同じ圧、同じ時間
「底の塊まで熱を持っているわけではない」
ガレスがそう言った時刻と、その言葉は記録板へ残された。
古い飼料桶は布をかけて別の小屋へ運ばれた。捨てようとしたガレスは不満を並べたが、団長は返事をせず、見張りを一人つけた。
五頭目が立った朝、私の指は氷水で固まっていた。曲げようとすると、皮膚の奥が針で刺されたように痛む。この手では蹄鑢も水差しも持てない。
昼のあいだ、私は残った三十一頭から離れて見ていた。
騎手たちは教えた順番で体位を替え、腹を圧迫しないよう藁を差し込み、一口分の水を置く。団長の馬には団長自身が付き、鼻先が水へ伸びたときだけ器を近づけていた。私が馬房の前を通ると、その馬は鼻孔を大きくし、すぐ耳を伏せた。
近づかない。それも今夜の手当てだった。
日が傾き、ようやく指が布を掴めるまで戻ったころ、私は今日の一頭を選んだ。
左の後脚を胸の脇へ投げ出した馬だった。
飛節から球節までが丸太のように腫れ、巻かれていた包帯の上端へ肉が盛り上がっている。蹄へ向かうほど皮膚は冷たいのに、包帯の際だけは熱い。馬が後脚を腹の下へ引こうとするたび、蹄先が藁を掻き、途中で力が抜けた。
別の馬房では、毛布の下で浅い呼吸を続ける馬がいる。鞍へ手をかけると鼻を鳴らして首を振るため、騎手たちは鞍帯だけを緩め、それ以上は中断していた。
「呼吸の馬を先にしないのか」
団長が訊いた。
「今夜は胸を圧迫しない向きに寝かせ、人を近づけすぎなければ待てます。けれど、この脚は包帯の下で流れが止まりかけています。朝まで締めたままなら、腫れだけでは済みません」
私は左後脚の包帯を指した。
「今日の一頭は、この馬にします」
選ばなかった三十頭にも夜は来る。
騎手たちは二刻ごとの体位交換、飲んだ量、蹄の熱を記録することになった。浅い呼吸の馬には、拒まない範囲で胸元の毛布を開く。団長の馬には保温と排泄の介助を続けるが、嫌がる手は近づけない。
私は六頭目の横へ膝をついた。
まず、包帯の端へ指を入れる。一本目の指さえ途中で止まり、皮膚には布の縁が深く刻まれていた。
鋏を差し込もうとすると、馬の尾が強く鳴った。左後脚が藁を蹴り、耳が後ろへ伏せられる。
「止めます」
鋏を引き、脚から手を離した。
「外さなければ悪くなるんだろう」
騎手の一人が焦った声を出す。
「だからといって、嫌がる脚を押さえれば、反対の後脚へ全身の重さがかかります。あちらの蹄まで熱を持ちます」
実際、右後ろの蹄は左より温かかった。横たわったまま踏ん張り続け、蹄の内側へ負担が寄っている。
私は鋏を馬から見える場所へ置き、柄を藁で擦って金属の匂いを薄めた。首筋には触れず、鼻先がこちらを向くのを待つ。
馬が鋏の柄を嗅いだ。耳が横へ戻る。
もう一度、包帯の端へ触れる。皮膚は震えなかった。
布を一巻きずつ切り、引っ張らずに開いていく。きつく重なった場所の下だけ、毛が汗で貼りついていた。外した直後に騎手が冷水布を当てようとすると、馬は脚を跳ねさせた。
「冷たすぎます。離して」
冷水布を外す。熱いところを早く冷やしたくても、拒む温度を押しつければ脚を暴れさせ、腫れを増やす。
井戸水へ少量のぬるま湯を足した。私の手には冷たいが、雪解け水ほど刺す温度ではない。布の端を球節へ触れさせる。
馬は尾を振らなかった。
「今の温度を覚えてください」
私は騎手二人にも水へ手を入れさせた。
小さな砂時計を返し、布を当てる。砂が落ち切ったら外し、同じ長さだけ何も巻かずに休ませる。冷やし続ければよいわけではない。皮膚が白く硬くなる前に血の色を戻す必要がある。
休ませているあいだに、左後ろの蹄を確かめた。外側の縁だけが長く残り、脚を引き寄せようとすると球節が内へねじれる。
鑢を一度かけると馬の腿が強張ったので、すぐ離す。鼻息が長くなるまで待ち、もう一度だけ削る。外側の尖りを落とし、平らになったところで止めた。立たせたいからと削りすぎれば、今度は内側へ傾く。
騎手には削る前後の蹄を触らせた。
「滑らかにはなりました。でも、まだ外側が少し高い」
「それでいいんです。今夜全部を直すのではなく、痛みなく置ける角度まで戻します」
冷却を三度繰り返すと、包帯の跡へ赤みが戻った。膨らみは残っているが、張り詰めていた皮膚を指で押すと、ゆっくり窪みが戻る。
次は巻き直しだった。
布の幅の半分だけを重ね、腫れの下から上へ巻く。引っ張らず、皺を残さない。私は一巻き目で止め、騎手へ渡した。
「私にやらせるのか」
「同じ圧で巻けるか、確かめてもらいます」
騎手の最初の一巻きは強すぎた。布越しに皮膚が引かれ、馬の尾が上がる。
「戻してください」
巻いた布を外し、馬の耳が戻るまで待つ。
二度目は緩すぎて、指三本が簡単に入った。これでは立とうとした瞬間に布がずれ、球節の裏へ固まる。
騎手は息を吐き、三度目を巻いた。
指二本が無理なく入り、抜いたあとも布に皺が寄らない。馬の尾は静かだった。私は布の重なりへ炭で線を引き、同じ位置を保てるよう印をつけた。
「砂時計一回ごとに、この線と、指二本を確かめます」
もう一人の騎手には冷却を任せた。砂が落ち切る前に布を替えようとしたので止め、次は正しい時刻まで待たせる。
ガレスが腕を組んだ。
「馬一頭に大勢で砂遊びか」
「同じことをして、同じ変化が出るか見ています」
団長は腫れの最も太い場所へ、きつく締めないよう測り紐を回した。印は先ほどより指一本分だけ内側に来ていた。
偶然ではなかった。
騎手が巻いても、時間と温度と圧が同じなら、皮膚の張りは和らいだ。
私はぬるい水を一口ずつ置き、飲み込むたびに間を空けた。濡らした干し草は一つまみだけ。濃い粒餌は使わない。腹音が弱いまま量を増やせば、脚が楽になっても腹の痛みで立てなくなる。
夜半、六頭目が後脚を引き寄せた。
左の蹄先が藁を掻いたが、外へ滑らない。削った蹄全体が床へ触れた。馬はそこで動きを止め、耳を後ろへ向ける。
誰も触れなかった。
冷却へ戻り、水を一口飲ませ、乾いた藁を蹄の後ろへ足した。
夜明け前、馬はもう一度首を持ち上げた。
前脚を胸の下へ折り、右後ろを腹へ寄せる。腫れた左後ろは遅れて動き、蹄が藁へ置かれた。
腰が半分まで上がり、落ちる。
包帯の炭の線はずれていない。騎手が指二本を差し入れ、うなずいた。
馬は息を整え、自分で二度目を試した。
前脚が伸びる。右後ろが踏ん張り、最後に左後ろが地面を捉えた。球節は内へ折れず、包帯も食い込まない。
六頭目は誰にも引かれず、自分の四本の脚で立った。
すぐには歩かせない。騎手たちは習ったとおり、砂時計一回分だけ立位を見守り、腫れと蹄の熱を触り直した。立ったあとで包帯がきつくなれば、ここまでの工程をやり直す必要がある。
私が冷却桶から手を抜くと、指は白く固まっていた。炭の線を引き直そうとしても、欠片を掴めず落とす。朝になった今、もう別の一頭へこの夜を使うことはできない。
騎手が落ちた炭を拾い、私の代わりに線を引いた。
「圧も、時間も記録します。次に腫れた脚が出たら、エマが来るまで悪くしないように」
団長は六日分の記録板を並べた。
「処分命令は、本日までの六日間、停止されていたものとする」
ガレスが口を開くより先に、団長は残る三十頭を見渡した。
「そして今から三十日、誰にも処分させない。一日一頭、最後まで続けてもらう」
私は答える前に、団長の馬房へ向かった。
最重症の馬は横たわったまま、私の袖へ鼻を向けた。袖には六頭分の汗と、湿った包帯と薬草の匂いが染みついている。
一歩近づいた瞬間、馬は耳を伏せ、歯を鳴らして戸板を蹴った。
私はただちに下がった。
「三十日あっても、この馬を先にしないのか」
「この馬が拒むあいだは、しません」
そのとき隣の馬房で、浅い呼吸の馬の鞍が胸の脇へずれ落ちた。毛布の下の肋骨が、途中で止まった。
私は動かない指を胸元へ抱えたまま、騎手に告げた。
「明日の一頭は、あの馬です。今は鞍を引き抜かないで」
残り三十頭。
(第7話へ続く)




