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義(フィラーファ)を求めて(Seeking the Khilafah, the story of Khadijah and Ahmad)  作者: Iassy Quassia Zaki
第三章 アンスロラス星系-トンベリュマニテ星系の謎
33/35

33 退路

「番人さん、番人さん、至急伝えたいことがあるんです」

 アフマドが最初に手を付けたこと。それは、ラタノルライにとって大切な財産である人類の子供として、幽閉先の部屋で手を付けられないほど騒ぎ立てることである。


「うるさいぞ」

「でも、番人さん、これはラタノルライ提督の安全にかかわることですよ」

「子供のお前が、そんな事項に関わっているはずがないだろうよ」

「提督が危ないんだよ」

「このガキはうるさいなあ」

「殴ってやれ、そうすれば静かになるぜ」

「へえ、番人さんたち、僕を殴っていいの? 提督にとって傷つけずに身柄を保全しておかなければならないはずの子供なんだけど」


 アフマドは、あざ笑うように番人たちを挑発する。アフマドに手出しをすることが帝国艦隊筆頭提督の怒りにつながる。それを十分承知するアフマドは、図に乗ってさらに増長した。

「僕が唯(ただ)騒いでいるわけじゃないのを、知っているんでしょ。それなら、僕の情報を提督に知らせる必要があるんじゃないの?」

「そんなこと、知るか。提督は有能な方だから、お前ごときの情報なんて不要だぜ」

「へえ、それじゃあ、提督の出撃させた三千隻の艦隊が壊滅したら、あんたたちの責任なんだね」

 こう言われると、番人たちは上司へ報告しないわけにはいかない。通常ならば騒ぎ立てている囚人などほおっておくのだが、今回は特別扱いだった。


 騒ぎを聞きつけて、アフマドにウェヌスが面会に来た。

「番人さん。私、ラタノルライ提督に属するハーフサキュバスのウェヌスと申します。提督の作戦に関わる情報を、ここに幽閉されている坊やが握っているとお聞きしたので」

「ああ、あのうるさいガキね」

 番人たちは騒々しいアフマドにほとほと困り果てたところ。アフマドを何とか扱ってくれそうなウェヌスが来てくれたことで、彼らは少しばかり肩の力を抜く。

 

 ウェヌスはドア越しにアフマドに呼びかけた。

「アフマド、どうしたのかしら? 大声で騒いでいると聞いたから来たんだけど……」

「ウェヌス、どうしてあんたが? なぜあんたが来たんだい?」

「あんたがラタノルライ提督が出撃させた艦隊に危険が迫っていると騒ぎ立てていると聞いたから、気になって来てみたのよ」


 ウェヌスは、番人たちの立会いの下、アフマドの幽閉された部屋のドアを開けてもらう。

「ウェヌス、あんたが来るとは思わなかったよ」

 子供にされたアフマドは、すらりとした若い女性が目の前に来たことで、少なからずしり込みする気持ちが生まれる。

 もともと、アフマドがこれほど騒ぎ立てたてれば、ラタノルライ関係者の耳に入らないはずがなかった。腰の重い士官ではなく、ラタノルライに近い人物が積極的に接触してくるはずだった。ただ、アフマドにとって、ハディージャをはじめとした若い女性には怖い思い出しかない。その潜在意識の故か、若い女性であるウェヌスなどが来るとは、はじめから想定したくはなかった。


「私、個人的にもあんたに会いたかったのよ」

 ウェヌスは部屋の中に入り、背中でドアを閉める。

「それにね。私、あんたに助けられたんだし……少しは恩返ししておかないと」

「僕、あんたになんかしたのか?」

「その……私を助けてくれたんでしょ? 宇宙空間に出た後、私はあんたに助けられて……そうしたら、私は無事に収容されたんだって......」


 彼女はシュルシュルと衣擦れの音をさせる。

「あ、あの、ウェヌス、何をするつもり?」

「せめて、感謝を少しでも表したいの……」

「ダイアナみたいに? でも、今の僕は子供なんだけど」

「ダイアナ? あなたは以前ダイアナを助けたことがあるのよね。そうね、ダイアナが言っていたわ……『優しくて強い男 アフマド』……今のあんたは子供だけど……。大人なら時間をかけてじっくり感謝を伝えるけど、いまのあんたは子供。ただ子供とはいえ、あんたは元々は大人の男の子なのよ。だから、せめてその分は感謝を伝えるのがサキュバスの生き方。私はダイアナからバカにされたくないわ」

「それがサキュバスの風習なの? 勘弁し…て…ほしいんだけ…ど」


 ウェヌスはもうアフマドの言うことを聞いていなかった。彼女は片手で既にアフマドを捕まえ、その後ゆっくりと両手をアフマドに伸ばし、豊かな胸で子供のアフマドに迫る。アフマドは部屋の隅へ逃げようとしたものの、逃げられるはずもなかった。

「え? そんな大きな体で僕を抑え込むの? ち、ちょっと!」

「今は私が少しでも感謝を伝えたいの」


 ウェヌスは両手でアフマドの小さな体全体を抱き上げる。アフマドは、脳裏に浮かんだハディージャの顔とともに、恐怖と困惑と女性の肉感のために冷たくこわばり始めた背中と手足に困惑した。


「も、もう勘弁して……あ、あの、僕、子供だから……。それに、僕に感謝を表すよりも先にやることがあるんじゃないの? あんたはラタノルライに属するんでしょ? あんたの主人のラタノルライ提督は三千隻の艦隊を向けたというけど、今までの彼の考え方からすると、その規模の艦隊で単純に降下して攻撃するに違いないよ。あの城塞は、反抗人類が待ち構えている。無謀だ……今回派遣された三千隻は全滅するよ。それをラタノルライに、警告しなければならないんじゃないの?」 


「あっ、そうだったわね。じゃあこの辺で止めてあげる」

「順番を間違えているよ」

「あら、そうかしら。それなら、そのことをあんたから説明してもらいたいわ」

「僕は一緒に行ってあげるけど、僕が説明まではやる気はないんだけど」

「私、あんたの言う複雑なことを、とても説明できないわ」

「僕がやらなければいけないの?」

「そう、お願いしたいの。そういうことだから、もっとあんたに奉仕してあげるわ」


 ウェヌスは、すっきりした顔で笑う。アフマドは彼女の笑顔を見て、二度とごめんだという顔をした。

「体中が痛いし...そんなこと、勘弁してほしいな」

「そうなの? 足りないのかしら? じゃあ、もっと愛撫してあげる……それともやりたくないの? やってくれないなら、やってくれるまでもっと愛撫してあげるわ」

「ど、どういうこと? 結局僕に迫ってくるの?」

「あ、そういうことになるわね……まあ、いいじゃない、とにかく愛撫してあげる」

 ウェヌスは、にこりと笑顔をアフマドに向けると、アフマドはどうしていいかわからなくなり、逃げるチャンスを失った。

「うわあ。や、やめて…わかったよ。ラタノルライ提督のところまで、僕も一緒に行くよ」

「では、早く行きましょ!」


 ようやく、アフマドは解放される。ただ、彼の首回り、胸、背中といわず、彼の全身にウェヌスのキスマークと彼女自身の汗のにおいがが鮮やかに残った。

「ウェヌスが笑顔の時って、その後に恐ろしいことが起きることが分かった。ハディージャの笑顔の時は、殺されそうになるし…女の人の笑顔って、怖いよな」



 ウェヌスは、看守たちにラタノルライ提督の付き人として看守たちを説得し、アフマドを連れ出す。

「ウェヌス、どうやってゼルノック53世のラタノルライの許まで行くつもり?」

「強攻偵察艦とか?」

「たぶん、それは艦長権限がなければ動かせないよ」

「じゃあ、運送用のシャトルかしら」

「そうだね、運転はどうするの……」

「シャトルであれば、私も操縦させてもらえるわ」

「そう。あとは、戦闘空間を避けた方がいい。砲撃戦に巻き込まれるよ」

「じゃあ、どうすれば......」

「第二リングの地上で、帝国艦隊の海兵隊が上陸しそうな場所で待った方がいいよ。そうすれば、ラタノルライと話をすることもできるよ」

「そうね」


 シャトルは、第三リングを飛び出す。シャトルは戦闘艦ほどの速度ではないにしろ、二日程度を要して第二リングの地上へ到達した。着陸したところは、城塞からだいぶ離れた森林地帯だった。


 ブラスターの音が消えると、遠くに響く砲撃戦の音が機内にまで聞こえる。二人はシャトルの外へ急ぎ出た。地平線近くに見える城塞付近では、上空を覆う艦隊が城塞を押さえつけるように降下しつつ、城塞へ砲撃を加える。城塞からは艦隊からの砲撃をはるかに上回る勢いで砲撃が為され、艦隊の防御シールドが橙色から白色、青へと変色する。いくつかのシールドは次々に紫となって用をなさなくなり、シールド崩壊とともに戦闘艦が爆散した。艦隊全体を見渡すと、すでに上空の艦隊は損耗率が6分の1に達したように見えた。


「提督は、攻撃を開始しているわ」

「やっぱり……城塞の反撃は激しいのに、提督は単純に全艦隊を降下させているように見える。……他方、艦隊からの攻撃は、城塞中に人質がいることが分かっているから、限定的だ」

「でも、城塞はもう持たないんじゃないの?」

「それはそうだろうね。城塞の中では、とうに脱出する段階に入っているはずだよ。あの砲撃のパターンは、複合化されて分かりにくいけど、少しは自動化された周期パターンが含まれつつある。反抗人類側からすれば、余計な人質は敵からの攻撃を緩和させるぐらいの意味しかないだろうし」

「じゃあ、反抗人類の占領部隊はどこへ行くつもり?」

「うーん、それはわからないけど、攻め込まれるのが明らかだから、城塞を捨てて脱出するはずだよ」

「ラタノルライ提督とは、どのように遭えば」

「そのうち、艦隊はこの辺りに上陸部隊を向けてくるはずだよ。上陸して攻略する道筋を考えると、干上がった濠の浅いところを通ろうとするだろうからね。此処は、広葉樹林の間で地面が見えるところだから、この辺りに空てい部隊が降下するだろうし、上陸部隊のシャトルも降下してくるだろうよ。それを待って提督に連絡を取ろう」


 アフマドの予想通り、二人の待ち構えている上空には強襲揚陸艦が多数姿を見せた。しばらくすると、それらの艦から多数のシャトルが吐き出され、次々に着地する。同時に、地上には、着地した順にシャトルが次々と吸血鬼の海兵からなる上陸部隊が展開した。

 アフマドがそれらの規模に圧倒されていると、ウェヌスが提督たちの一団を指さす。

「あ、提督たちだわ。いきましょう!」

「え?」


 ウェヌスは夢中になって飛び出した。慎重さを欠いたウェヌスの行動に、アフマドは戸惑う。

「ど、どうするつもりなんだ?」

 アフマドは一瞬戸惑った。目の前では、ウェヌスが提督たちの一団へ向けて大声で呼びかけながら、接近する。ウェヌスの行為で、提督たち一団の注目がウェヌスに向いたことにアフマドは気づいた。

「今なら、気付かれずに立ち去れる」


 彼女にしてみれば後ろにアフマドがついてくる、撃たれるかもしれない、と考えたものの、それを上回る喜びが大きかった。彼女の制服には、確かにラタノルライ直属の戦闘員であることを示す認識票がある。遠くからそれらを認識することは難しそうなものなのだが、不思議に上陸部隊の海兵たちは、ウェヌスに向けて銃を向けることはしなかった。


「提督閣下!」

 ウェヌスの呼びかけに、ラタノルライが非常に驚いてウェヌスを見つめる。

「ウェヌス、どうしてここへ?」

「アフマドが、提督の攻め方は城塞に対して単に降下して攻撃を加えるだけだから、壊滅する可能性がある、危険だと指摘したので、貴方にそれを告げるために彼とやってきたのです」

「アフマドがそんなことを指摘したのか? 城塞からの反撃は予想の5倍だ。既に艦隊の損耗率が20%になった。たしかにお前の指摘の通りだ。これから作戦を再構築しよう。それで、アフマドはどこだ?」


 ウェヌスは後ろを振り返る。そこには誰もいなかった。

「あれ、アフマド!?」

「ウェヌス。ああ、どうやらアフマドに逃げられたようだな」

 ラタノルライは、戸惑って周囲をキョロキョロするウェヌスを見つめながら、仕方ないという顔で彼女を見つめる。


 ウェヌスは、アフマドが消えたことをなかなか受け入れられない。たしかに、提督のラタノルライに警告を伝えられたことで、彼は艦隊を全滅させることなく対応できそうである。そんな大切な情報を伝えずにアフマドが立ち去ったことなど、信じられない。しかし、ラタノルライの指摘の通り、アフマドは逃げたのかもしれなかった。

 ウェヌスは、考えをまとめることができないまま、ラタノルライの部隊に合流した。


 アフマドは、すでにウェヌスが飛び出し提督の一団へ向けて大声を上げると同時に、その場所を立ち去った。

 彼が向かったのは反抗人類が砲撃戦を展開する城塞。ただし、彼は、帝国艦隊が激しく砲撃を加える城郭とは反対側へ、城塞を囲む濠のような湖を回り込む。

「艦隊からの砲撃が激化したぞ。これでは城郭がもうすぐ崩壊する。突入が近い」


 彼の目指した側は相対的に攻撃が薄かった。それでも、上空からはひっきりなしに砲撃が降り注ぐ。避けるすべのないアフマドはひたすら走り、やっとのことで城塞の中へ走りこんだ。


「おーい、ハディージャ、コリオレイヌス、ダイアナ」

 アフマドは大声を上げながら対空砲台へ駆けあがる。そこでは、アフマドの予想に反し、まだコリオレイヌスやダイアナ達が対空砲撃に夢中だった。アフマドの伴侶のハディージャやほかの非戦闘員たちも、射撃手たちを補助するように燃料電池や物体弾を運ぶことに夢中である。


「コリオレイヌス、ダイアナ、いつまで対空砲を打ち続けるつもりなの? すでに帝国艦隊は上陸部隊を突入位置へ展開しつつあるんだよ。早く脱出しないと!」

「我々はここでなるべく多くの敵艦を撃沈するんだ」

「何言っているんですか!」

「アフマド、今が、敵を撃破できるチャンスなんだ」

「作戦の方向性が違うでしょ。戦略方針を忘れたんですか。今は此処から早く抜け出して、次の機会を待たないと」

「わ、分かったよ」

「射撃は自動モードにして、脱出する用意をしてください。一刻を争います。ハディージャ達、スティルスーツを身に着けつつ、射撃手たちにもスティルスーツを配って!」

「あなたはどうするの?」

「僕は、ここに来るまでに、帝国式の対真空スーツを身に着けているから、大丈夫。とにかく急いで!」


 今まで対空砲の射撃で忙しかったところが、さらに脱出作業のために猛烈に忙しくなった。

「さあ、スティルスーツを締めながら脱出しようよ。仕上げている暇なんかないから」

 アフマドは大声で仲間たちを追い立てた。

「ハディージャ、ダイアナを援助して。とにかくここから脱出だ」


 城塞の砲台群は無人となり、自動射撃装置が黙々と働くだけになった。城塞から脱出する反抗人類たちは、スティルスーツが発生する力場によって、上空からの砲撃を防ぎつつ濠を渡り、向こう岸へと渡る。殿はハディージャとアフマドだった。


「みんな、先へ行ってくれ。あの洞穴の基地で落ち合おう。僕はハディージャのシェイベットでこの辺りの地面を荒らして足跡を消しながら、後を追うから」

 アフマドはハディージャからシェイベットを借り受けると、細かい電撃を四方八方の地面に加えて振動を起こし、すっかり足跡を消した。

「さあ、これで反抗人類を追えなくなった。あとは、僕達の足跡をつけながら此処を立ち去ろう」

「そうね、でも、足跡が二人分だけだと、怪しまれるんじゃないの? 私たちの足跡ばかりでなく、広葉樹林を切り開いて逃げ去ったように工作することが必要だわ」


 アフマドとハディージャは、あれこれと相談しつつ、反抗人類たちが立ち去った方向とは全く異なった方向へ姿を消した。

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