19 捕らえられた二人
アフマドとハディージャが壁の崩壊に驚いていると、そこへ入り込んできたのは、独立調査官テオンルライ・マーテルだった。
「ほほう。おあつらえ向きに、二人とも裸になっているのだな......おかげで、よく観察できるぜ」
月を思わせるテオンルライの銀の髪、青白い中に赤い点の宿る瞳。それ等が防寒具のフードの中に半分隠されている。彼に従うのは帝国軍の部隊。兵卒たちはブーバル族。残りは、テオンルライの側近たちだった。
彼は、微笑みながら尋問を始める。
「さて、確か、名前はアフマドとハディージャ......」
獲物を狙うような殺気と、ブーバル族特有の禍々しい風貌。テオンルライもまた、ブーバル族だった。
「お前たちは、肉体的な接触をしないおかしな「つがい」.......」
「......」
アフマドは横を向く。後ろのハディージャの態度が気になるが、今はそんな余裕もない。
「そんなおかしな夫婦が、なぜこの機械仕掛けの皇帝に、こんな繁殖部屋にまで連れて来られたのかね?」
「それはわからない」
アフマドのそっけない答え。だが、この後も素直にやり取りをしておけば、何か利益があるかもしれないと考え直す。
「僕たちは、あの都市を構成していた機械仕掛の皇帝たちにとっては、貴重な人類だったのだろうさ。だから、繁殖させようとしたに違いない」
「ほう、そうか? それなら、アフマドもハディージャと共に繁殖ができるようになったのかね?」
これを聞いたハディージャは、アフマドを一瞥しながら答える。
「彼は、未だに私に触れることはないわ」
「そ、それは......僕たちのように深いところでつながっているんだから......」
アフマドがそういうと、テオンルライは思い出したように、指摘する。
「お前たちは、機械仕掛けの皇帝がいろいろと苦労しても、未だにおかしな『つがい』なんだな。それなら、俺がお前たちに教えてやろうか」
テオンルライがそういうと、ふたたびの笑み。アフマドは、慌ててかばうようにしてハディージャの前にたつ。テオンルライはその姿を見て、ふたたび唸る。
「ほう、女をかばって立つのか?」
「......」
「答えたくないのか。まあいい、機械仕掛けの皇帝のデータからみると、お前たちは野良人類の子孫なのかもしれんな」
テオンルライはそう言いながら、何かを確かめるようにゆっくりとした口調となった。
「そうか、女体を避けながらも守り通すのだな。おそらくは、啓典の教えを信奉しているのか。いや、信奉しているというより、誤解しているのか」
「僕は、誤解なんかしていない!」
アフマドの反論。テオンルライは笑いながら続ける。
「野良人類か? 強靭な精神と意志の強さ......これほどの資質は貴重だ......」
「どういう意味だ!」
アフマドの震える喉。そこに、テオンルライの嘲笑が重なる。徐々にアフマドたちに明らかになるテオンルライの考え。
「お前たちをこのまま本星へ持ち帰ろう。そうすれば、家畜人類にお前たち二人の遺伝子を導入できるからな」
テオンルライはこういうと、配下のブーバル兵たちに目配せ。途端に、アフマドとハディージャの二人は捕らえられてしまった。
「そう簡単にはいかないぞ!」
アフマドは息まく。テオンルライはそれを聞くと、少しばかりの躊躇を示す。
「そうだな、お前たち二人をこのまま連れ帰っても、品種改良がうまくいかないかもしれぬ。前もって確認する必要があるな......だが、どうやって?」
「そうだ、うまくいかないぞ」
アフマドは、さらに畳みかける。すると、テオンルライは、アフマドを一瞥し、今度はハディージャを見る。
「そうか、此処で前もって確認する必要があるか....オスは種付けで活用しやすいからな、それでは此処で、メスの方を味わって確認することにしよう」
テオンルライはそういうと、その場で服を脱いだ。
アフマドたちの目を引いたのは、テオンルライの肌。全ての皮膚にわたっての、666のようにハニカムを連続させた網目。二人が目にするのは初めてだった。
「この皮膚が珍しいのか?」
「なんだそれは?」
アフマドが問い返す。すると、ハディージャが震えながら指摘。
「あれは、抽粋節理......」
当のテオンルライは、にやりと笑う。手のひらから腕を経て胸部、足先から腹にかけて、体全体を見せつけるようなポーズ。おそらく彼は肉体美を見せつけているつもりなのだろう。
「ひどい臭いだ」
「こびりついた肉片とか垢、罪が臭っているのよ......きっと、犠牲になった人間たちが、あそこで全てを吸い尽くされて…..」
「ハディージャ、皆まで言わなくていいよ......」
アフマドとハディージャは臭いに気おされて、思わず後ろへよろめく。テオンルライがすかさずハディージャを捕らえ、両手を封じられ身動きできないハディージャ。テオンルライは、これから彼がハディージャをどのように扱うかを示すように、両手を彼女のさまざまな場所に触れ回して見せる。まず、どこから体液を吸い出そうかと考えるかのように。
「ハディージャを放せ! 何をするつもりだ!」
アフマドは、テオンルライのしぐさを睨みながら、低い声でテオンルライめがけて挑むように怒鳴りかける。何とかしなければという焦り。アフマドは見境なく、無謀に動く。
アフマドは、周囲のブーバル兵の一人にとびかかって引き倒す。つづいて、室内で大立ち回り。床の上に転がっている壁の残骸やシェイベットを拾い上げ、ブーバル兵めがけてめったやたらに投げつける。ブーバル兵たちがひるむと、そのままテオンルライへ。だが、すぐに周囲のブーバル兵によって殴られ、気を失った......。
「いやあ」
ハディージャの何度目かの悲鳴で、アフマドは目を覚ます。彼は、床の上に転がされ、ブーバル兵たちに抑え込まれていた。彼の耳に届くのは、ハディージャの短くあえぐ声。アフマドは、少しでもハディージャを見ようと力を込めて姿勢を変えた。
ハディージャは非力なまま、一生懸命にテオンルライに抵抗している。だが、筋肉がこわばって徐々に抑え込まれ、息も絶え絶え。テオンルライの抽粋節理の一部を構成する左腕のハニカム構造は、すでにハディージャの胸を背中越しに捕らえ、右腕のハニカム構造が彼女の鼠径部の奥から背中へと差し込まれている。
「ハディージャを放せ」
そう怒鳴ったアフマドの目の前では、なんとかテオンルライの右手から逃れようとするハディージャの細い両手。ハディージャは目をつぶって、首を振る。まるでそれによって苦悶から逃れるかのように......しかし、彼女は既にされるが儘で、声もあげられない。
「ほお、野良人類は、強靭な精神と意志の強さだけではないらしいな。この女の叫びにならない叫びは、祈りと呼ばれる精神パターンに似ている。お前の怒りは、彼女の叫びに似て、同じように祈りのような精神パターンを示している。これは面白い。食すのは止めて、このままもう少し楽しみながら観察することにしようか......」
この時、テオンルライはすっかり油断しているようにみえた。テオンルライばかりでなく、他のブーバル兵たちも、ハディージャの胸や腰をなめるように見つめている。
アフマドは、先ほどブーバル兵に投げつけたシェイベッドが近くにないかと、周囲を見回す。少しばかり離れたところに、転がっているシェイベット。ブーバル兵たちがハディージャの抵抗する姿に気を取られている間に、そっと手を伸ばす。さらに、シェイベットの先端をそっとゆっくりとテオンルライの足先に......。
「味わえ!」
テオンルライや兵卒たちがすべて、高圧電撃を受けてはじけ飛ぶ。と同時にハディージャも弾かれて、アフマドの腕の中に飛び込んできた。
「ハディージャ!」
アフマドの呼びかけに、彼女は力なく答える。全力で抵抗したためだろうか、彼女の全身は汗だくのまま疲れ切って動けない様子だった。
電撃は強烈だった。倒れたテオンルライやブーバル兵たちは、すべて沈黙。全ての照明は切れて、周囲は漆黒の闇。今は下手に動かないほうがいい。そう思われた。ハディージャも、彼の腕の中で身じろぎもしない。力を使い切っているにちがいない。今はようやくゆっくりと呼吸をできているようだ。
五分ほど経っただろうか。アフマドの目が闇に慣れて来た。二人のすぐ近くには、テオンルライたち魔族が倒れている。聞こえるのは、手元のハデイージャの息遣いと動悸。いびきのような魔族たちの呼吸音。
「立てるか?」
「うん」
安心して全てを任せ切った彼女の声。アフマドは、手元のシェイベットを拾い上げる。
「さあ、此処から逃げよう」
闇に目が慣れたと言っても、暗闇の中。アフマドは、シェイベットを盲人杖のように使う。
また、二人は裸足のまま。すり足で進めば、足元の感触を確かめることにも役だつ。
杖の先がかすれるような音を立てる。時折、フロアの感触とは異なる物体にあたる。おそらく、気絶して転がっている魔族たちの身体だ。
それらを避けながら、ハディージャの手を引く。握り合う掌に籠る汗。ハディージャの震えが、手を伝わってくる。もう少し我慢して慎重に進めば、出口。部屋から出られる。そこからは、一気に登っていこう……。
何かがアフマドの足に当たる。いや、何かが、アフマドとハデイージャとの足に絡みつく。慌てたアフマドは思い切り蹴飛ばした。
すると、何かがヌーとたちがる。ハデイージャが悲鳴を上げた。
「へえ、逃げるのか?」
テオンルライが立ち上がる。どうやら、彼はアフマド達よりも暗闇の中で物が見えている様子。
「野良人類め。俺を蹴り上げたのか? 何かでつつかれたのかと思ったぜ。まあ、いい。だがここからは逃さねえぜ」
「魔族め」
アフマドはハディージャを伴っては、下手に動くことが出来ない。テオンルライは、ゆっくりと命じた。
「兵隊たち、こいつらを後ろ手にして縛れ」
ブーバル兵たちが、闇の中で慎重に二人の腕を後ろ手にして縛る。さらに、転がっているシェイベットを、単なる棒と考えたのか、それをアフマドの後頭部にあてがい、アフマドの頭を縛り付けて身じろぎさえできなくした。
それでも、テオンルライは用心深くアフマドとハディージャを見つめる。
「先ほどの電撃は、どうやったのかね?」
テオンルライは、後ろ手にしたアフマドの全身を見定めるように観察する。彼が特に眺め透かすように見るのは、アフマドの手や指の先。アフマドの腕の筋肉や顔ものぞき込む。だが、電撃の仕組みはテオンルライにはわからなかった。
「わからねえな。でも、なんとかなる。一番安心できる手段でお前たち二人を運び出すまでだ」
テオンルライがそういうと、兵卒たちがアフマドとハディージャへ近づいてくる。アフマドは、後ろ手ながらもハディージャの前に立って彼女をかばう。
「なにをするつもりだ!」
「もう電撃はたくさんだからな。おい、兵士たち、そこに絶縁性の厚いシートがあるだろ。それでこの二人をそのまま包んでしまえ。こいつらは裸のままだから、極寒の外にこのまま出すわけにもいかない。ちょうどいいぜ」
ブーバル兵たちは、厚いシートで二人をそのまま包んで拘束してしまった。そのあと、テオンルライが指示をすると、兵士たちがそのまま二人を担ぎ上げる。
「解放しろ、この野郎」
アフマドは、背中にハディージャを感じながらも、暴れて抵抗する。その度毎に、ハディージャは苦しそうに呻く。
アフマドは、彼の肩にあたるハディージャの額から、ハディージャの発熱に気づく。アフマドは身じろぎしてハディージャを見ようとした。
「あ、う、もう動かないで......こんなところで……弱みを晒したくない……」
「何? 大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫……貴方が動かなければ大丈夫......」
「発熱しているじゃないか。苦しいのか?」
(ハディージャはテオンルライにいじくりまわされて、病気になったに違いない)
アフマドは、今まで見たことのないハディージャの反応を見て、そう考えた。病気であることがテオンルライに露見してしまえば、ハディージャが廃棄処分にされてしまうかもしれない。
いま、ハディージャが言うように、ここで二人の弱みを見せてはならない。アフマドは震える唇をかんで、テオンルライを睨みつけた。
「テオンルライ閣下、旗艦が地上に来ております。着陸地点は、すぐそばだそうです」
「わかった、この二人を旗艦内に運び込め」
兵士たちは、無造作に二人を持ち上げると、そのまま、廃墟となった外へ。すべての構造が破壊し尽くされ、風が吹くばかりとなった地上。痛みさえ覚える極寒の大気が二人の肌を刺す。アフマドはぶるぶる身を震わせながらも寒さに耐える。だが、ハディージャはあまりの寒さが病状を酷くしているためか、身悶えし続けた。
少し移動すると、廃墟の外に巨大な宇宙艦が着陸していた。7000メーター級の巨艦。おそらく磨生族たちが呼び寄せた旗艦に違いなかった。
拘束されたままの二人は、旗艦艦内へ運び込まれる。艦内の搬送路を使って行き着いたところは、巨大なスペース。暖かいながらも真っ暗な部屋。周囲の様子が分からないまま、二人は臭いの強い檻の中に転がされた。
やがて、暗闇に目が慣れると、十数個の大きな檻が見える。その中に収容されているのは、家畜人類たちや豚・猪、クマなど。周囲に響く唸り声や話し声から、ここはおそらく巨大な船倉のように思えた。
運び込んだブーバル兵たちが、暗闇の中から声をかける。
「ここは、生きた家畜たちの踊り食いが出来る士官用の食堂だぜ。此処には豚、クマ、その奥には家畜人類のメスとオスの檻がある。お前たちも、その内、メスのほうは食用にされるだろうよ」
それを聞いてハディージャは気を失う。あざ笑うブーバル兵たち。
そこに、出港準備を告げる館内放送が響いた。
「提督より命令を伝える。艦隊全艦は出航準備に入れ。全員配置につけ」
ブーバル兵たちは、二人をおいてそそくさと立ち去る。おそらく出航準備で乗員全てが駆り出されているのだろう。
「う、うう」
背中のハディージャが目を覚ました。まだハディージャは、うめき声しか出せない様子。それほどまでに、ハディージャは痛めつけられたのだろう。
アフマドは、早速後ろを振り返ろうと、身じろぎ。途端に、ハディージャが小さくもだえうめく。
「あ、う、ダ、ダメ......だから。おね......がい......動かないで!」
その言葉とともに、再び彼女の身体も熱くなっていく……
(ハディージャの病気の症状が収まっていない)
アフマドは、すぐにでも彼女を介抱する必要を感じる。なんとか二人をくるんでいる厚いシートから抜け出さなければいけなかった。
「どうしようか」
アフマドは、じっとしたまま、あれこれ考えるしかなかった。
そこに、出航準備の様々な艦内放送がアフマドの耳にも届く。此処が士官食堂であるためだろうか。
「旗艦より、……支艦隊へ。惑星間......へ、移行開始」
途端に、艦橋からの放送が騒がしくなった。方々に声が飛び交い、インカムがつぶれた音声を、大音響で吐き出す。
「…艦隊、了......」
「続く……は、そのままの....で、.第一......へ続け」
「各支......より了解......確認」
そんなやり取りに、突然、別のやり取りが聞こえてきた。
「提督、玉座の横に、御父上の独立全権調査官殿がいらっしゃいました」
アフマドは、館内放送に思わず耳をそばだてた。
「これは、父上」
「おお、ラタノルライ」
「父上をアンスロラス星系から救出できましたね」
「感謝するぜ。俺がこの星系の調査を完遂できたのも、お前のおかげだ」
「それで、父上、地上で何やらもたついていたようですが」
「もたついた、といってくれるな。とにかくあの野良人類のつがいを生きたまま捕らえることが出来たんだ」
「おほめにあずかり、光栄です」
提督と『父上』との会話から、提督はラタノルライ・マーゼルという名前であり、彼の『父上』はテオンルライらしかった。
「父上、私の横でおくつろぎください。もうすぐ出航です」
アフマドたちが収容されている士官用食堂の窓からも、旗艦艦隊が動き出したことがわかる。
窓の外には、銀河系中心から伸びるガスや星が密集した渦状腕、つまり銀河系ラグランジェ面の一部が見える。アフマドは、その位置関係から、天文学的な大変動がすぐ近くに迫っていることを悟った。それは、もうすぐ此処アンスロサス星系と近辺の星系がそこに突入することを物語っていた。
その天空めがけて、先遣する支艦隊群が飛び出す。その光跡を追うように、飛び込んでいくアフマドたちの旗艦と周囲の艦船。一列縦隊の帯は、引き伸ばされるようにして前方の光の天へと飛び込んでいく。
次の瞬間、アフマドの目には前方の光の渦が見えた。先程まで、天空にひしめいていた星は一切消えさり、周囲と後方は暗黒ばかりとなった。




