肇、母親の出番がないではありませんか!?
劉明珠でございます。
子供が大きくなるというのは、頼もしいものですね。
ええ、本当に……
こちらが口を開く前に話をまとめ、必要なことを調べ、きちんと先のことまで考えてくれるのですから。
「姉上、嬉しくないのですか?」
「嬉しいですよ」
「では、なぜ嬉しそうなお顔ではないのです?」
玉珠は余計なところだけ、よく見ております。
「あなたは人の顔を見る前に、その右手を下ろしなさい」
「まだ鼻には届いておりませんよ?」
「届く前に止めているのです」
まったく……
頼もしい者が増える一方で、手のかかる者はなぜ減らないのでしょうね。
さて――今日は、私の出番があるのでしょうか?
纂からの返書が届いたのは、環珠に縁談の話をしてから十日余り後のことでした。
朝餉を終えたばかりのところへ肇が書状を持って現れたのですが、顔を見るなり、私は何となく察しました。
「纂からですね?」
「はい、母上はどうして分かったのです?」
「あなたが朝からそんなに真面目な顔をしている時は、たいてい家のことです」
肇は少しだけ眉を下げました。
「私は普段、それほど不真面目に見えますか」
「幼姫の前では、もう少し柔らかい顔をしておりますよ」
「母上」
「何です?」
「今日は環珠の話です」
「分かっております。だから話を戻したではありませんか」
戻したつもりなのですが、なぜか肇は納得していない顔をしております。
文烈様に似て、こういうところだけ妙に律儀ですね。
肇は卓の向こうへ座ると、纂から届いた書状を広げました。
環珠も呼んであります。
和珠は最初から隣に座っており、なぜ自分まで呼ばれたのか分かっていない様子でしたが、追い出す理由もありません。
玉珠までおります。
こちらは一切呼んでおりません。
「姉上、なぜ私だけ見るのです?」
「気のせいです」
「そうですか」
そう言いながら右手を鼻へ向けるので、私は無言で手首を押さえました。
「やはり見ていたではありませんか」
「見ていなければ止められませんからね」
環珠が笑いをこらえ、肇は何も見なかったことにして書状へ目を落としました。
「纂は、呂氏についてかなり調べてくれたようです」
私はそれだけ聞いて、あとは黙ることにしました。
ここで私が口を挟んでも、肇と纂が調べた以上のことを言えるとは思えません。
何より、二人とも環珠の兄です。
誰かの代わりになろうとしているのではなく、兄として必要なことをしているのでしょう。
それなら、母親が横から仕事を奪う必要はありません。
「まず、申し入れ自体は呂氏の家から正式に出たもので間違いない。ただし、家同士で先に決めてしまうつもりでもなさそうだ、と纂は見ている」
「どうして分かるのです?」
環珠が尋ねると、肇は書状の一部を指で押さえました。
「こちらが返事を急がなくても催促してこない。それに、子文殿本人について尋ねたことにも、隠さず答える姿勢を見せているそうだ」
「では、呂子文様もご存じなのですか?」
「ああ、少なくとも自分に縁談が来ていることは承知しているらしい」
環珠の表情がわずかに変わりました。
少し前までは名前しか知らなかった相手が、向こうでも自分の名を知っている。
そう考えると、縁談という言葉が急に人の形を持ち始めるのでしょう。
和珠が不思議そうに首を傾げました。
「お互いに名前を知っているなら、もう会えばいいのではないですか?」
肇が一瞬止まりました。
「和珠……そう簡単でもない」
「どうしてです?」
「会う前に確かめることがある」
「何をです?」
「いろいろだ」
「いろいろとは?」
「……母上」
「私に助けを求めないでください。あなたが始めた説明でしょう」
肇は小さく息を吐きました。
頼りになる兄も、末の妹を相手にすると少し弱いようです。
そこで玉珠が口を挟みました。
「借金があるか、とかでしょうか?」
「叔母上」
「はい?」
「なぜそこから出るのです?」
「大事ではありませんか?」
肇は否定できず、しばらく黙りました。
私は思わず笑ってしまいます。
玉珠は時々、鼻へ指を入れようとしながら正しいことを申すので困ります。今回はまだ入れておりませんが……
「纂も似たようなことを書いています」
肇が気を取り直して続けました。
「家の財だけではなく、子文殿本人が普段どのように人と接しているのか、家の者にどう振る舞うのか、酒や賭け事に溺れていないか。そのあたりを、もう少し確かめるそうです」
環珠は黙って聞いております。
「兄上は、どう思っているのですか?」
その問いに、肇はすぐ答えませんでした。
「今のところ、断る理由はない。だが、進める理由もまだ足りない」
私はそこで、ほんの少しだけ口元が緩みました。
実に肇らしい答えです。
良いとも悪いとも決めつけず、分からないなら分からないまま置いておく。
文烈様なら、もう二つ三つ余計な条件を増やしていたかもしれませんが、肇は肇なりに慎重なのでしょう。
「纂は何と?」
「同じです。ただし、向こうの方が少し厳しい」
「まあ」
「『妹を迎えたいというなら、家の名だけでは足りぬ』と」
環珠が目を伏せました。
どうやら笑っているようです。
「纂兄上らしいですね」
「そうですね」
私も同感でした。
寿春にいてこの場にはいなくても、纂は書状の向こうからしっかり環珠のことを考えております。
寧珠が嫁いだ時は文烈様が隣におりましたが、今は肇と纂がそれぞれの場所から家を見ている。
寂しくないと言えば嘘になります。
それでも、二人がこうして環珠を支えているのを見ると、不思議と心配はありませんでした。
「母上は、何も言わないのですか?」
環珠に尋ねられて、私は少し驚きました。
「言った方がよいですか?」
「いえ……いつもなら、もう少し何か仰るかと思って」
「肇と纂がここまで調べているのに、私まで同じことを言ったら、あなたが三人分聞かされることになりますよ」
環珠は目を丸くしたあと、吹き出しました。
「それは困ります」
「でしょう?」
「では、母上は兄上たちに任せるのですか?」
「任せます。頼りないなら口を出しますが、今のところ、その必要はなさそうですから」
肇がこちらを見ました。
「母上」
「何です?」
「それは褒めているのですか?」
「かなり」
「かなり、ですか」
「もっと喜びなさい。私は滅多に息子を褒めませんよ」
「自分で言うことではないと思います」
横から玉珠が頷きます。
「姉上は昔からそうです」
「玉珠」
「はい」
「あなたは何の味方なのです?」
「本当のことの味方です」
また腹立たしいことを言いますね。
和珠が今度は書状を覗き込みました。
「纂兄上は、これで終わりなのですか?」
「いや、まだ調べると書いてある」
「また手紙が来るのですか?」
「ああ」
「何回くらいです?」
「それは分からない」
「たくさん来たら、環珠姉上はなかなかお嫁に行けませんね」
「和珠」
環珠が少し赤くなり、私は額へ手を当てました。
「まだ嫁ぐと決まっておりません」
「でも、兄上たちがたくさん調べているのでしょう?」
「調べることと決まることは別です」
「難しいですね」
「あなたはまだ、難しいままでよいですよ」
そう言うと、和珠は素直に頷きました。
この子まで今から縁談の仕組みに詳しくなられては、私の気が休まりません。
肇は書状を巻き直しながら、環珠へ向き直りました。
「纂からもう一度返事が来るまでは、こちらから話を進めない。ただ、子文殿本人が会うことを望んでいるかは、先に確かめてもらう」
「分かりました」
「もし向こうが望まないなら、そこで終わりだ」
「はい」
私が口を挟むところは、やはりありません。
そのことが、少し嬉しかったのです。
子供が大きくなるというのは、親が必要なくなることではなく、親の手を借りずに進められる場面が増えていくことなのかもしれません。
……文烈様。
あなたが見たら、きっと驚きますよ。
肇も纂も、思っていた以上に頼りになります。
……もっとも、褒めすぎると二人とも調子に乗るでしょうから、本人たちにはこれ以上申しませんが。
その時、玉珠が私の袖を引きました。
「姉上」
「何です?」
「では、呂子文殿が環珠に会いたいと申したら、次は本当に会うのですか?」
「そうなるでしょうね」
「どこでです?」
「それはこれから決めます」
「姉上も一緒ですか?」
「場合によります」
玉珠は少し考え、右手を鼻へ運びながら言いました。
「では私も――」
「あなたは行きません」
「まだ何も申しておりませんよ?」
「申す前に分かりました」
肇が顔を伏せ、環珠は肩を震わせております。
私は玉珠の手首を押さえたまま、纂からの書状をもう一度見ました。
その末尾には、肇へ宛てた短い一文がありました。
『子文殿自身の返事が得られ次第、すぐ知らせる』
どうやら次に届く手紙は――
環珠の縁談を、もう一歩先へ進めるものになりそうですね。
劉玉珠でございます。
姉上は今日は、ほとんど口を出しませんでした。
珍しいですね……
「玉珠、何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
こういう時だけは、姉上の耳はたいへんよく聞こえます。
ですが、肇殿も纂殿も、きちんと考えておられるようですし、姉上が黙っていても話は進むのでしょう。
それなら安心ですね。
私はそう思って、右手を鼻へ向けました。
「玉珠」
……こちらは黙っていても止められます。
姉上には、まだまだ出番があるようです。




