21 第二リングへ
着陸の車輪が摩擦音と共に、旗艦は第三リングの専用滑走路上に止まる。着陸後は、未使用の食料や攻撃物資は搬出。アフマドとハディージャも艦内食糧や家畜人類たちと共に檻に入れられ、そのまま宇宙港の倉庫へ運び込まれた。
倉庫係員たちの声が聞こえる。30メーター級の運搬シャトルの横に、二人の羅刹。彼らは文句を言いながら荷物の積み替えに従事していた。
「奴らを、檻からシャトルへ乗り換えさせるんだろ?」
羅刹の一人が仲間に言う。
「ああ」
こんなやり取りをしながら、まずは家畜人類たちが、宇宙港内のフロアをシャトルへと歩かされる。家畜人類たちにみえるのは、無言ながらも戻れるという少しばかりの安心感。それが一瞬にして変わったのは、ハディージャに続いてアフマドが檻から降りようとする時だった。
羅刹の一人が家畜人類の列全体を見ながら、仲間につぶやく。
「こんなに未使用で戻ってきたのか?」
「こんなにおいしそうなやつらを、艦隊士官たちは味見もしなかったのか?」
羅刹たちが、士官級の食料を食す機会は、ほとんどない。それゆえ、こんな会話になったのだろう。
「せっかく持っていったのに、消費しないのかよ。もったいない」
「そうだな。それなら俺たちが消費してやるよ」
「一人や二人、いなくなっても問題ないぜ」
そういいながら、ひとりの羅刹が家畜人類のメスを一人引き出す。
「いやあ」
女は黒髪を掴まれ、碧眼に涙を浮かべながら、転がされる。女の無力な拒否の声。守ろうとしたオスが羅刹に殴られ、床に血だらけで倒れた。
「へえ、いいね」
「お前、オスを殴り殺したぞ」
「それだけ、このメスはさぞいい味なんだろ?」
人類の女は、羅刹に散々にもてあそばれた上で、羅刹の腕によって懐に抱え込まれる。途端に悶死の声にならない悲鳴。羅刹の腕や腹胸に刻まれたハニカム網目構造の抽粋節理が、人類の女の身体に蠢くように吸い付くと、彼女はたちまち水分を失い変わり果てた。それは、魔族特有の抽粋節理による吸着吸収つまりドレインタッチだった。
目の前でなされた出来事に、フロアに降り立ったアフマドは息を止める。握りしめたこぶしと震える腕、さらには逆立った髪の毛。アフマドは怒りでガタガタと肩を震わせる。
「女の子をもてあそんで......もてあそんで苦しませて......殺すのか!」
ハディージャは慌ててアフマドの両手を封じるように胸に抱えた。
「今はダメよ!」
「ゆ、ゆるせない」
アフマドは顔を伏せながらも横目で羅刹たちを睨みつける。それに気づいたハディージャの小さく鋭い制止。それに加えて、アフマドの腕に、ゆらりと舞いあがるハディージャの髪と、彼女の目からこぼれる涙が触れた。それが、怒りに震えるアフマドをかろうじて抑えた。
「今は我慢して!」
「我慢しろ、だと!?」
「そう、今は......」
首を横に振るハディージャ。アフマドは目をつぶり、唇を震わす。
「ぐっ、ぐぐっ」
「あの係員は、あのシャトルの操縦士よ。おそらくあのシャトルを使っている配送係 わ。私たちを家畜人類の保管庫化牧場へ運ぶはず......」
ハディージャは、言い聞かせるようにアフマドに語り掛ける。ゆっくりとハディージャの顔を見るアフマド。
「どこへ?」
「おそらく、あの環境領域、第二リング」
「そうか、奴ら、そこへ僕たちと一緒に来るはずだと?」
「操作する係なのよ。きっとそうなるわ!」
「そうか、分かった…」
アフマドは、あふれかえる憤怒を押し隠すように寡黙となる。怒りゆえの右手の震え。彼は左手で右手を抑え続けた。抑え込まれた右手は、やがて冷たい怒りのように血の気を失う。髪の毛も逆立ったままだった。
いや、アフマドばかりでなく、ハディージャの細い髪も、家畜人類たちの短い髪さえ、みんな逆立っていた。
「そうか、皆も怒っているんだな」
アフマドはそう言いながら周囲を見回し首を傾げながら、冷静さを取り戻した。
アフマドやハディージャ、家畜人類たちは、30メートルほどのはしけのような小型シャトルの荷物室に乗せられる。アフマドたちが乗せられたのも、その一つの後部荷物室。そこには大きな窓ガラスが設けられており、アフマドたちは自由を渇望するかのようにへばりついた。
後部倉庫部の扉はすぐに閉じられる。先程ハディージャが指摘したように、アフマドが睨みつけた羅刹たちは、ぞんざいにドアを開けて操縦席へ。シャトルは急に主エンジンを噴射すると、そのまま空港倉庫から離陸する。乱暴な離陸だった。
シャトルは、荒っぽい離陸とともに外殻やガラスが変形振動を始める。どうやら、シャトルの外殻はチタニウム製、壁は大きなガラス窓という簡単な造作物。力場によって変形を防いでいる構造なのだが、その力場生成には乱れが見られる。魔族たちはそんなことに無頓着らしい。
周囲からも多数のシャトルが飛び出していく。やがて高高度に達すると、 見えた彼方の白銀の第二リング。シャトルたちの目的地なのだが、この惑星間航行速度では数日かかりそうに見えた。
大気圏を出ると、シャトルは急激な加速を開始する。たちまち遠ざかる第三リング。反対方向のはるか先には、目的地らしい第二リングがみえる。
シャトルの今の速度では、いっこうに近づいてこないように感じられる。何も出来ないままで二日目。二番目のリングは窓一杯になるほどに大きく近づいた。
もはや全体像が分からないほどに、シャトルは第二リングに近づく。徐々に速度をリングに同期させるシャトル。全体像の代わりに、目にはっきりと見えてきたのは、底板部に設けられた森林や山脈、湖水だった。
底板の両端部には、底板に設けられた山々よりはるかに高くそびえる壁。その間を、鳥たちが飛び交っている。おそらく壁と壁の内側にあるのは、遠心力によってとどめられた大気。
特に目を引いたのは、森林や広大な草原で時折みえる、群れで動いている人類だった。彼らはおそらく家畜人類。
ハディージャが指さしたのは、領域ごとに放し飼いにされている家畜人類たちの姿だった。あるところでは、色白の肌に銀髪、灰青色の目。あるところでは黒髪色白の肌に、そして翡翠色の目。別のところでは、キリっとした黒い眉に、象牙色の肌に漆黒の瞳。ただし、何処にもアフマドとハディージャのような特徴を有する人類種は見られなかった。
「あれは、放牧されている家畜人類たちだ」
「そうね」
アフマドはガラスに映るハディージャの姿と、各領域に見られる人類の姿とを注意深く見比べる。
「いろいろな人種がそろっている」
「でも、人種の特徴はある程度の幅に収まっているように見えるわ」
「というと」
アフマドの問いかける視線に、ハディージャは自分とアフマドの浅黒い肌を指さす。
「私たちみたいな種はいない.......たぶん、もともとは、象牙色の肌やピンク色の肌の人類から、魔族たちの様々な好みに合わせて数種類の人種に品種改良したのかしら?」
「ということは......」
アフマドは自分の肌と、目鼻立ちを指さしながら言葉を継ごうとする。それをハディージャが引き取った。
「ここの家畜人類たちが有している特徴は、アンスロサス星系の皇帝アンスロピグモスが説明してくれた反抗人類の特徴に似ている気がするのよ......」
「ということは、ここは元々は反抗人類の拠点だったのか?」
二人は、はっきり見えて来た第二リングの両側の壁を見て息をのむ。それ等にはあちこちに何かが衝突して変形した箇所がいくつも見える。
「それはわからないけど......魔族たちのこの施設・設備や環境の扱い方は、あまりにぞんざいね」
「そうだな、品質を維持しようなどという発想はおろか、大切に扱わないし、壊れたところはそのままだ」
「つまり、ずいぶん前に魔族たちはここを征服した。その後は、ここの人類たちが作り上げたこの施設を、単に利用しているだけね」
シャトルはさらに地上に近づく。はっきり見えて来たのは、人間たちの集落や広場、そして拝殿を備えた神殿。かつてアフマドとハディージャが住んでいたところで見たことのある建物だった。
「ここでも、ブーバル族が、家畜人類たちを管理しているのか?」
「ブーバル族の職業は、多くが牧神なのね」
「ということは、あの提督と独立調査官は、そこからなりあがった軍人と官吏なのか」
「ラタノルライとテオンルライは、そういうことになるわね」
シャトルは、徐々に高度を落とす。地上の湖水近くに設けられた空港のような施設へ。着陸した時にわかったことは、空港のような施設がまるで廃墟のようになっていることだった。
「地上の係員も、崩れかけた建物をそのまま使っているわ」
「帝国艦隊の艦船が着陸した第三リングの壁は、ぶつかった痕はなかった。けれども、ここは…」
「魔族たちは、通常使うものでも壊れたままにしておくのよ」
「修理という概念があるのか、ないのか......」
「家畜人類について品種改良をしているということは、彼らが好む対象については維持管理をしているということね」
「第三リングはよく管理しているみたいだけど、他はどうでもいいんじゃない?」
無秩序に草木が生えている地上を、シャトルは着陸できる場所を探すように進む。着陸地点を定めた場所は、先ほど見かけた廃墟の近く。やはりそれらは空港施設だった。
「ここは軍事施設じゃないから、顧みられていないわね」
「太古の昔も居たんだろ? そんな奴らが......」
「そうね、武器ばっかり大切にする人たち......」
「そんな話だっけ?」
アフマドは、ハディージャに先回りされたために、ばつが悪そうにそっぽを向く。ハディージャは、口もとに小さな微笑みをうかべ、横目でアフマドを見つめながら首を少し傾ける。アフマドは、それに気づかないふりをしながら、思いついた考えを捲し立てた。
「ということは、奴らは、奪い征服して、たのしんで搾取する存在なのか......」
「最悪よね。誰かさんみたいに、気づかないふりをして、愚かなまま先祖の人類の特徴を受け継いだのね」
「気づかないふり? なんだそれは? まあ、そんな人類だったから、魔族に進化したんだろうね」
「それを進化とは呼びたくないわね。彼らの価値観は、私たちが信仰している啓典とは相いれないわ」
「悪魔的な性質、というべきだろうな。しかも、それが下層になるほど露わになるらしい。あの操縦席の羅刹はその典型だな」
アフマドは、もう一度怒りを目に灯す。ハディージャは心配そうに問いかけた。
「彼をどうするつもりなの?」
「さて、どうするかな」
「とがめられると、厄介よ」
「わかっているさ。でも、彼は今まで繰り返してきたはずだし、これからも繰り返すさ。だから、彼にはこの機会に少し大人しくなってもらうよ」
シャトルは地面に降り立ち、荒れた路面で機体を激しく振動させる。やはり荒っぽい操縦法。停止と共に荷物室のドアが開いた。外の係員たちは、中の家畜人類たちを檻の中へと誘導するのに忙殺されている。
アフマドが先ほどから見つめている操縦席辺りからは、ドスンドスンという音。おそらく操縦士の羅刹が、降りる準備に手間取っているようにみえる。
「ねえ、ハディージャ、その杖を、少しばかり貸してくれないかな」
「いいけど、あまり危ない橋を渡らないでね」
「大丈夫さ、ばれることはあり得ないね。なぜならこれは、僕達の祈りで初めて作用する杖だから......」
ハディージャから杖を受け取ったアフマドは、一旦はドアから外を観察する。地上の係員たちは、猛獣や家畜人類たちを従わせるのに気を取られている。アフマドは、地上係員たちが一切シャトルに気を気張らないのを確認すると、荷物室に戻って静かに操縦席を隔てる壁に近づく。
操縦席の中では、まだドスンドスンという音がする。終了作業をしていると思われるのだが、羅刹がいつ操縦席から飛び出て来るかはわからない。
アフマドは、いそいで杖をシャトルの操縦室につき当て、電撃を加えた。
押し殺したような大きな衝撃音。すぐに操縦席は静かになった。ということは、何も起きないで、羅刹が出てくるかもしれない。
「なんだ、急にショートしたぞ、このポンコツシャトル。くそ、ドアが開かない」
この声に、アフマドは胸をなでおろす。彼は、急いでもう一度、今度は強めの電撃。それは電撃というよりは、羅刹の皮膚部分のみを融着させる熱衝撃だった。
「ぐえ」
先ほどの衝撃音とは違い、今度は明らかに太く枯れたような声。アフマドの熱衝撃は確かに届いている。
ことが終わると、アフマドはハディージャの元に戻り、杖を彼女に返す。二人は何食わぬ顔で、家畜人類たちと一緒に檻の中へ。
しばらくすると、シャトルの操縦席のドアががんがんと音を立てる。地上係員たちが苦労してドアを開けると、出てきたのはぐったりした羅刹。彼の抽粋節理が全て焼き付いてのっぺりと赤く焼けただれていた。
地上の係員たちは、アフマドとハディージャ、家畜人類たちを睨む。係員たちの目には、疑念と驚愕。彼らには、この事態が事故なのか、破壊工作なのか、判断できる手掛かりは見えなかった。
「あれで、ドレインタッチはできなくなるさ」
アフマドは涼しい顔をしながら呟く。
「あまり、危ない橋は渡らないで。気持ちはわかるけど」
「ああ、これで彼は、家畜をもてあそぶことが出来なくなるさ」
「でも、魔族たちが他者を奪い征服して享楽的に搾取する傾向を持つと言えるなら、他の魔族たちも羅刹と同じようなことをしていることになるわよね」
「そ、そうだね」
「ということは、羅刹一人を懲らしめても、あなたの個人的復讐心を満たしただけよね」
「それは、分かっているつもりだ」
「じゃあ、どうするの」
「この星系は、少なくとも魔族帝国の一大拠点 から、此処を利用できなくすればいいんじゃないか」
「そういう理解なら、あなたの行動に一貫性があることになるわね」
「う、うん」
アフマドは、ハディージャに糺されて、本来すべきことを思い出した。同時に、目の前の彼女の眩しさが増し、この時以降、彼は彼女を余計に正視できなくなった。




