環珠、あなたがお相手を見定めるのですか!?
劉明珠でございます。
家族が揃って真面目な話をしようとすると、なぜか必ず一人くらい、真面目ではない者が混じります。
今回は、誰とは申しません。
「姉上、なぜ私を見るのです?」
「見ておりませんよ。ですから右手を下ろしなさい」
「まだ鼻へ入れておりません」
「入れる前だから止めているのです」
こうして妹の鼻を見張っている間にも、子供たちは少しずつ大きくなっていくのでしょう。
親が気づいた時には、もう自分で考え、尋ね、答えを出そうとする。
……まったく。
嬉しいような、困るような。
さて、今日は誰に何を言われるのでしょうね。
肇の口から「縁談」という言葉が出た瞬間、私は聞き返すより先に、膝の上で組んでいた指へ力を入れておりました。
環珠に、縁談。
つい先ほどまで、玉珠の鼻と幼姫の勘違いをどう始末するかという、たいへん平和でくだらない問題に頭を使っていたはずなのですが、どうしてこうも急に話が大きくなるのでしょう。
向かいでは、玉珠の右手まで止まっております。
鼻へ届く寸前で……
「玉珠。今だけは、そのまま止めておきなさい」
「はい」
「素直ですね」
「環珠の縁談ですから」
妹の鼻ほじりを止めるのに、娘の縁談ほど強いものが必要だとは知りませんでした。
私は肇へ向き直りました。
「どちらからです?」
「兗州任城の呂氏です。呂子恪殿の一族から、正式に話が来ました」
「任城の呂氏……」
聞いたことのない家ではありません。
だからといって、家の名だけで娘を差し出すほど、私は物分かりのよい母親でもありません。
「相手は?」
「名は呂岑。字は子文。呂子恪殿の一族の傍系にあたる者です」
肇はそこで一度言葉を切りました。
「ですが、今の段階で私から言えるのはそこまでです。書状に書かれた家筋だけで、人柄まで分かったつもりになる気はありません」
「それを聞いて安心しました。もし『良い家ですから』だけで話を進めるつもりでしたら、あなたをもう一度育て直すところでした」
「母上、それは困ります」
「私も困ります。今さら大きな息子を一から育てる体力はありません」
幼姫が口元を押さえて笑い、肇は何とも言えない顔をしました。
妻に笑われるのは甘んじて受けるくせに、母親に言われると少し不服そうなのですから、男というものは面倒ですね。
「纂には?」
「これから書状の写しを送ります。寧珠と子初殿にも相談しますし、元起殿にも見てもらうつもりです。私一人で決める話ではありません」
そこまで聞いたところで、玉珠が首を傾げました。
「ですが、環珠が嫌だと申したら、それで終わりなのでは?」
部屋が静かになり、私は妹を見ました。
玉珠は自分が何かおかしなことを言ったとは、まったく思っていない顔をしております。
「……腹立たしいことに、あなたが一番大事なところを先に言いましたね」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
肇まで苦笑しております。
「もちろん、最後は環珠が決めます。ただ、その前にこちらでも確かめるべきことは確かめます。相手の家が何を望んでいるのか、本人がどう考えているのか、それも含めてです」
「では、まだ何も決まっていないのですね」
「はい、叔母上」
「それなのに姉上はもう怖い顔をしております」
「玉珠」
「はい」
「その右手を下ろしたまま、もう少し黙っていられますか?」
「努力いたします」
努力が必要なのですね。
私は小さく息を吐きました。
寧珠に縁談が来た時は、隣に文烈様がおりました。
同じ話を聞き、同じ娘のことを考え、最後には本人の気持ちを確かめる。
夫婦で迷えるというのは、思っていた以上に贅沢なことだったのでしょう。
今回は、その隣が空いております。
だからといって、私一人で文烈様の分まで父親らしく振る舞う必要はありません。
そんなことをすれば、きっと似ても似つかぬものになりますから、私は母親として考えればよいのでしょう。
「肇」
「はい」
「環珠には、まだ?」
「話しておりません。まず母上へと思いました」
「でしたら呼びましょう。皆で調べ終えてから『この人に決めました』では、本人に聞く意味がありません」
肇はすぐに頷きました。
「私も、そのつもりです」
幼姫が子を抱き直しながら、少しだけ身を乗り出します。
「母上……私もここにいてよろしいでしょうか?」
「もちろんです。あなたは嫁ぐ側の気持ちも、嫁いだ後のことも知っているでしょう」
「はい。ですが、私は肇様のところへ来てよかったと思っておりますので、あまり脅す材料にはならないかもしれません」
「誰が脅せと言いました?」
「母上なら、少しはお尋ねになるかと」
「幼姫」
「はい」
「あなた、ずいぶん私の扱いに慣れましたね」
「ありがとうございます」
「褒めておりません」
横で肇がまた笑っております。
たいへん仲のよろしいことで……
ほどなくして環珠が部屋へ入り、その後ろから和珠までついてきました。
どうやら二人で何かしていたところを呼ばれたようで、和珠の手にはまだ途中まで結んだ紐が握られております。
「母上、兄上。お呼びですか?」
「環珠に話があります」
私がそう言うと、環珠はすぐに肇を見ました。
何かを察したのでしょう。
幼い頃なら先に私の顔を覗き込んでいた娘が、今は兄の表情まで読むようになっております。
和珠だけは、きょろきょろと全員の顔を見回してから、玉珠の右手で目を止めました。
「叔母上、今日は鼻をほじらないのですか?」
「今は止められております」
「誰に?」
「姉上に」
「母上は叔母上の鼻まで止めるのですか?」
「そこを掘り下げなくて結構です」
まったく……
娘の縁談を前にして、なぜ私は妹の鼻の管理者になっているのでしょうね。
肇が咳払いをしました。
「環珠。任城の呂氏から、お前に縁談が来た」
環珠の目が少しだけ大きくなりました。
和珠はさらに大きくなりました。
「縁談……私に?」
「ああ、呂子恪殿の一族だ。相手は呂岑、字は子文という」
環珠はすぐには答えませんでした。
驚いてはいるのでしょうが、取り乱すこともなく、膝の上で手を重ねたまま考えている横顔は、やはり文烈様によく似ております。
和珠がそっと私へ寄ってきました。
「母上……環珠姉上も、寧珠姉上のようにお嫁へ行くのですか?」
「まだ決まっておりませんよ」
「では、行かないのですか?」
「それもまだ決まっておりません」
「決まっていないことばかりですね」
「今はそういう話をしているのです」
末の娘に整理されると、こちらが何もしていないように聞こえますね。
玉珠が環珠へ顔を向けました。
「知らない方が、環珠を妻に欲しいと申しているそうです」
「玉珠」
「はい?」
「間違ってはいませんが、なぜあなたが言うと人さらいの相談のように聞こえるのでしょう」
「妻に欲しいのですよね?」
「言い方というものがあります」
環珠がとうとう吹き出しました。
張っていたものが少し緩んだのでしょう。
笑ったあとで、今度は自分から肇へ尋ねました。
「兄上は、その方をご存じなのですか?」
「いや……だから、これから調べる」
「呂氏の方が、私を望んでいるのですか。それとも、その呂子文様ご本人が?」
肇はすぐには答えませんでした。
「そこも確かめる。家から話が来たからといって、本人の考えまで同じだとは決めつけられない」
環珠は小さく頷きました。
私は、その返事に少し安心しました。
相手がどの家かより先に、誰が何を望んでいるのかを聞いた。
この子は、もう黙って家の決めた縁に従うだけの娘ではないのでしょう。
「母上は、どう思われますか?」
……今度は私ですか。
「まだ分かりません」
「母上でも?」
「母親だからこそ、分からないうちに分かったふりはしません。家柄が立派でも、あなたが嫌ならそこで終わりです。反対に、こちらが慎重になりすぎているだけなら、その時は私たちの方が考え直します」
環珠は私の顔を見たまま、もう一度頷きました。
その横から、和珠が小声で割り込んできます。
「環珠姉上がお嫁へ行ったら、母上は寂しいですか?」
なぜ今、それを聞くのでしょう?
「まだ嫁いでおりません」
「でも、行ったらです」
「和珠」
「はい」
「あなたまで玉珠に似なくてよろしいのですよ」
「私は鼻をほじっておりません」
「そこではありません」
玉珠がなぜか誇らしそうな顔をしましたので、視線だけで黙らせておきました。
寂しいかと聞かれれば、寂しいに決まっています。
寧珠が嫁いだ時もそうでしたし、環珠が家を出れば、また一人ぶん、家の音が減るのでしょう。
けれど、その寂しさを理由に娘を手元へ置くのは違います。
文烈様ならどうしたでしょうね。
口ではあれこれ条件を増やし、相手の家を調べ、本人を見て、最後には環珠の顔を見てしまうのでしょう。
そして、娘が自分で決めたのなら、きっと不機嫌そうな顔で送り出したはずです。
泣くのは、その後でしょうけれど……
「母上?」
環珠の声で、私は顔を上げました。
「何です?」
「その呂子文様という方と、私はお話しできますか?」
今度は私が黙る番でした。
肇も少し驚いたようですが、すぐに表情を戻します。
「もちろんだ。こちらで確かめることを確かめたうえで、最後はお前自身に会ってもらうつもりだった」
「でしたら――」
環珠は膝の上の手をほどき、まっすぐ兄を見ました。
「兄上、その方と会わせてください」
和珠が息をのみ、幼姫が静かに環珠を見つめる中、玉珠だけはなぜか満足そうに頷いております。
しかも右手はまだ鼻へ向かっておりません。
そこだけは褒めてよいでしょう。
環珠は続けました。
「呂氏が曹家の娘を欲しいのか、呂子文様が私を妻にしたいのか。それくらいは、私が自分で聞きたいです」
……文烈様。
どうやら今回は、門前で相手を追い返すより先に――
あなたの娘が、相手を見定めるつもりのようですよ。
劉玉珠でございます。
今日はたいへん真面目なお話でしたので、私もできるだけ静かにしておりました。
「玉珠。その『できるだけ』は、どのくらい続いたのです?」
「かなり長くです」
「鼻へ指を入れなかった時間のことですか?」
姉上は細かいですね……
それでも最後には、皆それぞれ考えることができたようです。
私は、本人が嫌なら嫌でよいと思うのです。
姉上も同じように考えているようでしたので、そこは安心いたしました。
さて……あとは姉上が、考えすぎて怖い顔にならなければよいのですが。
「玉珠」
……もうなっておりました。




