺れて立ち上がる。


「チチッ」


小鳥が驚いたように飛び立った。

森の木々がざわめいている。

不穏な空気が色を濃くし、男を中心に闇が深まる。


「千年。磨き続けてきた秘術……」


影が男を飲み込んだ。真っ黒に染まった中から現れたのは――


腰まで届く、真っ白な長い髪。

いつもの燕尾服に、片側だけレースのマント。

そして何よりも目を引くのは、男の身長よりもはるかに大きな黒い鎌。


「"彼女"のために編み出したこの力。だが、今は君だけのために――君の行く道ならば、どんな障害でも排してみせよう」


ぐるりと鎌を回して止める。

片手で鎌を構えながら、半身を引いた謎の姿勢。


(え……あら? あの刺繍って――)


反応に困っていると、ふとヤータンのマントに目がいった。黒地に白の蝶が羽ばたく刺しゅう。己のスカートに目を落とす。そこにはよく見慣れた蝶たちが――


ぞわりと背筋に怖気が走る。


(いけない。見ちゃいけないわ!)


ふるふると不穏な思考を追いやって、シティは目の前の現象に集中した。


「それで、一体何ができるのかしら」

大層な決め台詞を吐いたのだ。しっかりと働いてもらうためにも、戦力把握は必要だろう。


「この鎌は、認識を断ち切ることができる」

男は答え――しかし何も起こらない。


「うむ。君に向けるわけにはいかないし――相手が必要だな」

ちらりと上を見たヤータンは、鎌を空へと切り上げた。


見上げた青い空。黒い点が急速に大きくなって、


「しいーーーちゃーーーーあーーーん!?!?」


黒い人型が落ちてくる。


「ちょ!? え? ハチ!?」


慌てて指先で術を編む。

ふわりと温かな青い風。


「せ、せーふ……」

ストンと着地したのは、シティの使い魔・黒人形のハチだった。


「なに? オイラ、いきなり飛べなくなって……」

混乱する使い魔を前に、シティは下手人を睨みつけた。


「ちょっと。うちのコに何するのよ」

「む。飛行術式を断ち切ったのだが……いまいちだったか」

しばらく顎を撫でていたが、男はすぐに鎌を構え直した。さっと前の空間を切りつける。


「わわっ」


ガシャーン


大きな音と共に悲鳴が聞こえた。

使い魔の具合を確認していたシティは、さっと後ろを振り返る。


「ルン!」

見れば小屋の入り口の前に、お盆を手にしたまま地に伏せる青年が。


「いったた……良かったあ、ケーキは無事なんさ」

打ち付けたのだろう。額を赤くしながらも、真っ先にお盆の上を確認してほっとしているルシニウス。


「上下の認識を断ち切った」

誇らしげに語ってみせるヤータンに、くるりとシティは向き直った。


(排除……そうね。ぶっ飛ばして、排斥術を)

笑みがこぼれる。

人間、あまり腹が立つと、笑ってしまうのだなと不思議に思う。


「シティ。待って」

ぽんと肩を叩かれて、シティは後ろを振り返った。

すぐそばに、ハチに支えられるようにして、ルシニウスが立っていた。


「落ち着いて。俺に任せてほしいんさ」



ハチに支えられてヤータンに近づくルシニウス。

ヤータンは「無様だな!」と青年を嘲笑うが、ルシニウスも笑顔で相対した。


「シティが嫌いなこと」

その言葉に、ヤータンは真顔になる。


「嫌いな……こと?」

頷くルシニウス。

続きを言えと顎をしゃくるヤータン。


「お茶の途中で席を立つ。黒人形ハチを傷つける」

ひとつ、ふたつ、ルシニウスは指折り数えていく。


「茄子の入った料理。庭を荒らす奴。あと、男の無駄に長い髪」

びしりとヤータンに指を突きつける。


「な……しかし、シティは一言もそんな」

「そうだね。シティは言わない。だからあんたも気づかない」


最後通帳を突きつける。


「順調に嫌われてるよ」

満面の笑顔で言ってのける。

ヤータンはガクリとその場に崩れ落ちた。




***


「やっと帰ったわね」

とぼとぼと去っていく燕尾服を眺めながら、シティはルシニウスの隣に立った。


「シティ」

振り返ったルシニウスは、先ほどまでの笑顔とちがう。温かくて柔らかな笑顔。


(これ以上何かするならぶっ飛ばそうと思ってたけど)


右手に集めた魔力がすっと霧散する。

代わりに左手で紡ぐ細い青。その光ですっとルシニウスの両膝を撫でてやる。


「おお! ありがとさ」

ハチに寄りかかっていたルシニウスが、ぱっとその場で足踏みをした。

断ち切られた認識を、結び直してやったのだ。


「別に、あなたが出なくても良かったのよ? 排斥術も使えたし」

うーん、と空を見上げて思案するルシニウス。


「たぶん、術とか禁止とか……あのおじさん、それじゃ無理やりなんとかしそうなんさ」


ふっと視線を前に戻す。


「ほんと、お人好しね」

「シティが嫌なことは、誰にもしてほしくないからね」

青年の瞳がいたずらっぽく光る。


「それに……シティが好きなことは、ひとつも教えなかったんさ!」

その黒い瞳に、しっかりと映る自分を見て、シティはなんだか居た堪れない。


「ほら、食べましょう! さっきのケーキ、食べたいわ」


喉の奥で笑う青年を背後に感じながら、シティは慌ててテーブルへと戻るのだった。 


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