34 帰投
「し、静かに」
広葉樹林帯の中を進むアフマドとハディージャ。かれらは、行く手の海兵部隊の掛け声に気づく。それは、彼らがいつの間にか海兵部隊が展開しつつある場所に近づいてしまったことを意味した。
「あ、あそこにいる総指揮官が、ラタノルライね」
「その後ろにいるのは、ウェヌスだ。ああ、やはり縛られているな」
「え? どういうことなのかしら?」
「ウェヌスは裏切り者扱いされているんだよ....実は、僕はこの第二リングへ、彼女と一緒に来たのさ」
「え? どんなことをして、そんな風になったのかしら?」
ハディージャの言葉に、少しばかり棘が生えた。ただ、その時のアフマドはそれを感じるほど敏感ではなかった。
「ああ、少しばかり彼女を利用する形になったんだけどね」
隠れている二人のすぐ目の前では、ラタノルライが彼の部下たちへ突入の指示を与える。
「上空の艦隊は、敵砲台の射程外に退避しつつ、爆撃隊形へ再編成を終えたとのことだ。変更した作戦について先ほど説明したように、艦隊からは突入しやすい城郭に集中爆撃を加える。そうすれば、当初の艦隊攻撃の代わりに、我々の突入で勝負をつけることになる。さあ、海兵隊各部隊の指揮官諸君、準備出来た部隊から城塞へ突入せよ。なお、同じところから突入するなよ。反撃をまともに食らうことになるぞ」
それは、もうすぐ突入作戦が開始されることを意味した。
「第三部隊、突入準備」
「第五部隊、突入準備」
「上空の艦隊より、城郭の一部破壊を確認したとのことです」
「全部隊、突入開始」
次々に、各部隊が無人のはずの城塞へ突入する。城郭の狙撃砲台が自動的に突入部隊に弾幕を浴びせる中を、各部隊は狙撃砲台に応戦破壊しつつ、破壊された城郭から中へ。城塞の中でも、自動応答の砲台が火を噴き、激しい銃撃戦が大きく響く。
ラタノルライは、城塞を見つめつつ、指揮官たちの報告を聞く。
「いいか、人質が残っているかを、最優先に調べろ」
「抵抗する戦闘員は見当たりません。なお、人質は、簡単に発見できました」
「気をつけろ、ブービートラップを警戒しろ」
ラタノルライの指示の下で、海兵隊が城塞内部の隅々にまで展開した。海兵たちは、様々な場所からテオンルイライら人質を解放する。しかし、彼らは反抗人類の敵兵たちを発見することはできなかった。
「提督、反抗人類たちは、我々が侵入してきた方向とは反対方向に脱出していったようです。まるで、我々がどの方向から城郭を攻めるかを、知っていたように思えます」
「アフマドが此処へ来て、反抗人類たちを脱出させたんだろうよ……油断ならない奴だ」
「提督、反抗人類たちは数百人でこの城塞を占領したようです。城塞内部にはその程度の足跡が確認できました。」
「そんな少ない人数で、この作戦を行ったのか」
「提督、城郭の外にも、彼らの退却した跡が見つかりました。彼らは城郭の外へ脱出した後、広葉樹林帯を切り開きながら退却したようです」
「脱出した方向が分かったのか? それならば追いかけるだけだ」
ラタノルライは、城塞占領作業そこそこに、上陸部隊のほとんどを反抗人類追撃に投入した。各部隊が移動する殿を、ラタノルライたちが務める。それは、ラタノルライがアフマドたちの目の前を通過することを意味した。
ラタノルライの後ろには、ウェヌスが続く。
「おい、ウェヌス。まえまえから、お前は愚か者だと思っていたが、ここまでのお前の行動は裏切りであることは、わかっているんだろうな」
彼女はむき出しの肌のままで縛り上げられ、追い立てられるように歩く。時々躓いては、ラタノルライの鞭で叩かれ、急き立てられる。彼女はすっかり傷だらけ、血だらけだった。
「奴ら、無抵抗のウェヌスに、若い女性にあんな格好をさせるのか」
「だめよ、今は耐えて!」
運悪く、その声にラタノルライが振り向く。
「おお、アフマド、そこにいたのか」
ラタノルライは、手にしたニードル銃でアフマドたちをめがけて銃撃。ラタノルライの周囲の海兵たちも同時に銃弾の嵐をアフマドたちに浴びせる。
身を隠したアフマドは心配そうな表情のハディージャを見つめた。
「ハディージャ、シェイベットを貸して。此処から見ていて」
アフマドはハディージャに隠れているように指示すると、ラタノルライめがけて飛び出す。ラタノルライは銃を構えなおす。
このとき、驚いたことにウェヌスがラタノルライに体をぶつけ、自らの身体を盾にするようにしてアフマドの前に身を躍らせる。
「だめよ、にげて!」
ウェヌスの後ろから、ラタノルライのニードルが銃撃を加え、彼女の左わき腹を貫いた。
「ラタノルライ! お前、無抵抗の女性を撃ったな」
アフマドは、すかさずシェイベットからの電撃をラタノルライと彼の部隊全てに向けて放った。これによって、ラタノルライたちから遥か前方に進軍する海兵部隊まで、全ての上陸部隊が倒れこむ。
アフマドとハディージャはウェヌスに駆け寄った。アフマドはウェヌスを抱き上げ、ハディージャが銃創の具合を見る。
「無事だった……のね、ゴホゴホ」
「ウェヌス。しゃべらないで、今傷を塞ぐから」
「いいの…」
「しゃべるな!」
「あんたが……無事でよかった……」
ウェヌスは、アフマドがシェイベットによる電気メスの痛みもあって気絶した。
「アフマド、貴方はいつも弱い女の子を見つけると、助けに出ちゃうのよね」
「僕、我慢できなかったんだ」
「わかっているわよ、アフマド。ところで、彼女の出血は止められたけど、このままじゃ危ないわよ」
「僕が抱え上げるよ」
「無理よ」
そこへ、目を覚ましたラタノルライが長剣を二本抜いて襲いかかる。
「アフマド、ここで終わりにしてやる」
「いい加減にしろよ、魔族ごときが」
アフマドは、子供の状態に似つかわしくない険しい目でラタノルライを睨む。その直後、ラタノルライめがけて電撃を加え、吹きとばした。それと同時に、ラタノルライ指揮下の上陸部隊全体にも、もう一度広範な電撃を加えた。
周囲はすっかり静かになった。アフマドは小さい身体をうまく使いながらウェヌスを再び抱き上げる。
「帝国の奴らは、人間やハーフたちを物のように扱う」
「そうね、そのせいでウェヌスは重傷よ」
「とても歩ける状態じゃないね」
「じゃあ、どうするの?」
「僕が背負うよ」
「娘でも、貴方よりはるかに大きいのよ。。。。。それに彼女は何も身につけないまま叩かれて、生傷もあるのよ」
「そ、そうだね、何も身に着けていない女性を背負うのも、避けたいね」
「じゃあ、どうするのよ」
「そうだなあ、担架があればなあ」
「担架って? どこかにあるの?」
「どこにもないさ。作るのさ」
「え、どうやって?」
「簡単なことだよ。手伝って!」
アフマドはそういったが、ハディージャは思案顔。
「まずは、担架の骨組みとなる二本の棒が必要だね」
アフマドは、倒れこんだラタノルライから長剣二振りを取り上げる。長さや強度を確認すると、シェイベットの電撃を利用して、2本の金属棒に仕上げた。続いて、自分のスーツを脱ぐとともに、ラタノルライたちの軍服を取り上げ、簡単な担架を作り上げた。
「これで、ウェヌスを運べるよ。この辺りは暖かいから、僕は裸でも平気さ」
「そうね。ところで、アフマド、裸になったからわかったんだけど、貴方も傷だらけなのね」
「ああ、気がついたら、体のいたるところに赤いのがいっぱいついているだよ。右と左の頬とか、首筋とか腕とか、胸とか腹とか、臍の下までついているんだ」
「ねえ、それって、キスマークよね?」
「キスマーク? なにそれ?」
「それに、クンクン、ウェヌスの匂いが貴方の体中から立ち上っているんだけど」
「そうかい、うーん、確か、ここに来る前に、ウェヌスがお礼だとか言って.......あっ」
アフマドは途中で説明を止めて、上目遣いでハディージャを見る。そこには、彼が今まで見たことのないほど怖い彼女の顔があった。
「ねえ、アフマド、ウェヌスと何をしたの?」
「え、そ、それは、ウェヌスが。あの、抱きついてきて....僕、避けようとして両手を伸ばしたら、逆にからめとられて、逃げられなかったんだよ」
「へえ、逃げられなかったの? 逃げようとしなかったんじゃないの? 逃げたなら、キスマークや彼女の匂いが体中に付いていないわよ」
「え、何で怒っているの? これから彼女を運ぶんだから、どうせ彼女の匂いがついちゃうよ」
「すでに、ウェヌスの匂いが付いていることが問題なのよ」
「え、どういうこと? あ、そうか、ハディージャの目の前でキスマークや汗をつけてもらえばよかったんだね」
「へえ、そんな風に考えているのね。どうやら、こうなったことがどんなに悪いことなのか、わからせてあげないといけないわね」
「あ、待ってよ。ということは、僕がウェヌスを運ぶ際に、もっと彼女の匂いをつければいいのかな?」
もう、ハディージャは何も言わなかった。その代り、彼女は静かにアフマドを抱えた。ちょうどいいことに、アフマドのお尻はパンツしか穿いていなかった。
「まさか……」
「そうよ」
「ねえ、まだ僕、お尻がヒリヒリしているんだよ。ね、だから許して……あっ」
静かな広葉樹林の中に、突然怒り狂う母親のような声と、男の子の悲鳴と泣き声が響いた。
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アフマドとハディージャは、肩に担架を乗せながら、湖水のような濠を進む。
「これなら足跡も残らないから、ラタノルライたちも追って来られないわね」
前を行くハディージャがすっきりした笑顔で後ろのアフマドに振り向く。アフマドはハディージャを上目遣いでチラリと見ながら、顔を強張らせる。
「どうしたの、アフマド、もっと元気を出さないと、ウェヌスを運べないわよ」
ハディージャの声は、アフマドを励ますように聞こえる。だが、横目でにらむ彼女の顔に、そんな感情は見ることができない。
「わ、分かったよ。元気を出すよ」
「そう、素直でよろしい」
アフマドは振り向いたハディージャの笑顔に、表情を緩める。
「僕、いつも素直だよ。此処の湖水なんか、ハディージャのお尻がしぶきにするから、それが僕のお尻のヒリヒリを冷やしてくれるんだよ。だから、素直に喜べるんだ」
「へえ、そういう素直さがあるのね」
「頭いいでしょ? そう言えば、今気づいたんだけど、目の前のハディージャのお尻ってそんなに大きかったっけ?」
「それを言うのは、とても頭が悪いわよ」
ハディージャはそういうと、後は静かになった。それに気づかないアフマドは上機嫌になる。
「そうか、出ているところって、お尻もそうだったんだね。今までなぜ気付かなかったんだろうか。いや、そう言えば、僕の上に乗っかったハディージャってお尻が重かったよ。そこで気付くべきだったね」
ようやく二人は湖水から陸上にあがる。そこで休憩する予定だったこともあり、疲れ切った二人はドンと浜の砂の上に座り込む。同時に、アフマドは砂の上に寝かせた担架のウェヌスを見て、ハディージャに視線を向けた。
「やっぱり重いんだよね、ハディージャ」
「……」
ハディージャが突然立ち上がってアフマドを見下ろす。
「ねえ、ハディージャ、だからここで少し休憩するんだよね」
この言葉の後、ハディージャはニコリと笑顔をアフマドに向けた。
「そうね、重いわよね……」
この時、アフマドはハディージャの視線に危険を感じ、下を向く。その時、偶然に、ハディージャが砂浜の上に座り込んだ跡に、アフマドの目が行く。
「へえ、アフマド、そうやって確かめたわけね」
「え? どういうこと。さっきは笑顔だったのに、今はどうして怖い顔をしているの?」
「もう一度、お仕置きしてあげる」
男の子の悲鳴と泣き声。
「担架が重かったから、感想を言っただけなのに…」
「え?」
「理由も分からないのに、ひどいよ、ひどいよ」
「あ、アフマド、そういう意味で言っていたの?」
「ほかにどんな意味があるんだよ?」
「え、私のお尻のことかと....」
「いいよ、どうせハディージャが怒っている理由なんて、わけがわからないんだから」
「ごめんなさい」
「いいよ、いつものことだから」
「だから、ごめんなさいって言っているじゃない」
「うん。....それから……今、わかったんだけど、ハディージャはどうやらお尻が重いことを気にしているんだね」
途端にハディージャが睨みつける。
「アフマド、やっぱり貴方って!」
再び、アフマドは悲鳴を上げた。
この悲鳴に駆け付けた者たちがいた。
「アフマド、ハディージャ、無事だったのね」
ダイアナが率いる哨戒部隊だった。途端に、アフマドが助けが来たとばかりに半泣きで訴える。
「僕、無事じゃない。ウェヌスには体中に赤い跡をつけられて、ハディージャにはお尻にヒリヒリをつけられて、もう訳が分からないよ」
ダイアナはハディージャをたしなめた。
「ハディージャ、相手は子供なのよ! 憎たらしいんだけど……この前も言ったんだけど、小さい子を相手にそんなに怒っちゃだめよ」
「だって、私のお尻が大きいって」
ハディージャが恨めしそうにアフマドを睨む。アフマドはきょとんとする。
「え、だって、重いものは重いと言っておかないと、僕の言いたいことを相手に伝えられないじゃないか」
「アフマド、貴方も分かっていないわよね」
ダイアナがアフマドも窘める。アフマドはその窘めも理解できない。
「え、なにを?」
ダイアナは、しかたなく二人の間に割って入る。
「さあ、もうここは基地に近いところなの。敵に知られたくないのよ……静かに帰りましょ!」
こうして、アフマドとハディージャは、ウェヌスを伴って、無事に基地へ帰投できたのだった。




