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7 かりそめの勝利

「ハディージャ、あそこだ!」

「本当、村ね……やっと安全な場所を見つけたわ。平和なうちに、この星の住民に接触できるかもしれない」

 ハディージャとアフマドは、着陸地点から逃れ、ジャングルをかき分けてようやくその村に辿り着いた。農村と漁村が混ざったような、決して豊かとは言えない小さな集落だった。

「あの向こうには都市も見える。あそこへ行けば、もっと人の波に紛れ込めるはずだ」

「ええ、そうね」


 二人はこれまで、艦載機の蹂躙にさらされる街や村を避けてきた。しかし道なきジャングルは過酷を極めた。アフマドが携帯ナイフで道を切り拓きながら進むが、行程は予想をはるかに超えて遅々とし、目的地は幻のように遠く感じられた。

 いまだ上空には、ハディージャとアフマドを追ってきた敵艦載機群が展開している。それ等は攻撃をして来ないものの、二人のカプセル着地点から離れたこの辺りまで舐めるようにして、二人の逃げた痕跡を捜索していた。

______________


「こちらビユヌ......各機、状況報告を」

「バッコス、海岸線異常なし」

「ペレ、右翼下、異常なし」

「ガチャルバ、左翼下、異常なし」

 通信が続く中、イライザが冷静に割り込む。

「イライザ、エタースキャナーに反応あり! 先ほど通過した地点で間違いない」

「ベラル、後方を確認……スキャン済みだ......だが視認できる対象はない」

 沈黙が流れた。リーダーのビユヌが、凍りつくような声で告げる。

「了解。標的は隠伏したようだ……艦隊へ! 対象の姿は確認できないが、潜伏は確実! これより索敵範囲を拡大する......着陸地点周辺のみならず、海岸線全域を対象とした『ジェノサイド』を要請する」

 事務的な命令が下され、艦載機群は獲物を刈り取るかのように空から姿を消した。

______________

 

「マズール、空を見ろ……やっぱり啓典の黙示録のように、『大王』が降ってくるのか?」

 監視塔のアイゼンが震える声で問う。マズールは双眼鏡を握りしめたまま、苦渋に満ちた表情で頷いた。

「ああ。奴らはこの村を塗りつぶしに来る」

「そんな……俺たちは人工知能の導きで、禁欲と修行に励んできたんだ。こんな理不尽な終わり方は……」

「アイゼン、今は自分を奮い立たせろ!」

 マズールの叫びも虚しく、村はすでにパニックの渦中にあった。シャルレが青ざめた顔で二人を促す。

「議論している場合じゃないわ! みんなを森へ逃がさないと!」

 その時、頭上を覆う大気圏の彼方から、腹の底に響くような重低音が響き始めた。


「なあハディージャ、村に入って彼らを落ち着かせるべきじゃないか?」

「……アフマド、さっきから、あの望楼の娘ばかり見ているわね」

「え? ああ、シャルレというのか? 大したものだ! あの凛とした瞳で男たちを統率しているんだぞ!」

「へぇ、名前までチェック済みなのね?......とても美人だものね」

「あ、ああ……そうか? とにかく、あのままじゃ村が潰される……まずはあの可愛い娘から救い出そうね」

 アフマドは無邪気に言い放ち、ハディージャから彼の背中に向けられた鋭い殺気にようやく気づいた。

「……貴方、今なんて言ったの?」

「え? いや、だから……」

「わかったわ。もう好きにすればいいじゃない」

 ハディージャはプイと顔を背け、足早にジャングルへ歩き出した。アフマドはようやく自分の失言に気づき、青ざめて彼女を追う。

「待ってくれハディージャ! そういう意味じゃなくて!……嫉妬なのか?」

「……最低!」


 その後、ハディージャは無言のまま踵を返し、ジャングルの闇へ消えていく。村人たちの混乱も相まって、最早村に入って説得を試みる余裕など消え失せていた。

「待て、ハディージャ! そんなつもりじゃ……!」

戦火の足音が迫る中、二人のちぐはぐな追いかけっこが始まった。

________________


「バッコス機、発進」

「ペレ、出撃」

「イライザ、離陸。編隊に合流する」

「ガチャルバ、続く」

「ベラル、先行」

「こちらビユヌ。第33-97-2爆撃中隊、全機出撃」


 惑星アクサルを囲む異形の艦隊から、悍ましい羽音が響き渡る。飛び出したのは、先程までの小ぶりな艦載機ではない。ふたまわりも大きな巨体、その翼下には、大地を焦がすための重量級の爆弾が鈍い光を放っていた。


 望楼では、アイゼンが光学望遠鏡にへばりついていた。

「おい、マズール……空を見ろ。今までより遥かに大きいものの大群だ!」

 アイゼンが戦慄き、代わってシャルレがレンズを覗き込む。彼女の瞳に映ったのは、静かな死の行列だった。

「……間違いないわ! あいつらはこの地を焼き尽くしに来る......逃げ場はないわ!」

 冷静なシャルレの宣告に、アイゼンは崩れ落ちた。

「終わりだ、俺たちは終わりなんだ……!」

「アイゼン、ダメよ、自分を保って!」


 シャルレはアイゼンの首に腕を回し、必死にすがりつく彼を抱きしめた。その光景に、マズールは苛立ち混じりに叫ぶ。

「二人とも、情愛を交わすのは後にしろ! 今は一分一秒を争う時だぞ!」


 望楼の三人に、村長が血相を変えて駆け寄ってくる。

「マズール! アイゼンとシャルレを連れて逃げろ!」

「村長! しかし……!」

「村人全員に避難を命ずる! 一刻の猶予もない、急げ!」

村長の瞳に浮かぶ絶望的な光を見て、マズールは言葉を飲み込んだ。空を見上げれば、死が降りてくるのが明白だったからだ。


「……やっと動き出したわね」

 遠くから避難する人影を見て、アフマドが小さく息をつく。

「僕たちも身を隠さないと。……ハディージャ?」

「ええ、そうね……でもアフマド、他の女の『値踏み』は私の前以外でお願いできるかしら? さっきの言い草は、本当に不愉快だったわ」

「……えっ、まだ怒ってるのか?」

「怒ってなんていないわよ!」

「だって顔が……」

「何でもない! 行くわよ!」

 ハディージャは苛立ちを隠すように歩調を速める。アフマドは、迫る爆撃の轟音と不機嫌な恋人の間で板挟みになりながら、必死に周囲を警戒した。


 地上に降りた三人も、混乱の渦に飲み込まれていた。

「マズール、あれは爆弾か……?」

「ああ、大型のものだ! アイゼンにも見えたか? あれが直撃すれば、この村ごと吹き飛ぶぞ!」

「逃げないと……!」

 シャルレの瞳が空を泳ぐ。爆撃機編隊が整列していく様は、処刑の隊列に他ならなかった。

「あいつら、絨毯爆撃をやる気だわ……村を、ジャングルを、この辺り一帯を灰にする気よ!」

「冗談だろ……! こんなの、ヤバすぎる!」

 三人の悲鳴が、地響きのように迫る爆音にかき消されていった。


「バッコス、海岸線一帯の制圧は完了だ! 次はあの先の村だ」

「隊長、先程の村はもぬけの殻です! 人間たちの動線と、我々のエタースキャナーが捉えた反応に一致なし! 侵入者は村には接触していません」

「……であれば、周辺ごと消し去るまでだ! 村、ジャングル、そしてその先の都市まで、全域を焼き払う! 全機、私に続け!」

 爆撃機編隊が獲物を刈るように旋回する。投下された液体燃料爆弾がジャングルを火の海に変え、爆風が村落を一瞬で瓦礫の山へと変貌させた。逃げ惑う人々の影すら残さない、冷酷極まる焦土作戦だった。


 その炎の奔流は村を飲み込み、議論の声は絶望的な叫びへと変わった。

「何処へ逃げろと言うんだ! もう逃げ場なんて……!」

 アイゼンの絶望が響く。海岸沿いの都市、そして避難先と信じていたジャングルの端までもが、すでに業火の海だ。逃げる者たちの列はジャングルの深部へと伸びていたが、それは逃避というより、死の淵へ吸い寄せられる行列に近かった。


 ハディージャとアフマドもまた、泥にまみれ、息を切らして住民たちの列に加わる。しかし、最奥の森に辿り着いた時、彼らが見上げた空は、さらに絶望を深めていた。都市の破壊を終えた爆撃機編隊は、今度はジャングルそのものを焼き払うべく、編隊を組み直しつつあった。逃げ場など、最初からどこにもなかった。


「ビユヌ中隊へ、スキャナーや提督のエタースキャナーからみて、奴らが逃げていく方向はジャングル奥地だ! 新たな爆撃目標はジャングル奥地!」


 ハディージャ達二人と住民たちの頭上で、木々が爆風に薙ぎ倒される音がする。爆撃の火の粉が雪のように舞い落ちる中、ハディージャは膝をついた。

「もう……どうしたらいいのか分からないわ」

 アフマドは彼女の瞳を見つめ、静かに、だが力強く語りかけた。

「思い出してくれ! ドラゴンが教えてくれた『弱き者に寄り添う力』を......僕たちは独りじゃない!」


 アフマドは周囲の村人たちを見渡し、さらに声を上げた。

「この時空を創造された啓典の主は、今この瞬間も僕たちと共に苦しんでおられる。……ハディージャ、僕が何があっても君の傍にいたい理由がわかるか? 啓典の主が愛する者の傍らに臨在されるように、僕もまた、君を愛しているからだ!」


 その言葉は、絶望の炎に焼かれる住民たちには救いではなく、空虚な綺麗事に聞こえたらしい。

「そんな神がどこにいる!」

「何もしてくれない神など、いらない!」

 村人たちの罵声が、遠ざかる爆音よりも鋭く胸に突き刺さる。


 その時だった。地平線を切り裂くようにして、巨躯を連ねた戦列が姿を現したのは。

「……あ、あれは!」

 マズールの叫びに全員が目を凝らす。それは見慣れた、しかし今は何よりも頼もしい――レオン・ブラック提督の水上艦隊だった。

「味方だ! 俺たちの味方だぞ!」

 アイゼンとシャルレが崩れ落ちるように抱き合い、歓喜の声を上げる。艦隊は整然と隊列を組みかえ、砲門を上空へと一斉に向けた。次の瞬間、世界を揺るがす轟音とともに火線が走り、ジャングルを蹂躙していた爆撃機たちが、次々と火の玉となって空から墜落していった。


「くそっ、反撃が強すぎる! 全機、急いで空域を離脱しろ!」

 ビユヌの指示で、爆撃機編隊は緊急回避行動に入る。しかし、艦隊の砲火は執拗に彼らを追い詰めた。

「全機、状況を報告しろ!」

「射程外へ脱出します!」

「奴らの砲撃は、高高度までは届かないはずだ!」

 爆撃機群は、水上艦隊の火力の及ばない成層圏へと急上昇する。攻撃手段を封じられたかのように見える水上艦隊を見下ろし、嘲笑うかのように、爆撃機群は再び爆撃の照準を合わせた。


「レオン・ブラック提督、敵爆撃機群、射程外の上空へと離脱! 再び高高度から爆撃を再開しています」

「提督、わが艦隊の今の砲塔圧力では、高高度まで届きません」

「よし、海底の大地動力線を利用する! 艦隊全艦は所定位置まで移動! 大地動力線との接続を急げ!」

 レオン・ブラック提督の号令とともに、艦隊が一斉に浅瀬へ急行した。


「ペレ、あれを見ろ。敵艦隊が……変形しているのか?」

 バッコスの報告に、編隊長ビユヌは息を呑んだ。光学センサーが捉えたのは、海底からの膨大なエネルギーを、すべての砲塔から同一位相で一気に放つ、悪夢のような兵器の姿だった。

「あれは……提督が警告していた超長距離兵器だ! 全機、急いで空域から離脱しろ! 母艦へも直ちに転進を命じろ!」


 ビユヌの叫びと同時だった。

 先ほどまで爆撃機が舞っていた空間が、水上艦隊からの純粋なエネルギー光波によって一瞬で塗りつぶされた。逃げ遅れた機体は爆発の音すら残さず消滅し、その閃光は衛星軌道に鎮座していた異形の艦隊をも貫いた。

 誇り高き異星の艦隊はただ沈黙を強いられ、宇宙の彼方へと逃げ帰るしかなかった。地上から放たれたその一撃は、この星の命運を分けたのだ。


「これこそが救いだ!」

「勝利だ! 我らが禁欲と修行の果てに、奇跡が起きた!」

 村人たちと艦隊乗員たちの歓喜が、焦げ付いた大地にこだまする。彼らにとって、この壊滅的な被害からの生存は、紛れもない「勝利」であった。宴の熱気が高まり、誰かが声を張り上げる。

「そうだ、我々は守られているのだ! この禁欲こそが、永遠の技術と生命をもたらした! 我らの信仰こそが正義だったのだ!」


 歓声に沸く彼らの背後で、かつて村であった場所からは、まだ黒い煙が立ち上っていた。彼らは、空から降ってきた悪夢の正体を知ることもなく、また、その悪夢が単に艦隊の砲撃で追い払われたに過ぎないという現実から目を逸らすように、狂乱の宴を続けていた。

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