寧珠、死ぬほど痛いでしょう?
劉明珠でございます。
寧珠が産気づきました。
つい先日まで私の腹を蹴っていたような気がする娘が、今度は自分の子を産むそうです。
月日の流れとは恐ろしいですね。
もっと恐ろしいのは、玉珠が、
「姉上、いよいよ三十四歳でお婆様ですね」
と言いながらついて来ようとしたことですが……
すぐさま夫君に止められておりました。
「私は寧珠を応援するだけですよ?」
「明珠殿を煽るだろ」
「なぜです?」
右手が鼻へ向かう前につかまれております。
よく分かっていらっしゃいますね。
さて――
私はこれから、娘のところへ参ります。
寧珠――
死ぬほど痛いでしょう?
私も知っておりますよ。
子初殿の屋敷へ着くと、すでに産婆が来ており、侍女たちも慌ただしく動いておりました。
私の姿を見つけた寧珠が手を伸ばします。
握り返した途端、最初に申したのが、「母上、痛いです」でした。
知っております。
私も三度、経験いたしました。
ですが、娘が痛がっている時に、経験者であることなど大して役には立ちませんね。
「そうでしょうね」
「そうでしょうね、ではありません」
「では何と申せばよろしいのです?」
「何か……もっと安心するようなことを」
「大丈夫ですよ、と?」
「はい」
「根拠がございません」
「母上!」
怒る元気があるなら、まだ大丈夫でしょう。
そう思いましたが、口には出しませんでした。
今の寧珠にそれを申したら、握られている手がどうなるか分かりません。
その中で、いちばん落ち着いていなかったのは子初殿です。
「義母上、どれくらいかかるのでしょう」
「分かりません」
「産婆は?」
「分からないから様子を見ているのでしょう」
「何かできることは?」
「邪魔をしないことです」
「……はい」
素直なのは結構ですが、それで落ち着くわけではございません。
廊下を行ったり来たりし、しばらくして戻ってきたと思えば、また同じところを歩いております。
「子初殿」
「はい」
「床がすり減りますよ」
「……座っていた方がよいでしょうか?」
「その方が床には優しいでしょうね」
座りました。
三息ほどで立ちました。
文烈様……
あなたによく似た婿が、とうとう完成してしまったようです。
寧珠のところへ戻ると、先ほどより痛みが強くなっておりました。
普段は子初殿に言い返してばかりいる娘が、今は眉を寄せ、息を整えることだけに集中しております。
私の手を握る力も、少しずつ強くなっていました。
「母上」
「はい」
「こんなに痛いとは聞いておりません」
「申したところで、やめられないでしょう?」
「それは……そうですが」
「私も、寧珠を産む時に同じことを思いましたよ」
寧珠が薄く目を開きました。
「私の時も?」
「ええ……初めてでしたから、どこまで痛くなるのかも、いつ終わるのかも分かりませんでした」
「父上は?」
そこで聞きますか。
「落ち着いておりませんでした」
「やっぱり」
「あなたが生まれる前から落ち着かず、何かあるたびに医者や産婆へ同じことを尋ねておりました。私が痛がれば、自分まで青い顔をしていたくらいです」
寧珠が痛みの合間に少し笑いました。
「子初様と同じですね」
「ええ……残念ながら」
廊下の向こうで、誰かがまた歩き始める音がします。
二人で顔を見合わせました。
「本当に同じですね」
「困ったものです」
そう申してから、私は少しだけ懐かしくなりました。
あの時、私は若く、何も分からないまま寧珠を産みました。
隣には文烈様がおり、本人は役に立っているつもりで、だいたい余計に騒いでおりました。
今、その時に生まれた娘が、私の手を握っております。
妙なものですね。
あの頃の私は、自分がいつかこの子の出産に付き添うなど、考えもしませんでした。
痛みの波が来るたびに寧珠は目を閉じ、それが過ぎれば息を吐いて、わずかに身体の力を抜きます。
その繰り返しが続くうち、夜はずいぶん深くなりました。
「母上」
また呼ばれました。
「ここにおりますよ」
今度は、すぐに答えました。
その言葉を口にした途端、胸の奥に別の朝がよみがえります。
文烈様の手を握り、私は同じようなことを申しました。
あの時は、去っていく人へ。
今は、これから母になる娘へ。
同じ言葉なのに、向いている先がまるで違います。
「怖いです」
寧珠が小さく申しました。
私はその手を握り返します。
「そうでしょうね。私も怖かったですよ」
「大丈夫でしょうか?」
「それは私にも分かりません」
寧珠が睨みました。
「母上!!」
「分からないものを分かるとは申しませんよ」
少し間を置いて、私は続けました。
「ただ、あなたが怖がっている間、私はここにおります。痛いなら手も握りますし、腹が立つなら子初殿の悪口くらい一緒に申しましょう」
「本人に聞こえます」
「では、小声で」
寧珠が笑いましたが、その直後にはまた痛みが来て、笑顔が消えます。
出産というものは容赦がございませんね。
夜が白み始める頃には、私の手もすっかり痛くなっておりました。
寧珠のせいです。
もちろん、本人には申しません。
今それを言えば、こちらが怒られてしまいます。
産婆が何度か様子を確かめ、いよいよ近いと告げました。
廊下で待っていた子初殿にも知らせが行くと、すぐに声がします。
「義母上!」
大声を出さなくても聞こえております。
私は戸口まで行きました。
「何でしょう?」
「寧珠は?」
「お産の最中です」
「それは分かっています」
「では、何を聞きたいのです?」
子初殿が詰まりました。
本人にも分からないようです。
「子初殿。寧珠は頑張っておりますから、あなたはもう少し落ち着いてくださいませ」
「……はい」
文烈様にも、同じことを申したかったですね。
いえ、たぶん申しておりました。
部屋へ戻ると、寧珠は汗で髪を額へ張りつかせておりました。
私を見るなり手を伸ばします。
「母上」
「おりますよ」
今度は迷いませんでした。
そこから先が長かったのか短かったのか、私にもよく分かりません。
寧珠の声を聞き、産婆の声を聞きながら、私はただ娘の手を握っておりました。
やがて――それまで部屋を満たしていたものとは、まるで違う声が響きます。
小さくて、それなのに驚くほど力のある泣き声でした。
私は息を止めました。
産婆が笑っております。
「おめでとうございます。男のお子です」
寧珠が目を閉じたまま、大きく息を吐きました。
「男の子……」
「ええ」
私もそれしか申せませんでした。
男の子です。
寧珠の子。
子初殿の子。
そして――私の孫。
とうとう生まれてしまいました。
三十四歳と祖母。
……並んでしまいましたね。
玉珠が聞いたら、どれほど喜ぶことでしょう。
あの満面の笑みまで想像できます。
孫が生まれた朝に、なぜ妹への苛立ちまで抱えなければならないのでしょうね。
産婆から子を見せてもらった寧珠は、疲れ切った顔で、それでも笑いました。
「小さいですね」
「あなたも最初はこのくらいでしたよ」
「本当ですか?」
「さすがに今の大きさで生まれてきたら、私は生きておりません」
寧珠が笑うと、すぐに顔をしかめました。
「母上、笑わせないでください」
「では真面目にいたしましょう」
無理でしょうね。
外で待っていた子初殿が呼ばれました。
入ってきた顔がひどいのは、一晩ほとんど眠っていないのですから仕方がございません。
ところが赤子を見た途端、その顔が完全に止まりました。
「子初様?」
寧珠が呼んでも返事がありません。
「子初殿」
私も呼ぶと、ようやく、
「……はい」
と返ってきました。
最近、こういう男をよく見ますね。
「あなたのお子ですよ」
寧珠が申しました。
子初殿は恐る恐る近づき、赤子を覗き込みました。
「小さいな」
「最初の言葉がそれですか?」
「いや……その……」
困っております。
文烈様も寧珠を初めて見た時、似たような顔をしておりました。
あの方はもう少し何か申したはずですが、内容までは思い出せません。
ただ、普段あれほど偉そうなのに、生まれたばかりの娘を前にすると、妙に慎重だったことだけは覚えております。
子初殿も同じでした。
指先で触れることすら怖いような顔をしております。
「抱いてみますか?」
寧珠が尋ねると、子初殿は本気で怯えました。
「私が?」
「父親でしょう?」
「落としたらどうする」
「落とさないでください」
もっともです。
私はとうとう笑ってしまい、寧珠までつられて笑いました。
その日の朝、玉珠が来ました。
予想より早いですね。
「朝まで家にいろと言われたのでは?」
「朝になりましたので」
夫君も一緒です。
止められなかったのでしょう。
玉珠は部屋へ入るなり、まず寧珠を見て、それから赤子を見ました。
「寧珠、おめでとうございます」
ここまではよかったのです。
本当に、ここまでは。
「姉上も、お婆様おめでとうございます」
来ましたね。
「玉珠」
「はい」
「帰りたいのですか?」
「今来たばかりですが?」
夫君が額を押さえております。
玉珠は気にせず赤子を覗き込み、やがて真剣な顔になりました。
嫌な予感しかしません。
考え始めた玉珠の右手が鼻へ向かう前に、夫君がつかみました。
「まだ何もしておりません」
「今は特にやめろ」
玉珠はそのまま赤子を見つめております。
「姉上」
「今度は何でしょう?」
「このお子……」
そこで言葉を切りました。
私も赤子を見ます。
生まれたばかりです。
顔はまだ赤く、小さく、誰に似ているかなど分かるはずがございません。
ございませんよね?
玉珠が首を傾げました。
「文烈様に似ておりませんか?」
部屋が静かになりました。
私は寧珠を見ます。
寧珠も、こちらを見ております。
子初殿まで赤子を見直しました。
まさか。
まだ早いでしょう――早いはずです。
私はもう一度、孫の顔を覗き込みました。
眉のあたりでしょうか、目元でしょうか、それとも、私がそう見たいだけなのでしょうか。
それでも、妙に見覚えがあります。
文烈様……
あなた、まさか本当に――
孫になって戻ってきたわけではございませんよね?
劉玉珠でございます。
寧珠が男の子を産みました。
姉上は、めでたく三十四歳でお婆様です。
「玉珠」
「はい?」
「そこだけ強調する必要はございますか?」
「大事でしょう?」
姉上に思いっきり睨まれました。
それより気になるのは、赤子のお顔です。
「やはり文烈様に似ておりますね」
「生まれたばかりですよ」
「ですが、似ております」
「気のせいです」
姉上も赤子から目を離しません。
つまり、気のせいではないのでしょう。
「姉上」
「何です?」
「文烈様、一人増えましたね」
「増えておりません」
考えながら右手を鼻へ向けると、夫につかまれました。
「お前は増やすな」
「何をです?」
さて――
肇の妻のお腹にも、まだ一人おります。
……まさか、そちらまで文烈様ではありませんよね?




