24 神官コリオレイヌス
混合林からの朝風は、乾燥しながらも夏のようなにおいを運んでくる。アフマドとハディージャが比べるようにして思い出したのは、かつての牛鬼たちの臭い。その対比が、アフマドとハディージャに原点であるはずの二人の使命を思い出させた。
「ダイアナ、村の女たちはコリオレイヌスをどこへ連れて行ったのだろうか」
「村の女たちが連れて行くとすれば、村の家のどこかかしら」
ダイアナにしてみれば、日ごろから夫が慰めている村の女たちが、今までの慰めの程度に我慢できずに、村へ連れ去ったと考えるのが自然だった。ただ、アフマドを襲おうとした村の女たちが、アフマドを置いていったことが引っ掛かった。
「なぜ、アフマドを置いていったのかしら?」
「ぼ…僕も連れ去ったかもしれないってこと?」
アフマドは、家畜人類の女たちに戦慄を覚える。ハディージャはアフマドを横目で見ながら続ける。
「日ごろから、コリオレイヌスは村の女たちを受け入れるようにして慰めていたのよね。此処の人類は、日ごろから一人の男が複数の対象を相手にしているから、こんな事態を招いていると言えるわね......多分、女の方も、日ごろから複数の対象を相手にしているんでしょうけど......まさか、人工知能まで相手にして、家畜へ退化したなんてこともあったりして......。その点、アフマドは誰をでも受け入れることなんて絶対に認めない。でも、村の女たちは、それを知っていたのかしら?」
「そうだね、ここへ来てからまだ日が浅い。村の女性たちは知らないはずだよね。僕がここで初めて拒んだ女性は、ダイアナだったから」
「え、貴方が私を拒んだ? 違うでしょ。私はおろか、ハディージャだって貴方は恐がっていたじゃない。今までも、ずっとそんな調子で来たんじゃないの?」
ダイアナがあきれたという顔をして指摘する。だが、アフマドは胸を張って反論した。
「ぼ……僕は恐がってなどいないさ。ただ、結婚したとたんに女の人が裸で迫って来るなんて知らなかったから。なんか、恐ろしいことになりそうだから避けているだけだよ」
「それをヘタレというのよ。女の子がなけなしの勇気を奮って、やってきているのに、それを逃げ出すなんて」
ダイアナの指摘に、ハディージャは強く頷く。少女二人の息があったことに、アフマドは今度はおろおろ。せめて何か言い返さなければならないと、彼は考えた。
「なけなしの勇気? ハディージャ、そうだったのか?」
「そうよ、それなのに貴方ったら、私が優しく迫っても、教えてあげようとしても、意を決して服を脱いで迫っても、拒むから......私がどんな思いでそんな恥ずかしいことをしてきたか、分かるかしら?」
ハディージャの低い声に、アフマドはうろたえる。
「あ……あのう......僕はハディージャを愛しているから、大切、大切だから、だよ......そうだ、大切、大切な話の途中だったな。ええと、村の女たちが僕を置いてコリオレイヌスだけをさらっていったことに、特別の意味がないな、ということだよね」
一生懸命に逃げ道を探すアフマド。ハディージャはかわいそうになって、語調を落とした。
「それはそうだけど......」
「ハディージャ、貴女も追及が甘いのね!」
ダイアナの指摘に、ふたたびおろおろするアフマド。ハディージャになおも助けを求めるアフマドをみて、ダイアナはため息をついた。
「まあ、今は本題に戻りましょうね」
「そ......そうだよ」
アフマドはほっとしたように言う。そんな彼を同時に睨むダイアナとハディージャ。アフマドはまた黙るしかなかった。
それでも、アフマドは、今はコリオレイヌスを救うことがまず解決すべきであることだと思いなおし、まだまだ何かを言いたそうな二人の少女をしっかり見つめつつ、指摘した。
「だから、まずは村に行かなければ」
そういうことになった。
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アフマドたちは、ダイアナの案内で村中の家々を訪ね歩く。家々は簡単な構造。そのこともあって、中に誰がいるかはすぐにわかった。
「ここと、その辺りは私が訪ねてみるわ」
「じゃあ、私はあちら辺りへいってみるわね」
ダイアナとハディージャはサッサと分担を決める。取り残されたアフマド。彼もまた意を決して、家々を訪ねる決意をしかねていた。大げさなのだが、彼らしい理由がある。
「僕はどうすればいいの? もし許されるなら、女の人だけの家は、行きたくないいい…」
「なんでよ? 単に尋ねるだけでしょ」
ハディージャがたしなめるように答える。それでも、アフマドは不安いっぱいに訴えた。
「だって、夜に裸になって襲ってきたんだよ。僕が一人の時に襲われたらどうするんだよ」
「か弱い女の人があなたを襲うって? 裸で襲ってきたのはダイアナでしょ。あの夜に私たちの部屋に来たのは、服を着た女の人たちが単に様子を見に来たようなものよ」
「そうね、襲ったのは私だけでしょうね」
ハディージャとダイアナは、同じように微笑む。それも、二人とも笑顔に込められたのはそれぞれの皮肉。アフマドは不安に混乱が加わって、しどろもどろとなった。
「そ.......そうだっけ?」
「そんなに、私のことを印象強く思ってくれていたのね」
このダイアナの指摘に、今度はハディージャが怖い顔でアフマドを睨む。アフマドは仕方なく、一緒に働く決意をした。
「わ、分かったよ。じゃあ、あっちの方を担当するよ」
こうして、何とか三人は分担して村のすべての家々を訪ね始める。そして、訪ね歩くごとにわかり始めた家々の様子。こののち、訪ね歩いた後に、アフマドはある物体を見つけることになった。
「コリオレイヌスはおろか、女の人も誰もいないね」
アフマドはほっとしたように言う。その反応に、ダイアナは少しばかりご機嫌を損ねたようだ。
「へえ、女の人がいないと、ほっとするのね。そんなことでは今後の行動に差支えがあるかもしれないわよ」
「いやあ、本来なら女の人は苦手じゃない筈なんだけど......なぜか女の人だけだと、あの夜に数人で押し入ってきた光景が思い出されて」
「その来襲って、服を着ていたんでしょ。それなら恐がるようなことはなかったのでは?」
「いや、ハディージャも一緒だったから、その後のことが恐ろしかったから......」
アフマドの答えに、ダイアナはハディージャの方を向く。
「な......何かしら?」
「ハディージャ、貴女は彼に何か恐ろしいことをしたのかしら? 貴女とアフマドが二人だけで寝ていた部屋に、数人の女の人が来たと聞いたわ。彼、その後のことが恐ろしかった、といっているわね。確か、私が駆け込んだ時、貴女は彼と夜の営みをもつはずが、そうではなかったのよね。いったい何をしたのかしら」
「私だけが裸になって、.......それから、仰向けになった彼を押さえ込んで.......」
「それで十分だわ......たぶん、それが原因でアフマドの恐怖症がひどくなっているのね」
ダイアナの指摘に、アフマドは思わず反論する。
「僕には怖いものなどないぞ。ダイアナもハディージャも、僕が守り抜くんだから、な!」
アフマドは、そう言って、出発した元のダイアナの家へ帰り始める。ハディージャとダイアナは、互いに顔を見合わせて、彼の後を追うのだった。
三人は何の戦利品も得ることなく、ダイアナの家に戻る。もう、夕方が近かった。
「とりあえず、夕食を取りながら、話し合いましょう」
「ここに、ラタノルライ様がいれば、相談に乗ってもらえたのに」
ダイアナがそういうと、アフマドが顔を上げる。
「あれは、ラタノルライが僕たちを此処に預けて立ち去った夜だったよな」
「そう、村の女たちが殺到したのはその夜だった」
呼吸を合わせるようなハディージャの指摘。その様子を見て、ダイアナが感心した。
「へえ、お二人さんは息ピッタリ。やっぱり夫婦なのかしらね」
「そう、ハディージャも気づいているようだが、ラタノルライが去ったことがきっかけだね」
「それと、貴方がここに来たことも、ね」
ハディージャが追加の指摘をする。アフマドが思わず浮かべた表情は、ハディージャを横目でにらみつつ眉を顰める顔。他方、ダイアナは二人を見比べつつ微笑んだ。
「へえ、確かにそれらの点に気づくべきよね......あんた達って、頭がいいのかもしれないわね」
「そうさ、僕はどんな女の人が僕に助けを求めて来ても、すぐに解決を図ろうとするさ。どう? 頭いい
でしょ?」
アフマドは今までの恥を挽回すべく、一生懸命に虚勢を張る。その言葉に首をかしげるダイアナ。ハディージャは首を振り振り、解説した。
「そうなの? 裸の女の人が入ってきたとき、貴方は私に助けを求めて来たんだけど、それって頭悪いわよね」
「え? だ……だから、これから別のことを考えなくちゃいけないかなって思うんだけど....例えば、さっき見つけたこれなんだけど」
「え? なに、それ?」
「先ほどから、コリオレイヌスが村の女たちの慰めにあたったのはなぜか、と考えていたんだ。民を慰めるのは、神若しくはその大神官であるはずだ、とね。だから、先ほど彼の机辺りを探して、これが出て来たんだ」
それは、ある呼びかけのための文書だった。
”アガメムの名に依って伝える。この領域に新たな種馬たる神官が来る。その新たな種馬神官によってこの領域の家畜人類が、第一に優れた人類になる。皇帝の許可を得なければならないテオンルライの品種改良など、待つ必要はない。私の守護するこの村で種馬を使えば、優れた人類が生まれ、そこから全世界へ優れた人類を広げられる。そうすれば、お前たちとその子供たちが優れた人種として他の家畜人類たちを睥睨することが出来る。そして、私、アガメムの権威も増すであろう”
「これは、コリオレイヌスが神官だからこそ、この詔をもっていたのだろう」
「え? どういうこと?」
ハディージャが、アフマドの手にした文書を見つめながら問いかける。
「彼が神官だからこそ、牧神の意思を具体的に表すことできるんだろうよ」
「ふうん」
「彼が女たちに黙って従ったのも、たぶんこの牧神アガメムの意思を知っていたからなんだろうね」
アフマドの推定に、ハディージャはうなずいた。
もっともらしい指摘だったが、それをダイアナも肯定した。
「そうね、彼は確かに大神官よ」
「だが、そうであるとすると、コリオレイヌスの身が危ない」
アフマドの指摘に、ダイアナが顔色を変える。
「え、どうして?」
「ダイアナ、その文書の意味するところによると、もうコリオレイヌス不要だということになる......」
アフマドの説明をハディージャが引き取る。彼女が意識したのは、厳しい現実をダイアナにゆっくり理解させるための合いの手。
「え? それって、もしかすると命の危険があるということかしら」
しかし、当のダイアナはしっかり理解しているようだった。
「そうすると、不要となった彼は、最後には犠牲として捧げられてしまう......アガメム様の神殿に行かないと.......」
三人は、夜遅く、闇にまぎれながら神殿へと上っていくことになった。
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アガメムの住まう神殿邸宅は、村から少し離れた小高い丘に設けられている。針葉樹や広葉樹で鬱蒼となった林。ダイアナの導きで、三人はその中の細い道を登って行った。
上がり切ったところに、本殿とその前側に広場が設けられている。人っ子一人おらず、頼りになるのは星明りだけ。足元もおぼつかない中を、三人は締め切られたドアをそっと開放して、本殿邸宅の中へ入り込んでいった。
その奥に、祭壇のもうけられた擂鉢状の奥広間があった。星明りだけの真っ暗な擂鉢の、底の部分にあたる場所にある祭壇。そこでは、秘め事を成すかのように、祭壇のテーブルに座り込んだコリオレイヌスを無表情のまま囲む村中の女たち。奥広間内には、彼女たちが唱和する重層的な詠唱が不協和音となって響き渡り、空気が痺れるような緊張を孕んでいた。
アフマドたちは、気配を消して中へ物陰に入り込む。暗闇の中、青白い香炉の灯に照らされて浮かぶのは、息を殺して儀式に夢中な女たちの顔。その奥から、奥広間一杯に響く、悲鳴のような苦しげな女の声。それ等の光景は、かつてカミーユブーバルの神殿でアフマドが目にした、ハディージャを殺そうとした儀式そのものに見えた。
「ドレインタッチをしている。コリオレイヌスも魔族なのか......」
その言葉とともに、アフマドの脳裏には、第三リングの宇宙港で見た女の悲鳴が響く。それは、魔族の抽粋節理によってたちまち干からびる女の姿。かつて聞いたハディージャの悲鳴と、悶死の声もなく干からびる女の悲鳴。それが、アフマドの心を突き動かした。
彼はこぶしを握り締めてコリオレイヌスを睨む。今にも飛び出しそうなアフマドの身体の震えと、それを押しとどめるハディージャの顔。ただし、彼女が見せたのは、第三リングの宇宙港で見せた涙ではなく、真っ赤に顔を染めた恥じらいの表情だった。
彼女にしてみれば、アフマドがドレインタッチだと思い込んでいる行為は、説明しづらいことである。しかも、知らぬことであれば、彼女の脳裏に浮かぶのは、必ず根掘り葉掘りハディージャに質問しまくるアフマドの真剣な顔つき。そのあと、どんな行為かを彼が知れば、真っ赤に恥ずかしがる彼女を放り出して、逃げ出すに違いなかった。
「今は行かないで......」
「どうしてだよ。彼女を救わないと......」
アフマドは怒りと戸惑いで、眉を顰める。とても耐えられないはずの恥ずかしさを我慢して、ただただ唇をかみしめ、真っ赤な顔で首を横に振るハディージャ。それを冷ややかに眺めながら、ダイアナがホッとしたように口を開いた。
「なんだ、そうだったの......彼女は今、まさに救われているのよ」
「な、なんだと。たしかにドレインタッチに身を投じるのが、家畜人類らしいところだが……」
アフマドは変に納得する。だが、それは誤解。ダイアナが謎めいた視線をアフマドに送りながら、楽し気に口を開いた。
「ドレインタッチではないわ。今は慰めを受けているのよ」
「慰めだと?」
「見てみなさいよ。ドレインタッチなら干からびているけど、慰めを終えた女たちは、顔色が生き生きしているでしょ! ほら」
ダイアナが祭壇を指さす。そこには、なぜか疲れ切ったコリオレイヌスの懐から、転がり出た女の姿。決して干からびてはいなかった。
「ど……どういうことだ?」
「アフマド、待って!」
ハディージャの制止が弱まったのか、アフマドが飛び出す。その先には、祭壇上の香炉の祭壇に群がる人の影。彼は祭壇上に駆け上がった。
彼の目には、祭壇周囲の青白く浮かぶ女たちの姿が見える。順番を待っている女たちと、床に身を投げ出している女たち。その中央には、起き上がって薬のような飲料を飲んで元気を取り戻した様子の、コリオレイヌスがいた。
「こんなに慰めを与えるなんて、神官は大変よね。でも、お疲れ様!」
そのコリオレイヌスに、ダイアナが安心したような声をかける。まるでねぎらいの言葉。アフマドには不可解なことばかりだった。
アフマドは、それでも問いかける。
「ダイアナも認めていたが、コリオレイヌス、貴方は大神官のようだな」
「アフマド、お前はアガメム様の言う新たな種馬神官らしいな。だが、俺は負けないぞ。どうだ、こんなにも慰めを与えられるのだぞ」
コリオレイヌスが、周囲に寝転がっている女たちを指し示す。暗闇に目が慣れたアフマドに見えたのは、服を脱ぎ捨てた女たちの様子。ほとんどの女たちが、放心しており、数人は時折痙攣していた。
「この女たちに何をした」
アフマドは、怒りのあまり手を震わせる。慌てて彼の許に走りよるハディージャ。コリオレイヌスは、「ほほう」という顔をしながら、返事を返した。
「ほお、やきもちか。そうだろうな。これこそが、アガメム様の名による慰めだぞ。お前にこれほどの女たちを一度に相手をすることはできまい。新たな神官などと、ほざくなよ」
コリオレイヌスが嘲るようにアフマドに声をかける。アフマドは、彼や周囲の女たちを見渡してから、鋭い声を発した。
「コリオレイヌス、これはどうやら女たちを殺すことではないらしいな」
「何を馬鹿なことを。これは先ほども言ったように、慰めだぞ」
「これが慰めなのか? 慰めを与える対象が疑問なのだが……そうやって、貴方がすべての女たちを慰めるのか?」
「そうだ、どんな者であっても、求めて来るならば対象になる」
「神官コリオレイヌス殿は、すべての人間に慰めを与え、救うというのか? おかしなことを言うね」
「ほお、新たな神官アフマド殿は、俺にその種の論争を挑むというのかね。よろしい。さて、救い、慰めは本来全ての者たちを対象とする者のはずだが……」
コリオレイヌスが、アフマドに挑むように姿勢を正す。正面から相対する二人。アフマドは、さらに鋭く声を発した。
「僕が新たな神官? まさか。それに、全ての人間に慰め、救い? そんなおかしなことがある筈はない」
「なぜ、そんなことになるのか......。アガメム様はそのように教えてくださっているぞ。それゆえ、誰もがいつでも、アガメム様の御所望される時には、喜んでアガメム様に身を投じて大神ルシファー様におのれを捧げるのだ。それによって、だれもが人生における最後の救いを誰でも受け取ることが出来るのだぞ!」
コリオレイヌスの指摘に、アフマドは一瞬、首をかしげる。
「それは、ドレインタッチのことか? 貴方が先ほどから行っているのがドレインタッチではないのか?」
「俺の為したこの慰めのことか? これは、アガメム様のなさるドレインタッチのような究極の救いではない。日頃、将来の救いを確かめるために行われる慰めだぞ。これによって、全ての人間たちが将来にわたって慰めを受けられることを確認できるのだ」
コリオレイヌスの宣言のような言葉。
アフマドの目が再び鋭く光った。
「馬鹿な。すべての人間が救われる、などと......救われるのは選ばれた者たち、つまり啓典の教える義の下、悔い改めて信仰に従う者だけだ。ルシファーを信奉する人間たちまでが、救われるはずなどないぞ」
「そうよ、アフマドの言う通りよ。現に、貴方たちはそんな行為に嵌っている状態こそ、既に裁かれている状態なのよ」
ハディージャが横からアフマドに口添えする。気おされるコリオレイヌス。この様子をみて、ダイアナは解せないという表情でコリオレイヌスに同調した。
「アフマドとハディージャ、あんた達の言っていることはおかしいわ。啓典とは何のこと? 私たちはアガメム様を信仰しているのよ」
「そうだったわね。あなた達の究極の救いって、あなた達が崇めるアガメムたちの皇帝ラーメックが奉じるルシファーへ、アガメムを通じてその身を捧げることなのよね」
ハディージャは、思い出したように指摘する。彼女に向けて怒りの表情を浮かべるダイアナとコリオレイヌス。其ればかりか、ハディージャは、周囲の女たちからも怒りの表情を向けられていた。
ハディージャはしまったという顔をする。だが、隣のアフマドは間の抜けたような顔。彼は、先ほどから別のことを考えている様子だった。
「なあ、ハディージャ。君の言うことは、分かり切ったことだぞ。其れよりも分からないことがある」
「何よ、この期に及んで……」
「なあ、君の言った『そんな行為』とはどういうことなの?」
この言葉に、ハディージャは赤い顔をする。微笑みながら、アフマドとハディージャを見比べるダイアナ。コリオレイヌスは、首を傾げた。
「ダイアナ、こいつらは何を議論しに来たんだ。どうやら、この男だけは、救い、救いといいながら、肝心の慰めを理解していないのではないか」
「そうみたいよ」
「じゃあ、この場所はちょうどいい。お前たちみんなで、奴に教えてやれよ」
「いいわ」
ダイアナがそういう。だが、アフマドは身構えた。
「ドレインタッチは知っているぞ。日頃の慰めといっても、そんな類の犠牲なんだろ。そんなことはごめんこうむる。そんな慰めなど、僕が徹底的に邪魔してやる」
「へえ、邪魔できるなら、してみれば」
ダイアナはそう言う。暗闇の中で伝わる女たちの衣擦れの音。途端にアフマドは慌て始めた。
「ど......どういうことだ? なぜ、女が全員で服を脱ぐ? そう言えば、周囲に寝転んでいる女たちも裸だぞ」
「だめよ、アフマドは私だけの夫よ」
ハディージャが叫ぶ。固まったままのアフマドに、歩み寄るハディージャ。途端にアフマドはハディージャの後ろに逃げ込んだ。
「な、なあ、ハディージャ....これはどういうことなんだ? もういい、逃げよう!」
「そうね、長居は無用よ」
二人はそう言うと、奥広間から逃げ出す。慌てたアフマドの手を、しっかり握るハディージャ。彼らはそのまま神殿の外へ駆け抜けた。
一安心と思った二人は、手を取り合って境内の外へ向かう。だが、その前に急に立ちはだかる魔族。それは、この村の牧神。アガメムブーバルだった。




