文烈様、曹家の血は強すぎませんか?
劉明珠でございます。
朝から肇が落ち着きません。
妻に子ができたかもしれないと分かった途端、水だの食事だの休めだのと騒ぎ始めました。
見覚えがありますね。
非常にあります。
「姉上、肇殿は文烈様に似ておりますね」
「あなたまでそう思いますか」
「はい、顔も似ております」
「今は顔の話ではございません」
玉珠は首を傾げ、そのまま右手を鼻へ向けました。
当然のように夫君につかまれます。
「では、何が似ているのでしょう?」
「落ち着きのなさです」
「文烈様は落ち着いておられましたよ?」
「私が子を宿していない時は、ですね」
玉珠が納得した顔をしました。
嫌な予感がいたします。
このまま昔のことまで思い出したら、別の問題まで見つけてしまいそうです。
文烈様――
あなたの血、少々強すぎませんか?
翌朝、私は二人の妊婦らしき者に囲まれておりました。
正確には、まだ妊婦と決まったわけではございません。
一人は肇の妻、もう一人は寧珠です。
どちらも「どうやらそうらしい」という段階で、医者に診てもらうまでは何とも申せません。
それなのに、肇は朝から落ち着きません。
「肇」
「はい」
「座りなさい」
「座っております」
「では、立たないでください」
「はい」
返事をした直後に立ちました。
何をしているのでしょう、この子は?
「肇」
「はい」
「今度は何です?」
「水を」
「そこにあります」
「では、何か食べるものを」
「先ほど食べました」
「横になった方が」
「肇様」
妻に名前を呼ばれ、ようやく止まりました。
私は肇を眺めながら、その慌てぶりには嫌になるほど心当たりがございました。
似ています。
顔ではありません。
いえ、顔も似ておりますが、今はそこではございません。
妻に子ができたかもしれないと知った途端、本人より夫の方が落ち着かなくなる、この無駄な慌て方です。
「母上、何でしょう?」
「いえ……血は争えないものだと思いまして」
「父上ですか?」
よく分かりましたね。
文烈様も、こうでした。
私が最初に子を宿した時など、本人である私より先に、あの方が妊婦になったのかと思うほどでした。
食べろ、休め、あまり歩くなと言ったかと思えば、今度は少しくらい歩いた方がよいのではないかと悩み始める。医者を呼べと命じた直後には、もう呼んであると知って別の医者まで呼ぼうとする始末です。
最後には私が、
「文烈様、子がいるのは私の腹でございます」
と教える羽目になりました。
あの方は真顔で、
「知っている」
と答えました。
知っている人の慌て方ではございません。
最初に宿したのが寧珠でした。
あの頃の私は今よりずっと若く、母になるということがどういうものなのかも、よく分かっておりませんでした。
身体が重くなり、食べられるものが変わり、それまで平気だった匂いを急に受けつけなくなることもありました。腹が大きくなっていくにつれて、ようやくそこに誰かがいるのだと実感するようになりました。
文烈様は、それより早かったですね。
まだ外から見ても何も分からない頃から、私の歩き方まで気にしておりました。
「転ぶなよ」
「普通に歩いております」
「段差がある」
「見えております」
「そこも」
「文烈様」
「何だ?」
「私をいくつだと思っているのです?」
「子を宿している妻だ」
年齢を聞いたのですが……
話が通じません。
そして寧珠が生まれました。
苦労して産んだ子を初めて抱いた時、もちろん嬉しかったですよ。
小さくて、柔らかくて、泣いてばかりで、こんなものを本当に私が腹の中に入れていたのかと不思議になりました。
それから顔を見ました。
文烈様に似ておりました。
まあ、父親なのですから当然です。
私自身は、父上より母上に似ていると言われて育ちましたから、娘が父親に似たところで何もおかしくはございません。
文烈様は、たいそう喜びました。
「明珠、見ろ」
「見ております。私が産んだのですよ?」
「俺に似ていないか?」
「似ておりますね」
嬉しそうでした。
自分の娘が自分に似ているのですから、悪い気はしないのでしょう。
その時は、私も微笑ましく見ておりました。
問題は二人目です。
環珠を宿したと分かった時、私は一度経験しておりますから、多少は落ち着いておりました。
文烈様も今度こそ落ち着くでしょう。
そう思った私が甘かったのです。
「今日はもう休め」
「まだ昼ですよ?」
「寧珠は俺が見る」
「お仕事は?」
「あとでやる」
「仕事をなさってください」
「お前は休め」
「二人目ですよ?」
「だから何だ?」
「一度経験しております」
「前と同じとは限らんだろう」
妙なところだけ正論です。
結局、二人目でも文烈様は何ひとつ慣れませんでした。
そして環珠が生まれました。
私は今度こそ、自分に似たところもあるでしょうと思いました。
ありましたよ。
探せば……
ですが、最初に顔を見た時の感想を申し上げるなら――また文烈様ですね、でした。
「明珠、見ろ」
「見ております」
「寧珠にも似ている」
「姉妹ですからね」
「俺にも似ているな」
「そうですね」
「お前にも――」
そこで文烈様が黙りました。
「何でしょう?」
「……似ている」
「今、探しましたね?」
「探していない」
「間がございましたよ」
失礼な夫です。
もっとも、私も同じことを考えておりましたので、強くは責められません。
環珠には私に似たところもございます。
性格まで含めれば、私だけではなく玉珠から何か余計なものまで拾ってきたような気もいたしますが、それについては考えないことにしております。
そして三人目が和珠でした。
ここまで来れば、私にも余裕がございます。
ところが文烈様は、三人目でも文烈様でした。
「重いものは持つな」
「持っておりません」
「環珠を抱いていただろう」
「娘です」
「重い」
「本人の前で言わないでくださいませ」
「では俺が抱く」
「嫌がっておりますよ?」
環珠は逃げました。
寧珠も逃げました。
文烈様だけが取り残されました。
少し可哀想でしたので、私が慰めて差し上げました。
もっとも、そのあと私の腹を撫でながら、
「今度が男でも女でも、もう十分だな」
と申しましたので、
「女なら誰にもやらないなどと申しませんよね?」
と尋ねました。
「まだ生まれていない」
「生まれたら?」
「考える」
その時点でもう駄目です。
そして和珠が生まれました。
三人目です。
さすがに今度こそ――と思いましたが、やっぱり文烈様でした。
私は産んだばかりの娘を抱きながら、少々考えました。
私の血も入っているはずなのですが。
母上に似た私と文烈様の間に生まれた三人の娘が、揃いも揃って父親寄りなのです。
父上の面影に至っては、どこへ行ったのでしょう?
「母上?」
声をかけられて、私は現在へ戻りました。
目の前には寧珠がおり、その隣に環珠、少し離れたところでは和珠がこちらを見ております。
私は三人を順番に見ました。
寧珠を見れば文烈様、環珠を見てもやはり文烈様。
そして和珠は――これからもっと似るのでしょうね。
「母上、どうしました?」
寧珠が不思議そうに尋ねます。
「あなたたちは、本当に父上によく似ておりますね」
三人が顔を見合わせました。
寧珠は少しだけ目を伏せ、環珠もいつものように茶化しません。
和珠だけが、自分の頬を両手で触りました。
「父上と同じ顔?」
「まったく同じではございませんよ」
「よかった」
「なぜです?」
「お髭ないもん」
そこですか……
環珠が吹き出し、寧珠も笑いました。
私もつられて笑ってしまいました。
文烈様……あなたの娘は、あなたと同じ顔で、あなたに髭があったことを問題にしておりますよ。
「でも母上」
環珠が私の顔を見ました。
「何でしょう?」
「私たち、母上にも似てるでしょ?」
「もちろんですよ」
「どこが?」
聞かれると困りますね。
「……性格など」
「顔の話をしてたよね?」
十四にもなると、こういう逃げ道を塞ぐのが上手になります。
「細かいところです」
「細かいところ?」
「細かいところは細かいところです」
これ以上聞かないでください。
そこへ玉珠がやって来ました。
「何のお話です?」
嫌な時に来ますね。
「三人が誰に似ているかという話です」
「文烈様では?」
即答でした。
少しくらい悩みなさい。
「私にも似ているでしょう?」
「もちろんです」
「どこが?」
玉珠は寧珠から環珠、そして和珠へと順番に目を移しましたが、なかなか答えません。
長いですね。
「玉珠?」
「探しております」
「探さないでください!」
環珠が笑い始め、寧珠まで口元を押さえております。
和珠は意味が分からないまま笑っているのに、玉珠だけが真面目です。
「姉上は母上に似ておりましたから」
「そうですね」
「では、姉上のお子が文烈様に似たのでしたら、父上はどこへ?」
「私も先ほど同じことを考えておりました」
恐ろしいですね。
まさか玉珠と同じところへ辿り着くとは思いませんでした。
「父上の血は弱いのでしょうか?」
「知りません」
「では、文烈様が強いのでしょうか?」
「顔については、そうだったのかもしれませんね」
玉珠は納得したように頷き、そのまま右手を鼻へ向けました。
後ろから夫君がつかみます。
「何で今それをやるんだ?」
「考え事をしておりました」
「鼻で考えるな」
夫君も大変ですね。
ふと見ると、肇がこちらを見ておりました。
この子も文烈様によく似ております。
私が産んだ子ではございませんが、肇は私を母上と呼び、私も息子として育ててきました。
その肇が今、妻の傍らで落ち着かずにしております。
先ほどまで私は、その様子を文烈様そっくりだと笑っておりました。
けれど、自分が三度子を宿した時のことを思い出してみると、少しだけ見え方が変わりました。
あの方も怖かったのでしょうか。
私の腹に子がいることを喜びながら、その一方で、私や子に何か起こるのではないかと気が気ではなかった。
だから歩けば段差を気にし、食べれば量を気にし、少し顔色が悪ければ医者を呼んだのでしょう。
当時の私は、過保護な夫だと笑っておりました。
今なら、少し分かります。
寧珠の腹に子がいるかもしれないと思っただけで、私は先ほどから何度その顔色を見たでしょう。
「母上」
「何でしょう?」
「また見ております」
寧珠に気づかれました。
「何をです?」
「私の顔です」
「見てはいけませんか?」
「いけなくはありませんが……父上みたいです」
私は黙りました。
そうですか。
とうとう私が、あの方と同じ立ち位置になりましたか。
「寧珠」
「はい」
「今日は無理をしないでくださいませ」
「はい」
「食べられるものだけで結構です。気分が悪くなったらすぐに――」
「母上」
「何でしょう?」
寧珠が笑っています。
「やっぱり父上みたいです」
環珠が吹き出すと、肇も玉珠もつられて笑い始めました。
和珠だけが私の袖を引き、
「母上、お髭は生えないよね?」
と聞きました。
「生えません!」
そこまで似てたまりますか。
笑い声が家の中に広がりました。
この家には、文烈様と暮らしていた頃の気配が、今もあちこちに残っております。
けれど、あの方の声はもう聞こえません。
それでも、あの方がすべてを持っていってしまったわけではないのですね。
肇にも、寧珠にも、環珠にも、和珠にも、顔だけではなく、仕草や考え方や、家族を心配しすぎるところまで受け継がれております。
文烈様――
あなたがいなくなってから気づくことばかりです。
できれば、生きているうちに教えていただきたかったですよ。
その時、医者を呼びに行かせていた者が戻ってきました。
「奥方様」
皆の笑いが止まりました。
「医者が参りました」
寧珠と肇の妻が顔を見合わせます。
肇も姿勢を正し、子初殿は寧珠のすぐ隣へ寄りました。
玉珠の右手が鼻へ向かいましたが、夫君が無言でつかみます。
今は誰も笑いません。
ここまでの話は、すべて「そうかもしれない」という話です。
本当に子がいるのか。
二人ともなのか。
それとも――
「母上」
寧珠が私の手を握りました。
手が冷たいですね。
この子も怖いのでしょう。
私は、かつて文烈様がそうしてくれたように、その手を握り返しました。
「大丈夫ですよ」
そう言ってから、少しだけおかしくなりました。
根拠などございません。
文烈様も、こうだったのでしょうか。
自分にも分からないくせに、私を安心させるためだけに「大丈夫だ」と言っていたのでしょうか。
医者が部屋へ入りました。
そして――
最初に呼ばれたのは、寧珠でした。
劉玉珠でございます。
姉上のお子は、三人とも文烈様によく似ております。
では、寧珠のお子は誰に似るのでしょう?
「普通は子初殿では?」
「まだ子がいるとも決まってないだろ」
夫に言われました。
確かにそうでしたね。
ですが、肇殿も文烈様に似ております。
その妻にも子がいるのでしたら、こちらも気になります。
「まさか、二人とも文烈様に似たりしませんよね?」
「なぜそうなる」
「曹家の血が強そうですから」
考えながら右手を鼻へ向けると、夫につかまれました。
「今度は何です?」
「お前は先のことを考えるな」
「ですが、もし二人とも――」
「考えるな!」
まだ何も決まっていないのですが。
その時、寧珠が医者に呼ばれました。
……さて、どちらなのでしょう?




