第14話 失われるもの、受け継がれる想い
幾重にも重なる緑の稜線。どこまでも険しい山々は、この小さな海辺の国を、外界から守ってきた。
いま、壮大な緑の砦に、土色の線がいくつも走る。
バリバリバリ―――
また一つ、轟音とともに山肌が削られた。
黒く長い影が、青い空を折り返し、再び山を掠めようと――
「堕ちな」
凛と響き渡る声。
空に飛び上がったドレス姿のシルエット。
太陽を背に、彼女は掲げた手を、勢いよく振り下ろした。
青。
世界が空の青に飲み込まれたような錯覚に、自分が目をきちんと開けているのかすら分からない。
気づけば大きく抉れた大地。むせ返るような土の香り。その中心に、巨大な黒蛇が横たわっていた。
「――やめろっ!」
止めを刺そうと、手を伸ばしかけた最強ババア。
その前に、燕尾服の男――ヤータンは、転がり込んで、腕を開く。
「彼女の最後の形見なんだ!」
目の前の、"最強ババア"に訴える。
風にゆれる白い髮。前髪を大きく払い、彼女はこちらを見た。
「どきな」
最強ババアは手先に集めた光をそのままに、真っすぐこちらを見つめてくる。
ザザリ。
背後で音がして、ヤータンは振り返った。
穴の底。ダメージが大きいのだろう。大蛇が体を捻るたびに、鱗がパラパラ剥がれ落ちる。
「終わらせるよ。その子はもう、十分苦しんだ」
群青色の瞳。
怒りも悲しみも映さない、感情の感じられない瞳は、
(どこもかしこも似ていないというのに――)
今だけは、かつての"彼女"を彷彿させて、それがどうしようもなく許せない。
「"彼女"の使い魔なんだ! 完璧なはずなんだ。うまく調整してやれば――」
(そうだ。私が直して、もう一度世界を守らせる)
かつて"彼女"がそうしたように。
「代々、考えてきたさ。どうすれば最善か」
老婆はわずかに腕を下ろした。
「もちろん、救うことも含めてね」
柔らかな物言いに、期待が胸にこみ上げる。
しかしそれも一瞬だった。
「これがあたしら"最強ババア"の、積みに重ねて出した結論だ。何も知らないあんたに、邪魔する権利なんざないよ」
すっと指先を蛇に向け直した最強ババアはもう、こちらのことなど眼中にない。
「――姿形が同じとはいえ、やはり偽物」
なら、私も覚悟を決めよう。
暗い、闇よりも昏い己の魔力を、内側から引きずり出す。足元に溜まった魔力が、ズルリと体を伝って伸び上がる。
自分より頭二つ分高い鎌。死神を彷彿させる黒い鎌に手を伸ばす。
「残念だが、最強ババア。ここで消えてもらおう」
決意を言葉に。
偶像よりも、確かなものを。"彼女"が生きた証を守るために、目の前の老婆をこの手で――
「彼女の想いはどうかしら?」
鎌へと伸ばした手が、止まる。
蛇だけを捉えて決してこちらを見ないのに、なぜか言葉だけは、まっすぐこちらへ響いてくる。
「私たちは、彼女の想いを受け継いできた。蛇の解放は、彼女の願いよ」
雷に打たれた気がした。
いや、実際に。撃たれたのだ。背後の地面を大きく砕き、飛び上がった黒蛇が。四方へ紫電を放ったのだ。
大きくうねり暴れ、黒蛇が走った空に、パラパラと黒い塵が舞い散った。隣を飛ぶ最強ババアが、蛇に向かって何かを叫んでいる。
直に、異変が起きた。
「足が……」
前脚が、次いで後ろ脚。蛇の長さがみるみる縮み、黒い鱗が剥がれていく。
「彼女の想いが、生きている……?」
呟いた空。
黒いドレスに誘われて、灰色の狼が駆けていた。
あの日見た、"彼女"が乗っていた灰狼だ。
遠吠えを残し、空に消えていく狼を、私はただぼんやりと眺めていた。
(それは、それは――では、私は、何を――)
満足そうに目を閉じる狼の姿が、いつまでも。まぶたの裏から消えなかった。
お読みいただきありがとうございました。
“彼女”の願いを叶えるべく、戦いを繰り広げる9代目最強ババア・シティ。
「“彼女”はもういない」
けれど
「“彼女”の想いは、確かに生きている」
その真実に、ヤータンはどう向き合うのか――。
次回、最終回。
本日11:30頃更新予定です。
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本作は、「最強ババアのティータイム」シリーズのスピンオフです。
本編では、9代目最強ババア・シティを主人公に、
“最強”という肩書を背負った一人の少女の孤独と再生を描いています。
忙しいあなたに、ほっとひと息つけるティータイムを。
よろしければそちらも覗いてみてくださいね。
(現在、「新たな弟子編」にてヤータンも暗躍中です!)
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改めてお読みいただきありがとうございます。
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