ペーパーの取り違え
次の会場(ゲートボール会場)に移動中の二人。
先生は走る車内で白いジャージ上下に着替えている。
恋三「党三役との打ち合わせは本日の日程には有りませんが」
先生「うるさい! 日程は俺が決める」
恋三「えッ?」
富士見総合グランドの駐車場に公用車が静かに停まる。
後部ドアーが開き、白のジャージ上下で決めた先生が車から降りて来る。
恋三が先生の靴を見て、
恋三「先生ッ! 靴が」
先生「おお、そうだ。皮靴じゃなあ。運動靴、ウンドウグツ・・・」
先生は車内に戻り『シューズボックス』から純白のナイキのスポーツシューズに履き替える。
シューズボックスの中にはサンダルから下駄・雪駄・安全靴・ゴム長靴等の種々の履き物が収納してある。
先生「・・・よしッ!」
先生は膝を叩いて気合いを入れる。
車のドアーが閉まり、軽快に走って来賓席に向かう先生。
恋三も急いで後を追う。
Aグランドで、先生がにこやかに選手と話しをしている。
先生「イヤ~、イヤイヤ、ご苦労さんね。あンらまー、鈴木さん! 赤いシャツが似合うねえ。まるで還暦祝いみたいだ」
先生は軽くゴルフショットのホームを見せて、
先生「・・・バッチリだね」
それを見て高齢の鈴木が、
鈴木「先生、それはゴルフだんべサー。ゲートはこう・・・」
鈴木は玉を地面に置き、練習ゲートをめがけて、
「カーン」
先生はすかさず大声で、
先生「一番ゲート通過。ナイスショット!」
鈴木がその声に驚いて、
鈴木「何だ先生、知ってるでないの。今日は俺んとこのチームで頑張ってもらおうかのう」
先生「な、何言ってンの。オラ~、自民党スポーツ議連の副会長だべさ。俺が鈴木さんとこのチームに入ったら皆から嫌われっちまうよ。ねえ、皆さん。ハーハハハ」
先生は高らかに笑う。
鈴木のグループは先生を見て苦笑する。
Bグランドでは、ひたすら練習中の先生の父(博文)がゲートに向かって玉を打っている。
仮設テントの中では、先生の座る折りたたみ椅子の隣に背広のポケットを膨らませて恋三が立っている。
女性の司会者が、
司会者「皆さま。身体は暖たまりましたでしょうか。それではいよいよ第八回富士見町壮年部ゲートボール大会優勝戦を始めたいと思います。早速ですが、本日のスペシャルゲスト『大木戸博康財務副大臣』が先程この会場に到着しました。是非、一言を賜りたいと思います。では先生ッ! 宜しくお願いします・・・」
急に市長が立ち上がり力強く拍手をする。
すると助役、教育長も立ち上がり拍手する。
支援者らしき参加者が、まばらに拍手する。
先生は笑いながらおもむろに席を立ち、後の来賓者に深々と頭を下げる。
すると何処からか『奇声』が。
声 「大木戸博康君、万~歳ッ!」
博文である。
先生は司会者からマイクを預かり粛々と壇上を上がって行く。
そして『奇声』の方向かって深々と一礼、マイクの調子を確かめる。
先生「ア~、ア、ウンッ! 本日は晴天・・・ウン」
そして参加者全員に向かって深々と一礼、持参のペーパーを開き、うやうやしく一言を始める。
先生「えー、この度は・・・???」
ペーパーの中身はどこで間違えたのか次の会場(葬儀会場でのご挨拶)での一言が。
先生は冷や汗をかきながらアカペラとアドリブで『一言』を始める。
「えー・・・失礼しました。只今ご紹介にあずかりました大木戸博康です。素晴らしい晴天に恵まれました! 本日はこの富士見町壮年部ゲートボール大会優勝戦と云う事で、同じ市内に身を置く者として是非参加させてもらおうと、この姿で張り切って参りました。が、政治は一時の休息も許してはくれません。たった今、高市総裁から電話が有りました。それは、『自民党の圧勝に於ける消費税の改正及び、社会保険、特に年金改正法の法案答弁の件で是非相談したい事がある。至急官邸に来てくれないか』との電話です。残念でたまりません。しかし皆さん! この不肖、大木戸博康ッ! 郷土を支えて来た皆さんをしっかりと支える義務が有ります。これこそが大木戸に与えられた大きな、『オオキナ』、使命なので有ります。・・・富士見町壮年部の皆さん! 本日は思いっ切り楽しんで下さい。時間が無いので本日はこの辺で失礼させて頂きます。ご清聴、真に有り難う御座いました」
すると、またどこからかあの奇声が、
声 「頑張れー、大木戸博康ッ!」
満場からは、まばらな拍手が。
先生は壇上から降りて、女性司会者にマイクを返し恋三に目配せをする。
恋三は何を間違えたか急いで車に戻り、トランクの中から『博ちゃん音頭』のCDと、著書の『博康の財政健全化構想』の入った段ボール箱を取り出し、携帯キャリーに載せ参加者に配り始める。
先生は急いで車に戻る。
恋三の『奇妙なモノ』を参加者に配る姿を見て、後部座席から電話する。
恋三が背広のポケットからスマホを取り出し、
恋三「はい! 百地です」
先生「何をやってる」
恋三「はい。先生のモノを配ってます」
先生が車の中で怒鳴る。
先生「バカ者ッ! 違反だぞ。すぐ回収しろッ! そんなモノは受付の隅にでも置いて行けば良いんだ。興味の有るヤツは持って帰る! このバカ者がッ!」
恋三「あ、ハイッ!」
先生「ッたく、もう・・・」
恋三が汗だくで公用車の運転席に戻って来る。
公用車がゆっくり動き始める。
競技者の数人が手を振る。
先生は車のパワーウインドーを下げて、ニッコリと笑い、『自衛隊(軍隊)式の敬礼』をしながら走り去る。
つづく




