肇、あなたの子なら私の孫なのですか?
劉明珠でございます。
肇の妻が産気づきました。
そして肇は、先ほどから大変よく働いております。
湯を確認し、布を確認し、産婆を確認し――
同じことを何度も。
「肇」
「はい」
「あなたは何をしているのです?」
「できることをしております」
「では、できないことは?」
「……子を産むことです」
「よく分かっているではありませんか」
分かっているのに、なぜ少しも落ち着かないのでしょうね。
産室の向こうでは妻が子を産もうとしております。
その前で夫が先に倒れなければよいのですが……
「母上、私は何をすればよいのでしょうか?」
妻が産気づいた男が、私に最初に尋ねたのはそれでした。
「まず、邪魔をしないことでしょうか」
曹肇が傷ついた顔をしました。
仕方ありません。
先ほどから産室の前を行ったり来たりするのではなく、何か手伝えることはないかと侍女を捕まえ、湯は足りているか、布は足りているか、医者は来たかと尋ね続けているのです。
本人としては、役に立とうとしているのでしょう。
役に立っているかどうかは別ですが……
「母上、私は夫ですよ?」
「存じております」
「妻が子を産もうとしているのです」
「それも存じております」
「それなのに何もするなと?」
「肇……あなたが産むわけではないでしょう?」
黙りました。
この顔を、私は知っております。
文烈様も同じ顔をしておりました。
自分ではどうにもできないことが目の前で起きているのに、何かせずにはいられない時の顔です。
ただし文烈様の場合、医者を呼び、侍女へ指示を出し、最後には私にまで「無理をするな」と言い続けておりました。
私は産んでいる最中だったのですから、無理をするなと言われても困ったものです。
「父上も、こうだったのですか?」
肇が尋ねました。
「文烈様は、少なくとも産婆の仕事まで奪おうとはしませんでしたよ」
「私も奪ってはいません」
「では、湯と布と医者を三度ずつ確認したのは何です?」
今度こそ、返す言葉がなくなったようです。
そこへ産室の戸が少しだけ開き、年嵩の産婆が顔を出しました。
肇が勢いよく立ち上がります。
「どうだ?」
「まだです」
「妻は?」
「産んでおります」
「それは分かっている。苦しそうでは――」
「産んでいるのですから苦しいです」
見事ですね。
私より容赦がありません。
肇が助けを求めるように私を見ました。
残念ですが、今回は私も産婆の味方です。
産婆は私へ軽く頭を下げると、「母上様、この方を少し遠ざけていただけませんか。戸が開くたびに立ち上がられては、こちらまで落ち着きません」と申しました。
とうとう正式に邪魔者扱いされましたね。
「聞きましたか、肇」
「……聞きました」
「では座っていなさい」
「はい」
こんなに素直な曹肇を見るのは久しぶりです。
私は笑いを堪えながら、その隣へ腰を下ろしました。
寧珠の出産では、子初殿が落ち着かずに歩き回っておりました。
肇は違います。
座れと言われたからには座る、と決めたのでしょう。
背筋を伸ばし、両手を膝へ置き、正面を見ております。
妙に姿勢がよいですね。
「肇」
「はい」
「息をしておりますか?」
「しております」
「そうですか。あまり動かないので心配になりました」
「母上」
睨まれました。
少しは余裕があるようです。
そこへ環珠と和珠が様子を見に来ました。
環珠は戸口から兄の姿を見るなり、何かを察したように口元を押さえました。
「笑いたければ笑え」
肇が申します。
「まだ何も言っておりません」
「顔に出ているぞ」
さすが兄妹ですね。
和珠はそんな二人には構わず、産室の戸を見ています。
「まだ生まれないのですか?」
「赤子は、こちらの都合に合わせて出てきてはくれませんよ」
「呼んだら早くなりませんか?」
「なりません」
「名前を呼んでも?」
「まだ名前も決まっていないでしょう」
和珠は少し考え、今度は肇を見ました。
「兄上、名前は?」
「生まれてから考える」
「今、暇なのに?」
環珠がとうとう吹き出しました。
肇は目を閉じました。
「和珠」
「はい?」
「今のお兄様に、これ以上難しいことを考えさせてはいけません」
「名前は難しいのですか?」
「今のお兄様には難しいでしょうね」
「母上まで……」
少し可哀想になってきました。
ほんの少しだけですが……
玉珠も夫君と一緒に来ました。
なぜ出産のたびに家族が集まってくるのでしょう……
我が家は暇なのでしょうか?
「肇は?」
玉珠が尋ねました。
「そこにおりますよ」
「動きませんね」
「動くなと言われました」
「誰にです?」
「産婆に」
玉珠が感心したように頷きました。
「言うことを聞くのですね」
「私を何だと思っているのですか?」
「姉上の息子です」
「それはそうですが……」
何の説明にもなっておりませんよ、玉珠。
夫君が玉珠の肩を押して座らせます。
「お前も立っているな」
「私は産みませんよ?」
「分かっている」
「では、なぜです?」
「身重だからだ」
玉珠は自分の腹を見ました。
まだ外から見ても分からないほどです。
それでも夫君には、すでに大きな腹でも抱えているように見えるのでしょう。
「皆、大変ですね」
和珠が申しました。
「誰がです?」
「男の人です」
私は環珠と顔を見合わせました。
九つの子に同情されておりますよ。
肇も夫君も。
もっとしっかりしてくださいませ。
その時、産室の奥から苦しげな声が漏れてきました。
先ほどまで笑っていた環珠も口を閉じ、肇の肩がわずかに動きます。
立ち上がりかけましたが、産婆に言われたことを思い出したらしく、そのまま踏みとどまりました。
私は何も言わず、その横顔を見ました。
心配なのでしょう。
当然です。
私も三度、あちら側におりましたが、今は産室の外で待つことしかできません。
考えてみれば、こうして息子の妻の出産を待つのは初めてでした。
寧珠が子を産んだ時、私は娘の母としてそばにおりました。
けれど肇は、私が産んだ子ではありません。
それでも、ずっと私を母上と呼んでおります。
その妻も、同じように私を母上と呼びます。
今、あの部屋で生まれようとしている子と、私の血はつながっておりません。
そのことに気づいて、自分でも少し可笑しくなりました。
今さらですね。
「母上?」
肇がこちらを見ました。
「何でしょう?」
「また何か考えておられましたか?」
「ええ、あなたについてです」
「私ですか?」
「あなたが私を母上などと呼び続けるから、とうとう血のつながっていない孫まで増えるのだと思いまして」
肇の顔から、緊張が少し消えました。
「今さら何をおっしゃるのです」
「私もそう思います」
「私の子なら、母上の孫でしょう?」
あっさり申しますね。
「そういうことにしておきましょう」
「そういうことではなく、そうなのです」
少し強い声でした。
私は肇の顔を見ました。
この子を産んだのは、私ではありません。
幼い頃から育てたわけでもありません。
それでもいつの間にか、私の息子になっておりました。
家族というものは、本当に面倒です。
血がつながっているから離れられないこともあれば、血など一滴もつながっていないのに、勝手につながってしまうこともある。
「姉上」
玉珠が口を挟みました。
「何でしょう?」
「では、私と肇も親子ですか?」
「なぜそうなるのです?」
「姉上が母上なのでしょう?」
「私はあなたの姉です」
「ですが肇は姉上の息子です」
「だから?」
玉珠は眉を寄せました。
真剣です。
嫌な予感しかしません。
「では私は、肇の叔母上ですか?」
「今さら何を確認しているのです!」
環珠が顔を伏せて笑い、和珠までつられております。
肇は産室を心配するべきなのか、玉珠へ何か言うべきなのか迷っているようでした。
その隙に玉珠の右手が上がります。
夫君は産室を見ていて気づきません。
珍しい。
指先が鼻へ届く、その直前。
和珠が玉珠の手首をつかみました。
「駄目です」
玉珠が目を丸くします。
夫君も振り返りました。
「和珠……」
「いつも見ていますから」
九歳児に仕事を奪われましたね。
夫君が何ともいえない顔になりました。
私はとうとう声を出して笑いました。
文烈様……
とうとう玉珠の鼻を守る者まで、次の世代へ受け継がれてしまいましたよ。
そんなものまで残さなくてよいのですが。
笑いがまだ消えきらないうちに、戸の向こうが急に慌ただしくなりました。
人が行き交う気配に、肇が立ち上がります。
今度は誰も止めません。
そして、しばらくして――
赤子の泣き声が響きました。
肇が動きません。
先ほどまで何かすることを探し続けていた男が、今度は本当に何もできなくなっております。
「肇」
返事がありません。
「肇?」
「……はい」
ようやく出ました。
声が妙ですね。
「生まれたようですよ」
「聞こえております」
「では、なぜ固まっているのです?」
「分かりません」
正直でよろしい。
やがて戸が開きました。
産婆は、今度は笑っております。
「おめでとうございます。若君でございます」
肇が目を閉じました。
ほんの一瞬だけです。
それから深く息を吐きました。
「妻は?」
真っ先に出たのは、その言葉でした。
「母子ともに無事ですよ」
肇の肩から、ようやく力が抜けました。
私はその様子を見ながら、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じました。
文烈様――
また一人、増えましたよ。
あなたの孫です。
そして――私の孫でもあるそうです。
肇本人がそう申しておりますので、仕方ありません。
しばらくして、私たちも赤子を見ることを許されました。
小さな顔は赤く、目もほとんど開いておりません。
玉珠が私の横から覗き込みます。
「姉上」
「何でしょう?」
「文烈様に似ておりますか?」
来ると思いました。
「まだ分かるわけがないでしょう」
「寧珠の子は少し似ておりましたよ?」
「あなたは何でも文烈様に見えているのではありませんか?」
玉珠はもう一度、真剣に赤子を見ました。
「では、もう少し大きくなるまで待ちます」
何を待つのですか……
肇が妻のそばへ行き、赤子を恐る恐る抱き上げます。
あれほど落ち着かなかった男とは思えないほど、静かな顔をしておりました。
私はその姿を見ながら、ふと思いました。
文烈様がいたなら、きっと何も言わずに眺めていたでしょう。
そして帰ってから私に、「肇も父親になったな」とでも申したのでしょうね。
その声を思い出したところで、肇がこちらを向きました。
「母上」
「何でしょう?」
「抱いていただけますか?」
差し出された赤子を見て、私は一瞬だけ黙りました。
先ほどの肇の言葉が、今になって妙に可笑しく思えます。
私は両腕を差し出しました。
「ええ、こちらへ」
二人目の孫は、思っていたよりずっと軽く、そして温かくございました。
その顔を覗き込んでいると、背後から玉珠の声がします。
「姉上」
「今度は何でしょう?」
「この子も、姉上のお孫なのですよね?」
「そうですよ」
玉珠は自分の腹を見ました。
「では、この子が生まれたら、姉上のお孫より年下なのに、叔父か叔母になるのですね?」
……また始まりましたね。
劉玉珠でございます。
肇の子が生まれました。
姉上は少し不思議そうでしたが、肇が申しました。
「私の子なら、母上の孫でしょう?」
なるほど。
私は自分のお腹を撫でながら考えました。
「姉上」
「何でしょう?」
「私も姉上を母上と呼べば、この子は姉上の孫になるのですか?」
姉上が黙りました。
「なりません」
「肇はなったのに?」
「そういう仕組みではございません!」
難しいですね。
考えながら右手を鼻へ向けますと、和珠につかまれました。
「叔母上、駄目です」
「あなたまでですか?」
夫だけでも十分だったのですが……
ところで姉上。
「母上」と呼ぶだけなら、試してみてもよいでしょうか?
「やめなさい、玉珠」
まだ呼んでおりませんよ?




