第13話 だから一緒に世界征服しよう
びっしりと藪竹に囲まれた、山の中の掘っ立て小屋。扉を押すと、錆びついた蝶番が鈍く軋んだ。
藁が飛び出た粗末なベッド。そこに横たわるのは、枯れ木のようにやせ細った老人。
すきま風の吹き込む小屋に、あるのはベッドと――死にかけの老人だけだった。
「調子はどうだ?」
浮かぶ死相に眉をひそめそうになる。ヤータンは淡々と声をかけた。
閉じられていた老人の目が、ゆっくりと開く。顔をこちらへと傾けると、わずかに口元を綻ばせた。
「おじさん」
喉から絞り出された掠れ声。すっかり老いさらばえたというのに、その呼び方だけは昔のままだ。
「……ジジイにそう呼ばれるのは、妙な気分だ」
皮肉で返したつもりだった。
なのに何が面白いのだろうか。老人は「くくく」と肩を揺らして笑っていた。
「僕からしたら、おじさんの方が不思議ですよ。本当に、変わりませんね」
出会った頃から、テスの孫はガリガリだった。
小枝のようだった手足には、今や老木のように皺と傷が刻まれている。
その貧弱な身体が肥えることは、生涯なかった。
ヤータンは、己の手へ視線を落とした。
3代目・ヤータン。新調したばかりの体。
手袋とジャケットの隙間からのぞく肌は、染み一つなく滑らかだ。
「良ければお前も体を乗り換えるか?」
死にゆく老人に、静かに問いかける。
しかしテスの孫は、ゆっくり首を横に振った。
「できれば、自分の目でこの国が――変わるところをみたかった」
そこで言葉が途切れる。咳き込みが止まらない。
背をさすってやろうかと、伸ばした手は遮られた。
「おじさん。ぼくのかわりに、家族を、この国の人たちをお願い」
ヤータンを掴む老人の手は、すぐに力なく落ちた。
その目にはもう、何も映っていない。
どんなに貧しかろうとも、絶えなかった瞳の炎が、今、静かに消えようとしている。
「テスの孫……タンタ」
その言葉に、老人は一度目を開いた。
「ふふ。僕の名前――知ってたん、ですね」
ふっと笑い、瞼が落ちる。
そのまま、部屋は静寂に包まれた。
「まったく、愚かな――」
そっと頭までシーツをかけて、背を向ける。
――なぜ、人任せにする。大事なことなら、自らの手でやり遂げるべきではないか。
一人になった小屋のなか。
漏らした言葉は、誰に届くこともなかった。
* * *
「そういう訳で、彼女が目指した理想の世界。あなたと私が組めば、目指せるはずだ」
自信満々に語る男を、シティは冷えた視線で見返した。
「初代様が、そう願ったの?」
圧倒的な力をもって国を守った、初代・最強ババア。彼女の理念は『誰も争わない世界を作ること』。
そのために、自分と共に、力をもって世界を治めたい。目の前の男はそう言った。
「彼女の口から、そう聞いたの?」
その問いに、ヤータンは答えない。
黒尽くめの燕尾服に、人工的な白い髪。自分と同じ青い瞳。すべて、初代さまの色に揃えたという。
(愚かで……かわいそうな人)
千年も術を磨き、水面下で国を揺るがす陰謀まで企てた危険人物。
だが、恐ろしいとは思わなかった。
哀れで、そして――イライラする。
「初代さまの理想なんて、知らないわ。私は今を生きてるの」
黙り込んだ男に、シティは小さく付け加えた。
(千年も――同じ人のことを考えて)
決して悪人ではないのだろう。
だが、行動が、あまりにも――
「もし、あなたが。1000年前に、会いに行っていれば……何か違ったかもしれないのに」
「は……?」
いつまでも昔語りをやめない男に、シティは我慢の限界だった。
「回りくどいのよ。隣に立つには未熟? 準備が足りない? そんなの後で考えれば良かったのよ!」
ばん、と机を叩く。
「会えなかったって、あなた凄腕術師なんでしょ?
手紙でも伝心でも、やりようなんていくらでもあったはずよ!」
ヤータンが視線を彷徨わせる。
「……しかし。"彼女"は、そんなこと望まない」
「だから、それ本人に聞いたの!?」
頭のヘッドドレスを乱暴に剥ぎ取った。
しゅわしゅわと全身が泡立って、肌の皺が消えていく。
目の前の男が、呆けた顔でこちらを見ている――小気味よい。その瞳に映る"老婆"は消えた。
「相手がどう思ってるかなんて、聞かなきゃ分からないわよ」
ちなみに私は、出されたお茶を残すやつが大嫌い。
私のお菓子に手を出すやつは、ぶっ飛ばす。
「分かった? あなたの"彼女"はもういない」
食堂の奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。
どうやらルシニウスが、何か焼き始めたらしい。
ぐう、と小さく腹が鳴った。
「ここにいるのは十九歳のシティ。ただの小娘よ」
残った紅茶を飲み干し、席を立つ。
身体が軽い。食事前に、一走りするのも良いかもしれない。
ちらりと男を振り返る。
見開かれた男の目に映っていたのは、果たして自分か――千年前の"彼女"だろうか。
(千年も年上のおじさんよ。あとは自分で考えるでしょ)
ひとつ頷き、小屋へと歩き出す。
今日のお昼はなんだろうか。
向かう足取りは自然と早まってしまうのだ。
お読みいただきありがとうございます。
いまだに現実を受け入れられないヤータンです……。
残り2話となりました。
明日土曜日のお昼頃、2話連続更新予定です。
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残りわずかとなりましたが、ぜひ最後まで、ヤータンの千年の想いにお付き合いくださいませ。




