文烈様、あなたの孫が二人も来るそうですよ?
劉明珠でございます。
寧珠と肇の妻が、これから医者に診てもらいます。
まだ二人とも、子がいると決まったわけではございません。
それなのに玉珠が、
「姉上、もし二人ともでしたら、お婆様も二人分でしょうか?」
と聞いてきました。
「私は一人しかおりませんよ」
「ですが、お孫様は二人です」
「だから何なのです?」
玉珠は真剣に考え始め、そのまま右手を鼻へ向けました。
夫君が無言でつかみます。
「まだ何も決まってないだろ」
「ですから、もしもの話です」
「そのもしもを考えるな」
珍しく夫君と意見が合いました。
ところが、その時です。
「寧珠様、こちらへ」
医者に呼ばれました。
……文烈様。
どうやら、最初の答えが出るようですよ。
最初に医者に呼ばれたのは寧珠でした。
ところが、診てもらう本人より、隣にいる子初殿の方が青い顔をしております。
「子初殿」
「はい」
「診てもらうのは寧珠ですよ?」
「承知しております」
「では、少し離れてくださいませ」
「はい」
離れませんね。
寧珠が困ったように夫を見上げました。
「子初様、大丈夫ですから」
「だが」
「母上もおります」
「それはそうだが」
何が「だが」なのでしょう。
私は昨日から、こういう夫を何人見せられているのでしょうか。
医者が寧珠の脈を診て、いくつか尋ねました。
月のものがいつからないのか、食欲はどうか、気分が悪くなることはあるか。
寧珠は少し頬を赤くしながら、一つずつ答えております。
つい先日まで、文烈様に婚礼を邪魔されかねない勢いで心配されていた娘が、今度は自分の子を宿したかもしれないと言って診てもらっている。
人の暮らしは、こちらの都合など待ってくれませんね。
文烈様を墓へ送ったばかりだから、少しくらい静かにしていてくださいと頼んでも、たぶん聞いてはくれないのでしょう。
医者が寧珠の手首から指を離しました。
子初殿が身を乗り出します。
「どうなのだ?」
「子初殿」
私が呼ぶと、こちらを見ました。
「医者より先に答えを出さないでくださいませ」
「出してはいない」
「顔が出しております」
寧珠が笑いをこらえております。
医者も少し困った顔をしてから、改めて寧珠へ向き直りました。
「まだごく早い時期ではございますが、まず間違いないでしょう」
寧珠が目を見開きました。
「では……」
「はい、お子がおられると見てよろしいかと」
しばらく誰も口を開きませんでした。
昨日から、そうかもしれないとは聞いております。
それでも、「そうかもしれない」と「そうである」の間には、思っていたより大きな溝がございました。
寧珠が自分の腹へ手を置きます。
まだ何も見えませんが、そこにはもう一人おります。
私の孫です。
本当に。
文烈様――
どうやら私は、本当にお婆様になるようですよ。
……笑わないでくださいませ。
あなたが隣にいたなら、真っ先に笑ったでしょうから。
「母上」
寧珠に呼ばれました。
「はい」
「どうしてそのような顔をしているのです?」
「どのような顔です?」
「笑っているのか、泣きそうなのか分かりません」
それは私にも分かりませんね。
「おめでとうございます、寧珠」
そう言うと、寧珠の目にも涙が浮かびました。
子初殿が妻の肩へ手を置きます。
そこまではよかったのです。
「今日はもう休んだ方がいい」
始まりました。
「子初様?」
「歩かない方がよいのではないか?」
医者が首を振りました。
「そこまでなさる必要はございません」
「食事は?」
「普通で結構です」
「冷えるのはよくないだろう」
「もちろん気をつけるに越したことはございませんが――」
「階段は?」
「子初殿」
私が止めました。
「はい」
「文烈様と同じ道へ入っておりますよ」
子初殿が黙りました。
寧珠が吹き出します。
「ほら、母上にも言われました」
「私は心配しているだけだ」
それも聞き覚えがございますね。
文烈様も、よく同じことを申しておりました。
心配しているだけ。
その「だけ」で、医者を二人呼ぼうとする人でしたけれど。
「では次に」
医者が言いました。
部屋の空気が変わります。
そうでした。
まだ一人おります。
肇の妻です。
肇は呼ばれてもいないのに、一緒に立ち上がりました。
「肇」
「はい」
「あなたは待ちなさい」
「ですが母上」
「寧珠の時も子初殿が邪魔でした。二人目まで増やさないでくださいませ」
「邪魔とは」
子初殿が何か申しましたが、聞かなかったことにいたしました。
肇の妻が医者の前へ座ります。
先ほどまで落ち着かなかった肇が、今度は妙に静かになりました。
静かになればなったで怖いですね。
私は隣にいる肇を見ました。
手を握っております。
自分の手を。
それでは妻を安心させられませんよ?
医者が同じように脈を診て、いくつか尋ねました。
寧珠より少し時間が長く感じます。
実際には大して変わらなかったのでしょう。
しかし、待つ側というものは勝手ですね。
答えを知らない間だけ、一刻が妙に長くなります。
やがて医者が顔を上げました。
「こちらも、おそらく間違いございません」
肇の妻が息をのみました。
肇は動きません。
「肇?」
呼んでも返事がありません。
「肇」
「……はい」
聞こえてはいるようです。
「おめでとうございます」
そう言うと、ようやく妻を見ました。
そして、
「本当に?」
と聞きました。
誰にでしょう。
医者に聞いたのでしょうか、それとも妻にでしょうか。
もしかすると、自分自身に確かめたかったのかもしれません。
「本当です」
妻が笑いました。
その一言で、肇の顔が一気に崩れました。
泣くほどではありません。
ですが、笑おうとして失敗しております。
この子も、あなたによく似ておりますね、文烈様。
顔だけではなく、こういうところまで。
寧珠が肇の妻の手を取りました。
「おめでとうございます」
「寧珠様も」
二人が笑い合います。
少し離れたところでは、子初殿と肇が医者に何を聞くべきか相談し始めました。
嫌な予感しかしません。
「食べてはいけないものはありますか? 歩くのはどれくらいまでで、外出や馬車は――」
「冷えるのもよくないでしょう」
増えましたね。
文烈様が二人おります。
いえ、肇はもともと似ておりますので、一人半くらいでしょうか。
「二人とも」
私が呼ぶと、揃ってこちらを見ました。
「本人たちを置いて、夫だけで妊娠しないでくださいませ」
寧珠がとうとう声を立てて笑いました。
肇の妻まで肩を揺らしております。
そこへ、ずっと黙っていた玉珠が口を開きました。
「姉上」
嫌な予感がします。
「何でしょう?」
「これで本当に、お孫様が二人ですね」
「そうですね」
「では――」
玉珠の夫君が、素早く口を塞ぎました。
見事です。
長年連れ添った夫婦にしかできない動きですね。
「むぐっ」
「言うな」
「何をです?」
「分かってるだろ」
口を塞がれたまま玉珠が首を振っております。
分かっていませんね。
夫君もそれに気づいたらしく、深いため息をつきました。
「明珠殿……このまま帰ってもよいでしょうか」
「駄目です」
「ですよね」
玉珠がようやく解放されました。
「姉上、私は何も失礼なことを申すつもりはございませんでしたよ?」
「では、何を言おうとしたのです?」
「お孫様が二人ですから、二倍――」
再び夫君に口を塞がれました。
遅いですよ。
もう十分聞こえました。
「玉珠」
「はい」
「あなたも二倍、大叔母上ですね」
玉珠が固まりました。
今度は鼻へ向かいかけていた右手まで止まりました。
効きましたね。
「大叔母上……?」
「そうなりますね」
「二倍ですか?」
「あなたがそういう計算を始めたのでしょう?」
玉珠はしばらく考え込んでおります。
夫君がそっと右手首を押さえました。
「今度は鼻ではございません」
「先に止めておく」
賢明です。
環珠は笑いすぎて机へ伏しております。
和珠は、何がそんなに面白いのか分からないまま一緒になって笑っています。
その和珠が、ふと顔を上げました。
「母上」
「何でしょう?」
「赤ちゃん、二人とも同じくらいに生まれるの?」
医者が少し考えました。
「今のところ、そう大きく時期は離れないかもしれません」
私は医者を見ました。
「……二人ともですか?」
「はい、この先で多少前後いたしますが」
なるほど。
私は三十三歳で夫を亡くしました。
そして翌年には、ほとんど同じ頃に二人の孫が生まれるかもしれないそうです。
人生というものは、もう少し加減を覚えた方がよろしいのではないでしょうか。
嬉しくないはずがございません。
だからこそ困りました。
こういう時、私はいつも文烈様を見ていたのです。
嬉しいことがあれば、まずあの方の顔を見る。
私が何も言わなくても察して笑うこともあれば、わざと知らない顔をして、私に言わせようとすることもございました。
今日も同じように、私は隣を見そうになりました。
そこにいるはずなどないのに。
墓へ入れたのは、つい先日のことです。
自分の手で見送りましたし、もう帰ってこないことくらい、誰より分かっております。
それでも、寧珠に子がいると聞いた時も、肇の妻に子がいると聞いた時も、胸の中では先に文烈様へ話しておりました。
困ったものですね。
悲しい時には、あの方がいないことを嫌でも思い知らされます。
けれど、嬉しい時までいないのだとは、まだ慣れておりませんでした。
文烈様……
あなたは、こういう時にこそ隣にいる人だったのですよ。
寧珠に子ができたと知れば、きっと喜んだあとで子初殿を睨んだでしょう。
肇の妻にも子ができたと聞けば、肇に余計なことまで言い始めたはずです。
そして最後には、私が、
「文烈様、あなたが一番落ち着いてくださいませ」
と叱っていたでしょうね。
そこまで考えると、少しだけ笑えました。
あまりにも簡単に想像できます。
声まで聞こえそうなのに、振り向いても、そこには誰もおりません。
それが、少し困ります。
いいえ、少しではございませんね。
あなたを墓へ送ってから、今日ほど隣にいてほしいと思ったことはございません。
孫が二人も来るのですよ。
これからこの家は、また少し賑やかになるのでしょう。
なのに、その喜びを一番最初に渡したかった人だけが、もう受け取ってくれません。
「母上?」
和珠に呼ばれ、私は顔を上げました。
「何でしょう?」
和珠は寧珠を見て、肇を見て、それから私を見ました。
何か考えておりますね。
八歳の子がこういう顔をした時は、たいていろくなことを申しません。
「二人とも、父上に似るのかな?」
部屋が静かになりました。
私は寧珠を見ました。
文烈様に似ております。
肇を見ました。
やはり文烈様に似ております。
その二人が、今度はそれぞれ親になるのです。
玉珠が真面目な顔で頷きました。
「あり得ますね」
「玉珠、黙っていてくださいませ」
「ですが姉上、曹家の血は強いのでしょう?」
誰がそんな話をしたのでしょう。
私でしたね。
笑ってしまいました。
本当に、困った家族です。
文烈様――
あなたは亡くなったはずなのですが。
まさか今度は、孫になって二人分増えるおつもりではございませんよね?
劉玉珠でございます。
姉上には、本当にお孫様が二人できるそうです。
そして私は、大叔母上になるそうです。
「しかも二倍だそうですよ」
「二倍にはならない」
「ですが、お子は二人です」
「お前は人数で肩書きを増やすな」
難しいですね。
では、二人とも文烈様に似たらどうなるのでしょう?
「文烈様が二人になりますね」
「ならない」
夫は即答しました。
考えながら右手を鼻へ向けると、やはり途中でつかまれます。
「まだ何もしておりません」
「その顔で考えるな」
「では、生まれてから確かめましょう」
「何を?」
「文烈様が何人いるかです」
夫が頭を抱えました。
二人とも似ていたら、姉上をイジり倒して差し上げましょう。




