30 脱出
その夜。
アフマドとハディージャの部屋を訪れるメイドの姿があった。
「わたし、ダイアナよ」
途端に小さいアフマドがハディージャの背後に隠れた。ハディージャはアフマドをかばいながら答える。
「ダイアナ、何の用なの?」
「私は、勝利者としてこちらに来ることを許されている」
「私たちが貴女に引き渡されたということ?」
「そういうことになるけど、少しばかり説明したいことがあるわ」
アフマドとハディージャはとりあえずダイアナを迎え入れる。驚いたことにダイアナが身に着けているのは、艶消しの黒に近い構造色に染まったスティルスーツだった。
「あれ、この音はエッジの鋭い矩形波だね……磁場を発生させている、というより様々な周波数の電磁場を発生させている……おそらく光も電磁波も、様々な物理的衝撃も緩和させる機能を有しているね」
アフマドが物珍しそうにダイアナのスティルスーツを観察する。ダイアナは彼の仕草に微笑みつつ指摘した。
「そういう仕組みなのかもしれないわね。さあ、これと同じものを二人にも身に着けてほしいのよ。実は、これから貴方たちを外へ案内したいから。私たちの仲間、反抗人類のところへね」
「反抗人類!」
二人が驚いて小さく叫んだ。ダイアナはその反応を確かめてから、スティルスーツの中を示す。
「今着ている服の上から身に着けて! 私のようにね」
スティルスーツは、狩り若しくは何らかの屋外活動向きに作られているらしく、内側には様々なものが収容されるスペースが設けられ、ところどころが不格好に膨れている。ダイアナはそれをメイド服の上に着用し、背中側のスペースでは、アフマドの指摘した力場発生装置がプーンという音を立てていた。
そして、前側には、以前見たことのある機械、冷却ファンを露出させた格好で端末がしまい込まれていた。
「これって、『アンスロピグモス』本体じゃないか」
「そうね、この城塞に持ち込まれていたのよ。このスティルスーツはある程度伸縮できるから、この程度なら納められるのよ」
「さあ、あなた方も、これを身に着けて」
ダイアナはハディージャにもスティルスーツを身に着けさせる。
ダイアナはそう言いつつ、まずハディージャに身に着けさせる。ハディージャのスティルスーツにも、背中側に力場発生装置があった。
「貴女の杖は少し長すぎるわ。手に持った方がいいわね」
ダイアナは、アフマドにもスティルスーツをあてがう。だが、小さなアフマドにはブカブカでとても動けるような恰好ではなかった。
「困ったわね」
「それなら、私のスティルスーツに、小さいアフマドを納めてみましょう」
「そうね」
ハディージャとダイアナは、小さいアフマドをハディージャのスティルスーツに押し込めようとする。だが、それではスティルスーツを密閉させることができなかった。
「もう少しなんだけど」
「締まらないわね。アフマドがもう少し小さければ。うーん、着込んでいるせいでもあるわね」
「それなら、私の肌に直接スティルスーツを着れば、少しは余裕ができるわよね」
ハディージャはニコリと微笑む。小さなアフマドは逃げ出そうとしたが、既にダイアナが彼を捕らえ、腕を動かないように縛り始めた。
「こうしないと、あんたの腕が邪魔になって、しめ切れないのよ」
「さあ」
ハディージャは、一切のものを肌につけないでスティルスーツを身に着け、彼女の前の部分をはだけさせる。アフマドは、ダイアナに縛られたまま抱き上げられていたのだが、途端に青い顔をして激しく暴れ出した。ハディージャは仕方なくアフマドの顔を覗き込むようにして、彼の頬にキスする。アフマドは観念したかのように静かになった。
「ハディージャ、お、お願いだ。向かい合わせにはしないでよ」
アフマドがあえぐようにいう。
「仕方ないわね、じゃあ、腕は後ろ手に軽く縛るわよ」
ダイアナはそう言いながら、アフマドの顔を露出させながら、ハディージャのスティルスーツを締めた。アフマドの顔はというと、ちょうどダイアナのスーツでいえば、アンスロピグモスの冷却ファンを露出させた位置で、外に露出させていた。
「これでアフマドも呼吸はできるわ」
「さあ、行きましょ」
ダイアナが外の様子をうかがい、合図をする。ハディージャは小声でアフマドに言いつける。
「アフマド、そこで動かないで!」
「もちろん、こんなところで動かないよ。ただでさえ、変な気持ちになっているんだから」
「だから、やめてよ。手が動いているじゃない」
「だって、手に汗が……少しはうごいちゃうんだよ」
「わ、私も我慢しているんだから」
こう言いながら、ハディージャはダイアナの後を追った。
二人は城塞の尖塔を見上げながら、城塞の外へ通じる門へと急ぐ。そこには、アガメムブーバルが乗り付けた快速艇。すでに、警報が城塞全体に響き始めた。
「これに乗って脱出しましょ」
「でも、門が締まっているわよ」
「ぶつけて破壊できるわ」
「そんな、乱暴な」
「開けている暇はないの」
ダイアナは、快速艇をそのまま門にぶつけて破壊。快速艇は、前方部分が壊れたまま湖水を越え、城塞周辺の広葉樹林を越える。白亜の尖塔と城塞はあっという間に後ろへ遠ざかった。
「このまま逃げ切れればいいのだけど」
ダイアナが制御盤と三次元スキャナーを睨みながら言う。
「上空の強攻偵察艦が動き始めたら、あっという間に追いつかれるわ」
「じゃあ、この艇に乗り続けることは無理ね」
「脱出しましょ! この艇はこのまま自動操縦にして、ランダムにコース変更をさせて追いかけさせればいいわ」
二人はそういうと、高速飛翔する艇から飛び降りる。広葉樹林に近くなったところで力場が働き、二人はなんとか軟着陸することができた。ダイアナは慣れているらしく、両足で着地。だが、ハディージャはさかさまになって枝に宙づりになった。
もちろん力場はスティルスーツの外に対して働くため、衝撃を受けることはなかった。ただ、力場の働かないハディージャのスティルスーツの内部では、アフマドが振り回された。
「いやだ、アフマド、なんでそんなところへ移動しているのよ。そんなところに手を入れないでよ」
「僕はじっとしている。今のこの姿勢はハディージャがうまく着地しないからだよ」
ハディージャとアフマドが騒ぐと、ダイアナが注意する。
「しっ、静かに、声を出さないで」
「う、キャ、やめ、てよ!」
「僕は 動いていない、動けないんだ!」
アフマドがもぞもぞ動くと、ハディージャがくぐもった悲鳴を出す。ダイアナが宙づりのハディージャを何とかしようと手を伸ばすのだが、なかなかうまくいかない。
「力場を強めて浮かべばよい」
ダイアナの抱えている端末が突然しゃべりだす。ダイアナはびっくりしながらも、その指示に従って浮上し、ハディージャを助け出すことができた。
声の主は、アンスロピグモスだった。
「おお、ハディージャともう一人は小さいがアフマドではないか。二人ともやはり仲が良い。二人とも裸になって同衾しているのか。これから愛の交換でもするのかね。それは無理だと思うが。アフマドは子供なのだろう?」
「そんなこと、しません」
ハディージャがバシッという。ようやく定位置にもどったアフマドも、反論。
「こんな柔らかいところから、早く出してほしい。僕は今は子供だから、変な気持ちが強くならなくて済むけど」
「全員防空警戒! 強攻偵察艦が戻って来る」
アンスロピグモスが注意を促す。上空を見ると、あろうことか、出鱈目に動いているはずの快速艇が、三人の上空に差し掛かっていた。
「快速艇が戻って来ちゃったよ。乱数表に問題があったのかしら?」
ハディージャは、首をかしげた。アフマドは可能性に言及する。
「疑似乱数だったからね。たまたまこちらに戻ってくる組み合わせが表示されたのかもしれないし……」
「とにかく、今は動かない方がいいね」
ダイアナの言うとおり、三人は動かずに上空の様子を凝視した。
この時、三人が脱出した城塞から暗闇を焦がす直線状の煌き。それは三人の直上に達した強攻偵察艦を貫く。まるで、帝国艦隊の打撃艦が備えている主砲の砲撃だった。直後に、強攻偵察艦は強烈な光瀑を伴い、爆砕する。
二人と一緒に空を凝視していたダイアナは、そのまま凍りつく。
「どういうことなの……」
「僕たちの快速艇を追って強攻偵察艦が動いた。そして、城塞の砲塔の真正面ちょうどに来たために、城塞から待ってましたとばかりに砲撃された。多分、城塞のカイン殿下が、このタイミングを待って、ラタノルライと部下たちを攻撃したんじゃないのかな」
アフマドは驚愕しながらも分析する。ハディージャもアフマドに同意しつつ、ダイアナを気の毒そうに見つめる。
砲撃と同時に同時に、城塞から脱出するシャトルの姿が見えた。そのシャトルめがけて城塞から数十の砲撃が煌めく。
「カイン殿下は、ラタノルライ提督を完全に敵に回したわね。あのシャトルにはラタノルライ提督たちが乗っているはずよ」
ダイアナはそう言いつつ、空を見つめる。城塞からの猛烈な砲撃は続く。それでもシャトルは撃墜されない。結局、シャトルは宇宙空間へと逃げ去った。
「おそらく、カイン殿下はラタノルライ提督を暗殺しようとしたんだね。でも、うまくいかなかった」
アフマドはそういうと、ハディージャもうなずく。
「それは確かね」
「だとすると、これからどう行動するべきかな。カイン殿下はアガメムブーバルとともに、僕達を必ず追って来るよ」
「そうね、アフマドの言うとおりね。さっさと逃げましょ」
「だから、僕を此処から出してよ」
「だめよ。このスティルスーツは私たちを守る力場発生装置を持っているのは、分かっているわよね」
「でも、居心地が悪い」
「私の身体がクッションになっているのに?」
「ハディージャが柔らかすぎるんだよ。あの、特に柔らかいところが左右から当たるんだぜ。でかすぎるんだよ」
「そんなことを言うのね! 私だって気にしているのに……でもその位置なら固定できているでしょ! もう、地上に降りているんだから、もう問題はないでしょ」
「そんなことはないよ。ハディージャが動くと、その度に左右からでかいのがぶつかってくるのに……自分の身体をどうすればいいのか」
「うるさい! そんなの、平気でしょ」
「へえ、平気なんだね」
「キャ、アフマド、どこを触っているのよ」
「どこも触ってないよ。でかいのを利用して僕自身を....」
「何をするつもり! あ!、今、わざと動いたでしょ!」
「わざとじゃないよ。今、不安定だったから、腕をちょっと動かしただけだよ」
「そう、それならこうしてあげる」
「あ、おさえつけないで。あの、なんか、両側からやわらかいのが」
「なあに? 私はこれから動こうと思って、固定してあげたんでしょ」
「こ、降参するよ。だから、ここから出して」
「だめよ。これは私にいたずらした罰よ」
二人の痴話げんかに、ようやくダイアナが口をはさんだ。
「ねえ。もういいかしら。私、貴方たちを案内する途中なのよ」
「ごめんなさい」
「ハディージャが悪いんだぞ」
ハディージャがアフマドを睨む。すると、アフマドは押し殺すように悲鳴を上げる。
「い、いたい! 抓らないでよ」
「行くわよ、ラビダビバカップルたち」
ダイアナはあきれたように、歩き出した。
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広葉樹林の暗闇の中を、ダイアナの後を付く形で、三人は進んだ。やがて、広葉樹林から草原に出る。いや、そこはかつての広大な広場だったに違いない。草の間に難く平坦な面が見える。
そこに、使い込まれた古いシャトルが待っていた。
「待っていたよ」
その声は、コリオレイヌス。あまりのことに、アフマドもハディージャも声が出ない。
「少しばかり、てこずったけど、カイン殿下たちとラタノルライ提督との間でいさかいがあったから、助かったわ」
ダイアナが、コリオレイヌスに報告する。コリオレイヌスは軽く頷く。
「強攻偵察艦を撃沈した砲撃は、カイン皇子の指示によるものだった。ラタノルライ提督たちは、すかさず逃げ出したんだろうね」
「なんでそんなことに?」
「さあ?」
コリオレイヌスは首をかしげる。すると、アフマドが横から口を出す。
「予想されたことじゃないの? だって、皇帝陛下の命令によって、ラタノルライ提督の父テオンルライが家畜人類の品種改良をしようとしているのに、そのやり方に不満を持ったカイン殿下やその手下のアガメムブーバルが、僕を種馬にして簡単に品種改良しようとしたんでしょ。体系化された品種改良手法を理解できない馬鹿な皇子の一人が、暴発した、というところかな。若しくは、その暴発を利用して、帝国艦隊側が馬鹿皇子一味を排除しようと動き出した。ということもできるね」
この分析にダイアナは口をあんぐり。コリオレイヌスは目を見張りながら、頷いた。
「極めて妥当な見方といえるな。それにしても驚いたな。この子供が? あ、そうか、この憎たらしいガキは、アフマドだったな」
コリオレイヌスの言葉に、ハディージャが不満を言う。
「アフマドは、ガキじゃないわよ。頭の中身は大人のままなんだから」
そういうと、ハディージャはアフマドを抱きしめる。途端にアフマドは顔を真っ赤にして汗をかく。
「頭の中身は大人? そうかしら? 大人の女の子を満足に扱えないくせに」
ダイアナがそういうと、コリオレイヌスが言い直す。
「違うだろ、満足させられない、だろ」
アフマドが顔をぱっと輝かして、コリオレイヌスに質問をする。
「ぼくがハディージャを満足に扱えないのはその通りだけど、ハディージャを満足させられないって、どういうこと?」
今度は、ハディージャが顔を真っ赤にする。それを見ながら、コリオレイヌスが指摘する。
「そうだな、もう腕は拘束が外れているんだろ? 試しに両手をハディージャの身体のいろんなところに差し込んで、摘まんでみろよ」
「そう言えば、以前から、ハディージャは僕に『見て』とか『触って』とか言って強制的に触れさせていたよ。ということは、ぜい肉とかではなく、あの時教えられた柔らかいところ、なのかな?」
アフマドが言われたとおりに動くと、途端にハディージャが悲鳴を上げる。
「キャ、いや、やめて!」
「いたい、いたい、ハディージャ。抓らないでよ」
「コリオレイヌス。これで、ハディージャを満足させられるの?」
「そうさな、たぶん、硬くなっているところがいくつかあるだろ。そこらを同時に優しくつまんであげると....」
「こうするの? 確かに、柔らかだったのに触って硬くなっているところがある! それに激しい痙攣! 二点三点と増えると反応が二乗で返って来てるよ。これ知ってる! これって相乗効果だよ。でも、応答曲線には飽和がありそうだ。そうか、そんな状態が女性が満足しつつある証拠なんだな。じゃあ、こうしたら……」
「キャア! アフマド!」
ハディージャはスティルスーツの前を開け、急いで小さいアフマドを外へたたき出す。外へ追い出されたアフマドは、しゃがみこんでハディージャを見上げる。そこには、スティルスーツの前をはだけさせ、鼠径部と胸の双丘を両手で隠しながら、真っ赤に怒ったハディージャの顔。
「ねえ、コリオレイヌス。これってハディージャの顔が喜びで満たされていることになるの? どう見ても顔が怒りで満たされているような気がするんだけど」
「さあ、それ以上は俺にもわからないな」
コリオレイヌスは、ダイアナとともにシャトルへと消えさる。そこに残されたのは、汗に冷や汗を重ねたアフマドと、全身を汗に激怒の汗を重ねたハディージャだった。
「ねえ、これってまずいんじゃないの?」
「そうね、アフマド、逃がさないわよ。お仕置きよ、お尻ぺんぺんだからね」
その後、しばらく、男の子のドタバタと抵抗する音、母親のような怒りの声、男の子のお尻を叩く音、そして男の子の悲鳴と泣き声が響く。ようやくそれらが静まった時、シャトルは半べそのアフマドとまだ怒っているハディージャを収容して、整然と飛び立った。
「これから、反抗人類の一団と合流して、あの憎き城塞を襲撃する」
怒りのこもったコリオレイヌスの声が響く。だが、その怒りの声をアフマドは聞いているのだが、激怒しているハディージャの前では、理解できるはずもなかった。何しろ、目の前の彼女の怒りの理由がわからないのだから。
「正のフィードバックと違って、逆効果の場合、反応の大きさは指数関数で増加するということかな?」




