22 ブーバル族支配の村へ
家畜人類たちは、各地へ返送されていく。空港の半壊の建物。そこでアフマドとハディージャは、他の家畜人類たちや家畜たちが返送されていく様子を見ながらも、長く待たされた。
「僕たち、ここで何をするのだろうか」
「そうね、何処へ向かうのかしら」
「僕たちと一緒に帰ってきたのは、色白の肌に銀髪、灰青色の目」
「ニールとカーラたちと似ていたわ」
「郷里の人種と近い人種が中心だったのかな」
そう言いながら、アフマドは四方を見回す。そこへ、車輪が変形したままの自動運搬ロボット。それは、二人分の食料、家畜人類用と思われる果物や小麦粉を練って焼いた塊、豆類を運んできた。
「うっほー、お腹が空いていたから、ちょうどいいや」
「アフマド、行儀が悪いわ。食膳の祈りをしてからでないと」
「そ、そうだったな」
窘めながらも、二人はそろって祈りをささげる。そこへ通りかかったのが別の誰かへ運ばれるらしい、果物、焼き菓子、豆類の食事。アフマドはたちまち騒ぎ立てた。
「こっち、こっちにくれ」
「ねえ、アフマド、誰も見ていないからって」
「だって、ひもじいもの!」
「どこの言葉? ひもじいなんて」
「え、しらないの? 僕は知っているよ。お腹が空いたってことをニールが古語でかっこよく言っていたんだ」
「ニールに色々教えてもらっていたんでしょ。でも、アフマドは肝心な時に逃げ出していたわ」
「え、そんなことはないさ、勉強なら何でも理解できたし、出来がいいともいわれていたよ」
「へえ。私も、そうだけど」
「ふうん」
「でも、アフマドは、確かに逃げ出したわ」
「そ、それは、ニールが想像しろといったから。ハディージャの......」
「私の、そう、この体だったわね。ちょうどいいわ。ここなら逃げ出せないし、もうしばらくは自動機械しかこないし......ね」
「ど、どういう意味だよ」
「先ほど連れられて行った家畜人類たちも、熱いぐらいだからほとんど服を脱いでいたし......」
「え、奴らは自分たちで脱ぎ捨てたんだぜ。僕たちには、誰も服を脱がせる奴などいないさ。いたら僕が守ってやるから」
「そう......じゃあ、あなたを守る人はいないわね」
「ど、どういう意味だ?」
ハディージャは、服をするするッと脱ぎ捨てる。もとより、アフマドの造った簡単な服だから、すぐに破れてしまったのだが
「な、なにをするつもりだよ」
「ニールが教えられなかったことを、ここで私が教えてあげるの」
「あわわ」
アフマドは狭い檻の中を逃げ惑う。だが、ついには隅に追い詰められる。
「く、来るな、こ、来ないで」
「ねえ、アフマド!」
「あ、なんか柔らかい、なんか柔らかい!」
アフマドは近寄ろうとするハディージャを何とか押しとどめようと手を伸ばす。ただ、何処を触ってもいいのかわからないハディージャの裸身。ついには頭を抱えて隅に座り込んでしまった。
「もう逃げられないわよ。私を見て!」
「い、いやだあ」
ハディージャは、しゃがみこんだアフマドの頭を捕らえて容赦なく真っ直ぐにのぞき込む。アフマドの目に入るのは、ちょうどハディージャの臍の辺り。上を向いても下を向いても、見てはいけない箇所ばかりだった。
「ねえ、あなたも脱ぐのよ」
「う、うへえ」
「これは、これは、少し来るのが早かったかな」
アフマドはその声に聞き覚えがあるかどうか、関係なく助けを求めた。
「た、助けて......」
それは彼ら二人を、父親テオンルライの依頼で迎えに来たラタノルライだった。それに気づいたアフマドは、とたんにハディージャの前に守るように立った。
「僕の着ていたものだけど、それを着て」
「え、ええ......」
ハディージャは、ラタノルライの姿にビク付きながらもアフマドから衣服を受け取り、身につける。それを確かめたアフマドは、安心したようにラタノルライに応えた。
「へえ、提督さんよ。来るのが遅すぎたぜ」
「アフマド、お前、さっきは俺に助けを求めたな?」
「そ、それはもはや関係がない。後ろに僕の守るべきハディージャはいる」
「相変わらず、ころころ変わるやつだ。まあ今は威勢がいいところを奥さんに示せたわけだな。それでは出かけよう。おい係員、檻から出して、連れて行け」
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アフマドとハディージャは、隊列の最後列。海兵たちの一人が、銃剣で警戒しつつ護送されていく。
この隊列は、ラタノルライが率いる吸血鬼たちの海兵たち。海兵とはいっても、ラタノルライ提督と行動を共にする特殊部隊の屈強な兵員たち。
吸血鬼の特殊戦闘員は、羅刹や酒呑童子たちのように抽粋節理などを活用した肉弾戦は行わない。彼らには抽粋節理がほとんど退化して、背中に痕跡が残る程度。その代りに、この部隊では白兵戦に用いる銃剣を用いている。
戦闘の際には、その銃剣を用いて遠隔爆縮射撃から近接戦闘まですべてをこなして、敵を圧倒する。ただ、彼らのそのような実態を知らない陸上の魔族たちは多い。時折、彼らに喧嘩を売って返り討ちに合う負傷者も、珍しくない。
「助けて」
ラタノルライたちを守る小隊の列の後方へ、逃げてくる女、ハーフサキュバスの姿。それを追うブーバル族の数人が追いかけてくる。
「助けて」
女はそういうと最後列の海兵やアフマドの後ろに回り込んで隠れる。
海兵は戸惑いながら、銃剣をブーバル族たちに向ける。
「何事か」
隊列の前の方で声がした。
「お、ダイアナか?」
そう声を上げたのは、隊列の前の方にいた提督のラタノルライだった。
「俺のいない間に、おかしなことになっているようだ」
そんなラタノルライの声など、ブーバル族やアフマドは聞いていなかった。
ブーバル族たちは、威勢がいい。海兵に向かって脅しをかける。
「お前たちの後ろのメスを、よこせ」
「何事か、と聞いている」
海兵は銃剣を構えなおす。これには数人のブーバル族であっても、少しばかり後ずさり。そこに、ブーバル族の親玉ゼラールがやってきた。
「俺様の行動を邪魔するのか。俺様は牧神ゼラール様だぞ。そして俺様の母上は、この地の最高神殿にいる女神アガメムブーバル様だぞ」
だが、海兵は表情を変えない。その後ろには、女をかばって睨んでくるアフマドがいた。
怒ったゼラールは配下のブーバル族に合図をする。途端に海兵は殴り倒される。残ったアフマドが女を背後に守ることになった。
アフマドは、引き下がらなかった。
「へえ、それでも待った方がいいと思うよ」
「こいつ、魔族もどきのメスを守るのか? 家畜人類のくせに」
たちまちアフマドは襲われ引き倒される。背後にいた女は悲鳴を上げた。
隊列の前の方から、駆けつける海兵。
「まて」
「なんだ、お前は」
「待て、といっている」
海兵たちが大挙して押し寄せた。
「うるさい」
そう言ったとたん、ゼラールたちブーバル族は包囲された。銃剣を持った海兵たち。そして、ラタノルライが姿を見せると、ゼラールは顔色を変えた。
「この男たちを逮捕しろ」
ラタノルライが指示を出すと、多数の海兵たちは一気にゼラールたちを捕らえた。
その横で、アフマドはハディージャに抱き起された。
「もう、守ろうとするから......」
「だって、女が襲われているのを見ると、条件反射で」
「そうね、もう反射的に行動してしまうのね」
ハディージャはあきらめたように、ため息をついた。
そこに、ラタノルライの声が聞こえてくる。先程海兵たちが助けた女にアフマドの説明をしているらしい。
「ダイアナ、あれは表面上はただの家畜人類のオスなんだが、苦悶の女を見ると魔族だろうが人類だろうが、守ろうとするんだぜ。面白い人類だろ?」
そこには、ラタノルライに連れられてやってくる、先ほどの女の姿があった。
驚いたことにその女は、目を潤ませながらアフマドにずかずかと近づく。次の瞬間、彼女の両手は彼の両手を取った。
「先ほどは、ありがとうございました。最後まであなたが私の前に立ってくださったから......貴方、勇気のある方なんですね。ありがとうございます。お礼をしなければ......」
「い、いや、成り行きで殴られただけで……」
「ラタノルライ様から聞きました。貴方は女性を守るために立ち上がる方だと」
彼女はそういうと、アフマドに抱き着く。目を白黒させるアフマド。アフマドを睨むハディージャ。後ろでラタノルライがにやにやしていた。
アフマドは、目の前の女性が彼の身体のいたるところに手を伸ばしまさぐり始めたことで、強いめまいを覚える。目の前の女性が言ったこと、アフマドについてラタノルライがどう説明したのか、そして横でアフマドを睨んでいるハディージャのこと。それらが一度に脳の中で絡みつき、周囲の人たちの考えを推定することはおろか、彼がどのような立場にあるかも分からなくなった。
そして、ハディージャの言葉がアフマドをノックアウトした。
「貴方、そういう娘ならよかったわけね? サキュバスとだなんて......。変態!」
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海兵隊の列は、そのままラタノルライの父テオンルライが待つチュライタウンへ向かった。
第二リングは夜がなく、暗くなったから休むという必要はない。その代り、彼らには移動手段がないために、森や野原の道を適当に休んでは歩くことを繰り返す。
歩く時も休む時も、横を行くハディージャは口を利いてくれない。意気消沈したままのアフマド。彼には周囲の風景の変遷に注意する気力はなかった。
到達した村。アフマドがそこで見た風景は、そのまま、過去二人が育った村とそっくりだった。ただし、
「ここには、女の人しかいないのかな?」
アフマドは村の光景を見ながら、ひとりごとのように言った。ハディージャは改めて周りを見渡した。
「え?」
確かに、家庭を司るはずの男は一切いない。女たちだけ。もちろん、子供には男女がいた。だが、15歳から上の男性が一切見当たらなかった。
「これはおかしいな」
ラタノルライもまた、首をかしげている。
そして、到着。そのあと、アフマドとハディージャには、家畜人類たちとの共同生活、教師としての生活を命じられたのだった。もちろん逃げられるはずもなかった。




