10 戦った果てに
「こうなっては――これはもう殺戮だ! ネルノルテ、海洋の残りも陸上も、影ひとつ残さず叩き潰せ……私は、もうあの惑星の表面など見たくもない! すべて焼き払え!」
チュライは怒号というより、憤怒と恐怖が混じった叫びを放った。ネルノルテは、もはや反論の余地も見いだせず、ただ硬くうなずくしかなかった。
すでに艦隊は、旗艦を含むわずかな艦艇を残すのみ。生き残った者たちは、残存火力のすべてを惑星表面へと注ぎ込み続けた。その砲撃は戦術ではなく、もはや“破壊衝動”そのものだった。
________________
抵抗力を失った惑星表面では、海洋はほとんど蒸散し、かつての大海原は灰色の荒野へと変わり果てていた。そのわずかに残された海溝を、戦線を離脱したレオンの潜水艦が、沈黙のまま潜航していく。艦体を包む水圧はもはや弱々しく、まるで海そのものが息絶えつつあるかのようだった。
「本拠地まで、この速度なら残り一日ほどで到達できます。ただ……途中で海溝が完全に干上がっている可能性があります」
航海士の報告を聞きながら、レオンは海図を見つめていた。
「そうか。となれば、どこかで艦を捨て、徒歩で基地へ向かう覚悟が必要だな」
しかし不思議なことに、海溝の水はまるで彼らの逃走を助けるかのように細く続き、潜水艦を本拠地へと導いていく。そして、基地まであと一時間ほどと見積もられた地点で――海溝の水は、唐突に途切れた。
「……ここまでか? 皆、ここからでは困難な行程になるねえ。海水さえあれば、この艦で最後まで行けたのだが」
レオンの抑揚のないひとりごとは、あと一歩で、という現実を周囲に知らせた。それにつられて部下の一人がレオンに問いかけた。
「提督、雨で海水が戻る可能性は……?」
「あるよ……むしろ高いだろう……敵さんは我々を全滅したと判断しているね……砲撃が止んだのはその証拠だ……ということは、地上の加熱が収まれば、やがて大気が冷え、豪雨が来る! 海は一時的に干上がっているにせよ、もとに戻るはずだ」
レオンの声は淡々としていたが、その裏には、わずかな希望と、時間との競争を覚悟する硬い決意が滲んでいた。
惑星上空には、蒸散した膨大な海水がなおも滞留していた。
そのため、時折、天地がひっくり返ったかのような豪雨が、轟音とともに降り注ぐことがあった。しかし、その発生時刻は誰にも読めない。艦内の乗員たちは観測データから「必ず雨は来る」と判断できていたのだが、観測手段もつても知識もない避難民たちは、焦るばかりだった。
「提督、こんな場所に留まるのですか」
「早く本拠地に戻らなければ、反撃の準備が遅れてしまいます!」
アイゼン、シャルレ、マズールら住民たちは、口々に徒歩での前進を訴えた。レオンは大気観測の結果を手にしながら、静かに彼らへ向き直る。
「歩いて急ぎたい気持ちはわかる。しかし、ここから先は崩れやすい崖と深い谷が続く。道はなく、登攀と滑落の危険が常につきまとう。豪雨が来れば、谷は一瞬で激流になる。そんな地形を、最低でも六時間は歩くことになるんだ」
「提督! そんなことを言っていては、本拠地要塞に戻れません!」
住民たちは、なおも無理な主張を言い続けている。それに対して、レオンが返した声は穏やかだった。
「みなさん……ここから本拠地までの地形を、正確に案内できる者は誰もいない……無理に進めば、敵より先に“地形”に殺される可能性が高い」
住民たちはなおも「歩いて本拠地へ向かうべきだ」と主張し続けていた。しかし、海図と観測結果を前にした村長、アイゼン、シャルレ、マズールら数名は、次第にレオンの説明の重さを理解し始めていた。
「我々は、この艦に収容されて、ここまで生き延びてこられたんだぞ! それは、提督の判断が正しかったからだ……みんな、どうか今だけは我慢してほしい」
村長の静かな言葉は、焦燥に満ちた艦内の空気をわずかに鎮めた。住民たちの間に、不満と不安が渦巻きながらも、次第に沈黙が広がっていく。
やがて、誰からともなくため息が漏れ、歩行による強行突破を主張していた者たちも、しぶしぶながら艦内にとどまることを選んだ。それは、提督の判断への信頼と、村長たちの説得がようやく住民たちの心に届いた瞬間だった。
________________
雨はなかなか降らなかった。しかし、衛星軌道からの砲撃が止んだことで大気はようやく冷え始め、溜まりに溜まった水蒸気が一気に凝結し、空は突然、怒涛の豪雨を吐き出した。
「これで……なんとか進める。海水も、いずれ戻ってくるはずだ」
レオンの言葉どおり、海溝には少しずつ水が戻り始めた。だが、その速度は想定よりもはるかに遅く、海面はじわりとしか上昇しない。
「敵に発見される恐れがある以上、軽々しく動くわけにはいかない……こちらが動けば、本拠地の位置も露見する……今は慎重にいくしかない」
「せめて……どれほど待てばよいのか、見込みを教えていただければ……」
住民たちの不安と焦りが、艦内の空気を重くしていく。
そのやり取りを聞きながら、アフマドは、ハディージャたちがそばにいることも忘れ、ぽつりと呟いた。
「……待たなければならないときこそ、静かにしているべきなんだ……僕は……ハディージャと一緒に静かに過ごせるようにならなければ、未来はない……だから……これからは、いつも一緒にいたい……愛を注ぎ、注がれるためにも……そして、静かに待ち続けるためにも」
その声は誰に向けたものでもなく、しかし確かに、彼自身の決意を形づくる言葉だった。
アフマドたちも住民たちも、潜水艦という閉ざされた空間の中で、ただ静かに時をやり過ごしていた。水面近くに潜んでいる以上、わずかな物音さえ敵に察知されかねない。艦内には、息を潜めるような緊張が何日も続いた。
豪雨は降っては止み、また降り出した。雨が続く限り、海溝は激流となり、徒歩で進むことなど到底できない。焦りは募るが、動けない。それでも、雨が降り続けるにつれ、海溝の水位はゆっくりと、しかし確実に戻り始めていた。雲の切れ間からは、時折、淡い光が差し込むようになった。
やがて、星空が見える夜が少しずつ増えていった。提督レオンは、住民や乗組員たちの精神的負担を和らげるため、夜間だけは艦体を水面に浮上させ、外気に触れられる時間を設けた。それは、住民だけでなく、提督自身や士官たちにとっても、張り詰めた日々の中で唯一の安らぎとなった。
星明かりの下、艦上では人々が思い思いに過ごした。ある者は静かに語り合い、ある者は艦の平坦な甲板に寝そべって空を仰いだ。その穏やかなひとときの中で、アフマドはただ黙って星空を見つめ続けていた。その瞳には、遠い未来を思うような、深い静けさが宿っていた。
________________
「この安らぎのひとときの後、また苦難が来る……」
ハディージャがそばに来たとき、アフマドは小さくつぶやいた。二人の脳裏に浮かんでいたのは、これから待ち受ける未来だった。そのまま、二人は長く言葉を失った。
いや、それは沈黙というより、二人だけが捧げた静かな祈りの時間だった。
やがてアフマドはそっと目を開き、自分が信じてきたものを確かめるように口を開いた。
「たとえ見えなくても……たとえ声で応えてくださらなくても……この時空を創造された啓典の主が、ここに共にいてくださる……僕たちは、その“臨在”を感じられるんだ」
「……そうね、アフマド」
ハディージャは静かにうなずいた。
だが、彼女はふと何かを思い出したように、彼の横顔を覗き込む。
「ねえ……さっき言っていたわよね……どうして『いつも私といたい』と思っているのかって……『愛を注ぎ注がれるため』って……」
その言葉を聞いた瞬間、アフマドの顔は一気に真っ赤になった。
「うっ……な、何のことかな……?」
「言っていたじゃないの。はっきりと」
ハディージャは一歩近づき、アフマドを暗がりへと追い込んで、体を寄せた。
アフマドは、彼女の問いの意味を理解していた。だが、今それを正直に言うべきではないと、必死に理性を働かせた。
「え、えっと……何のことだろう……?」
「アフマド!」
ハディージャは少し怒ったように語気を強め、両腕に力を込めて彼を引き寄せた。その視線は逃がさないという強い意志を宿していた。責められ続け、アフマドは先ほどまでの冷静さを完全に失ってしまう。
「ね、ねえ! ハディージャ……そんなに迫られると……こ、困る……」
「だって……言ったじゃない! 『いつも一緒にいたい』って……」
ハディージャの両手がアフマドの頬を包み、彼女の瞳がまっすぐに彼を射抜いた。逃げ場がないと悟ったアフマドは、観念したように息を吐いた。
「そ、それは……ぼ、僕にとってハディージャは“家族”だから……だから、いつも一緒にいたいって……そう言っただけで……」
「……えっ?」
ハディージャは一瞬で顔を真っ赤にし、言葉を失った。自分が“男心”を取り違えていたことに気づき、思わず視線をそらす。
しかし、アフマドもまた、自分の心の変化を理解していながら、それを口にする勇気が持てなかった。 彼もまた、“女心”をまったく理解していなかった。
________________
数日が過ぎ、海溝の水位はようやく潜水艦が航行できるほどに戻ってきた。
「そろそろだな……そろそろ進める……“ソロソロ”進むんだぞ」
レオンは、緊張をほぐすように軽口を叩きながら潜航を指示した。期待と不安が入り混じる中、長い待機で蓄積した疲労が、彼の口調にわずかな高揚を混ぜていた。
潜水艦は慎重に、そして静かに海溝を進んだ。半日ほど経った頃、ついに本拠地基地のある区域へと到達した。
「提督! まもなく本拠地要塞の入り口付近です!」
「……提督、入り口が見当たりません!」
「そうか……やはり、そうなっていたか」
本拠地周辺は、敵の激しい爆撃によって地形が大きく崩落していた。海底の地形は変わり果て、潜水艦がそのまま基地へ入ることは不可能だった。
レオンは即座に判断を下した。
「全員、脱出準備。徒歩で向かう」
激しい雨の中、彼らは潜水艦を離れ、崩れた崖や濁流の谷を慎重に登攀しながら進んだ。滑落の危険と、いつ再開するかわからない敵の砲撃に怯えつつも、ついに本拠地基地の入り口と思われる地点へと、なんとかたどり着いた。
崩落は至るところに広がっていた。それでも彼らは、かつて本拠地要塞へ続いていたはずの横穴を、瓦礫を踏み越えながら進んだ。ようやく辿り着いた本拠地要塞は、もはや“要塞”と呼べる姿をほとんど残していなかった。
死の静寂だけが支配していた。
「提督……上部構造を確認しました。敵の砲撃が直撃した形跡があります」
「……不運な一撃が、ここを襲ったのか」
レオンは目を閉じ、祈るように深く息を吐いた。その沈黙は、失われた者たちへの哀悼であり、同時に自らを奮い立たせるための短い祈りでもあった。彼らは、以前に検出した救難信号の記録を頼りに、発信源へと急いだ。そこで彼らが見つけたのは、息絶えた通信兵たちの亡骸だった。
「……ここは、司令部のはずだ」
レオンの声は震えていた。レアが送った救難信号――「迎えに来て」。その言葉は、確かにここから発信されたはずだった。つまり、レアはこの場所に隠れていたのだ。
「レア……」
レオンは小さく呟くと、次の瞬間、抑えていた感情が決壊したように司令部跡を駆け回り始めた。
「レア! レア! 生きているなら返事をしてくれ!」
瓦礫の山に、暗闇に、レオンの声が吸い込まれていく。アフマドも住民たちも、ただその背中を見守ることしかできなかった。
________________
「提督、あそこ……何かあります」
部下が指さしたのは、当直士官が交代で休む最奥の休憩個室だった。
「一応、確認しておくべきかと」
「……そうだな」
レオンが頷き、扉を開けると、部屋の奥にさらに隠された通路が続いていた。それはレオンでさえ知らなかった“二重の防空構造”だった。
「こ、これは……?」
「こんな場所があったなんて……」
部下も驚きの声が途中で詰まった。レオンも狐につままれたような顔をした。
「この司令部自体が防空構造のはずだ。なのに、その内部にさらに防空壕……?」
レオンたちは、半信半疑のまま奥へ奥へと進んだ。通路は狭く、壁には緊急用の配線がむき出しになっている。
「あ……そうか! この先にはエネルギー炉の制御室があるはずです!」
潜水艦の動力炉技術官が思い出したように声を上げた。レオンははっとした。エネルギー炉の近くは、要塞内で最も堅牢で、生命維持にも適した区域だ。
「そ、そうか!」
レオンは叫ぶと同時に駆け出した。部下たち、住民たちも慌ててその後を追う。最奥部へ......レオンたちがエネルギー炉制御室に辿り着いたとき、そこにはまだ生存者たちがいた。レアを中心に、残存兵たちが必死に指令を出し続けていたのだ。
「レア!」
「……あれ? レオン? 本当に戻ってきてくれたの?」
レアの声が響いた瞬間、レオンたちは歓声を上げた。その声には、安堵と驚きと、長い孤独から解放された喜びが混じっていた。
「どうしてここに?」
「敵の爆撃で上部構造が崩れ始めたの……生き残った者だけで、この最奥部に避難したのよ」
制御室には、生活設備、食糧、簡易寝具、医療品などが運び込まれていた。彼らはエネルギー炉の残存熱を利用し、わずかな電力と空調を維持しながら、息を潜めて生き延びていた。レオンはその光景を見つめ、胸の奥からこみ上げるものを抑えきれなかった。
________________
「よく……本当によく生き延びていてくれた!」
レオンは、レアと生存者たちに向けて心からの声をかけた。レアたち要塞要員は、疲労の色を浮かべながらも、久しぶりに明るい表情を見せた。
「提督たちこそ……よくここまで! 皆さん、傷だらけで泥まみれですね! シャワー室がありますから、家族ごとに順番に使ってください」
「えっ、シャワーがあるの?」
「助かる……!」
住民たちは歓声を上げ、互いに顔を見合わせて喜んだ。長い潜航と雨の中の行軍で、誰もが疲れ切っていた。提督や乗組員、村人たちは次々とシャワー設備へ向かった。
だが、アフマドとハディージャだけは、少し離れた場所で立ち止まっていた。自分たちが“よそ者”であることを意識しているのか、遠慮がちに順番を譲っていた。そこへ、全体の様子を見回っていたレオンが気づいて声をかけた。
「アフマド、ハディージャ。君たちも早く行ってきなさい……お湯の残りが少ないらしいぞ」
「わかりました」
「ありがとうございます」
二人は軽く頭を下げ、ようやくシャワー室へ向かった。その背中を見送りながら、レオンは静かに息をついた。ようやく、皆に“人間らしい時間”を取り戻せたのだと実感していた。
二人は順番の最後にシャワー設備を利用することとなった。ただ、係員は少々困ったことを言い出した。
「ちょうどお二人で最後なんですが……残りの水が、五分ももたないんです」
「えっ?」
「ご家族なら、一緒に使っていただけると助かるんですが」
「そ、それは困る......」
「あなたたちは夫婦なんでしょ?」
「僕たちは未成年です」
「じゃあ、兄妹なんでしょ......申し訳ないけど、家族なら一緒に利用してもらえないかな?」
「だ、だから、僕たちはもうすぐ大人になる未婚の男女なんです」
「だから、どうしたというのです?」
アフマドとハディージャは、この星の文化を初めて知った。未婚の男女ではあっても、家族であれば恥ずかしがる事情がないらしかった。
「ぼ、僕たち、兄妹とはいっても血縁ではないから......」
「家族だったけど、今は家族ではない未婚の男女? ということですか? でもこの星では問題ないですよ」
「ど、どういうことですか?」
「今は早くしてください……もう水はほとんど残っていないんです…...水は長い時間貯めないと、使えないんです......このエリアで過ごすには、やっぱり清潔にしていただかないと困りますし......さあ、とにかく昔は家族でもあったんだから、今は一緒に! そして、早くしてください!」
「あ、あの……」
ハディージャがアフマドの顔を見ながら、最後のお願いを言いかけた。だが、係員は、有無を言わせぬ勢いで二人を脱衣所へ押し込み、ドアを閉めてしまった。
「僕は、脱衣所で目隠しをして待っているよ......だから手早く済ませてくれると嬉しい」
アフマドは仕方なく自らは身近なタオルで目隠しをした。ハディージャは先にシャワールームに入っていった。
「アフマド、大変よ、あと3分でなくなるって......」
「ええ?」
「仕方ないじゃない、一緒に......」
こうなると、少女は強かった。だがアフマドは拒否感が強かった。
「だって、僕は見なくて済むけど、ハディージャには僕の......が、見えちゃうじゃないか!」
「じゃあ、私も目隠しをするから......目隠ししているんでしょ、そのまま入ってきてよ」
二人は時間が限られている中を、どたばたとシャワーを使い始めた。狭い中での忙しい作業は、困難を極めた。二人の目まくしは外れてしまったため、良かれと思って照明を消すと、それがまた作業を困難にした。5分の間、二人は自分の体を洗いながらも互いに体をぶつけはするは、二人そろって転倒はするは、悲鳴を上げるは、という状態だった。作業は終わり、息も絶え絶えの二人は、互いに恥ずかしさはあったものの、何かを感じ合う余裕などあるはずもなかった。
息を切らしたまま暗がりのシャワー室を出た二人を、住民たちはなぜか好奇と祝福の混じった微笑みで迎えてくれた。
「おお、二人とも、結婚の準備を済ませたのか?」
「ちょうど、提督がいるのだから、啓典の主の前での結婚式が挙げられるぞ!」
「いいねえ、お祝いだぞ!」
おそらく彼らは、未婚の若いふたりだけが暗い一室から息を切らして出てきた姿を見て、この星の文化に照らし、結婚が前提の何かをしたと考えたらしかった。その後、住民たちは大騒ぎをして、事態を飲み込めない二人をそのままに、二人の結婚式を勝手に準備した。
「提督! こんな時に、何ですが……結婚式をやってあげたいカップルが居たんです」
「おお、住民たちには若者たちも多かったからなあ......ああ、そうか! アイゼン、シャルレだな」
「それで、あの子たち、アフマドとハディージャなんですけど.......」
「あの二人かぁ? あの二人は、幼い時から一緒に育ったはずなのに、今になって手をつなぐことさえろくにできないんだぞ!」
「でも、先ほど暗いシャワールームで二人だけの秘め事をやっていたんです......それも、息を切らして......よほど激しい愛の交換をしていたに違いないんです」
「へえ、そうなのか.......それはめでたい」
「啓典の主の聖名」による、結婚式は提督により執行されることになった。あとはみな勝手に盛り上がり、アフマドとハディージャが抗議するのを意に介さず、さっさと式を終えると宴会を始めてしまった。
________________
「地上の奴らは、どうなっている?」
提督兼大神官チュライ・マーゼルは、旗艦ゼルノックの玉座席から、艦長ネルノルテ・テルメイロルを呼びつけた。その声には、勝利を確信した者特有の冷たさが滲んでいた。
「組織的な抵抗は完全に沈黙しました。熱源反応も消失しています……上陸を開始してよいかと」
「いいか、旗艦艦隊の上陸部隊は“虎の子”だ。失敗は許されん」
「心得ております」
その頃、本拠地要塞の残骸周辺を哨戒していた監視隊員から緊急報告が入った。
「怨躯が接近中! その後方に魔族の部隊も確認!」
「編成はどうだ?」
レオンは冷静に問い返すと、監視隊員はなおも興奮した口調で続けた。
「従来の惑星制圧用の大部隊とは違い、数千規模の小編成です……おそらく、逃げ延びた生存者を狩るための追跡部隊かと」
「なるほど……残存の上陸部隊、しかも『最後の部隊』だな」
レオンは提督らしい冷静さで状況を分析した。
「ということは、ここを発見されなければ戦闘を避けられる……?」
「いや、発見される可能性は十分にある」
「その時は戦いましょう!」
本拠地の要員や住民たちは、口々に勇ましい声を上げた。
だがレオンは、その声を聞きながらも、司令官レアへ視線を向けて静かに言った。
「問題は……我々に“有効な対抗手段”がほとんど残っていないことだ」
「つまり、見つかったら絶望的な戦いになる……そういうことね?」
レアは、基地司令らしく、平然と絶望的な見込みを口にした。だが、レオンはそれを否定するように少し微笑みながら、訂正を入れてきた。
「いや――“まったく手がない”わけではない」
レオンの言葉に、場の空気がわずかに揺れた。その声音には、わずかながらも“突破口”を示唆する響きがあった。
ここで、アフマドが再び声を上げた。
「提督! ここを脱出して逃げましょう。彼らに見つからないように、動き続けるんです!」
「……それは自殺行為だよ」
レオンは即座に否定した。アフマドは驚いたように問い返す。
「提督……なぜですか?」
「敵は赤外線スキャン、あるいは熱源探知を使っている可能性が高い……地上を大集団で移動すれば、熱の塊として一瞬で見つかる」
レオンの説明は冷静で、軍人としての経験に裏打ちされていた。だがアフマドは、なおも食い下がった。
「地上を移動するんじゃありません。あの潜水艦を、もう一度使うんです……海の水位はかなり戻っています……それに……先日の砲撃は、地表を焼くことはできても、海水を蒸発させるほどの威力はもうないようです」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れた。
アフマドの提案は、理にかなっていた。
「海洋は完全には戻っていないものの、潜水艦が潜航し、隠れながら移動できる程度の水深は確保されている、ということは……」
レオンは短く息を吸い、目を細めた。
「……そうか。それなら――一案がある」
その声には、確かに希望の色が宿っていた。
__________________________
ついに、シムーン33の上陸部隊が本拠地基地の内部構造を発見した。
怨躯の群れが、腐臭を漂わせながら先頭に立ち、まるで“獲物の匂い”に誘われるように地下へと降りていく。その後ろには吸血鬼や人狼を中心とした魔族の捕獲部隊、さらに雑多な魔族で構成された破壊部隊が続いた。
彼らが最初に見つけたのは、かつての要塞要員たちの干からびた骸だった。生者の気配はない。地下構造は複雑で、捜索は思うように進まなかった。それでも彼らは、わずかな痕跡を求めて廃墟の奥へ奥へと侵入していった。
「旗艦より全艦へ通達。上陸部隊のみでは捜索が難航している……地上の組織的抵抗はすでに消滅した.......操艦要員を除き、全員上陸して捜索に加われ」
旗艦艦長ネルノルテ・テルメイロルの指示が艦隊全体に響き渡った。だがそれは、焦りからくる“悪手”だった。
この命令により、旗艦を含む残存艦隊は、操艦に必要な最低限の要員だけを残し、ほぼ全戦力を地上へ投入することになった。ネルノルテは、もはや“人類発見”という一点に執着し、冷静な判断を失いつつあった。その指示に従い、ビユヌたち第33-97中隊も地上へ降ろされた。
「ビユヌリーダー、ここは……完全に空ですね」
「バッコス、ペレ、イライザ、ガチャルバ、ベラル! 旗艦の観測では、この廃墟の地下深くに“生活反応”があったはずだ。どこかに潜んでいる。必ずだ。徹底的に探せ!」
ビユヌは、かつて自分たちが“死んだ”と判断されながらも旗艦に拾われた過去を思い出していた。
「我らは旗艦に救われた身だ……艦載機も失い、働ける場所はここしかない……白兵戦も覚悟しろよ……全員、捜索に全力を尽くせ!」
中隊員たちは武器を構え、廃墟の闇へと散っていった。彼らのその足音は、静まり返った要塞の奥へと吸い込まれていった。
この時、地上から本拠地廃墟に入り込むための入り口付近が、突然の爆発とともに崩落した。
「て、敵の砲撃です!」
「なにぃ、どこから!?」
「海からです! それ以外は不明です」
「旗艦へ連絡しろ」
「旗艦と連絡が取れません!」
「どうしたのだ!?」
「旗艦艦隊が惑星表面から砲撃を受けています」
「なんだと!」
________________
その瞬間、衛星軌道上の旗艦ゼルノックは大混乱に陥った。惑星表面から突如として放たれた強烈なコヒーレント光が、旗艦のすぐ近くを護衛航行していた打撃艦群を直撃し、十数隻の艦を白熱させながら大破させた。
「テルメイロル艦長! 敵からの砲撃です!」
「艦隊全艦、応戦――」
「駄目です! 砲撃要員は全員、地上に出払っています!」
「な……なんだと!」
「本艦の主砲もすべて大破! 今は艦隊全艦に回避行動を指示するしかありません!」
「……う、うむ……」
報告はさらに続いた。
「艦長! 多数の僚艦が敵砲撃で操舵不能に陥り、惑星へ落下しています! 脱出した乗員たちが、次々とこちらへ向かっています!」
「そ、そうか……仕方ない。収容を急げ! こうなっては……」
ネルノルテは言葉を飲み込み、決意を固めたように玉座の方へと歩き出した。提督兼大神官チュライ・マーゼルへ、報告と“覚悟”を伝えるために。
____________________
「よおし、これでよい! 敵の上陸部隊はこれで地下に閉じ込めた......上空の敵艦隊も、どうやらこちらへ砲撃を加える力を欠いているようだな」
この一連の攻撃は、追加の上陸部隊が本拠地廃墟へ入り込んだころを、見計らっていたように実施された。レオンたちは怨躯たちばかりでなく、追加の上陸部隊までをも本拠地廃墟地下ににすべておびき寄せたうえで、沖合の潜水艦から、エネルギー炉と生き残っていた大地動力線を用いて、本拠地廃墟目掛けて艦砲射撃を加えたのだった。
さらにレオン・ブラック提督は怨躯たちを上陸させた旗艦艦隊をも砲撃した。旗艦の前に立ちはだかった同僚艦によって旗艦は打撃を免れたが、それが艦隊への痛撃となったことで、衛星軌道上の残存艦隊は大混乱となった。
「ネルノルテ! おまえ、なにをしたかわかっているのか!」
チュライは珍しく激高していた。
「もうしわけございません」
「わかった、こうなっては、この艦そのものを用いて敵に襲い掛かることにしよう」
「わかりました、チュライ様......ただし、それなりに準備が必要です」
「そうだな、この種の攻撃はタイミングが命だ......一度しか行えない、しかも最後の手段なのだから......」
____________________
怨躯たち上陸部隊が無力化され、衛星軌道上の艦隊はどうやら惑星の反対側に退避したようだった。
潜水艦は海面に浮上していた。海風を受けながらの艦上はつかの間の休息の時だった。潜水艦の乗員や収容されていた住民たちは、長く閉じこもっていたこともあり、思い思いの過ごし方を楽しんでいた。
そんな姿を眺めながら、提督のレオンは無言で何かを考え居てるようだった。要塞司令官だったレアは、長く付き合っていることもあって彼の顔を見て、戦術上の何かを考えていることを悟った。
「敵の、何を考えているの?」
「彼らは衛星軌道上から攻撃することが、どうやらできないらしい」
レオンは戦術家らしく敵の動きから敵の状態を検討していた。その思考を追うようにレアが質問を返した。
「何か、事情が生じたのか?」
「我々の砲撃が、衛星軌道上の敵艦をいとも簡単に撃沈させたのに、彼らはろくな反撃をしてこなかった......いや、反撃できなかったのだ......おそらくは、我々の放った砲撃か何かによって、彼らの武器に何らかの支障が生じたか、砲撃のための要員に支障が生じたのだろう」
「だから、彼らはいったん撤退した」
「ということは、彼らはもう襲撃して来ない?」
「いや、彼らは惑星の反対側にとどまっている」
「ということは?」
「彼らはまだ攻撃の意思を持っているし、何か攻撃の準備をしているということだ」
「先程の分析では、彼らの武器運用に支障が生じたと......」
「だが、武器だけが攻撃の手段ではない」
「どんな手段があるとお考えですか?」
「わからない、ただ、彼らにとって、自滅に等しい手段しか残されていないと思われるのだ」
「もうすこしわかりませんか?」
「わからないか、彼らには捨て身の先方がまだ残されいてるということだ! 我々はまだ戦いに勝ったわけではない......レア、今、ちょうど士官たち、住民たちが思い思いに過ごしている…...彼らを集めてくれ」
「わかりました」
レオンは、浮上している艦の上に士官たち住民たちを集めて、これから考えられる事態を説明した。だが、住民たちは、レオンの分析を聞いて、あたかも勝利が近いと口々に言い始めた。
「提督、奴らがまた来ても、この潜水艦と大地動力線さえあれば、奴らを粉砕できるじゃないか! 何を恐れているんだよ」
「俺たちは、もう勝利したようなものだぜ」
「そうだ、そうだ」
「だが、みんな、彼らはまだ衛星軌道上にとどまっているんだ」
レオンは、敵艦隊の危険性がまだ残っていることを指摘したのだが、それでも住民たちはその指摘を覚えるどころか、逆に戦意を高揚するように求めたのだった。
「提督、あんた軍人なんだろ! そんな弱腰でどうするんだよ」
「奴らに何ができるんだよ」
「そうだ、我々が生き残るには、奴らを全滅させなければならない......今こそ、そのチャンスだ」
これらの主張に加わるように、弱っていたはずのアイゼンとシャルレ、マズールたちまで、戦い続ける意思を示したことに、アフマドとハディージャは驚いた。
「積極的に彼らを攻撃するというのですか、それとも反撃をするというのですか」
「そりゃあ......」
住民たちはその指摘に戸惑った。それを引き取るようにレオンが現状分析と攻撃防御手段とを披露しつつ、方針を示した。
「もちろん、我々には、我々とは反対側衛星軌道上にいる敵艦隊を、積極的に攻撃できる手段はない。敵艦隊が再び衛星軌道上に姿を見せ、攻撃に出てきたときには、先日のように有効に彼らを撃滅できる兵器は有している」
「それなら、我々は奴らに対抗できる......場合によっては戦って最終的には勝利を得られるじゃないか」
これを指摘したのは、アイゼンだった。その指摘に賛成するようにシャルレ、マズールまでが頷いていた。そして、レオンもそれを肯定したのだった。
「それは、その通りだ」
他方アフマドは、再び逃げ隠れることを主張した。
「みなさん、なぜ戦いを選ぶのですか、陸上へ、そうでなければせめて海の中を逃げて逃げ続けることこそが生き残ることに繋がるのではないですか?」
「もう、おまえたちのいうことはきかないぜ」
「お前たちは、なぜ、そう主張し続けるんだよ」
アイゼンとシャルレ、マズールを含めた住民たちは、勝利が目前であると思ったのか、アフマドたちの言うことに、耳を貸さなかった。
「今、陸地へとにげるチャンスなのです」
「なぜいまなのか?」
「彼らには、もう陸上部隊がいないのだと考えられます……あれだけ怒り狂ったように動き回った艦隊も、今は隠れています......これらのことから、敵にはもう陸上に展開する手段を持たないと推察できるのです」
「そうか……しかし……」
「戦いのための脱出ではなく、逃げ続けるための脱出なのです……戦いには未来はありません! すでに、村人の中にも戦いにつかれている人もいるはずです......あなたもそうではないですか......だから、今はただ、弱い立場の人たちに黙って寄り添い続け、戦いを避け続けて逃げ回ることなのです! 潜水艦では、一撃されるか、大地動力線が失われてしまうと、もう沈むしかありません......今は陸へ一緒に逃げましょう!」
「潜水艦を、迎撃手段を捨てて逃げるというのか? うーむ」
レオンとレアさえも、逃げ続けることに否定的だった。アフマドとハディージャは、もはや語る言葉がなかった。
ハディージャとアフマドは、説得に限界を感じた。二人は集会が行われている艦橋近くを離れて、艦尾近くへ歩いていった。
「この苦しみはいつまで……それにこの人々は逃げられるのに敢えて戦うのか」
「ああ、啓典の主よ、なぜわれわれをこの迷いから解放して下さらないのか」
二人だけで寄り添うように座り込むと、二人は顔を見合わせて、黙ったまま寂しそうに空を見上げた。
艦橋近くでは相変わらず戦況の説明が続いていた。それを聞いても、二人は黙り込んだままだった。いや、それは二人だけがささげた沈黙のいのりの時だった。
このとき、ハディージャは杖の疑似声音を聞いた。
「ためらわずに荒れ野へ逃げよ」
そうこうしているうちに、衛星軌道をスキャンしていた観測員が大声を出しながら観測結果を持ち込んできた。彼が提督に持ってきた観測結果は、蛸のような異形戦闘艦の大群が、本拠地の奥深くにまだ残されているエネルギー炉を目指して突入してくる姿だった。それは残存艦隊そのものが艦隊ごと捨て身の攻撃に出てきた姿だった。
「あれが本拠地要塞跡の地底に深く隠されているはずのエネルギー炉を目掛けて、そのまま降下してくるつもりなのか 自滅行為じゃないか!」
『いいえ、衛星軌道上には一隻の艦が残っています」
「それはおそらく旗艦だ......そうか、奴らはエネルギー炉を見つけたのか......それで残りの艦をすべて地上にぶつけて我々を無力化するつもりだ......その後、恐らく奴らは我々を捉えて生贄にするのだろう」
レオン・ブラックは、レーダースキャンの映像と窓から見えた空の一角に密集した光点の群れから、降下してくる艦隊の規模を悟った。彼は、襲い来る艦隊の無謀な行動に驚愕し、レア・ブラック配下の人員たちとともにすぐに離脱することをきめた。
だが、そのときすでに敵艦は星空いっぱいにひしめき合うほどに展開していた。それらは、最初こそ星空いっぱいの光点にすぎなかった。その光点こそは、みずからを大気圏内に突入させ、地下エネルギー炉目掛けてそのまま激突させようとしている姿だった。それらの一部には、地上目掛けて残りの爆弾や砲撃を加えつつ突入してくる打撃艦さえあった。
「全員、戦闘配置! 住民たちの収容急げ! 大地動力線が健在なうちに、あの敵旗艦へ一撃を加えてやる」
だが、潜水艦は、降り注ぐビームや爆弾の中を、なかなか動くことができなかった。逃げることさえできなくなった住民たちや、アフマドたちは、ただただ恐怖に震えて空を見上げるだけだった。
二人は沈黙の祈りをつづけた。彼らは、ただひたすらに「啓典の主よ、いつまでなのですか、救いはいつ来るのですか」と祈り続けていたのだった。
ハディージャとアフマドは、この地が滅びることを悲しんで、空を仰いだ。その視線の先、はるかかなたの空の上には、二人の祈りに拠って現われた六翼ドラゴンが小さく見えた。その姿は、ドラゴンとはいえ、周囲の戦闘艦たちに比べてはるかに小さく、渡り鳥のように非力で目立たない姿だった。
「アフマドとハディージャよ、今は休むがよい」
久しぶりのドラゴンの疑似声音だった。二人は、ドラゴンの言葉に従って潜水艦を後にした。
空へと登っていくドラゴンの背中から、二人はこの惑星の地平線の彼方に、既に永い間立ち続けていた黒い巨体群を見出した。それはいままでの敵艦隊の攻撃によって惑星表面に露出した呪縛司達、つまり古代の黙示録によって伝えられた呪縛司達の姿だった。おそらく、こののち、何かのタイミングで再び動き出すに違いなかった。
二人は、その黒い呪縛司達によって地上の人々が救われることを願った。
____________________
二人がこの地を離れてからしばらくしてから、黒い巨体群が動き始めた。
「地上の人間たちよ! あなたたちは、この惑星に群がるあの魔族たちと同じ過ちを繰り返そうとしている!」
黒い巨体群は、黙示録に預言された呪縛司だった。彼らはその言葉とともに動き出した。
「立ち返れ......思い出せ、経典の民たちよ! そうすれば経典の主があなた方を守られる......たとえこの星アクサルが壊滅しようとも、啓典の民であるあなたたちが滅びなければ、啓典の文明であるアクサルは形を変えてでも存続する……そして今でも啓典の主が、自らを木に掛けられた犠牲者のように血を流して死する姿、そして復活の希望を見せつつ、あなた方の傍に臨在しているのだ……あなたたちはそれによって新たなアクサルの民、啓典の民として逃れていくことができる……その先には必ずあなたたちを選んで迎えてくださった啓典の主の配慮によって、あなたたちは新たな地で生きる......立ち返れ」
その言葉に従って、誰かが立ち返ったのだろうか。衛星軌道上のシムーン33旗艦目掛けて、呪縛司の一撃が走り、大破した旗艦は大気圏へと火の玉となって墜落していった。
「ここには、あの呪縛司が用意されていたのか......」
それが、提督兼大神官チュライ・マーゼルの最期の言葉だった。




