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9 激烈化と激甚化

「同胞の仇を討つ時が来た……全艦、多重衝撃面隊形をとれ! 訓練通りだ……第一支艦隊は第五惑星へ一斉射撃を開始し、直ちに離脱! 後続の第二支艦隊へ射線を明け渡せ」

 新たに編成されたシムーン33艦隊では、ふたたび『ゼルノック』が旗艦となり、艦長ネルノルテ・テルメイロルの号令とともに、ラグランジェポイントに展開した艦隊が、惑星へのアウトレンジ攻撃を開始した。

________________


 アクサル星系第五惑星。遠距離光学測定が、敵艦隊『シムーン33』の集結を捉えた。

「要塞司令官レア・ブラックへ! 第六惑星方向に敵艦隊を確認」

 観測員の報告を受け、レアは画面を凝視した。

「ラグランジェポイントか……上陸を前提とした惑星表面の焼尽が狙いね……砲撃の精度と火力を推測して」

 そこに現れたレオン・ブラック提督が、通信に割って入る。

「表面が焼き払われるなら、地中深くへ潜るのが最適だ」

「レオン……水上艦隊はどうするの? 基地に留まれば、集中攻撃で戦力を喪失するわ」

「その通りだ。住民を収容し、深海へ逃げ回るさ! あのアフマドとハディージャという、変な二人の助言通りにな」

「敵の観測網をかいくぐれるかしら?」

 レオンは冷ややかに笑った。

「奴らの観測能力では、我が艦隊の水中行動は捕捉できない......我々のレーザー兵器の原理すら理解できていないのだ! 波動光学の真髄を知らぬ彼らに、この深海の静寂は破れまい」

 レアは画面を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。

「……やるつもりね、レオン」

「ああ……この星を守るために、地表は奴らにくれてやる……レア、君は要塞の防壁を信じろ。私は深海から奴らの艦隊のケツを狙う」                                                                                                                   

 レオンはそう言い捨て、潜水艦群を率いて要塞を後にした。


 同時刻、ラグランジェポイントに再集結した敵艦隊が一斉射撃隊形へ移行。直後、長距離砲撃が開始された。

「マダム・レア・ブラック、報告! 敵艦隊よりイオンビーム束、発射反応! 着弾まで40分」

「全地上の要員へ通達、直ちに地下へ退避せよ! 我々も大深度地下拠点へ撤収する!」

「了解!」

「レオン提督へも即時打電! 着弾後は地表の光学測定が不能になるぞ……水上艦隊側で観測網を強化し、そのデータをこちらへ転送するよう伝えよ」

________________


 シムーン33の放ったビーム束が、予想通り本拠地を蹂躙した。半径500キロの地表は一瞬で灰と化し、海水は沸騰して霧散。成層圏を突き抜ける巨大な噴煙が惑星を覆い尽くした。その後もシムーン33は地表を焼き払う砲撃を繰り返したが、惑星アクサルからの反撃は一切ない。広大な惑星は、不気味なほどの沈黙に包まれていた。

「ほう、地上からの反応はゼロか……拍子抜けだな……奴ら、初撃で根絶やしになったか」

 旗艦『ゼルノック』の艦長ネルノルテは、モニターに映る死の惑星を見下ろしながら、安堵の息を漏らした。そこに、威圧的な気配を纏った大神官兼提督チュライが現れる。ネルノルテは背筋を正した。

「反撃の兆候は?」

「一切ありません! 初めから、この星は沈黙しています」

「……初めから反撃がない、だと?」

「はい! 防衛線の崩壊は明白。もはや上陸の機は熟しました」

「それは妙だな……前回の戦闘では、衛星軌道上で我々も痛手を受けたはずだ......単に、このラグランジェポイントまで届く攻撃手段がないだけではないのか?」

 ネルノルテは一瞬たじろぎつつも、言葉を続けた。

「では、斉射を継続すべきでしょうか? すでに第五惑星アクサルの地表は、半分ほど焼き尽くしています」

 チュライは静かに首を振った。

「半分“しか”だ! 残りは海洋面......今までの戦闘記録を見れば、奴らの戦力は海洋部分には一切現れていない……だが、だからこそ怪しい! 今頃、残った表面を逃げ惑っている可能性もある」

「確かに海洋面は手つかずですが、そこに戦力が潜んでいた形跡は――」

 ネルノルテは、不平そうに答えた。それに応じたチュライの声は低く、重かった。

「形跡がないからといって、潜んでいないとは限らんぞ! まあ、残存している健在部分があれば、のちに利用価値があるな......それならば、これ以上の無差別焼却は不要だ……焼き尽くした側の地表に、地上部隊を上陸させよ」

 その言葉に、ネルノルテはようやく決断を下した。

「了解しました。上陸部隊に降下命令を出します」

 こうして、旗艦ゼルノックから惑星降下作戦が発令された。

________________


 地表を焼き払う砲撃が重なるにしたがって、地表と海洋が徐々に焼き尽くされ蒸散されていく。潜水艦隊の提督レオン・ブラックは、逃げ場を失いつつあった。それでも彼は、まだ焼け残っている海洋の奥深く、地表全体に深く刻まれた海溝部分に沿って、逃げ回り続けていた。


 潜水艦の艦橋には、本拠地要塞に行き着いた民たちが集められ、レオン・ブラックによる状況説明が始まっていた。

「……敵の砲撃が止まった」

 レオンは戦闘配置図を見つめたまま、低く言った。

「おそらく、こちらからの反撃がもうないと判断したのだろう......しかし、想定以上に広範囲を焼かれた......惑星表面の半分以上が消し飛んでしまった......」

 彼は指で地図の焦土域をなぞりながら続けた。

「とはいえ、惑星全体を破壊するほどの攻撃ではなかったぜ......内部構造から見れば、表面を“削り取った”程度だ......幸いにも、本拠地要塞と動力炉群、大地動力線は無傷だ」


 村長が不安げに尋ねた。

「これから……どうなるのです?」

 レオンは顔を上げ、静かに答えた。

「敵は次に上陸部隊を送り込んでくる。それが我々の反撃の好機だ。ただし、敵艦がすべて衛星軌道上に集結し、上陸部隊が完全に降下するまで待つ必要がある。引きつけて、一斉に叩く」

 レオンの声は落ち着いていたが、その奥には張り詰めた緊張があった。


 艦橋の空気が張り詰める中、アフマドとハディージャが思わず声を上げた。

「再び戦うのですか? 海はまだ残っています......敵が上陸する前に、本拠地要塞の人たちも潜水艦に乗せて……逃げるべきではありませんか!」

「海洋が減っているからこそ、移動しながら敵を削る必要があるんだ! 逃げ回るにしても、惑星周辺と地上の敵を十分に減らしておかないと、逃げ切れない!」

 レオンは二人を見たが、その表情は揺れなかった。対するハディージャは声を震わせて指摘した。

「でも、それでは本拠地要塞は……! それに大地動力線が見つかったら、芋づる式に見つかって必ず攻撃されてしまいます!」

「……本拠地要塞は壊滅覚悟で残っている! 皆、そのつもりで配置についている」

 レオンは短く息を吐いた。それを聞いたアフマドの声は、怒りとも悲しみともつかない色を帯びた。

「そ、そんな……みすみす犠牲にするんですか……?」

「犠牲にするつもりはない……ただ、今は……」

 レオンは二人をまっすぐ見つめてつづけた。

「我々が預かった住民たちを、生き延びさせることが第一だ……それに、本拠地要塞はそう簡単には落ちない」

 その言葉は淡々としていたが、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。アフマドもハディージャも、それ以上言葉を継げなかった。

 そのとき……艦橋の警報が鳴り響いた。それは、衛星軌道上に敵艦隊が大挙して姿を現したことを意味していた。

________________


「揚陸艦船群は、焼き払った陸地を中心に陸上部隊を展開せよ! 打撃艦・爆撃艦は地上への監視を継続! 動きを確認し次第、その地点を集中的に叩け! 反撃の隙を与えるな」

 旗艦艦長ネルノルテの命令が伝達されると、打撃艦群に護衛された揚陸艦船群が、一斉に降下行動へ移った。 

 大型揚陸艦は、船体側面から多数のアームを展開した。アーム同士が形成する力場が滑らかな“滑走路”となり、そこを沿うようにして上陸用舟艇が次々と射出されていく。無数の光の軌跡が、焼け焦げた大地へ向かって降り注いだ。

 一方、小型揚陸艦は自ら地表へ突入した。着地の瞬間、アームが四方へと拡開し、地面を掴むように固定される。着底した艦体のハッチが開き、内部からは陸軍部隊が洪水のように溢れ出した。これらの小型揚陸艦は、周囲を制圧するための砲塔を複数備えており、着陸した瞬間からそのまま橋頭堡として機能するよう設計されていた。

 敵の上陸は、まるで機械仕掛けの儀式のように正確で、そして容赦がなかった。


「地上からの攻撃は確認されません」

「地表の動きもゼロです。熱源反応もありません」

「敵の大規模施設跡と思われる地点を発見……しかし、完全に焼失した後のようです」

 報告が次々と上がるたび、艦橋の空気は地上の不気味さを伝えた。沈黙の中、艦長ネルノルテの声は低く、鋭かった。

「上陸部隊全軍に通達! 上陸地点だけでなく周囲にも警戒を払え! 敵が壊滅したと決めつけるな」

「了解しました、提督」

 彼らが降り立った地上。そこは、文字通り“何もない”世界だった。焼き尽くされた大地は黒く光り、どこまでも続く溶岩原が地平線まで広がっている。風すら吹かず、音もなく、生命の気配は一片もなかった。

 上陸部隊は、衛星軌道上の艦隊から送られてくる警報と観測データを受け取りながら、抵抗らしい抵抗を一度も受けることなく、四方へと進軍していった。その後、数週間にわたる調査の末、彼らは溶岩原の各地に橋頭保を築き、惑星表面を隅々まで制圧していった。

 しかし――その“永く完全な静寂”こそが、最も不気味だった。

________________


 アクサル海溝の深海。潜水艦隊は静かに発射隊形へと移行しつつあった。レオンは計器を見つめながら、低くつぶやいた。

「……ようし、もうすぐだ」


 そのとき、艦橋の扉が勢いよく開いた。

 アフマドが駆け込み、後ろには心配そうなハディージャ、そして彼を止めようとするアイゼン、シャルレ、マズール、さらに収容されていた住民たちが押し寄せていた。その顔ぶれから、彼らが激しい議論を交わしていたことは一目でわかった。


「レオン・ブラック提督……何をしようとしているのですか?」

 アフマドの問いかけに、レオンは振り返り、短く答えた。

「ああ、君か……」

「提督、やはり攻撃するつもりなんですね? やめてください! こんなことをすれば、私たちは全滅してしまいます!」

 アフマドは一歩踏み出し、声を震わせた。その言葉を遮るように、マズールが怒鳴った。

「アフマド! お前はこのまま逃げ続けろと言うのか! そんなことでは勝てない、生き残れないぞ!」

「勝てない? 生き残れない? 戦闘に勝てなくても、生き残れば勝利じゃないですか! 逃げ続ければ、生き残れるじゃないですか!」

 アフマドも負けていなかった。マズールは拳を握りしめた。

「生き残れる? このままじゃ惑星全体が焼き尽くされるんだぞ! 海も陸も全部だ! それでどうやって生き残るっていうんだ!」

 議論は平行線のまま、ついに全員がレオンの前に押し寄せた。レオンはその騒ぎを黙って聞いていたが、手元の操作を止めることはなかった。


「……アフマド」

 レオンは静かに口を開いた。

「今は、生き残るために“敵艦隊を削る”しかない......逃げるだけでは、いずれ追い詰められる」

 アフマドは反論しようとしたが、ハディージャがそっと腕を掴んだ。その表情には、恐怖と、そしてアフマドを守りたいという必死の思いが滲んでいた。

 艦内では、潜水艦隊が次々と発射準備を完了させていく。緊張が極限まで高まる中、レオンは最後の確認を行った。

 そして……深海から、衛星軌道へ向けて光が放たれる直前だった。


「二番艦より報告! 艦隊全艦、共鳴構造〈キャビティ〉薬室の形成まで、あと二分! 三番艦以降も確認!」

「提督、励起光源艦が光源位置へ到達まで、あと一分です! また二番艦より、薬室内ガーネット結晶体の形成準備開始との報!」

「了解……共鳴構造薬室、形成完了! 安定ガスの供給を開始......アンモニア及び有機金属の注入完了まで、あと五分!」

「衛星軌道上に敵艦隊の一部を確認!」

「ガーネット結晶体、形成率95%! まもなく完了!」

「出射光路、形成完了! 続いてガーネット共鳴構造〈キャビティ〉薬室、完全形成!」

「全艦、発射隊形完了! これよりカウント開始――10、9、8、7、6、5、4……」

「提督! 最終安全装置〈セイフティロック・ゼロ〉解除!」

「艦隊全艦、衝撃に備えよ――発射!」


 深海の闇を切り裂くように、海洋から衛星軌道へ向けて、高密度のコヒーレントビームが一斉に放たれた。

________________


 何の前触れもなかった。

 惑星側からはこれまで一度たりとも反撃の兆候が観測されていなかった――その海洋面から、突如としてパルスビームが噴き上がった。衛星軌道へ向けて、次々と、怒涛のように。

 それはシムーン33がこれまで遭遇したどの兵器とも異なっていた。従来の五十倍以上のビームウエストを持ち、空間そのものを切り裂く刃のような密度のコヒーレント光だった。

「旗艦へ報告! こちら第六支艦隊――九〇%壊滅……我が艦も、融解……」

 通信はそこで途切れ、次の瞬間、衛星軌道の一角が光瀑に包まれて消えた。

「テルメイロル艦長! 第六支艦隊が壊滅、支艦隊旗艦も消息不明です!」

「なんだと!?」

報告が終わるより早く、別の悲鳴が重なる。

「第四支艦隊、攻撃を受けています……うっ! 第四支艦隊......壊滅!」

「第八支艦隊も……旗艦が連絡を絶ちました!」

 その後も、衛星軌道上では光瀑が連鎖し、支艦隊が次々と消滅していった。まるで、空間そのものが“惑星の怒り”に飲み込まれていくかのように。


 旗艦ゼルノックの艦橋は、異様な静けさに包まれていた。ネルノルテ艦長は蒼白な顔で報告を聞き続けていたが、もはや言葉が出なかった。そこへ、震える声が新たな報告を告げた。

「……支艦隊壊滅の直前、いずれの地点でも――惑星海洋部が強烈に発光したとの観測があります」

「な、なんだと……? 海洋が……光った?」

 ネルノルテは理解が追いつかず、ただ呆然と繰り返すしかなかった。複数の支艦隊が一瞬で消滅した事実だけでも受け止めきれないのに、『海が光った』という不可解な現象が、彼の思考を完全に麻痺させていた。

 そのとき、艦橋の扉が静かに開いた。そこに、提督兼大神官チュライが姿を現す。彼は状況を一瞥しただけで、低くつぶやいた。

「……やはり、かれらの巨大兵器が待ち受けていたか」

その声音には、驚きよりも“確信”があった。まるで、こうなることを最初から知っていたかのように。ネルノルテは言葉を失い、ただチュライの横顔を見つめるしかなかった。



「提督! あれはいったい……」

 ネルノルテの声は震えていた。チュライはゆっくりと視線を海洋方向へ向け、静かに答えた。

「わからないかね? あれは――巨大なビーム兵器だ......おそらく、以前の五十倍はあるだろう......我らの支艦隊を一撃で溶かすほどの威力だ」

「しかし、惑星上の奴らが……どうやって……?」

 ネルノルテの問いに、チュライは短く息を吐いた。

「推測だが……今回の主砲も、複数の構造体を合体させて巨大な薬室を形成し、そこで高密度の光を生成しているのだろう。どうやったのか知らないが……おそらくはあれは我々が古代に失った武器だ。古代の波動光学の文献によれば、ガーネット魔石媒質を使った共振構造薬室の内部で、ポンピング光によって共振を増幅させる現象、などというものらしい.......伝説級の光線兵器だよ」


 ネルノルテは言葉を失い、ただ蒼白な顔でチュライを見つめていた。その沈黙を断ち切るように、チュライは静かに続けた。

「……しかも、以前とは比べ物にならない強度だ! 我々が戦力を増せば、彼らもそれに応じて力を増す……奴らを甘く見ていたのは、我々のほうだ」

 チュライはゆっくりと振り返り、艦橋全体を見渡した。その眼差しは恐怖ではなく、むしろ“覚悟”に満ちていた。

「ネルノルテ、砲撃が海洋面から来たのなら、残存艦艇を惑星の反対側へ集結させろ! 海洋からの直撃は避けられる」

 そして、言葉に鋭さを帯びさせて告げた。

「――今は最大戦力をもって攻勢に出るしかない……決着を急ぐぞ」

 その一言を合図に、艦橋は一気に慌ただしさを取り戻した。士官たちが次々に持ち場へ走り、戦術卓には新たな作戦図が展開されていく。

 チュライの横顔には、恐怖の影は微塵もなかった。そこにあったのは、ただ“勝利のために全てを賭ける者”の表情だった。

________________


「衛星軌道上の敵艦隊、惑星の反対側へ退避を開始!」

 報告を受けたレオンは、悔しげに唇を噛んだ。全滅には至らなかった――しかし、これは想定の範囲内でもあった。

「……わかった。これより深海へ退避する! ここからは我々の本領だ! 神出鬼没の利点を生かし、地上の掃討作戦に移る」

 その号令とともに、潜水艦隊は静かに深海へ潜り込んだ。以後、彼らは海洋の中を絶えず移動し続ける“流動する艦隊”となった。

 浮上すれば、艦載機が一斉に飛び立ち、陸上の敵部隊を精密に叩く。再び潜れば、水平線の彼方に衛星軌道上の敵支艦隊を捉え、深海からの長距離砲撃で次々と撃破していった。

 敵は、どこから攻撃が来るのか予測できなかった。海洋面側の上空は徐々に制空権を失い、陸上部隊もまた、潜水艦隊の断続的な奇襲によって壊滅していった。

 こうして、惑星表面の戦況は静かに、しかし確実にレオンたちの側へ傾いていった。

________________


「ええい、奴らはどこに隠れている!」

ネルノルテは怒号を上げ、観測艦を衛星軌道ぎりぎりまで展開させていた。だが、どれだけ探しても惑星側の潜水艦隊は影も形も見えない。

「い、いまだ発見できていません!」

「たかが惑星表面の……しかも海面部分だけだろうが!」

 ネルノルテの声は、もはや苛立ちを越えて“恐慌”に近かった。その圧に押され、観測員たちは次々に言い訳を並べ始める。

「そ、それが……我々の艦隊が展開しているのは海面の反対側でして……」

「スキャナーを海面側に向けても、敵は深海に潜伏しているようで……」

「ラグランジェポイントからの光学観測では……その……到底……」

 言い訳が重なるにつれ、ネルノルテの呼吸は荒くなり――しかし、ふと何かに気づいたように動きを止めた。

「ああ……そうだったな……」

 観測員が恐る恐る尋ねる。

「では、いかがいたしますか……?」

 ネルノルテはゆっくりと顔を上げた。その目には、もはや理性の光はなかった。

「……ならば、我々がいるラグランジェポイントから……惑星表面を丸ごと絨毯爆撃してしまえばいいではないか」

 艦橋が凍りつく。

「か、艦長……本当に、それで……?」

 部下たちの驚愕を楽しむように、ネルノルテは狂気じみた笑みを浮かべた。

「どうせ奴らが生きている限り、我々は地上で無傷ではいられん! かまわん。惑星表面のすべてを爆撃せよ! その間に残存艦をすべてここへ集結させろ! 最後に笑うのは我々だ!」

 そう言い放つと、ネルノルテは艦橋中に響き渡るほどの高笑いを上げた。その笑いは、勝利のものではなく、追い詰められた者の『やけくその笑い』だった。


 このとき、艦橋に提督兼大神官チュライ・マーゼルが静かに姿を現した。その気配だけで、空気が一瞬にして張り詰める。

「待て。……このラグランジェポイントも安全ではないぞ」

 チュライは低く言った。

「あの兵器は強力すぎる。支艦隊を一撃で消し飛ばしたのだぞ」

 ネルノルテは息を呑んだ。

「チュライ様……まさか、ここまで届くと?」

「届くとも! あの光は、全ての位相が合致している....回折によって弱まることがないらしい……これは我々の想定を遥かに超えている……となれば、ここに留まっていてもアウトレンジ攻撃すら成立しない……となれば……」

 ネルノルテは震える声で続けた。

「残存艦群がまだ圧倒的火力を保っている今こそ……ラグランジェポイントに残る旗艦艦隊と、衛星軌道上の残存艦隊を再集結させ……そのうえで惑星へ再進撃し、飽和攻撃を……ただし……」

「ただし?」

 チュライの声は静かだが、逃げ場のない圧を帯びていた。ネルノルテは唇を噛んだ。

「……惑星表面だけでなく、惑星深部まで破壊し尽くすことになります」

 チュライはわずかに目を細めた。

「もはや、惑星上の人類を支配することは諦めるしかない....…今となっては、あの惑星の戦力を無力化し、もし生き残りがいれば――そいつらを我らの生贄とし、至高ラーメックの名において大神ルシファーへ捧げるのだ」

 その声音には、恐怖も迷いもなかった。ただ、『大神ルシファーへの信仰に裏打ちされた破壊の確信』だけがあった。

 チュライはネルノルテに向き直り、命じた。

「艦隊全艦に通達せよ! 対惑星砲撃を継続しつつ、突撃態勢に入る……これが最後の審判だ!」

 ネルノルテは逆らうことができなかった。艦橋の空気は、もはや軍議ではなく“儀式”のように重く沈んでいた。

________________


「う……こ、これは……!」

 解析班の一人が声を震わせた。

「ただ今、潜水艦隊提督レオン・ブラック様から送信された映像の解析が完了しました!」

 レア司令官が身を乗り出す。

「レア司令官……敵艦隊は、この惑星へ向けて進撃中です」

 別の士官が続けた。

「友軍の大火力で支艦隊単位の壊滅が続いているにもかかわらず……奴らは進撃を止めません」

「どうやら、敵は――決死の覚悟で突撃しているようです」

 異様な執念で。映像には、深海からの砲撃で次々と支艦隊を失いながらも、旗艦を先頭に一直線に惑星へ向かう敵艦隊の姿が映し出されていた。艦体が融解し、爆散し、光瀑に呑まれてもなお、残存艦は進路を変えず、ただ惑星へと突き進んでいた。


 直後、本拠地司令本部を激しい衝撃が襲った。地下深くにいるはずのレア司令官の足元にまで震動が伝わり、壁面の計器が一斉に警告音を鳴らし始めた。

「……直撃です!」

誰かの叫びが響いた。レアはすぐにマイクを掴んだ。

「被害状況を報告して!」

「レア司令官、宇宙空間からの砲撃が本拠地に直撃しました……上層部の要員はすでに避難済みですが、動力源回路が焼き付いています! このままでは基地の維持が困難です」

 レアは目を閉じ、短く息を吸った。

「……そう……ここも長くはもたないのね」

 参謀の一人が声を潜めて進言した。

「今のうちに、レオン提督へ救難信号を送るべきかと……発信し続けることはできませんが……一度だけなら」

「そうね……」

 レアの声はかすかに震えていた。

「司令官、このままではここに潜み続けることは不可能ですよ! 早めに迎えに来てもらうのが最善かと……」

「……そうね」

 レアは答えながら唇を噛んだ。その目には、涙がにじんでいた。

________________


「……これはまずいな」

 レオンは艦橋のボードに映し出された戦闘空間投影図を見つめ、低くつぶやいた。敵艦隊は惑星近傍まで迫り、宇宙空間からの艦砲射撃と、潜水艦隊が放つ光線砲が激しく交錯していた。

 たしかに、大地動力線の莫大なエネルギーを利用した光線砲は、一撃ごとに進撃してくる支艦隊を丸ごと消し飛ばしていた。だが、敵の艦砲射撃もまた、惑星表面を焼き、海水を蒸発させ、潜水艦隊が逃げ込む深海を徐々に剥き出しにしていく。

「このままでは、じり貧だ……」

 レオンは拳を握りしめた。

「大地動力線の砲撃は奴らより強大だが……我々は確実に追い詰められている……」

「提督、前方に大陸棚の崖が迫っています!」

「……艦長。ここまでだな」

「はい」


 短い沈黙のあと、通信が入った。二番艦の艦長の声だった。

「提督! 我々の位置にも大地動力線があります……ここで踏みとどまれば、これまでの十倍規模の砲撃が可能です……二番艦以下は、ここで最後の攻撃に移ります……提督は救難信号の地点へ向かってください! 本拠地に残る同胞たちと合流を!」

「しかし……!」

「提督。我々はこの星で戦い抜きます……もう後はありません……今、我々にあるのは……祈りだけです」

 その言葉を最後に、通信は静かに途切れた。


 レオンはしばらく動けなかった。深海の闇の中で、仲間たちの覚悟だけが胸に重く響いていた。

 やがて、一番艦は静かに潜水艦隊を離れ、再び深い海溝へと潜り込んだ。

レオンはただ前を見つめていた。その先には――基地司令官であり、最愛の恋人レアが待つ本拠地基地がある。

 後方では、潜水艦隊が大地動力線の近くに最後の陣を敷き、大地動力線に接続したまま、膨大なエネルギーを込めた砲撃を連続して放ち始めていた。その一撃ごとに、進撃してくるシムーン33艦隊の十分の一が消し飛んでいく。

 しかし……シムーン33もまた、艦隊の十分の一を失いながら、狂気のように砲撃をしつつ惑星へ突撃し続けた。艦体が融解し、爆散し、光瀑に呑まれてもなお、残存艦は進路を変えず、ただ惑星へ砲撃しつづけ、向かっていた。そしてついに、彼らは惑星表面に露出した“大地動力線”そのものを発見した。敵艦隊は迷わずそこを断ち切った。

 その瞬間.......今まで連続砲撃を続けていた潜水艦隊の光がふっと消えた。大地動力線の供給を失った彼らは、力を失い、次の瞬間には敵の砲撃に呑まれて壊滅した。

________________


「海洋面側からの攻撃が……沈黙しました!」

 報告が艦橋に響いた瞬間、チュライは大きく息を吐いた。

「そうか……ようやく、何とか壊滅できたようだな」

 提督兼大神官チュライの声には、安堵と疲労が混じっていた。ネルノルテ艦長も、他の士官たちも同じ思いだった。先ほどまでの激烈な砲撃戦を生き延びたという事実だけで、彼らの胸には“薄氷の上の勝利”という感覚が広がっていた。

 確かに、衛星軌道上に残ったシムーン33艦隊は、辛うじて勝利を得た――そう思えた。だが、その代償はあまりに大きい。味方艦隊の九割が損耗し、残ったのはわずかな艦艇だけ。

 それでも、艦橋には奇妙な静寂が流れていた。まるで、誰もが“本当に終わったのか”と自問しながら、その答えを口にするのを恐れているかのように。

________________


「友軍潜水艦隊の信号が……消えました。全滅です……」

 報告が艦橋に落ちた瞬間、空気が重く沈んだ。レオンは短く息を吐き、「そうか……」とだけ答えた。その沈黙を破るように、周囲の住民たちが口々に声を上げ始めた。

「これからどうするんですか!」

「提督、逃げ回る以外に手はなかったんですか!」

「本拠地にはエネルギー炉も人員も残っていたはずだ!」

「そうだ、本拠地周辺で防御しながら戦えばよかったんだ!」

「もっと効率よくエネルギー炉を使えば、敵艦隊に大打撃を与えられたはずだ!」

「今じゃ、本拠地が無事かどうかもわからないじゃないか!」

 怒りと不安が混じった声がレオンを包囲した。レオンは無言のまま彼らを一瞥し、深く座席に身を沈め、目を閉じた。その姿は、責任の重さを一身に背負う者の沈黙だった。


 耐えきれなくなったアフマドが、ついに声を上げた。

「本拠地で迎え撃つべきだった? 本気でそう思っているんですか!」

 彼の声は震えていたが、はっきりと響いた。

「そんなことをしたら、この潜水艦隊はすぐに見つかって、敵艦隊の斉射で全滅していました!」

「なんだと!」

 住民の一人が怒鳴る。その勢いにひるまずにアフマドはつづけた。

「逃げ回っていたからこそ、生き延びられたんです!......全滅してでも戦え? それが本当に意味のあることなんですか!」

「意味があるに決まっている!」

 住民たちは怒りに燃え、理性を失いかけていた。アフマドには、その“怒りだけの戦意”が理解できなかった。そこへ、ハディージャが彼の腕を掴んで制した。レオンもゆっくりと立ち上がり、静かに言った。

「……あんたたちの言う戦い方では、全滅しても構わないということらしいな! だが、それでは誰も生き残らない……私は、生き残ることこそが最後の勝利につながると考えている」


 その瞬間、通信士が叫んだ。

「レオン提督! 本拠地地下残存部から微弱な入港用信号を検出!」

 レオンの目が見開かれた。

「な……なんだと?」

「コールサインは……『レア』! そして……もう一つ、短い文章が……」

 通信士は震える声で読み上げた。

「『愛しい人、迎えに来て』」

 艦橋の空気が一変した。レオンの胸に、深海よりも深い衝撃が走った。

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