32 帝国艦隊の威容
「ウェヌス、あんた、僕をどこへ連れて行くつもりなのさ?」
「聞かなくても、分かっているんでしょ。ラタノルライ提督のところよ」
「こんな脱出艇で第三リング迄の宇宙空間を飛ぶつもり? この第二リングと第三リングとは、恒星を中心にして公転する際の回転ベクトルは同じ方向を有していることは知っているけど」
「何を言っているんだ?」
「前から第一リングの動きを観測してわかっていたことだけど……この第二リング第三リングの回転とは逆回転しているのが、第一リングなのさ。そうでないと、今のように第二リングと第三リングの公転に係る回転ベクトルが同じ方向を有しているはずがないということだよ」
「な、なにを言いたいんだよ」
この会話の間も、脱出艇は風切り音を鋭くさせながら、徐々に高度を上げていく。
「このまま第二リングに同調したまま飛び出すと、ものすごい遠心力のせいで、あっという間に第三リングを跳び越えちゃう、ということを言いたいのさ」
「それが何なのさ」
「ここから飛び出すのはいいけど、第二リングと同調した速度のままで離れると、遠心力で第三リングどころか、その外の惑星間空間へ一直線だよ」
「どうしろというんだよ」
「ウェヌスは、惑星間空間を航行した経験はあるの?」
「残念だが、ない」
「そんな技量で第三リングへ行こうとしているの?」
「何とかなるのよ」
「へえ、ということは、途中で迎えが来るということだね」
「よ、よくわかったわね」
「この脱出艇の能力は、明らかに惑星間航行に向いていないからさ。途中で機内の空気が全部抜けてしまうよ」
「へえ、知らなかったわ。でも、途中でむかえにくる手はずになっているわ」
「でも、気を付けたほうがいいぜ。あの城塞の対空砲は、強攻偵察艦を撃破したんだよ。ということは、その射線上から外れる位置、つまりこの脱出艇は第二リングから外れた位置で、迎えに来る帝国海軍航宙艦に迎えてもらわなければならない。そのタイミングで、あの城塞から対空砲撃を受けたら、航宙艦といえども無事では済まないよ」
「だから、第二リングから飛び出したら無推進ですすめといわれているわよ」
「へえ、じゃあ、第二リングから遠心力で飛び出したら、航宙艦が同調してくれるということだね」
「さっきから、何を言っているのよ」
「ウェヌス、こんな簡単な推定もできないの? それでよく僕を拉致して飛び出したね。無謀というほかないよ」
「私は、言われたとおりのことをしているまでさ」
艇は、ウェヌスが誰かから指示を受けたとおり、第二リングの成層圏から電離層へ至り、そのまま宇宙空間へ至る。この辺りになると、第二リングの両側の側壁がはるか遠くに立ち上がっているのが見えた。艇はさらに上昇し、側壁を跳び越える。途端に飛翔力を支えていた大気の働きを失い、あっという間に第二リングから離れ始める。だが、同時に機内の空気が薄くなり始める。
「脱出艇で宇宙空間に出るなんて無謀だよ。ほら、機内の気圧が徐々に下がっているじゃないか」
「ど、どうすれば......」
「コックピットを見せてよ。これが通信機ね。借りるよ」
アフマドはオープン回線で帝国艦隊のラタノルライ提督に呼びかけた。
「こちら、ウェヌス。シャトルではなく、未知の脱出艇にて大気圏外へ脱出。現在機内気圧が急速に減少中。至急艦艇による回収を乞う」
操縦席の横で、ウェヌスが減圧による気温低下のせいでぶるぶる震える。それを見たアフマドは大声で叫んだ。
「さあ、助手席に早く座って。凍え死ぬよ」
「わ、分かったわ」
ウェヌスはなんとか助手席に座ると、アフマドは大急ぎで助手席保温装置を稼働させた。ウェヌスは既に意識がもうろうとしている。
やっと、受信機から音声が聞こえた。
「こちら、帝国艦隊旗艦ゼルノック53世。状況了解.ETA3分にてランデブー。回収を待て」
「こちらの機内圧力は、3分ではもたない見込み。あと数十秒での回収を望む」
「何? どんな機体で飛び出したのか」
「おそらく、大気圏内飛翔用の機体と思われる」
「ゼルノック53世、状況了解。あと三十秒で同調の見込み。機内に宇宙服はないのか」
「見当たらない、このまま待つ」
「状況了解、脱出艇機体を確認。あと二十秒で同調。この時点から回収を始める。全員席にて安全ベルトを着用せよ」
「ウェヌス了解」
旗艦ゼルノック53世は、瞬く間に脱出艇に同調し、すぐに艦内へ着艦させた。アフマドは、一息つく。彼の隣席には、気を失ったウェヌスがいた。
「入るぞ」
その声と共に機内に入り込んできたのは、ラタノルライだった。
「ずいぶんひどい状況だったな。それににしても、ウェヌス、お前、ずいぶんテキパキと……操縦席にいたのは、アフマドだったのか。道理で適切な対処ができたわけだ」
「僕は状況を見て、必要なお願いをしただけだよ」
「ウェヌスにはシャトルで飛び出せと言ったのだが、これは未知の機体だな」
「そう、おそらく古代文明の大気圏内飛翔用の機体だよ。これで宇宙空間に飛び出せなんて、無謀な命令だね」
「俺は、シャトルを使って飛び出せと指示していたのだが」
「脱出する際に、機体を選べないでしょ? あんたがそんなことも想定できないなんて」
「ウェヌスが脱出艇のことを伝えて来たのは知っている。だが、それが宇宙空間では役に立たないものだとは、想定外だったんだよ」
「想定外? ラタノルライ、簡単なことなのに、なぜ想定できなかったんだよ」
目の前の小さなアフマドに、キンキン声で責められることに、ラタノルライは次第に我慢できなくなった。
「もう、うるさいな。わかったよ、お前がこれほどの切れ者だから、心配はしなかったのさ」
「嘘だね。たまたま僕が対処できたから、収容できた、というところでしょ」
「わかった、降参だ、その通りだ」
ラタノルライは、アフマドについてくるように手巻きすると、部下たちにウェヌスの回収も命じた。
アフマドは、ラタノルライの提督キャビンへと案内された。
「もうすぐ第三リングに到着するが、緊急のことで我々の係留される箇所ははるか先だ。此処からは、第三リングの速度よりも遅い速度に調整して、係留箇所が近くに来るまではニュートラルになる」
「へえ、恒星の引力と遠心力が釣り合う状態ね。ということは、ここからは、第三リングの各所に係留されている帝国艦隊のいろいろな艦船を見ることができるんだね」
「確かに、見ることができる。お前に艦の種類が分かるのか? いや、おまえには簡単なことなのだろうな」
ラタノルライ提督の言うとおり、アフマドは眼下を過ぎていく帝国艦船の全容を把握しつつあった。
「そうだね、この短時間で見ただけでも、この第三リング全体に収容された帝国艦隊の規模が分かるよ。七万メートル超級の補給艦、七千メートル級の打撃艦をはじめとして、戦艦、巡洋艦、突撃艦、遊撃フリゲートなど、全部で10個艦隊。30万隻といったところだね。それから驚いたんだけど、打撃艦を10倍大きくした超越打撃艦もあるんだね」
ラタノルライはヒューと口を鳴らす。有効数字2桁の精確さで、アフマドはこの恒星系に存在する帝国艦隊の規模を当てて見せた。
「結果的にお前に艦隊の様子を悟らせてしまった。やはり、見せるべきではなかったな」
「いや、遅かれ早かれ、僕を拉致して連れてくることは、そういうことになるよ」
「それなら、後は自由に第三リングを眺めていることだね」
その後、アフマドは眼下の第三リング、そして上空の第二リング、さらにその上に見える第一リングを見上げた。
(第二リングも第三リングも、チタニウム合金からできているんだな。第二リングは回転速度が速いから、リング構成材を厚く強く作り上げている。それに比べて第三リングは、それほど速く回転していない。だから、チタニウム合金部材をいくつか結節点で結合して骨組みを作り上げている。第二リングに比べてぜい弱だなあ。そして、第三リングを吊り下げているような糸状体は、恒星の近くからつり下がっているのか.......どうやら、第二リングも、見えにくいけど第一リングもあの糸状体で吊り下げられている。そして吊り下げられている第一リング。あれは、チタニウム材の上に何か重い材料を設けている。まあ、反対方向に回転してバランスを取っているのだから、それなりの回転モーメントを有していることになるが……あの屈折の具合から見ると、やはり様々なガーネット構造から構成されているのかな。ということは、恒星からの光を操れるのか……)
そんなことを考えながら外を見続けるアフマドの様子に、ラタノルライは何の違和感も持たない。それは、彼の目から見てアフマドが10歳程度の子供に見えたせいもあるが、もともとの傲慢さも影響した。
やがて、旗艦は係留点へ向かう。そして、艦首を進行方向とは逆向きにすると、艦体は滑走路へと接近する。それは、第三リングの縁に設けられたリムの上だった。
「主力エンジン全開。第三リング公転速度への同調開始」
「現在速度差、急速に減少中。まもなく300キロ」
「リム接近、滑走路確認」
「相対進路、横へ7000メートル」
「滑走路接近。速度150キロへ」
「主脚、ギア・ダウン開始」
「前方両脚、後方両脚、ギアダウン完了」
「着陸。現在速度差100キロ。さらに減少中。50,40,30」
「間もなく停止」
「着陸完了。まもなく降船用意」
「提督、間もなく上陸することができます」
「わかった。アフマド、お前も一緒に降りるんだよ」
アフマドはラタノルライについて上陸へ。そこは、提督専用の出迎え口だった。
「提督ご到着。栄誉礼!」
ラタノルライが巡閲するコースに就くと、アフマドは横へ外れて、一連の儀式が終わるのを眺める。その横に、いつの間にかウェヌスが立った。
「あ、ありがとうね。捕虜のあんたに操縦させるつもりはなかった。助けてもらっちゃったわね」
「ウェヌス、どうしたの、何をしているの?」
「助けてくれた男の人へのお礼よ」
「ぼ、僕は10歳の子供だよ、こんなことをされても戸惑うだけだよ」
アフマドは、彼の身体に絡んだウェヌスの両腕を、優しく放そうとする。だが、ウェヌスはさらに力を込め、頬ずり、そして頬や首筋、果てはアフマドの開けた胸や背中にさえ、キスの嵐を降らした。
「ああ、アフマド……私はダイアナと同じハーフサキュバスなの。私たちのお礼のしかたは、家畜人類たちの中でも大切に受け入れてくれるわよ。ましてあなたは私の命の恩人なの。このお礼だけでも済まない程の女のに、どうしたらこの恩を返せるかしら」
アフマドは喘ぎながらウェヌスの顔を捕らえ、見つめた。
「僕は必要なことをやっただけだよ。女の人が困っていたら助けるのが僕の存在価値だから。だから、気にしないで」
『でも......あなたに返せない」
「それはいつか楽しみにしておくよ。まだ時間はあるだろうし」
「それって、口実よね」
「え、どうして?」
「だって、貴方、今ハディージャのことを考えたんでしょ」
「あ、それは
「わかったわ。私は忘れないから」
やっと落ち着きを見せたウェヌスにアフマドは改めて質問した。
「其れよりも、あの栄誉礼は、皇帝陛下の御子息たちに準じる扱いだよね」
「そうよ。彼は帝国艦隊の第一人者で皇帝の信頼も厚い、筆頭提督なのよ。彼の指揮下に、ほとんどの帝国艦隊の艦船が属しているのよ」
「そうなんだ。彼の指示の下に帝国艦隊はほぼ全部が集結できるのか......」
栄誉礼に対する巡閲を終えたラタノルライが、アフマドたちのところへやってきた。
「帰投した際のすべての処理は終わった。さあ、俺のオフィスに行こうぜ」
「はい、提督」
ウェヌスはそういうと、小さいアフマドの手を引っ張ってついていく。
「痛い、痛い。引っ張らないでよ」
「あ、ごめんなさいねえ」
アフマドは、女の人から乱暴に扱われた経験があまりない。他方で、嫉妬にかられた女の人の恐ろしさは知っていた。その態度のせいか、さらにウェヌスによる扱いが乱暴になる。
「サッサと来なさいよ」
「僕をもう少し大切に扱ってよ」
アフマドの声が大きかったのか、ラタノルライが後ろを振り返る。と同時に、彼はウェヌスを一瞥する。そこに、後ろから声がかかった。
「提督、緊急の報告です」
「何事だ」
「第二リングの夏の皇帝宮が不明の勢力に占領されました」
「了解した。それについては、これからこの二人に聞こうと思っている。ちょうどいい、ウェヌス、お前は不明の勢力と相対したのだよな」
「はい、私はアガメムブーバルと共に行動していました。コリオレイヌスが表向きの指揮官のようです」
「コリオレイヌスは俺のペットだったんだぞ! それが表向きの指揮官? どういうことだ」
「アガメムブーバルは、このアフマドを黒幕と呼んでいました」
「僕は黒幕じゃあないよ」
「いや、ありえないことではないな」
ラタノルライは頷く。アフマドはラタノルライを一瞥し、ウェヌスを見上げた。
「僕はまだまだ分からないことが多くて」
「まあ、前からアフマドのことは知っている。少なくとも不明の勢力に指令を出すような役にはいなかった。たしかに助言する立場程度にはいただろうがね」
そのままアフマドに確認するように口を開いた。
「ここにお前を連れて来てもらったのは、そんな状況を確かめるためでもある」
「尋問するつもりなの?」
「ああ、お前は大人の女が苦手だよな」
「大人の女の人? 苦手じゃあないさ」
アフマドはそう言いつつ、自分の今までの行動パターンん思い出す。
(裸の女の人を使うつもりか……そんなこと、後が恐ろしい。何とか避けないと……うまく言い訳できるかな)
アフマドはそう考えながら、つじつまの合うように台詞を考えた。
「ハディージャが怖いだけだよ。彼女は優しいはずなのに、他の女の人が近づいてくると、後が怖いからさ。それに今は子供の姿だし、僕は大人の男の人女の人の両方に敵うはずないじゃないか」
「それもそうだが……では、ゆっくり尋問するさ」
ラタノルライの鷹揚な態度を見て、アフマドは少しばかり彼らにわからせるべきことがあると考えた。
「尋問できるならね。何しろ僕を傷つけられない筈でしょ?」
「ああ、確かにそうだ」
「それは前から言っていた遺伝子源だからでしょ。でも、僕は子供だからすぐには利用できないはずだけど。それに、あんたの父親が居なければ、そもそも研究を進めることなんて無理じゃないの?」
「ああ、だから、これから第二リングの一部を管理できる部隊を派遣するのだよ」
「それにしては、ずいぶん時間を要しているね」
「ああ、夏の皇帝宮で、カイン皇子の謀反があったことを皇帝陛下に説明しなければならなかったせいさ」
「でも、早くしないと、夏の皇帝宮だった城塞を占領した勢力が、他の帝国施設も占領してしまうよ」
「反抗人類にそんな有能な奴がいただろうか」
「わからないの? あんたのペットだったコリオレイヌスとダイアナだよ」
「アフマド、なぜそういえる? いや、お前は彼らの活躍をその目で見て来たんだったな。だが、俺にはわからなかった……」
「それほど、彼らは有能だよ。家畜人類を飼っているぐらいだから、あんた達は彼ら反抗人類を馬鹿にしているのかもしれない。たしかに家畜人類は、あんたたち先祖の工作に雷同させた衆愚の子孫だけれど、反抗人類の子孫たちは決して雷同せず、批判と自由意思の下に歩んできたんだぜ」
「そうだな、ましてやお前たちが一緒に居たわけだから、さらに増長しているんだろうぜ」
「増長、へえ、そういう見方をしていること自体が傲慢だよ。痛い目にあうよ」
アフマドは、目を細めてラタノルライを見上げた。
「こいつ、ずけずけと」
ラタノルライの言葉遣いが強まる。この時のラタノルライは、傲慢さの上に傲慢さを重ねたようにみえた。アフマドの見立て通りだった。
この時、提督の居室のドアを叩く音が響いた。
「どうした」
「提督、占領された城塞からの通信です。彼らは提督の父テオンルライ・マーゼル様を人質に取ったようです」
「そうか、それなら、城塞を攻撃し、父上を救い出すまでだ」
ラタノルライは平然と答え、指示を出す。アフマドの警告を受けていたせいもあった。だが、同時にアフマドを睨む。
「確かに、お前の推定通りにもの事が運んでいるようだ。だが、今の奴らにお前は一緒ではない。ということであれば、軽くあしらえるだろうよ」
「軽くあしらう?」
アフマドはラタノルライが明らかに反抗人類を過小評価していると感じた。だが、他方で、ラタノルライがどの程度の艦隊を派遣するのか、予想もつかない。
「よし、3千隻ほどあればよいだろう。さあ、出撃だ」
「城塞を攻撃するつもり?」
「ああ、飽和攻撃で城塞の一部を壊して見せれば、奴らも震え上がるだろうよ」
アフマドは応えなかった。ラタノルライにとって、それは不気味な様子だった。それでも彼はアフマドを幽閉すると、艦隊を出撃させた。
アフマドは幽閉された部屋を見渡す。今まで通過したルートを思い出しながら脱出経路を考察しつつ、監禁場所の仕組み、監視の状況を考察を進める。
彼の脳裏には、自己の腕力と戦闘能力、第三リングの構造や艦隊規模に係る知識と反抗人類に与えるべき戦略、今後の戦闘展開などが浮かんだ。そして何よりも、ここからどのように脱出するかという行程が重要だった。
そして、テオンルライ救出の艦隊が出撃したころを見計らって、すぐに動き始めた。




