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玉珠、私を勝手に皇帝にしないでくださいませんか?

劉明珠でございます。


今朝、玉珠がずいぶん深刻な顔で参りました。


「姉上、大変です」

「あなたがそう申す時は、大抵こちらが大変になるのですが?」


玉珠は聞いておりません。


「父上を父上と呼んではいけなくなるそうです」

「……誰がそのようなことを?」


考え込みながら右手を鼻へ向けたので、夫君が途中でつかまえました。


「まずその手を止めろ」

「今は父上のお話ですよ?」

「だから鼻は関係ない」


まったくその通りです。

どうやら元仲様が、親の呼び方について厳しい詔を出された――と、玉珠は理解しているようです。

嫌な予感がいたしますね。


しかも今回は、私まで関係があるそうですよ?

「姉上、今日から父上を父上と呼んではいけないそうですよ?」

朝から玉珠にそう言われ、私は手にしていた茶碗を置きました。

落とさなかっただけ、褒めていただきたいものです。

「玉珠。今度はどこで何を聞いてきたのです?」

「陛下が、父と母の呼び方を間違えた者は許さないと仰ったのでしょう?」

「違う」

玉珠の隣に座っていた夫君が、疲れた顔で即座に否定しました。

どうやらここへ来るまでにも、何度か同じ説明をしたようです。

「ですが、誅すると聞きましたよ?」

「お前が誅される話ではない」

「では姉上ですか?」

「なぜ私になるのです!」

朝から縁起でもありません。

玉珠は不思議そうに瞬きをしております。

腹も少し目立つようになってきたというのに、この妹は余計な心配ばかり私へ運んで参ります。

そこへ肇がやって来ました。

「母上、お話が――」

部屋へ入った途端、玉珠が振り向きます。

「肇、ちょうどよいところへ。姉上は父上を父上と呼んでも大丈夫なのですか?」

「……何の話です?」

肇の足が止まりました。

分かります。

私も先ほど同じ気持ちになりました。

「陛下の詔ですよ」

「ああ……」

肇はそれだけで事情を察したらしく、玉珠の夫君を見ました。

夫君が静かに首を横へ振ります。

「私は説明した……」

「そうですか」

「だが駄目だった……」

「でしょうね……」

二人だけで納得しないでくださいませ。

玉珠本人はまったく納得しておりません。

肇は私の向かいへ座ると、持ってきた書状を卓上へ置きました。

「陛下が七月に出された詔です。後々、諸侯の家から皇統を継ぐ者が出た場合、その者は正統を奉じる立場になる。そこで実の父母を特別に持ち上げ、『皇』『后』などの号を贈って皇統を乱すようなことがあってはならない、と」

「なるほど」

そこまで聞けば分かります。

皇帝となる者の家には、普通の家とは違う面倒があるのでしょう。

誰の子として皇統を継ぐのかが定まっている以上、即位した後になって実父母の位を勝手に引き上げれば、祖先を祀る順序までおかしくなります。

そこまでなら、玉珠が騒ぐような話ではございません。

厄介なのは、妹が次の一文だけ妙に正確に覚えていたことでした。

「そして、そのようなことを新しい皇帝へ勧める大臣がいれば、誅して許さない、と」

私は玉珠を見ました。

玉珠も私を見ました。

「……ほら、誅するではありませんか」

「あなたをではありません!」

どうしてそこだけ正確に覚えているのです。

「つまり私は、父上を父上と呼んでもよいのですね?」

「最初から誰も止めておりません」

「では姉上も?」

「だから、なぜ私まで確認されるのです?」

すると玉珠は少し考えました。

嫌な間ですね。

「姉上には、父上が二人おりますから」

「おりませんよ?」

思わず即答しました。

肇が口元を押さえました。

笑いましたね?

「父上は、姉上の実の父でしょう?」

「そうです」

「山陽公は姉上を養女になさいましたよね?」

「娘として迎えていただきました」

「では二人です」

「同じ『父上』として二人並べないでくださいませ」

玉珠はそこで、なぜか自分の胸元を指しました。

「では私は、山陽公の何になるのです?」

「何にもなりません」

「姉上の妹ですよ?」

「姉の養父が、妹までまとめて養女にする仕組みではございません」

本当に、どこまで家族を増やすつもりなのでしょう。

山陽公には恩があります。

私が文烈様へ嫁ぐにあたり、その身分を整えるためだけの名目だったなどとは思っておりません。

公は私を娘として迎えてくださいましたし、私もその恩を忘れるつもりはありません。

ですが、私にとって父上といえば劉備です。

腹が立つこともございました。

置いていかれたことを恨んだこともございます。

今でも、すべてを美しい思い出にするつもりなどありません。

それでも父上は父上なのです。

朝廷が何と定めようと、そこまで取り替えてもらう必要はございません。

「母上のおっしゃる通りです」

肇が妙に真面目な顔で頷きました。

「今回の詔は皇統を継ぐ場合の礼について定めたものですから、母上には関係ありません」

「そうですよね」

ようやく話が終わりそうです。

「姉上が皇帝にならない限りは」

玉珠が申しました。

終わりませんでした。

「なりません」

「もしもの話です」

「その『もしも』を今すぐ捨てなさい」

「ですが姉上は山陽公の養女でしょう?」

「だから何です?」

「元皇帝の娘なら、皇帝になれることも――」

「ございません!」

肇がとうとう顔を伏せました。

肩が揺れております。

「肇」

「はい」

「笑うなら顔を上げなさい」

「申し訳ありません」

ちっとも申し訳なさそうではありませんね。

騒ぎを聞きつけたのでしょう。

環珠が戸口から顔を覗かせました。

「母上、何のお話ですか?」

「私が皇帝になるそうですよ」

「え?」

十五になった娘でも、この話にはその顔をしますよね。

安心しました。

「叔母上が申しているだけです」

「な〜んだ……」

環珠はすぐに納得しました。

玉珠……

あなたは今、十五の娘から「叔母上なら仕方ない」という扱いを受けましたよ?

当の本人はまったく気にせず、また考え込んでおります。

「でも姉上」

「まだ続くのですか?」

「もし姉上が皇帝になったら、父上はどうなるのです?」

肇が顔を上げました。

私も玉珠を見ます。

「父上は、もう皇帝でしたね」

部屋が静かになりました。

そうなのです。

父上は漢の皇帝となり、亡くなった後も昭烈皇帝と呼ばれております。

元仲様は、将来皇統を継いだ者が実父へ勝手に皇号を贈るなと仰った。

ところが私の実父には、別の国ですでに皇帝の号がある。

だからどうしたというのでしょう。

「叔母上」

肇が話を遮りました。

「その仮定は、これ以上広げないでください」

「なぜです?」

「魏の皇帝になった母上が、蜀の先帝を実父として持つことになります」

「そうですね」

「そうですね、ではありません」

肇が頭を抱えました。

珍しいですね。

玉珠が肇をここまで追い込むとは。

「私は皇帝になりませんから、安心なさい」

「母上が一番まともに聞こえます」

「最初からまともですよ」

環珠が堪えきれずに笑いました。

その笑い声につられたのか、少し離れたところにいた和珠までやって来ます。

「母上が皇帝になるのですか?」

「なりません」

「叔母上が言ったのですか?」

「そうです」

「では、ならないと思います」

即答でした。

九つの子にまで信用されておりませんよ、玉珠……

「和珠、なぜです?」

「母上が嫌そうだからです」

「皇帝は、嫌ならならなくてもよいのですか?」

「少なくとも私はなりません」

これ以上、皇位について子供と相談したくありません。

玉珠は地図でもない卓上を指先でなぞりながら、どうにか話を整理しようとしておりました。

どうやら父上と山陽公の縁から私へ話をつなぎ、その先に、なぜか元仲様まで巻き込もうとしているのでしょう。

その右手が、考えるうちに少しずつ顔へ近づきます。

夫君が途中でつかまえました。

「お前、家系をたどって鼻へ着くな」

「考えていたら着きました」

「どんな家系だ」

「私たちの家系です」

「そんな家系であってたまるか!」

夫君はつかんだ手をそのまま卓上へ戻しましたが、玉珠はまだ納得していない顔です。

どうやら本人の中では、家系も鼻も同じ右手一本で整理できるらしいのです。

便利なのか不便なのか、私には分かりません。

環珠がとうとう声を上げて笑い、和珠まで夫君の手元を見ながら笑っております。

私は額へ手を当てました。

父上……

あなたの娘は、一体どこへ向かっているのでしょうね。

もっとも、玉珠に「どこへ」と尋ねれば、鼻を指すかもしれません。

やめておきましょう。

ひとしきり笑った後、肇が詔の書かれた紙を丁寧に畳みました。

「母上、こういう話を持ってくるべきではなかったかもしれません」

「あなたのせいではありません」

「では誰の?」

「陛下でもありません。玉珠です」

即答すると、玉珠が首を傾げます。

「私は聞いただけですよ?」

「あなたは聞いた後がおかしいのです」

本当に……

けれど、詔そのものについては分からなくもありません。

皇統を守るには、誰の後を継ぎ、誰をどの礼で祀るのかを曖昧にはできないのでしょう。

国を継ぐというのは、一つの家の都合だけでは済まないことです。

ただ、私の中にある父上の場所まで、礼制に従って並べ替える必要はありません。

父上はあくまで私の父上であり、山陽公は私を娘として迎えてくださった方です。

どちらかを消さなければ、もう一方を大切にできないわけではありません。

「姉上」

静かになったと思った途端、また玉珠が呼びました。

「何でしょう?」

玉珠は珍しく真面目な顔をしております。

「では、父上はもう昭烈皇帝ですから、姉上が皇帝になっても新しく『皇』を付ける必要はありませんね?」

私は目を閉じました。

そこへ戻りますか。

「玉珠」

「はい」

「私は皇帝になりません」

「でも、もし――」

「なりません!」

和珠が横から小さく尋ねました。

「母上……叔母上が諦めるのと、母上が皇帝になるのと、どちらが早いですか?」

私は答えられませんでした。

……困りましたね。

初めて、皇帝になる方が早い気がして参りました。

劉玉珠でございます。


姉上は最後まで、


「私は皇帝になりません!」


と申しておりました。

ですが、もし本当になったらどうなるのでしょう?


「あなた」

「何だ」

「姉上が皇帝なら、私は皇帝の妹ですね?」

「今でも、お前の姉だろう」

「では、皇妹でしょうか?」

「勝手に官職みたいなものを作るな!」


官職ではないと思うのですが……

考えながら右手を鼻へ向けますと、いつものようにつかまれました。


「皇妹でもこれは駄目だ」

「まだ皇妹ではありませんよ?」

「なっても駄目だ」


相変わらず厳しいですね……


ところで姉上が、もし皇帝になる気が変わりましたら早めに教えてください。


私も呼ばれ方を考えなければなりませんので。


「考えなくて結構です、玉珠!」


……まだ何も決めておりませんよ?

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