第15話 私の千年を差し出そう。君との1秒のためならば
最終回です!
まだ日が昇らない、薄暗い朝。
昨夜はじっとりと暑かった。汗ばんだ体が不快で、早々に目覚めてしまった。
使用人もまだ夢の中。長い廊下に出ると、並ぶ肖像画が静かに自分を迎えていた。
「違う。まったく違うのに――」
初代・最強ババアの肖像画。その一つを手に取り、呟いた。
頭を振るい、絵を元の場所に掛け直す。
なんとも落ち着かない気分に、早足で洗面所へ向かった。
鏡に向かう。
揺れるランプの明かりの中、浮かび上がった惨めな男。
ばしゃり。
冷たい水で顔を洗った。
ぶるりと体が震えると同時に、少し思考が晴れた気がした。
ふと、目についたカミソリへと手を伸ばす。
石鹸を丁寧に泡立てて、ゆっくり刃を滑らせる。
「……ふむ」
今一度、鏡の中を確認する。
こちらを見返す虚像は、幾ばくばかりかマシに見えた。
(ヒゲが鬱陶しい、か)
クツクツと笑いが漏れる。
自分を叩く手。
嫌悪を、感情を隠さない瞳。
それでも追い返さずに、茶を飲みながら耳を貸す――
(これで、少しは良くなったか?)
水気を拭いながら、"彼女"について考える。
(かつて私に、これほどまっすぐ、言葉をぶつけてきた存在があっただろうか……)
最後の蛇を、燃やし尽くした今代の背中を思い返す。
森一つ焼き尽くしそうな、圧倒的な大火力。
初代の精密さと比べれば、雑で、けれど力強い。
そして――
蛇が、狼となり、遠吠えと共に消えた時。
ちっとも悲しい素振りなんて見せないのに、おろした手は、僅かに震えていた。
「あなたはもういない」
声に、出してみる。
苦しい。
思わず胸元を掻き抱く。
「けれども、想いは、受け継がれているのですね――」
窓の向こうに、朝の光が昇り始める。
***
夏も盛り。
盛大に歌う虫たちの声が、森の中に響き渡る。
音が溢れるこの山の中で、魔女の小屋があるこの一角――ガーデンテーブルとその周りの小さな庭だけに、静けさが訪れていた。
「千年。千年、ただ彼女だけを、想い続けていた」
持参した紅茶葉は、今日のために誂えたオリジナルのブレンドティー。
「今でも、その想いは変わらない」
静音の術式を施したテーブルクロスを広げた上で、"彼女"でない彼女のために、丁寧に茶を淹れる。
「しかし。君と言葉を交わせる1秒。その1秒と引き換えられるなら――」
ポットをゆっくり傾ける。最後の雫が落ちきると、目の前の少女に対し、そっとカップを押し出した。
「シティ」
初めて呼ぶその名前。
「私は君に、私の千年すら、すべて差し出そう」
シティの瞳に映るのは、人工的な白い髪。
じっと視線を合わせ、言葉を尽くす。
少女は肩を震わせた。
「ちょっと、ストップ」
男とシティの間に、青年が割り込んできた。両腕を広げ、背中に少女を隠す。
「大丈夫さ? シティ……ちょっと!」
少し顔を赤らめたシティに、ルシニウスはぎょっと目を見開いた。
「え、ちが、これは――」
頬を押さえるシティは、慌てて顔から手を離し、大きく頭を振ってみせた。
「ちがうのよ……無駄に整ってるから。珍しくまともなこと言うし――」
「浮気……」
昏いオーラを放つ青年に、シティはタジタジだ。
その年相応の反応をする少女を眺めながら――
「ふむ。確かに、『顔が良い』とはよく言われるな」
己の顔を手鏡に映し、ヤータンは独りごちた。
美形押し。
よし、この戦略でいってみよう。
明日の手土産は何にしようかと考えながらも、ヤータンはにやりと口元に弧を描く。
群青色の深い瞳。夜空を溶かしたその色が、微かに揺れた。
決して揺らぐことのなかった、あの"藍玉"とは違う色。
そのことに、ヤータンの心は満たされる。
(なに、時間はたっぷりとある――)
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
千年の片想いから、ようやく一歩を踏み出せたヤータン。
「なに、時間はたっぷりとある」
でもやっぱり、ヤータンはヤータンでした。
人って大きくは変わらない。でも、ほんの少しの変化が、意外と大きいものだと思うのです――
少しでもお楽しみいただけましたら、感想・評価などで教えていただきますと、励みになります!
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本作は、現在連載中の『最強ババアのティータイム』のスピンオフ作品です。
本編では、9代目・最強ババアのシティが活躍中。
世界を守る重責を担う裏で、孤独な少女が自らの在り方を見つめ直す物語。
日々忙しいあなたに、ほっと息つくティータイムを。
よろしければ、ぜひ本編にも遊びに来てくださいね。
改めまして、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




