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義(フィラーファ)を求めて(Seeking the Khilafah, the story of Khadijah and Ahmad)  作者: Iassy Quassia Zaki
第三章 アンスロラス星系-トンベリュマニテ星系の謎
28/34

28 皇太子宮

「提督! 提督の艦隊所属の強攻偵察艦が第三リングの基地からやってきました。この一帯をスキャンした結果を報告するということです」

「ほお、それで?」

「アガメムブーバルは元々の支配領域の湖水近くに隠れているようです。あの辺りにはいくつか洞穴があったと記憶していますので、その辺りに隠れていると考えられます」

「よし、隠れ家の精確な位置を確定させろ。それと同時に隠れ家を急襲する」


 ラタノルライは、上空の強攻偵察艦からスキャンデータを手に入れ、地図と照らし合わせる。すると、ある巨大洞窟が家畜人間たちやブーバルたちのひしめく場であることを見出した。

「ほお、効果的に洞穴を活用しているようだな。最奥にアガメムブーバルが陣取っているわけだ。ある意味、袋の鼠だな」


 ラタノルライは、陸上戦闘の戦術にも明るい。早速、奇襲作戦を立案した。

「陸上部隊の海兵たちへ。急襲する際に必要な人数はどのくらいだろうか?」

「はい、およそ100人ほどです」

「強攻偵察艦へ、乗艦している海兵たちの規模を報告せよ」

「吸血鬼部隊が4000人ほどです」

「それだけいれば十分だろう。一度に敵の全勢力を抑え込んでしまえば、アガメムブーバルも降伏するだろうよ」

 彼は、楽観的に笑う。もう、頭の中には、急襲の段取りが出来上がっているに違いなかった。


 ラタノルライは、破壊された空港跡に急ごしらえの作戦司令部を設けた。側近の海兵吸血鬼たちが動き回る中、ラタノルライは号令を発した。

「今より、作戦行動を開始せよ」


 通信機に、次々に部隊の報告が入る。

「強硬偵察艦より報告、突入開始」

「上陸済み部隊から報告、第一団、洞窟内に侵入」

「後続部隊も追随」

「第一団部隊より報告。入り口地下には家畜人類のメスの集団がいるだけ。組織的抵抗はおろか、散発的抵抗もない。奥へ侵攻する」

「奥に、ブーバル族の一団を発見。ただし、抵抗せず。さらに奥へ進む」

「最奥に、目標のアガメムブーバルと部下たちを目撃。彼らは逃げ出しつつある」

「指示者不明の指令書発見。印はCL。これはカイン皇子の可能性あり。目標のアガメムブーバルは、不明な相手と交信していた痕跡あり」

「拘束されていた家畜人類2名を発見。名は、コリオレイヌス、ダイアナと確認」


 強襲部隊は、どうやら順調に突入できたものの、目標のアガメムブーバルの脱出までは阻止できなかった。アガメムブーバルが事務を執っていた場所には到達で来た。捕らえられていた2人を解放できたものの、アガメムブーバルの座席は既にもぬけの殻だった。

「カイン皇子のものかもしれない指令書だと? アガメムブーバルはどうした? ハディージャを発見できたか?」

「提督閣下、アガメムブーバルと取り巻きは、すでに逃げ去った後です」

「何? 彼らは逃げ出した後だというのか?」

「申し訳ありません。彼らは何らかの脱出手段を用意していた模様です」

「単なる洞穴のはずではなかったか?」

「はい、そう見えました。しかし、目標のアガメムブーバルは何らかの脱出手段によって、逃げ去りました」

「脱出経路はわからないのか? もう一人の捕虜、ハディージャはどうなった?」

「まだ発見できていません。脱出経路なるものも見当たりません」


 ラタノルライは苦虫をつぶしたような顔を隠さない。その横に、つかつかと子供が歩み寄る。肉体年齢を10歳にされたアフマドだった。

「ねえ、アガメムブーバルを捕まえられなかったの?」

「あ、ああ......」

「それで、ハディージャは見つけられなかったの?」

 アフマドの声に、少しばかり皮肉と蔑みが感じられる。ラタノルライは少しばかり声を落とした。

「奴らは、ハディージャが大切らしい」

「違うよ、ハディージャが餌になるから、連れ去ったんでしょ!」

「ああ、そうともいうな....」


 落ち込んだような、淡々としたようなラタノルライの返事に、アフマドは黙り込んだ。そして、低い子供の声でラタノルライに語る。

「無様だね。提督なのに......」

「な、なんだと」


 思案顔のラタノルライは、子供の声で子供らしくない台詞を聞かされ、衝撃を受ける。アフマドは子供特有の高いキーのまま続けた。

「遅い、鈍い、スマートじゃないと言いたいね」

「このやろう。アフマド、家畜人間ごときが。ろくに作戦も立てられないだろうが」

「へえ、そう思うのかい? ラタノルライ、あんた、軍人なんだろ。もう少し、戦略、戦術を勉強した方がいいね」

「失礼な奴だな。俺は宇宙軍提督だぞ」

「へえ、それにしては、とてもお粗末だよな」

「ど、どこがだよ、人質は一部は解放できたし、中心人物こそ逃がしたが、彼女の周囲の女どもは無力化したぞ」

「へえ、それを戦果として威張るわけ? でもね、いろいろ指摘できるよ。まずは、はかりごとの中心人物だけを急襲して捕らえるのが肝要じゃないの? そうすれば、烏合の衆の奴らは瓦解する。中心人物が誰かの指令を受けていた痕跡があるんでしょ? 確かC.L.のサインがあったとか。外との通信をはじめから警戒しておくべきでしょ? それから、脱出経路は、あらかじめ徹底的に抑えておくべきだった。空気の微小な流れや気圧の変動の全体的挙動を細かく調べれば、わかる程度の話だよ。其れなのに、大人数でただ襲撃して、人質解放に手間取るは、中心人物を逃がすは......もう、目も当てられない」


 アフマドの声は、子供らしく高くてキンキンする。しかし、今ラタノルライが聞かされているアフマドのセリフは、もう明らかに蔑みと皮肉をたっぷり効かせ、畳みかけるようなもの。見る見るうちにラタノルライは、怒りで顔を赤黒くする。

「お前、家畜人類の、しかもガキのくせに、よくもそんな口を利くものだ。今すぐにでも、干物にしてやるぞ」

「へえ、やれるのかい?」


 アフマドにしてみれば、自らがハディージャを救い出すために、戦いに出たかった。それを阻止したのはラタノルライだった。彼にしてみれば、父親の大切な遺伝子源であるアフマドを、大切に保護することこそが第一の目的である。

 アフマドは、自らが頼りない子供であることをよくわかっている。そこで、なんとかラタノルライを焚きつけて、ハディージャを救いたい。それを隠しながら、自らを鼓舞して、皮肉と蔑みの言葉をラタノルライに投げつけた。


「ラタノルライ提督。僕は、あんたの父親の大切な遺伝子源なんだろ? それを傷つけるの? やってみれば」

 ラタノルライは、怒りでプルプル震える。しかし、彼の第一目的がアフマドの安全である以上、怒りを別のところへ、そうアガメムブーバルへぶつけるしか、道はなかった。


「提督、彼らの脱出路を見つけました。彼らは、脱出路の先に快速艇を用意しており、それに乗って高速度で逃げています」

 ラタノルライに告げられた報告。彼は途端に怒りの形相そのままに、応える。

「よし、上空の強攻偵察艦からアガメムブーバルの快速艇めがけて威嚇射撃を加えろ。当てるなよ。威嚇するだけにしろ。それから停船命令を出せ。俺自らが駆けつけて、フン捕まえてやる」

_____________________________


「快速艇は、夏(サマー)の皇帝宮(ラーメック)に向かっています」

 強攻偵察艦の報告に、ラタノルライは首を傾げた。

「この第二リングの帝国府に向かうのか? 奴ら、わざわざ捕まりに行くのか?」


 アガメムブーバルの快速艇は、帝国府上空に達する。そして、あろうことか皇太子宮に逃げ込んだ。

「なぜ、皇太子宮ににげこんだ? まさか」

 ラタノルライは、海兵や強攻偵察艦の進撃を止める。時を置かず、ラタノルライはダイアナ、コリオレイヌス、アフマドを伴って、皇太子宮に乗り込んだ。その城塞は、周囲の広葉樹を映す温暖な湖水に尖塔がそびえたつ、白亜の建物だった。


「帝国軍の方々、許可なく皇太子宮に侵入は許されません」

 ラタノルライを止めた門番に向かって、彼は開門を要求した。

「私は、帝国艦隊第三遠征艦隊提督ラタノルライ・マーゼルだ」

「提督閣下が何用ですか?」

「ここは、ラーメック皇帝陛下の城塞か?」

「ラタノルライ提督閣下、まずはこちらからの質問にお答えください」

「私は、皇帝陛下の命令に背いた反逆者を追いかけてきた。まさか、この宮殿で保護してはいまいな」

「ここは、皇太子殿下の城塞です」

「皇太子殿下? 此処が皇太子殿下の城塞? 皇太子が決まったとはまだ聞いていなかったが……皇太子には誰が選ばれたのか? ジャバル殿下? トバル殿下? まさか カイン殿下ではないだろうな」

「カイン殿下です。こちらはカイン皇太子殿下の城塞です。したがって、この城塞に侵入するには、皇太子殿下の許可が必要です」

「カイン殿下だと…。彼がアガメムブーバルに陰で指示をしていたかもしれないのに......彼が皇太子に任じられたのなら、帝国全軍に知らされているはずだが?」

「カイン殿下は、帝国軍の大部分が配置されているこの軍区に来ていらっしゃるのです。帝国艦隊の威容と存在さえあれば、カイン殿下が皇太子に任じられるに決まっています」

「ほお、そんなものか? まあ良い。それでは、カイン殿下にお急ぎ御取次ぎをお願いする」

「お待ちください」


 ラタノルライは、こうして城塞入口間際で待たされた。

「いつまで待たせるつもりなのだろうか」

 

 すると、つかつかと小さなアフマドが歩み寄る。

「この城塞にハディージャがいることはわかっているよね」

「アフマド、その通りだ。まあ、論理的に考えればそう推定できるな」

「推定じゃないよ! 僕にはわかるよ。たしかにここにいる」

「ほお、お前、どうやってそれが分かるんだ?」

「僕の頭の中に響いてくるんだ。此処にいる、此処にいるって」

「だが、どうしろと?」

 ラタノルライは、両手を広げて、何もできないという格好をする。アフマドは、それを無視して続けた。

「すぐに入り込むべきだ」

「許可が出ていないんだぜ」

「ラタノルライ。あんたはそんなことで此処にとどまっているの? そんなの問題じゃないはずだよ。意志の問題だよ」

「カイン殿下の連絡がない限り、城塞内に入ってはならないぜ」

「へえ、つまりあなたはカイン殿下の許しがないと動けないわけだね」

「許しといったのか? 俺は許しを待っているのではない。連絡を待っているのだ」

「連絡? そういうのを許しを待つというんだよ」

「こ、こいつ、言うに事欠いて......」

「僕は、さっさと入っていくよ。許しなど必要としないね」

「ふん、何をするつもりだよ」

「じゃあ、僕がハディージャの代わりに人質になるつもりだよ」

「まて! ハディージャは確かに人質だが、それはお前をおびき寄せるための罠だぞ」

「そんなこと、わかっている。僕は遺伝子資産だからね」

「アフマド、変な気を起こすなよ」

「何さ、変な気って?」

「ひとりで忍び込む気持ちになっているんだろ?」

「さあてね?」


 ラタノルライは、アフマドを拘束した。同時に、城塞への働きかけを強める。頭足類のような強攻偵察艦の姿を城塞上空に出現させ、城塞の人間たちを震え上がらせた。


「提督閣下、私はお待ちください、とお伝えしたはずです」

「私は待っているよ、だが、部下たちが待っていられるかどうかは、保証の限りではないよ」

「ここは皇太子になられる予定のカイン殿下がおられるのですよ」

「へえ、皇太子にはまだなっていないんだろう? それまでは単なる皇子だよ。さあさあ、カイン殿下を急がせたほうがよろしいと思うぜ」

「閣下、カイン殿下に対して、不敬ですぞ」

 門番たちはそう言って、カイン皇子の居室に走りこむ。


「殿下、ラタノルライ閣下が城塞へ入る許可を求めています」

 門番の報告に、カイン皇子は震えながら空を指さした。

「捨て置け! それよりも、あの上空の巨体はなんだ?」

「あれは、どうやらラタノルライ閣下の部下が操艦する強攻偵察艦だそうです」

「俺を脅す気か?」

「そうかもしれません。ラタノルライ提督は大変不敬な態度をとっています」

「わ、わかった。それなら入る許可は与えてやろう。だが、会うつもりはないぞ」


 そこへ、ずかずかとラタノルライたちが入り込む。

「陛下、失礼する」

「無礼な! 会うと言った覚えはないぞ」

「皇帝陛下の命令に反する事態が発生しておりますのでね、殿下。さて、私ども帝国艦隊海兵隊は、追っていたアガメムブーバルとその一味が、この城塞に逃げ込んだのを確認しています」

「ああ、アガメムブーバルという奴は、俺が捕らえてあるぞ」

「それでは、そのアガメムブーバルと捕虜のハディージャを、此処へお連れいただきたいのですが」

「奴らは、私が監禁している。逃げ出す恐れはない」

「カイン殿下、彼らを此処へお連れください!」

「連れてくる必要はない。俺がそう言っているんだ」

「お連れくださいと、申し上げています。さもなければ、力づくで......」

「ラタノルライ、不敬だぞ。俺が連れてくる必要がないと言っているんだ。下がれ」

「ほほう、それは皇帝陛下の命令を妨げる言葉。反逆に繋がりかねませんぞ」


 このやり取りの横から、アフマドが大声を出す。

「閣下、城塞の下方の地中から、変な音が聞こえます。怪物が近づいているような」

「アフマド、何を検知したのか?」

「僕、見てきます」

「お、おい」

 ラタノルライは慌てたが、今はカイン殿下の相手を止めるわけにも行かず、アフマドを見送るしか出来なかった。


 怪物の気配を作っていたのは、実はハディージャの握り締めたシェイベットだった。通路には各部屋に衛兵がいたが、皇子の居室から飛び出した子供に、誰も注意を払わない。アフマドは、誰にとがめられることなく、シェイベットの導きのままに古代コンクリートの階段を降りる。

 降りた先は、冷え切った古代コンクリートの廊下。その先に重々しい大扉があった。微かに中からハディージャ達の声が聞こえる。


「貴女の求める16歳の少年は来ませんよ」

 ハディージャの皮肉。だが、アガメムブーバルは意に介さない。

「へえ。今は、当のアフマドがいないから、問題ないね」

「そうですか。それなら......今、私が居なくてもいいということですね」

「この家畜人類は、何を言っているのか? あのアフマドと同程度の馬鹿なのか? どういう理屈でそうなるのかな」


 外で聞き耳を立てていたアフマドは、アガメムブーバルの指摘を聞いて思わず顔を険しくする。だが、言われたハディージャの方は意に介さずに返した。

「アフマドと同じ程度!? うれしいです」

「ハディージャ、同じ程度の馬鹿であることが、そんなにうれしいのか? おかしな雌だな。やはり家畜ではない人類はおかしな存在だ。それでも、アフマドの積極的な行動力を見れば、種馬として利用価値があると見込めるな」

「その『種馬』が利用可能かどうか、試す必要があるのでは?」

「利用可能かどうか?」

「そうです。もし、アフマドが種馬の用をなさなかったら、どうなさるおつもりですか?」

「そのような場合、彼は不要だ」

「それなら、彼を引き付けるための私の役目も終わりですね」

 ハディージャは笑顔。アガメムブーバルもまたにやりと笑う。

「調子いいことを言うねえ」

「では、私を解放してください」

「そうはいかないさ」

「え?」

 

 ハディージャは、お役御免になれると期待したに違いない。だが、アガメムブーバルは種馬にこだわっていなかった。

「ハディージャ、あんたはそもそもその男を従順にさせるための道具よ。でも、その男が使えない場合でも、あんたには使い道があるの......ただ、効率は遥かに悪いけど」

「ど、どういう意味ですか?」

「なあに、家畜人類のメスと同様に、本来の種付けをするのさ。おい、みんな、ハディージャを捕らえろ」

「え、まって!」

「何を戸惑っているのかね、ハディージャ。あんたに赤ん坊を産んでもらうのさ、さあ、種付けをはじめよう」

「何をするの、いやよ」


「ハディージャ!」

 外で聞き耳を立てていたアフマドはこの悲鳴を聞いて、妻の名前を叫ぶ。しかし、子供のアフマドの声は、室内に一切響かない。彼はドアを叩き破ろうともした。だが、ドアはびくともせず、ドアを叩いても音さえ響かない。こうなっては、なんとかして大扉を破壊しなければならない。其れもできるだけ迅速に。それが奇襲の鉄則だった。


「叫んでも、誰も来ないさ。みんな、彼女を捕まえろ! 家畜人のオス、お前だ、お前しかいないだろ。さあ、交尾するんだよ」

 アガメムブーバルは側近の中で唯一の家畜人類の男に、ハディージャを受精させるように命令した。だが、男は震えるばかり。

「女神様、このメスは杖を振りまわしてますよ。私を睨みつけて寄せ付けません」

「そんな逃げ腰で、今までメスたちとどうやっていたんだよ」

「私たちの仲間は、皆大人しいから......」

「仕方ない。それなら女神の私が直々に教えてやるよ。おい、ハディージャを押さえつけて前かがみにさせるから、側近のお前たちが邪魔な服を取り去れ」


 アガメムブーバルは、抽粋節理の刻まれた腹を揺らし、悲鳴を上げてシェイベットを振り回すハディージャの腕と上半身を力づくで抑え込む。だが、肝心の家畜人類のオスは、恐ろしさの余り震えて腰が抜けた。


「いやー」

 アガメムブーバルの手が動く。ハディージャは両手を引き上げられたままで、衣服をむしり取られた。彼女は悲鳴を上げるしかなかった。

「ハディージャ!」

 アフマドが切り裂くようなハディージャの悲鳴を聞いたのは、何度目だろうか。アフマドは気だけが逸(はや)る。


 アフマドは焦りはやる心を押さえつけ、強いてゆっくりと周囲を見渡す。古代コンクリートむき出しの廊下の少し離れたところに、食事を運ぶカートがある。周囲には大きな水差しと鉢植え。アフマドは、鉢植えと水差しを苦労しながらもなんとかカートに載せた。

 アフマドは小さな力で、何とかカートを押す。重いカートはゆっくりと動く。さらに押す。カートはガラガラという音とともに勢いを増す。さらに押す。そのまま加速。

 カートがドアに激突。ドアは開かないかった。だが、アフマドは、もう一度同じことを繰り返した。


「先ほどから、ドアがドカドカとぶち破ろうとしている奴がいる。邪魔する奴が来ている。さあ、さっさと済ませろ」

 アガメムブーバルは、大きい音を出す大扉の方を向きながら、家畜人類のオスを睨みつける。だが、肝心のオスはしり込みしたまま。

「力づくで女にそんな恰好をさせるのですか。そんな恐怖の下では、私はとても種付けなどできません」

「このオスは、役に立たないね」


 この時、ドアを突き破って、アフマドが突入した。

「そうだろうね、役に立つのは僕だけさ」

「なんだ、お前は」

 アガメムブーバルは、ほとんど身体をむしられて露わとなったハディージャを抱えながら立ち上がる。

それを見たアフマドは、怒りの余り顔を真っ黒にする。


「アガメムブーバル、この女神ならぬメス豚め」

 アフマドは彼女めがけて突撃。その際、ハディージャが落とした杖(シェイベット)が彼の手に飛び込む。それと同時に、シェイベットの起こした放電がアガメムブーバルと周囲を引き倒し、沈黙させた。


「お、お前、誰だ? ハディージャを助けに来た子供? 息子か?」

 チアノーゼになるほどの呼吸困難に陥ったアガメムブーバル。彼女は青い顔をしながら、切れ切れの息で尋ねた。

「僕は、あんたの探し求めていたアフマドだよ」

「な、なに、アフマド!? この子供が?」

「そうさ、今の僕は10才の子供さ」

 アフマドは、震えるハディージャの手を引き、カートに載せる。そのまま部屋からカートを出そうとする。


「アフマド、ありがとう」

 ハディージャがかすれた声を出した。アフマドは、思わずカートの上で裸身のままで丸くなるハディージャを一瞥する。

「ぼ、僕は、ハディージャが心配で」


 それがよくなかった。ハディージャがアフマドを抱きしめようと身を乗り出す。途端に、アフマドは、途端に再び顔を赤くして動けなくなった。だが、それにかまわず、裸身のハディージャは小さなアフマドを、まるで愛する息子のように力いっぱいに抱きしめる。

「ああ、アフマド。私のために......」

「あ、あの、ど、どうか......」

「なあに」

 ハディージャにとって、小さいけれど懸命なアフマドが助けに来てくれたことだけでもうれしい。それに加えて、子供のようなアフマドが目の前で敵のすべてをねじ伏せ、彼女を大切に扱ってくれたことが、何よりも喜びだった。それは、アフマドにとってはうれしいことなのだが、同時にいつもの苦しい目に合うことも意味した。何せ、今のアフマドは非力だった。

「あ、あの、体を摺り寄せるのはやめて....柔らかすぎて......裸のままでほおずりするのもやめて……」

「だって、貴方は私の夫よ。それに、周りには息子に見えるみたいだから、私が裸であなたを抱きしめても自然に見えるはずよ」

「そ、そういう問題じゃないよ。僕はこのままでは変な気持ちになって......たぶん死んじゃうよ」

「そんなことはないわ、ちょうどいいわ、誰も見ていないこの場で、いろいろ女の子のことを教えてあげる」

「や、やめて」

 ハディージャの熱烈な口づけに、アフマドは気を失った。

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